前篇
「また魔族討伐ですか」
今日も魔術師団師団長に呼ばれ、私は出頭した。あれからまだ10日ほどしか経っていない。本当に多くなったなと思う。
私は、小隊長代理である騎士ギーゼルベルト率いる魔族討伐小隊に駆り出されることになった。ちなみに、フォル小隊長殿は長期休暇取得中により不在であるらしい。
めずらしいこともあるものだ。
他に派遣されるのは、同僚魔法使いのエルネスティと、第2隊の先輩にあたる魔法使いヤレット殿だ。ヤレット殿は妖精族の魔法使いということで、魔術師団の中でもひときわ変わった存在だ。癒し、幻術、精霊魔法の3系統を使える熟練の魔法使いでもあり、妖精族なだけに魔術師団の在籍期間も長い。
私たちは早速騎士団本部へと赴いた。今回はいつもと違って小隊長代理殿のところへだけど。
そしていつものように説明を受け、こちらが気になっていることを質問する。
「魔族がいるのは確実なんですか?」
「そうだ。所在もはっきりしている。だが、被害程度はわかっていない……というか、無いというんだ」
「は? ええと、到着後、その地域の調査も改めて全部やる、という意味でしょうか」
「おそらくそうなる。なので、魔法使いエディト殿の出動も要請した」
「わかりました」
被害が無いとはどういうことなのか。それで、何故魔族の所在まで明らかなんだ?
意味がわからない……が、ここで考えても仕方ないことなので、これは現地についてから改めて考えよう。
とりあえず、今回は相手もはっきりしていることだし、あまりに大勢でもしかたないので、腕の立つ騎士を5人と私たち魔法使い3人での派遣となるようだ。
* * *
騎士団を辞したあと、改めて魔法使いだけで情報の整理などを行った。
基本的に、私の使える魔法はあまり荒事向きではないので、魔族を相手にする際はほぼサポートのみということになるだろう。
エルネスティが防御を専念して行い、ヤレット殿が攻撃と霍乱だろうか。
討伐小隊に入る騎士が、あまり脳筋でないのは幸いか。あの騎士ギルベルトのように、作戦無視して突っ込む馬鹿がいないのはよいことだ。
会議室でざっくりと方針を決めていると、エルネスティが第2隊の先輩から呼び出された。このままエルネスティ抜きでヤレット殿と話し合ったほうがいいか、考えているとヤレット殿が先に口を開いた。
「ちょっと気になってたんだけど、その指輪はどうしたの?」
「この指輪って、そんなに気になるものなんでしょうか。以前、ある魔法使い殿から頂いたんです」
「知らないでもらったの?」
「どういうことでしょう?」
「……なら、それをくれた人に次に会った時にでもちゃんと聞くといい。僕が話すべきではないと思うから。あと、その指輪は大切にするんだよ」
「はあ、そういうものなんですか」
改めてまじまじと手にはめた指輪を見る。ちょっときれいで弱い防護魔法のかかった指輪でしかないんだけど。
「……そういえば、エディトはどうしてこの王国では魔族が討伐されるか知ってる? 妖精の間では、魔族はただの一種族でしかないんだよ。妖精が魔族を嫌う理由がないからね」
それは最近ずっと考えていた。他の種族と違い、なぜ魔族だけが魔物と同列に扱われるのか。
「……たぶん、魔族が怖いんだと思います。だから魔族は邪悪だと忌み嫌っているんじゃないでしょうか」
「僕もそうだと思うよ。それだけじゃないかもしれないけどね。
なんせ、魔族といったら寿命はあるのかないのか、妖精族にもわからないほど長生きなうえ、大抵とんでもない魔力を持っている。おまけに、人間なんて足元に及ばないほどのたくさんの魔法を使いこなすし、怒らせたら何をしだすかわからない。魔物ですら、魔族を恐れて近づかないときている」
頷きながら改めて聞くと、本当にとんでもない種族だなと思う。なんで世界を取らないんだろうと思うくらいには。
「で、魔の森に住んでいた魔族が、どうして“魔王”と呼ばれるか知ってるかい?
