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8.うごめく星

 ミッドランドには、いくつかの人工島が併設されている。島とは言うが、もちろん海に浮かぶ陸地ではなく、重力制御装置によって空中に固定された浮島だ。

 こうした浮島は、多くの場合レジャー施設や大学の総合キャンパスなど、多くの人間が出入りすることが多いゆえに大型であることが多い。そのため、人々が生活する区域からは離れた空域に建設されている。

 スカイベースやスペースラボのような建造物型飛空艇との大きな違いは、浮島が文字通り島としてその場に固定されている点にある。飛行の機構を持たないため、維持費も少なく済む。今では、居住区と化している浮島もあるくらいだ。


 そんないくつもある浮島の中でも、一際有名と言われているリゾートアイランド。その動物園エリアの中央に、人影が一つたたずんでいた。

 既に太陽は雲平線の彼方に去り、夜の女王たる月と、その下僕たる無数の星々が瞬く時間。周辺に人の気配は一切なく、ただ時折動物たちの鳴き声だけが響くだけ。その人影が普通の手合いではないことは明らかだ。


 そもそも、仮面に燕尾服、シルクハットにステッキといういでたちからしておかしいのだ。この場所この時間帯がマスカレイドに相応しくない、という意味ではない。燕尾服とシルクハットは、ハイアースとは異なる進化を経たロウアースには、存在しないものなのだ。


「ふむ……まだ芽吹きませんか。全域の水道管に星屑を蒔いたはずですが、思ったより進みませんね。経口摂取ではやはり時間がかかるか……」


 そんな燕尾服は、動物園の一角、猿山の前でひとりごちた。その声は、機械で操作されていて誰の声だと認識することは難しい。その顔を覆う白い仮面は、顔を隠すだけでなく、声を隠すことも兼ねているのだろう。そんな仮面の下からのぞく瞳は、隠しようのない青い光をらんらんと放っていた。

 青く発光する肉体は、デビルの証。賢明なミッドランド人ならば、対峙すれば誰もがその人物をデビルと断定できるだろう。そして、大騒ぎになる。


 だが、今それができる人間は周囲にいない。あごに手を当てて考える仕草をするそのデビルを止めるものは誰もいないし、よしんばいたとしても、このデビルが言葉を発していることに疑問を覚え、まず即座には動けないだろう。


「うーん……他もまだのようですが、急がねばならないことを考えると……」


 咎める者のいないデビルは、言いながら右手の白手袋を外した。途端に、青白く輝く宝石のような手が露わになる。


「強引ですが、これしかないですね」


 そしてそうつぶやき、ごきり、と指を鳴らして見せた。明らかに宝石状にもかかわらず、生体の柔軟性を持つそれは、まさにデビルである。


 とん、と。


 デビルが軽く地面を蹴った。その瞬間、それは自身の何倍もの高さと距離を跳躍して、猿山の頂上へ着地する。


 当然、眠りを妨げられた猿たちはがなり立てるし、頂上を独占していたボス猿などは怒り心頭だ。

 すぐに猿たちがデビルへ襲い掛かる。だが、それは無謀の極みと言えるだろう。見た目は人間の姿形だが、デビルである以上その能力は人間の比ではないし、猿と比べてもその差は圧倒的なのだ。


