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5.監視役はメイドさん

「リーブ! 大丈夫だった!?」


 客間に入ったリーブを見て、誰よりも先にレテナが駆け寄ってきた。なので、リーブは苦笑しながら牽制しておく。半分デビルの自分にうかつに近寄ることは、本気でやめたほうがいいのである。近づかれた分距離を取り、ひらひらと手を振った。努めて問題なさそうに。


「全然大丈夫じゃねえ。そろそろ俺死ぬわ」

「ちょ……っ、じょ、冗談でもそういうのやめなさいよ! 誰かが目の前で死ぬなんて、あたし嫌だからね!」

「本当なんだからしょうがないだろ。……っつーか、俺が都合よくお前の近くにいるとでも思ってんのか?」

「ば……、バカ言ってんじゃないわよ! そういうことじゃなくて……ああもう、あんた頭おかしいんじゃないの!?」

「病人に向かってそりゃないだろ。……まあ否定はしないけどさ」

「しなさいよ!」


 怒涛のやり取りに、口をはさむタイミングを逃したのはセンティだ。彼女は、おずおずと同伴していたスウォルの隣まで行くと、こそりとささやく。


「あの、なんか、その、仲、よくないっすか?」

「みたいだな。まあ、命の恩人なんだし、好感度は最初から高いだろ」

「……あ、そ、それは……そうっすね……」

「これでお前も後がなくなったな。だから言ったんだ、何があるかわからないんだから早く手は出せって。

そんなんだから会ったばかりの人間に先を越されるんだよ」

「……ッ、い、いや、そういう話でしたっすか?」

「違うのか? やれやれ、こりゃダメだな」


 全然隠しきれていないのに、隠し通せているつもりのセンティは、泳ぎまくる目を顔ごといろんなところに向けている。

 これはダメだ。心の中で再度つぶやいて、お手上げ、と言わんばかりにスウォルが肩をすくめる。そこに、


「ダメって、何がです?」


 キッと鋭い目を向けてレテナが言った。


「いいや、こっちの話だ。

 ……レテナ君、そろそろ機嫌を直してくれ。昨日のことは我々ゼロ課にとっては仕方ない対応なんだ。それは説明しただろう?」

「それはわかったけど……けど、でもやっぱり納得はできないわよ……」


 自分の言っていることより、スウォルの言い分のほうに分があると彼女自身も思っているのだろう。その視線が、スウォルに合わさることはない。

 その辺りのことについては、リーブにどうこうすることはできない。自分も当事者だが、納得しているのだ。だからこそ、それについて話を深めようとはせず、話の方向を変えることにする。


「……まあ、それはもういいんですよ。で、スウォルさん、俺らの今後のことなんですけど」

「ああそうだ、今後のこと、今後のこと」


 うむ、と咳払いをして、スウォルが懐から手帳を取り出した。そして、ペンがはさまれていたページを開く。


「まず、センティ。お前は今日も仕事な。今月のシフトがそうなってる以上、変えられない」

「うげぇ、ですよねー!」

「内容は司令室で確認してこい。以上、遅れるなよ」

「ふええーい、了解っす!」


 しぶしぶ、といった様子だったが、それでもセンティはすぐに表情を引き締めると、客間から飛び出していった。出がけにリーブたちに声をかけていったが、二人が返事をする前に彼女は出て行ってしまった。


 それを見送ってから、スウォルが改めて手帳に目を落とす。


「で、レテナ君の泊まり先だが……俺の家を使ってくれ」

「はあ。えと、いいん、ですか?」

「ああ。どうせ広すぎて持て余してるし、……何より経費の問題がこう、な。うちならタダだ」

「……なるほど」

「とはいえ、そこらのホテルよりは快適だと保証する。うちのメイドを一人世話役としてつけるから、自分のメイドだと思って使ってくれ」

「は、はあ。わかりました……」


 やや呆けた顔でうなずくレテナ。その脳裏には、この人もしかしてとんでもないお金持ちなんじゃ、という感想がひしめき合っている。

 実際その通りなのだが、スウォルのことを知らない人間の反応は大体いつもこんな感じだ。


 と、いうことを長年の付き合いで知っているリーブは、ちらりと視線をそらして小さく笑った。そして、口をはさむ。


「一人って言いますけど、スウォルさんトコのメイドってカイトちゃん一人しかいないじゃないですか。

 俺にカイトちゃんつけて、レテナにもカイトちゃんつけるってどういうことです?」

「お、よく聞いてくれた。さすが、リーブは鋭いな」


 びし、とペンで指されてリーブは肩をすくめる。狙ってやっているに違いない。イケメンの分際で要所要所でかっこつけたがるおかげで、こういうときの彼はやたらとかっこいいのが癪なところだ。


