前篇
魔術師団師団長の執務室へ出頭すると、開口一番、次回の魔族討伐についていけと言われた。
「ええと、私が魔族討伐に入るのですか?」
「騎士団から、探知のできる魔法使いを寄越してくれと希望が出ている」
「はあ……」
王都の北にある山地で、魔族が住み着いたので討伐してほしいという嘆願が付近の住民から来たのだそうだ。その手の嘆願が、かの前銀槍騎士団長による魔王討伐以来増えているとは聞いていたけれど、実際に自分が行くことになるとは……魔法使いエディト、魔術師団に所属して2年目のぺーぺーにして、これが初めての魔族討伐というわけだが、いいのか、私で。
正直めんどくさいなあと思う。ちょっとそばに魔族が住んでるくらいでいちいちビビるなよ……と、顔に出てしまったのか、師団長に小一時間ほど説教を食らってしまった。
討伐小隊を率いる小隊長は騎士フォル・マンスフェルダー。彼は今年で25歳とまだ若い騎士だが、この3年で合計8回の討伐をこなしているという。
……8回といったら、これまでにあった討伐任務のほぼ全部じゃないか。
少し気になって聞いてみたら、それ以前は、行ってただ魔族や魔物を倒して終了という形で終わっていた任務ばかりだったのが、騎士フォルが担当するようになってからは、入念な調査を行ってトラブルの原因をきっちりと調べ上げたうえで解決するという、とても堅実な仕事ぶりだそうで、脳筋ばかりの騎士団によくそんなタイプがいたものだと感心した。
ちなみに、その8回の任務で実際に魔族がいたことは皆無だったようだ。
が、同僚の魔法使いに聞いてみると、彼の評判はあまり芳しくなかった。
……というか、仏頂面で全く愛想がないため、美形ぞろいと名高い銀槍騎士団所属の騎士なのに、あまり女性には人気がないらしい。女性魔法使いに評判を聞いたのが間違いだったか。
女性への人気度で任務の成否が決まるわけでもないから、そこはどうでもいいのだけどな。
師団長の部屋を辞した後、私は早速小隊長殿に挨拶をしに、銀槍騎士団へと赴いた。
「魔術師団第2隊のエディト・ヘクスターか……では、今ここで、魔法でお前に何ができて何ができないのかを説明してくれ」
そう言われて私の使える魔法について述べると、驚いたことに、この騎士は魔法への造詣も深かった。相当に突っ込んだところまで確認され、しかも説明したことをきちんと理解もできているとは本当に驚きだ。
そう言うと、小隊長殿は「母が魔法使いなんだ」と言い訳がましく呟いた。それにしても評判どおりの仏頂面だな……眉間の皺は標準装備か。
「……お前、魔族についてどれくらい知ってる?」
ふとそんなことを聞かれ、私が魔族について一般的に知られていることを述べると、小隊長殿は「まあそんなもんだよな、普通」と呟いて、やれやれといった風に溜息を吐いた。
そんなに呆れるような内容だっただろうか。
「まず、闇雲にそこにいた魔族を殺したところで解決することは少ないと知っておいてくれ」
そこは確かに納得する。一般の住民は普通に迷信深い。何か悪いことがあって近くに魔族がいると、非常に短絡的に、その原因はすべてその魔族にあると考えるのだ。
たとえば、長雨が続くとか、家畜が病気になるとか、自分が転んで怪我をするとか。そういう偶然の出来事すら、何の根拠もなく魔族のせいだと思い込むのだ。全くもって阿呆らしい。悪いこと全部魔族のせいだったらこんなに楽なことはない。
小隊長殿はそのあたりを考慮しているのだろう。魔族を倒してこれで終了だと言ったところで、家畜の病気が治らなかったら、トラブルが解決したことにならないのだ。
「まあ、当然でしょうね」
私が言うと、小隊長殿はにやりと笑った。
「出立は3日後だ。それまでに準備をしておくように」
「はい」
* * *
「……わっかんない人だったなあ」
寮の食堂で夕飯を食べながら、同僚魔法使いのエルネスティに小隊長殿のことを聞かれたので、今日のことも含めてだらだらと話す。よくわからん人だというのが、私の彼に対する第一印象だ。
「噂どおりすんごい仏頂面だったよ。眉間にこーんなに皺が寄っててさ。あと、騎士にしては魔法にやたら詳しいなと思った」
「癒しの魔法が使えるって聞いたから、それでじゃないかしら?」
エルネスティがかわいらしく小首を傾げて言う。この娘は師団内の女性魔法使いの中でも断トツにかわいい。私が男だったら絶対に放っておかないだろう。
「へえ、そうなんだ。それにしても、私の使える魔法を教えてくれっていうから説明したら、超細かいとこまで突っ込まれて驚いたよ。例えば、探知ならどれくらいの範囲がって聞かれるのはともかく、探知できるモノの種類とか、対象を区別できるかとかまでね、魔力感知の詳細に、その他諸々やたら細かく聞かれたわ。探知魔法なんて、普通、範囲くらいしか気にされないんだけどね」
「それは珍しいわね。他には何か話したりしたの?」
「全然。任務と魔法のことだけ。世間話的なことはさっぱり。用が済んだらサヨウナラってところ」
「なんだか噂どおりって印象ねえ。実家は王都から結構離れてて、あまり里帰りもしてないって話だけど」
さすがエルネスティ。妙なことに詳しいなあ。
「どこからそんな話を聞いてくるの? あ、そういえば母が魔法使いだって言ってたな。だから魔法に詳しいって」
「そうなの? それは初耳だわ」
「あとは、魔族について知ってるかって聞かれたくらい。まあ、魔族討伐だしね」
「ふうん」
なんというか、謎が多い人だなという印象もある。浮いた話もないようだし、なんだろう、任務命ってタイプなんだろうか。がちがちの堅物にも見えなかったんだけど。
ま、出立まであと3日と、微妙な期間しかないし、さっさと準備は済ませておこう。
* * *
討伐隊のメンバーは、小隊長殿も含めて騎士が5人に、魔法使いは私1人という構成だった。小隊というから最低でも10人はいると思ったのだが、小隊長殿はこれで十分だという。
今回は魔物が出るわけでもないというのが主な理由だが。
「まず、上がっているトラブルというのが、家畜の病気だ」
出発前の説明で、小隊長殿が嘆願書を読み上げる。うええと思ったら、メンバーの騎士がまたかと言った。
「小隊長、それってまた毒草食ったとかいうパターンじゃないですかね」
「それを調べるのが、俺たちの仕事だ」
「もういい加減にしてほしいっすね……」
「ただ、山中に何者かが隠れ住んでいるらしいので、その確認も行うことになっている」
「はあ。どうせまた誰か世を儚んだ隠遁生活者とかじゃないですかー?」
「それを確認するのも俺たちの仕事だ」
「はあ、そうですねー」
この騎士たちのやり取りからも、これまでの任務がどんな結果で終わっているのか伺えるというものだ。
「えーと、小隊長殿、この任務に探知魔法って必要なんですか?」
一応、今までの報告書は確認した。これまで特に魔法使いを連れていったりはしてなかったようなんだが、なんでまた急に連れていくことになったんだろう。
「今回から、必ず魔法使いを1名同行させることに決まったんだ」
「はあ、そうなんですか」
それでぺーぺーの私が率先して行かされることになったのか、めんどくさいな。
「そういうことだ。よろしくな」
やる気があるのかないのかよくわからないまま、私たちは「魔族討伐」に出立したのだった。