僕が祖父から聞いた話によれば、この国が生まれる前、この辺りには別な王国があったんだ。その頃はまだ魔族も多くいたんだけど、今よりもっと魔族は恐れられていたらしい。まあ、それでも魔族の側があまり人間と接点を持たないようにしていたようだけど」
「そうだったんですか。レーゲンスタインの建国については少しだけ聞いたことはありましたけど、その前の国のことはあまり……」
「うん。それで、その昔あった王国で、魔族を恐れるあまりに見つけ次第殺せというお触れが出されたんだそうだ」
「……どこかで聞いた話ですね」
「その結果、まあ、平たく言えば、とある魔族がキレたんだ。直接の原因までは知らないけれど、人間のやらかしたことがそいつの逆鱗に触れたらしい。
その結果、王族は一族郎党殺されて、王都がまるっと吹っ飛び、王国が崩壊したんだって。僕の爺さんがそのさまを見て震え上がったと言ってたよ。
それをひとりでやってのけたその魔族が、今“魔王”と呼ばれてる魔族だ。
──北に荒地があるだろう? あのあたりが吹っ飛んだ王都の跡地らしい」
「……え? あの、ぺんぺん草すら生えないあの荒地ですか?」
ヤレット殿は神妙な顔で頷いた。
「僕は、今少しだけ心配なんだ。この王国も、今じゃ魔族を討伐するものだとして、見つけ次第殺すことにしてるだろう? この前君が行った討伐の報告書を見て驚いたよ。“魔族だから殺しても罪にならない”とはね。いつの間にか、魔族殺しを罰しないことにまでなってるとは思わなかった。
……昔は今ほどじゃなかったんだ。確かに魔族を恐れる人間は多かったけれど、今ほど魔族を嫌っているわけじゃなかったし、ちょっと変わった隣人くらいの扱いで、平和的にやりとりできてたはずなんだよ。
このまま行き過ぎたら、また、魔王の逆鱗に触れることが起こるんじゃないかと思えてくるんだ」
「でも、魔王は討伐されましたよね。騎士カーライルに」
「……本当に討伐されたと思ってる?
騎士団本部に魔王の角があるだろう? あれを探知魔法で見てごらん。角はちゃんと生きてるよ。たぶん、魔術師団の上位の魔法使いで、魔王が滅んだなんて信じてるやつはひとりもいないね」
* * *
──その魔族は5日ほど前に突然この村はずれの空き家に現れたのだそうだ……魔族の姿のまま何も取り繕わずに。
そして、村の人間たちの前で、自分は紛うことなき魔族であると宣言し、空き家に防御結界を張り巡らせ、その中に閉じこもったのだとか。
いったい何がやりたいのかさっぱり読めない。
小隊長代理殿も難しい顔で考え込んでいる。
私はヤレット殿やエルネスティと顔を見合わせた。
「まずは、当初の予定通り、調査をすべきじゃないですかね」
ヤレット殿が肩を竦めながら言った。
「何もしていないといっても、表面的にそう見えるだけかもしれないし、魔法的影響の有無と、その魔族が篭っている空き家くらいは調べましょう。念のため、村の人たちへの聞き取りもしたほうがいいですよね」
小隊長代理殿の騎士ギーゼルベルトは頷いた。この人結構無口だな。
そうと決まれば、まずは探知魔法による調査開始だ。
──そしていくつかの探知魔法の結果、村に異変は皆無だった。村人からの聞き取り結果でもとくに目立った内容はなかった。空き家にかかっている魔法は正真正銘、侵入防止のためだけの防御結界だし、中にいるのは女性の魔族ひとりきりのようだった。
本当にわけがわからない。
討伐小隊全員が困惑し、額を寄せてこれからどうするか、行動方針を考えているところだ。
「あ!」
と、誰かが声を上げたのに気づいて空き家に目をやると、なんと問題の魔族が扉を開けて外へ出てきていた。
全身黒一色のドレスに手袋まできっちりとはめた彼女は、優雅に微笑んで淑女の礼をすると、扉の横に置かれた椅子とテーブルを指して私たちにひとつ提案をした。
「お初にお目にかかります。王都からいらした討伐騎士の方々ですね。
ひとつお願いがあるのです。わたしを討伐する前に、少しだけお話をしませんか? お話だけです。こちらからは何もいたしませんと、わたしの名“エメレンツィア”にかけてお約束しましょう」
私は思わずヤレット殿と顔を見合わせた。まさか、魔族がこんな場所で自分の真名を明かすとは。エルネスティも息を呑んだ。
「そうですね、そちらの隊長さまと魔法使いさま、こちらにいらしていただけませんか?」
魔族が指定したのは、小隊長代理殿と私の2人だった。
「……小隊長代理殿、行きましょう。名を知られた以上、あの魔族に何かすることはできません。私は信用してもいいと思います」