 結果は、もちろんデビルの圧勝。ステッキを軽く横に薙いだだけで、猿たちは全員吹き飛ばされた。

 そのまま地面に横たわって動かなくなるもの、恐怖のあまり逃げ惑うものがいる中で、ボス猿はさすがになおも闘争心を前面に出してデビルを威嚇する。


「さすが群れの長。そうこなければ、因子を直に打ち込むかいがないというもの」


 仮面で顔は隠れている。だがそれでも、デビルは笑っているような調子で頷いた。


 そのまま左手をかざして、悠然とボス猿へ歩み寄る。ボス猿は威嚇するが、もちろんデビルには何の恐れもないし、ここで踵を返すつもりもない。

 そして距離を詰め、デビルはボス猿の身体をがっしとつかみ固定する。その眼前に、やはり輝く右手をかざして、言う。


「ご安心を、私はあなた方に幸運をお分けしようと思って来たのです。そう……幸運のおすそ分けです」


 ボス猿が首を傾げた。その、瞬間。


 デビルは己が右手で、ボス猿の腕を貫いた。当然、激しい痛みにボス猿は悲鳴を上げ、猛烈に暴れ出す。だが、デビルの強靭な力はそれ以上を許さない。

 身動きの取れないボス猿の声が、動物園に木霊する。だがそんなことはどうでもいいとばかりに、デビルはボス猿の腕に刺した手から、青白い光を体内へ注入していく。


 それは、デビル因子だ。星屑感染症候群の感染源であり、長じて結晶化すれば星屑となる、化け物の種。デビルはそれを、直接ボス猿に与えているのだ。

 結果どうなるか、それは考えるまでもない。これほど大量の因子を直接体内に入れられれば、さしたる時間もかけずにデビル化を完了するだろう。

 デビルはその完了までの時間を逆算しながら注入する因子の量を調整し、やがて手を離した。


「君に幸あれ」


 そうつぶやいて立ち上がるデビルの足元に、びくんびくんと痙攣するボス猿が横たわる。その瞳は黒と青がまだらになり、既にボス猿の身体の半分以上がデビルのものになっていることを訴えていた。


「これでよし……さて、次はどれにしますか」


 だが既に目的を果たしたデビルにとっては、どうでもいいことだ。路傍の石とでも言いたげに腕を組む。


「うーん……そうだ、象、象にしましょう。きっと派手に暴れてくれるはず」


 名案とばかりに、一人で勝手に頷くデビル。

 そしてそれは、再び軽く跳躍して猿山を後にする。その跳躍力は、もちろん圧倒的だった。


 夜の動物園に、断続的に動物の悲鳴が響き渡る。夜の女王が見下ろす中、デビルは自らの因子を振りまき続けていた……。



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 射撃訓練場に、銃声が断続的に鳴り響く。

 射手はレテナ。手には、先日リーブから借り受けたリボルバーとはまた異なる拳銃。


 対する的は、その中心を完全に射抜かれている。穴はそれ一つだけ。音がいくつもあったにもかかわらず穴が一つ、これが意味するところはただ一つだ。


「マジか……全弾ど真ん中とか、半端ねえ腕だな……」


 銃の状態を確認するレテナの後ろで、リーブは魂が抜けたような顔で立ち尽くしていた。


「おやっさん……あの銃ってマガジン一つで弾何発だっけ?」

「十五プラス一発だね」

「ワーオ……」


 それくらいしか言えなかった。元々リーブは銃がド下手だが、彼でなくてもこの反応は無理もないと言える。まったく同じところを連続で狙い続けることが、どれほど難しいかは言うまでもないのだ。


 そこに、耳栓を外しながらレテナが戻ってくる。


「どうだいレテナ! 記憶にある限りUSPに近づけたつもりなんだけどね!」

「うん、ほぼ完ぺきって言っていいと思う。ハイアース離れて十八年も経ってるのに、お父さんよくやれたわね」

「そう言ってもらえると、苦労したかいがあるね!」


 がははと笑うナルターである。


 その合間を縫う形で、カイトがタオルをレテナに差し出し、そっと隅へと戻っていく。メイドの鑑と言えよう。今日もマフラーが奇妙な雰囲気を創り出しているが。


 一方、リーブはまだ戻って来れていない。


 ここはスペースラボのメイン、コピーホワイトハウスの裏手に設けられた射撃訓練場だ。研究者として新兵器の開発に余念がないナルターだが、時にはこうした実験も行うのだ。ラボで一泊した一行は、引き続きここで過ごしている。


 きっかけは、リーブがレテナに護身用として貸し与えた銃からだった。拳銃にまつわるハイアースのよもやま話をしていたのだが、レテナの銃の腕がどれほどのものかとリーブが改めて尋ねたのだ。

 もちろん彼女は前回のように、世界一だと自負した。そしてそこまで言うなら見たい、というリーブと、どうせなら新式銃の実験に付き合ってほしい、というナルターの要望がマッチしたため、レテナもそれに応じたというわけだ。


「でも、ハンドガン程度でデビルに効果があるの? あんなの、アサルトライフルとか手りゅう弾くらいは最低いるんじゃ?」


 試作品というその銃の手入れをしながら、レテナが問う。その構造は、外見のみならず彼女が知る自動拳銃と合致しており、ハイアースでの知識をそのまま振るうことができた。その手つきは、極めて滑らかだ。


