閑話:友と飲んだ
「エディトは、フォル小隊長と付き合ってるの?」
久しぶりにエルネスティと飲みに来て、最初に聞かれたことがそれだった。思わずむせそうになる。
「……いや、それはない」
「だって、この前一緒に朝帰りしてたでしょ?」
小首を傾げてかわいらしく聞くな。というかどこから仕入れたんだ、その情報は。
「ああ、それはまあ、事故かな」
「事故なの?」
「そう。事故だからなかったことになってる。まあ、双方大人だしね」
「ちゃんとした大人ならそもそも事故なんて起きないわよ」
「あのさ……エルネスティだから話すけど、そんな色っぽいもんじゃないから。言ってしまえば、傷の舐め合いしちゃったなっていうか」
「そうなの?」
「ほら、任務でちょっと荒れてエルネスティと飲み過ぎたときも、一緒に宿に泊るでしょ。あれと一緒。まぁ男女なんで事故が起きちゃったけど、根本的にはそれと同じ」
「エディトは……だったら、落ち込んでる時にフォル小隊長と飲みに行くのはだめ。誤解されて拗れるわよ?」
「反省してる」
「反省だけ?」
エルネスティが、私の目をじっと覗き込むように見る。
私はこれに弱いんだ。何か、心の底まで見透かされてる気分になる。
「うん、次はちゃんとエルネスティを誘うよ」
「それより、ふらふらしていないで、ちゃんと恋人を作りなさい。エディトが弱ってるときに、ちゃんと寄り掛からせてくれる人を。それともまだアレを引きずってるの?」
「そんなことはないと思う」
「でも行動が伴ってないわ。アレみたいな人ばかりじゃないのよ?」
「……じゃあ引きずってるのかな」
「エディトはそういうところが下手だものね」
曖昧に笑いながら、そういえば、エルネスティにも話せないことが増えてしまったなと思う。
小隊長殿の魔法とか頭にあった角とか、よくわからない魔法使いにもらった指輪のこととか、うかつに人には話せないことばかりになってしまった。
「……そういえば、エルネスティは討伐ってなんだと思う?」
「言葉どおりの意味なら、騎士団を派遣して危険なものを討つことよね」
「うん」
「でも、聞きたいのはそういうことじゃないんでしょ?」
「最近、よくわからないんだ。魔物はともかく、穢れてるとか邪悪だとかいう魔族はちっとも悪いことをしていないし、むしろ人間のほうが始末に負えないと思ってしまう。むしろ、魔族のほうが、よっぽどおとなしい」
「そうね」
はあ、と私は溜息を吐く。
「どうして、魔族は殺さなきゃいけないことになったんだろう」
「……それは、やっぱり、怖いからじゃない?」
「怖いから?」
「そ。今はたしかにおとなしいけれど、暴れられたらどうしよう、こっちに手を出して来たらどうしようって、皆すごく怯えてるの。で、怯えるあまり逆上して、それならいっそ、やられる前にやってしまえばいいってね。あとは……あの脳筋どもの箔付け? こんな強い魔族倒して俺カッコイイだろって」
「すごくくだらない理由だ」
「そういうものよ。馬鹿馬鹿しすぎて反吐がでるけど」
「ヤレット殿がね、魔王は倒されてないんじゃないかって言ってた。私も、言われて角を見てみたんだけど、死んだと思えなかった」
「そうみたいね。私、探知魔法はさっぱりだけど、他の魔法使いがそんなことを言ってるの聞いたわ」
「このまま行ったら、また魔王が怒ってこの国を滅ぼすんじゃないかって。……そんなことにはなって欲しくないな。一応、実家には父さんも母さんも爺さんもいるし、警備隊には弟だっているのよ」
「どうなのかしら。その魔王も討伐以来姿を見せてないんでしょ? 死んでないまでも、相当弱ってて出てこれないのかもしれないわね」
「だったらしばらくは安心ってことなのかな」
酒のお代りを頼みながら、こんな辛気臭い話をしに来たんだっけかと考える。
ああ、でもこういう感じは久しぶりだなあ。
「エルネスティ、私が間違えたら、ちゃんと叱ってね」
「……任せておいて。でも間違える前に、間違えそうだと思ったらちゃんと立ち止まるのよ?」
「そうだね。肝に銘じとく」
「絶対だからね?」
「うん」