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私と小隊長殿の魔族討伐  作者: 銀月
5.私と小隊長殿と王都の魔族
14/28

中篇

 エディトは困惑していた。

 さる貴族の邸宅……エスペルカンプ伯爵家の邸宅の前で内部の確認をと、探知魔法を使ったのだが……。


「屋敷全体が結界で覆われてるのはわかりました。けれど、中がまったくわかりません。探知魔法が通らない結界なんだと思いますが……解除できそうな気はまったくしません」


 これほどまでにわからないのは初めてだった。中にあるものが見えないどころか、何も感じられない。真っ黒な虚空だけがあるように思える。探知魔法は、ここまで阻害できるものなんだと初めて知った。

 改めて、相手の魔族の力を思い知る。


「集中しなくても感じられるとは、さすがだ……騎士カーライル殿、どうします?」

「ならば入るまでだ」


 小隊長殿が半分感心したように呟くと、止める間もなく騎士カーライル殿は扉に手をかけた。

 警戒しているのかしても無駄だと考えているのか、躊躇なく屋敷内に踏み込む騎士殿に続き、私たちも扉をくぐった。

 ホール正面の階段には、少年のような魔族が頬杖をついて腰掛けていた。私たちを見て、笑顔で楽しそうに手をひらひらと振っている。


「いらっしゃーい。

 ルドヴィカ様はいないよ。使用人も皆外に出しちゃったし、ここにいるのは僕だけ。

 ほんとは騎士様だけ入れようと思ったけど見届け人は必要だから、君たちにも入ってもらったんだ。ついでに言えば、この屋敷はちゃんと結界で囲ったから君たちが何やっても王都に被害は出ないよ。親切でしょ? 遠慮なく魔法撃ってくれて大丈夫」


 あはは、とその魔族は笑っていた……が、目は笑っていなかった。


「僕、ひとこと言いたかったんだよねえ。

 ……あのさ、騎士カーライル。君のやってることって押し込み強盗と同じじゃないかと思うんだけど、どう? 君はどう思ってるの?

 だいたいさ、僕はここでだらだら平穏に暮らすのって結構気に入ってたのに、君が魔王討伐なんかやるから僕の暮らしが脅かされたし、その挙句これで終わっちゃうんだけど、どうしてくれるの? 僕、何か君に悪いことしたかな? 教えてくれない?」


 口調は軽いのに、伝わってくる怒りは本物だった。


「そもそも、魔族だから悪とか馬鹿じゃない? そんなこと300年くらい前は誰も言ってなかったよね。僕に言わせれば人間のほうがよっぽど汚いことするんだけど。ここで500年は暮らしてるけど、人間のやり方にはかなりびっくりしたよ。君に言ったところでわからないと思うけどさ」

「……よく口の回る魔族だ」


 騎士カーライル殿がすらりと剣を抜くと、正面の魔族はすっと目を細めて、彼を見つめた。


「やだなあ。口じゃかなわないからって、剣に訴えるとかつくづく君って野蛮だよねえ」

「言わせておけば!」


 騎士カーライル殿が魔族のもとへ走り、階段の魔族を袈裟懸けに斬り捨てた……が、魔族の姿は煙のように掻き消える。


「……幻術か?」

「仮にも魔王を斬った騎士なんでしょ?

 これでも、自分が魔王より弱いのはちゃんと自覚してるし、カーライルが本気で強いって知ってるんだよ。正面から迎えるとか無謀なことするわけないじゃん」


 どこからともなく魔族の声が響くのに気づいて、私は慌てて探知魔法を詠唱した。

 ヤレット殿は傍観を決めたのか、手を出すつもりはなさそうだ。


「騎士カーライル、右前方です!」


 また魔族の姿が現れる……が、騎士カーライルの剣の一振りでやはり掻き消える。

 魔族が笑いながら騎士殿を翻弄している。

 こんなにあちこちに気配が飛ぶのは、転移魔法も使っているからだろうか。この魔族は、いったいどれだけの魔法が使えるというのだろう。

 せめて、幻術と幻覚魔法くらいはなんとかしたい。

 はたしてこの魔族の魔法にどれほど通用するのかわからないが、騎士カーライル殿の視覚だけでもと、幻術と幻覚の解除魔法を詠唱した。

 効果があったのか、あちこちに揺れていた騎士カーライル殿の視線が一か所に固まった。


「──へえ、人間のくせに、ずいぶん精度の高い解除魔法が使えるんだね。僕、これでも幻術と幻覚にはかなり自信あるから、解除されるなんて思わなかったな。

 って! 危ないな!」


 騎士カーライル殿の振り抜く剣を転移魔法で避けながら、魔族は驚いた顔で言う。

 そして、騎士カーライル殿は間髪いれず、魔族が転移した先へと走り剣を振る。魔族は転移と防御を駆使して剣を避け続けたが、さっきより、ずいぶん余裕がなくなっているように見える。

