前篇
「王都ですか? まさか」
久しぶりに魔術師団師団長に呼ばれると、そこには既にヤレット殿がいた。
もしかして、また魔族討伐か……と考えているところで、今回の任務についてを話された私は、聞き返さずにいられなかった。
この王都に魔族が潜んでいる?
師団長は歯切れ悪く「そうなんだ」と言い、私に討伐小隊へ行くようにと言った。でも……。
「王都ですよね。私でいいのですか? もっと高位の魔法使いが任務に就いたほうがよいのでは? 城下ですよ?」
「いや、いいんだ。高位の魔法使いは全員出られない。この任務には、お前たちが当たってくれ。詳細は騎士団で聞くように」
ヤレット殿は……何故だろう、肩を竦めて明後日の方向を向き、呆れているように見える。私もそれ以上追求したところで無駄に思えて、さっさとヤレット殿と二人、騎士団へと赴くことにした。
「……どうも厄介ごとを押し付けられちゃったみたいだね」
横を歩きながら、ヤレット殿が言った。
「どういう意味でしょう?」
「言葉どおりだよ。
……妖精の間では結構有名な話でね、王都には昔っから魔族がひとり住んでいるんだ。基本的にただ暮らしてるだけで何もしないけれど、手を出したら安全は保障できないから絶対関わるなって言われている。王都にそれ以外の魔族がいると思えないし、たぶんそいつなんだろうね。
高位の魔法使いたちが気づいてないわけがないだろう? だから、皆、自分は関わらないことに決めたんだと思うよ。
かといって、僕らに押し付けるのは止めて欲しかったけど、たぶん僕と君が担当するのは、上からしたら苦肉の策なんじゃないかな」
「は? 何が苦肉の策なんですか?」
ヤレット殿は苦笑しながら続けた。
「僕は魔族とも付き合いのある妖精族だし、君は指輪持ちだしね」
「ますます意味がわからないんですが……」
「だから、魔術師団としてはここはどうかお目溢しをってことにしたいんだと思う」
騎士団に着くと、いつにも増して仏頂面な小隊長殿がいた。
「魔法使いエディト・ヘクスターと魔法使いヤレットです」
いつものように挨拶をすると、ヤレット殿が妖精族特有の優雅さで小隊長殿に一礼した。
「討伐小隊への参加は2回目ですが、フォル小隊長殿とははじめてですね。お噂は聞いてます」
「魔術師団には妖精族の魔法使いが所属していると聞いたことがあったが、あなたか」
「お互い、貧乏くじを引かされたみたいですねえ」
ヤレット殿がにこにこと小隊長殿と握手を交わす。
「今回は既に聞いてる通り、王都内のさる貴族の邸宅に潜んでいるという魔族の討伐となる。相当年数王都を根城にしている魔族だ。魔王と同等とは言わないが、かなり力のある魔族と考えられる。しかし、どんな魔族であるかは不明だ。なんせ資料がない。
それとだな、今回は我々だけではなく騎士カーライルが出るとのことだ。むしろ、彼がメインとなる」
「……え?」
ヤレット殿が、笑顔のまま固まった。
「これから顔合わせに行くぞ」
* * *
「ちょっと本気でやばいことになりそうだ。あの方は、いい意味でも悪い意味でも騎士だから……」
小隊長殿を先頭に、王城へと向かう。騎士カーライルは近衛騎士団の副団長なので、執務室は王城の敷地内にあるのだ。
ヤレット殿と小声でぼそぼそと話しながら、私も少し不安になってきた。
「魔術師団は全力で納めようとしてるはずだけど、騎士団がそうじゃないってことなのかもね」
「王都にいるのはそんなに恐ろしい魔族なんですか?」
「400年か500年は王都に居続けてるらしい。年数だけでもぞっとするね。僕なら見ないふりをするところだ」
「え……」
「僕らがこうやって討伐に動いてることも既に知ってるんじゃないかな。騎士団も王も少し増長してるのかも。やっぱり、魔王討伐はやり過ぎたね。