「大丈夫だよ! ロウアースの銃弾は鉛弾じゃないからね!」

「どういうこと?」

「私が開発した対魔ミスリル合金というのがあってね。デビルに使うと、その殺傷力が増す優れものだぞ!」

「狼男とか吸血鬼に対するシルバーブレットみたいな?」

「そういうことだね!」


 へえ、と頷きながら、レテナは未使用の銃弾を指先でつまみあげる。淡い水色の光沢を放つ銃弾が、静かに瞬いた。


 ミスリルという金属は、ハイアース人のレテナにとっては架空の金属だ。ファンタジー映画ではこれで造られた剣で活躍する勇者を見たことがあるが、それを思い出したらなるほどとも思えた。


 そこまで考えて、彼女はふと新たな疑問を抱く。


「……リーブが使ってる剣もミスリル製?」


 聞かれてようやく、リーブは戻ってきた。


「ん、あ? これか?」


 そして言われるままに懐から剣を取り出した。ボタン一つで、柄から黒い刀身がせり出る。その刃は日本刀にも似た波紋が走っており、まるで濡れているかのように表面が揺れている。ただし、そこに光沢はない。太陽の光すら、その刀身に飲み込まれている。


「残念ながら違う。これはスターライト製だ」

「すたーらいと?」


 リーブの答えに、もう一度レテナが問う。それに頷いて見せながら、ナルターが得意げに口を開いた。


「スターライトとは、デビルを生み出す元となる星屑が行き着く物質さ!」

「は!? ちょっ、それって危険じゃないの!?」


 解説一言目で、レテナは飛びのいて身構えた。そのリアクションに、その場にいる三人全員が小さく笑う。


「大丈夫、感染力はねえから。これはもう死んでる」

「死んで……?」

「その通り! 星屑とはデビル因子の集合体であり、デビル因子とは寄生型微生物なのだ!

 星屑は普通、青白く光る宝石みたいな外見だけれど、これは構成している因子が生きていることの証なのさ!」

「それで、星屑が死ぬとその色はこんな感じで黒くなる。光すら反射しなくなるんだ。

 こうなるともう感染力はなくて、ただの鉱石と変わらない。こうなった星屑が、スターライトだ」

「スターライトは下手な金属より丈夫、かつ、よくしなって柔軟性のある鉱石だ! うまく扱えば刃物としてこれ以上ないものになるというわけだね!」

「元からスターライトは武器に転用されてたけど、おやっさんは更に特殊な加工を施して造ったのがこれだ。

 剣自体が常に濡れてるような状態になってて、血を洗い流す仕組みになってるんだ」

「里見八犬伝で有名なジャパニーズカタナ、村雨を目指したよ!」


 交互の説明になるほど、とレテナは納得する。初めて見たとき、リーブは剣を振るだけで刀身についた血をきれいに散らしていた。それはこの機構が実現していたのだろう。

 ナルターが有名と言った村雨なるものがレテナにはわからなかったが、血のりを自動で洗い流してくれることの重要性は理解できる。接近戦も常にあり得るロウアースでは、特に必要だろう。


「レテナも使うか? 確か予備がいくつかあったはずだけど」

「え、うーん……剣とか正直使ったことないし……」

「ははは、ハイアースで剣を使う機会なんて普通ないからね!」


 その通りだ。特にアメリカやら日本では、振るどころか手にすることもない。スポーツとしてフェンシングや剣道はあるが、それはやはり真剣ではないのだし。


 剣が専門のリーブにしてみると、少しさみしい話ではある。そんなことを考えながら、彼は剣を懐に仕舞い込んだ。


「まあ、欲しかったらいつでも言うといい。リーブの言う通り、予備はあるからね」

「うん、わかった。……できれば必要としないことを祈るけど」

「そうだな、デビルと遭遇なんてしないに越したことない」


 うむ、と一同が頷く。備えがあったほうがいいのも事実ではあるが。


「……おっと、そろそろお昼だね。どうだい一緒に、ご馳走するよ?」

「いいわね……って、どのみちこのラボ、ろくに食材ないじゃない!」


 昨夜、食材が皆無だということで街に繰り出したことを思い出しながら、レテナはツッコんだ。


「そうとも言うね!」

「おやっさんは一日一食、ゼリー飲料で十秒チャージだからな」

「それは食事って言わない!」


 ぶんぶんとレテナが首を振る。今日も相変わらず、打てば響く彼女である。

 そんなレテナからちらりと目を離して、リーブはカイトに目配せする。それを受けて、彼女は小さく頷くと船着き場へと駆けて行った。こちらも相変わらず、優秀なメイドだ。



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 しばしの移動――さすがにどでかいスペースラボで空中遊泳はしていない――ののち一行が落ち着いたのは、フランクな雰囲気が漂うファーストフード店だった。ただし、速さと安さを売りにしたタイプではない。