 ほ、と息を吐いたところで、魔族が再び消えて……背後から、私はいきなり抱きすくめられていた。


「ひっ」

「ちょーっと、動かないでいてねえ」


 頭の横で魔族の声がする。何をされるのかまったくわからない恐怖で、がたがたと身体が震えだした。

 魔族はくすりと笑って、私に小さく囁いた。

「ちょっと牽制に使わせてね。大丈夫、仮にも魔王の指輪持ってる子に何かする気はないよ。怒られるの嫌だし」


 騎士カーライル殿は私を盾に取られ、さすがにその場から動けずにいた。


「騎士カーライル、いいこと教えてあげる」


 魔族がまた背後で笑う気配がした。


「僕さ、君のことが嫌いなんだよ。

 で、僕は魔王と違って優しくないから、君に対して一息に何かするなんてことはしないつもりさ。ねちねちやらせてもらうよ」

「……何をするつもりだ」

「魔王に殺すなって言われてるから、かわりにこれかな。

 ──“騎士カーライル、君がこの先そうあれと心から望むことが、すべて君がそうと望まない形でかな……”ぅわっ!」

「王都の魔族、エディトから手を離せ。あと、呪いはやめろ」


 突然背後で魔族が悲鳴を上げ、腕がゆるんだ。私が慌ててそこから抜けだし振りかえると、いつの間にか、小隊長殿が魔族の背後に回って斬りつけていた。


「いったあ! うわ、背中斬られるとかいつ振りだろう、痛い!

 ……黒森の長子が転移できるなんて、聞いてなかったから油断したよ。騎士のオマケだと舐めててごめん。さすが討伐小隊を率いてるだけあるね」


 魔族は小隊長殿を睨みつけるが、騎士カーライル殿が動くのを見ると、また離れた場所へと慌てて転移した。その場で癒しの魔法を使い、傷を塞ぐが、さらに追われて今度は彼の手が届かない場所……ホールのシャンデリアの上へと転移してしまった。

 騎士カーライル殿が、苦々しげにそれを見ている。


「……斬られちゃったし、残念だけどもうここまでにしておくよ」

「逃げるのか、魔族め」

「背中痛いんだから逃げるに決まってるじゃん。わざわざ君に合わせてハンデありまくりの条件にしたんだよ。こんな正面からやるのって僕のやり方じゃないんだからね。もういい加減勘弁してよ。

 殺すなって言われてる以上、二度と君と斬り合うつもりはないけどね。

 ああ、そうだ。ルドヴィカ様は僕に騙されてただけだし、使用人たちにも何もしてないから。皆、何もないってことちゃんと魔法で調べてよね。

 もし変な言いがかりつけたら、王都は無理でも王城くらいは半壊させに戻ってくるから。

 じゃあ、バイバイ」


 また手を振りながら魔族が言い、今度こそ転移魔法でこの場から消えてしまった。

 騎士カーライル殿は、魔族がいた場所を悔しげに見つめていた。

 魔族と一緒に感じていた魔力のプレッシャーも消えて、私はやっと本当に息を吐くことができて、安心した。騎士カーライル殿には悪いけれど、痛み分け程度で終わってよかったと思う。


「……小隊長殿、助かりました。ありがとうございます。あと、転移できるじゃないですか」

「見えてる範囲だけで、長距離は無理だ」


 ヤレット殿も、やっと肩の力を抜くことができたようで、ほう、と長く息を吐きながら騎士カーライル殿のほうへと歩いていった。


「……騎士カーライル殿、魔族が逃げてくれて正直助かりましたよ。あなただからわかっておられると思うのですけど、あの魔族はあなた向きの相手ではありませんでした。

 わざわざ姿を現してくれて、助かったのはこちらです」

「……たしかに、そうかもしれない」

「あの様子ではしばらくは王都に戻ってこないと思いますし、これでよしとしましょう。国王陛下にもそれで納得してもらわなければ。

 ──必要であれば、妖精王からも口添えいたします」

「その時は、頼む」


 騎士カーライル殿は非常に憮然とした顔で頷いた。


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