ここにきて、魔族は全部討ってしまえばいいなんていう勘違いが起きてるよ。寝た子を起こすという言葉を知らないのかな」
「その魔族は、魔王ではないんですか?」
「魔王とは別な魔族のはずだよ」
いっそ魔王と同一の魔族と言われたほうが気が楽だったかもしれない。
そんな魔族が何人もいると考えるのは怖い。
「……魔王が騎士カーライルを返り討ちにしてくれてたほうが、よかったのかもしれないな。今更だけどね」
前を行く小隊長殿の背中にちらりと目をやる。ヤレット殿との会話は聞こえているはずだが、小隊長殿はどう思っているんだろうか。
* * *
王子様だ。王子様がいる。
きらきらの金髪に青い目の王子様だ。
初めて騎士カーライルを間近で見て、私は勤務中にも関わらずそんなことを考えていた。よくある童話に出てくる王子様。ひとことで言ってしまえば、彼はそんな印象の騎士だったのだ。
私が魔術師団に入団したのは3年近く前の話で、騎士カーライルが銀槍騎士団から近衛騎士団に移籍したのはもっと前、魔王討伐のすぐ後だ。これまで、近くで彼を見る機会などまったくなかった。
「座ってくれ」
執務室でソファを勧められて、小隊長殿が座った。私とヤレット殿は、その後ろに控える。従卒の騎士が、すかさず騎士カーライルと小隊長殿の前に、お茶を出す。
騎士カーライルは、たしか侯爵家の当主でもあったはずだ。騎士団所属だから慣例的に騎士カーライルと呼ばれているが、本来ならアーヴィング侯爵と呼ばれる貴族なのだ。
そう考えると、冷や汗が出てくる。何も失礼なことをしていなければいいけれど。
「今回は急に捻じ込んだようですまなかったね。
だが、単刀直入に言おう。君たちには、私の補助に回って欲しい」
「補助、ですか」
小隊長殿が、確認するように繰り返した。
ちらりとヤレット殿を見ると、彼はここへ来るまでの笑みを完全に消して、無表情に騎士カーライルを見つめている。
「概要のみ聞いているが、相手が長く王都に潜んでいたという魔族であるなら、相応の実力があるということだろう。では、いたずらに大勢で押し込んでも被害が大きくなるだけではないだろうか」
「そうかもしれません」
「よって、突入は最小限で。君たち銀槍騎士団には屋敷内の人間の保護と周囲の警戒を頼む」
「わかりました。
突入前の調査等については、こちらで行います。そのための魔法使いもおりますし」
「それについては任せる」
淡々と、とても事務的に小隊長殿はカーライル殿の要望……いや、命令を聞いていく。
要するに、戦いの間、私たちはどう考えても足手まといになるのだから、全部騎士カーライル殿に任せろということか。むしろ私たちと行動を供にしなければならないこと自体を鬱陶しく思っているようにも感じる。
ヤレット殿も同じ考えのようで、騎士カーライルを見つめる視線に少し咎めるような色があった。
「……騎士カーライル殿、一度聞いてみたかったのですが、カーライル殿にとって討伐とは何ですか?」
いくつかの遣り取りのあと、ふと、小隊長殿が何かを思い出したように騎士カーライルへ質問した。
私は思わず小隊長殿を凝視する。
「王国と民に害なすものを討つことだ」
「……なるほど。ありがとうございます」
──騎士殿は迷いなど欠片も感じさせずに答えたが、彼の言う“害なすもの”には、いつかあの山中から姿を消した魔族の子供や、もう生きていたくないと言って泣いた魔族の彼女も含まれるのだろうか。
「フォル小隊長殿、悪いけど、今回の任務については妖精王にも報告するよ。それが、僕が魔術師団に在籍してる条件のひとつだからね。
……ああ、この任務蹴りたいなあ」
「わかった」
騎士カーライル殿の執務室を辞してから、ヤレット殿が憂鬱そうに呟いた最後の言葉には、私も同感だった。