 その食卓で、レテナは思わず声を上げずにはいられなかった。


「ミッドランドの建国者って絶対アメリカ人よね!?」


 食卓に並んでいるのは、大ぶりのハンバーガーに山盛りのフライドポテト。そしてジョッキサイズの紙コップにはコーラ。レテナにとって、懐かしさすら覚えるラインナップだ。


「ははは、実はそうだったりするよ」


 そして対するナルターは、こともなげに言いながらハンバーガーにかぶりつく。


「ミッドランドは他の国家から離れた島国だった。人は住んでいたけど、今のレベルまで文化文明を引き上げたのは主にハイアース人なんだよ。

 位置的に日本人とアメリカ人が大半を占めるけれど、ミッドランドの発展に一番寄与したのは、やはり我々アメリカ人だね!」

「本当にそうだったの……」

「実はそうなんだ……英語が使われてるのもそういう理由でな」


 確認を求める顔を隠そうともしないレテナに、リーブが苦笑交じりに答える。


「二十年に一回くらいのペースで、ハイアース人が来るらしい。そのたびにハイアースの技術が流入してミッドランドは栄えていった、と学校では習ったな。

 言語は元々、ハイアースとロウアースは似たような体系ではあったらしい」

「来たら必ず成果を上げるハイアース人が使う英語は、ミッドランドでは尊敬に値する言語だったようだよ。いつの間にか、元の言語を駆逐してしまうほどにね」

「……うーん。火薬とか燃料もそうだけど、ロウアースって進んでるんだか進んでないんだか……」


 コーラを口に含んで、それでもなおレテナは渋い顔を隠さない。


 一方、父親は対照的だ。


「気にしたら負けさ!」


 そう言って、がははと笑う。彼はこちらで生きていくと決めた人間ではあるが、それでも彼の場合気にしなさすぎだと、娘は心の中でため息をついた。


 まあそれは置いておくとしても、食べなれたジャンクフードをこちらでも食べられるのはレテナにとってもありがたいことだ。こういう、アメリカの雰囲気を感じられるものが各所にあるからこそ、ナルターも安心してミッドランドに住みつけたのかもしれないし。


 ハンバーガーをほおばる。ロウアースに来てまだ二日。さして日を置いたわけではないのに、やけに懐かしさがこみあげてくるレテナだった。


「……うん、おいしい」

「だろう!? こちらで一番おいしい店だと思っているよ!」

「休職中の身にはちと厳しい値段設定だがな」


 そうしてしばし、四人は――カイトはほとんど口を挟まなかったが――談笑にふける。昨夜だけでは語りつくせなかった、レテナやナルターのこれまでの話が中心だ。


 そんな中で、リーブはナルターにそれとなく目をやった。義父は、普段の彼とはとても思えないほど表情豊かにしゃべり、よく笑っている。十年間一緒に暮らしてきて、そんな彼の姿はリーブもほとんど見たことがなかった。今の今まで面識がなかったとはいえ、一人娘はやはり大事なのだろう。

 その姿にリーブは、手段を探すのに飽きたという建前は、本当に嘘だったんだろうなあとふと思う。そして同時に、自分がいたからこそハイアースに帰るわけにもいかなかったというのは、本当なんだろうとも思えた。

 今はもう何も……とまでは言わないが、それでも心に負ったトラウマは払しょくできている。だが当時は……両親で目の前で殺されたあのトラウマは、とても一人では抱えきれなかった。よく泣いて、警報が鳴るたびにおびえて、ナルターを困らせていた記憶もある。


(……俺は本当に、いい人に助けてもらったんだな)


 改めてそう思い、リーブは笑った。

 隣では、レテナが毎度のようにツッコミに回って大忙しだ。まったく、本当に打てば打つだけ盛大に響いてくれる。


 そうしてリーブも、もう一度会話の輪に飛び込んでいくのだった。


ブックマークありがとうございます……ありがとうございます!(感涙


ようやく黒幕、というかボスを出すところまできました。

今回は嵐前の静けさです。

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