「リーブだが、お前は今後俺の家に常駐してもらう。とはいうが要は軟禁だな。

 そしてカイトは、レテナ君の世話とお前の監視を兼ねる。一人しか信頼できる人間がいない以上、負担は仕方ない。

 あいつならその辺りもうまくやるだろうし、ということで上も納得したよ」

「……納得? させたんでしょうに。何回剣抜いたんです?」

「おいおい失礼だな、それじゃあまるで俺が脅したみたいじゃないか。一本だけだ」

「抜いたんじゃない! 十分脅してるわよ!」

「え、二刀流専門のスウォルさんが一本しか抜かなかったんですか? 今の評議会はだいぶ弱腰ですね」

「あんたも気にするところおかしいわよ!?」

「レテナ君、細かいことはいいんだ」

「それはスウォルさんが言っていいセリフじゃないわ!?」


 レテナのツッコミは的確だ。あまりにも要点を押さえすぎている。どうやら打てば響く性分らしく、スウォルがやけに楽しそうなのもうなずける。


 だが、一応そろそろとめておくべきだろう。そう考えて、リーブはレテナの発言をばっさりと切り捨てることにした。


「まあそんなことより、俺の処遇はわかりました。カイトちゃんの言うことに従って、安静にしてればいいんですかね?」

「そんなことよりってそりゃないでしょ!?」


 スウォルもリーブの意図に気づいたらしい。深くしっかりと頷いて、彼も大鉈を振るう。


「そういうことだ。お前の行動は、発信器とカイトを通して逐一ゼロ課に報告されることになる」


 話を戻す流れに、レテナはふてくされながらも従う。自分は悪くないのに、と言いたげだ。


 スウォルは続ける。


「まあ、周囲に被害を出さない限りは今までと同じだ。休職中という扱いも変わらないし、手当の支給も従来通り。

 デビル化が進行しないうちは、自由にしてもらって構わないさ」

「……ありがとうございます」

「なんなら、レテナ君の案内はお前に任せてもいいと思っているくらいだが。ま、そこはその時々で判断してくれ」

「わかりました」

「最後に……もうカイトが船着き場に着いてるはずだ。そこまではお前に任せた」


 そこまで言って、スウォルは手帳を閉じた。


「はい。……すいませんね、本当に」

「……いや、それは俺のセリフだよ」


 暗い表情をしたリーブに、スウォルは弱く首を振る。


「お前と俺の仲だろう。にもかかわらず、俺にできることはゼロ課の人間として対応することだけだ。

 友人としてできることがなくて……本当にすまないと思っている」

「いいんです。……今回の件で、評議会相手に剣を抜いてまで説得してくれたのは本当なんでしょう?

 それだけで十分です、ありがとうございました。それから……もう少しだけ、お世話になります」


 そう言ってほほ笑むリーブの顔は、やはり暗かった。かすかに絶望の影が見える、沈んだ笑み。


 その意味を正確に理解しているからこそ……スウォルはそれ以上を言うことができなかった。彼に言えたことは……。


「ああ。それじゃあ、俺からは以上だ。俺も仕事に戻る。……レテナ君、ミッドランドを楽しんでくれるならこの国の人間としては冥利だよ」


 それだけだった。そして、背中を向ける。その瞳は、普段自信家として振る舞う彼らしくなく揺れていた。



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「俺とお前の仲、って。何? あんたたちってどういう関係なの?」


 客間を出てすぐ、レテナが疑うような眼をリーブに向けた。その問いの真意はともかく、リーブは顔をしかめた。


「……言っておくが、世間で女が騒ぎ立てるようなそっち方面な関係じゃないぞ」

「は?……あ、あー……っと? それはあれよね、いわゆるボーイズ……」

「やめろ! それ以上はやめろ!」


 全力でレテナのセリフを遮り、リーブはそれから深いため息をつく。


 彼は知っている。ゼロ課の事務方に勤める複数の女性職員から、スウォルとの関係をあらぬ方向の目で見られていることを。


 世の中にそういう嗜好の人間がいることは彼だって知っているし、それを嫌悪するつもりはない。人が人を想うところに理屈はなく、その感情は本来であれば素晴らしいものだとも思う。

 ……さすがに男からそういう想いを告げられたら困るが、だからと言ってそれを無碍に扱うつもりもない。が、まったく関係のないところで勝手にそういうものだと扱われることだけは、勘弁してもらいたいというのが偽らざるリーブの本音だ。


「……俺のおやっさんが、スウォルさんの戦友なんだよ。まあ年齢差は結構あるけど……そんなわけで、俺がガキの頃からよくうちに遊びに来てたスウォルさんには世話になった」

「へえ……じゃあ、頼れるお兄さんみたいな感じなのね?」

「そんなところだ。まあ実際スウォルさんは最強って言われるデビルハンターだし、そういう意味でも頼れる人だ」

「ふーん……。なんかそういうの、ちょっと羨ましいなあ」

「まあ、自慢と言えば自慢だ。……そういうレテナはどうなんだ?」


 話を振られて、レテナは首を振る。


「あたしは一人っ子。母子家庭でお母さん再婚するつもりもないから、そういうのはないなあ」

「……悪い、変なことを聞いた」

「いいのよ、別に気にしてないもの。お父さんはあたしが生まれた直後に行方不明になってそれっきりだし、今更……って感じかな」

「……親はなくとも子は育つ、ってか」

「日本人みたいなこと言うのね、あんた」

「おやっさんから教えてもらったんだよ。奥さんが日本人らしくてな」

「はあ!?」


 リーブとしては本当に何気ない一言だったつもりだが、レテナは違った。思わず足を止めて、目を剥いている。


「……あれ? その辺りは説明されてないのか」


 そちらに向き直るリーブに、レテナが慌てて駆け寄る。


「初耳! もしかしてあんたのお父さん、ハイアース人なの?」

「義理の、だけどな。十八年前にこっちに来て……帰る手段探すのに飽きたっつって、こっちに定住したらしい」

「……は、ははは……何それ、飽きたってどんだけ元の世界に執着ないのよ……」

「……性格、だな。会えばわかる。そのうち会わせてやるよ……」

「リーヴェット様」


 話が一段落したところで、後ろから声が飛んできた。

 リーブはもう一度振り返って、ああ、と小さくうなずく。会話が落ち着くのを見計らっていたのだろうと、わかったのだ。


 そこには、百四十センチにも満たないであろう少女が立っていた。飾り気は少ないながらも、全身を機能美に彩るメイド服からの露出は最低限で、それが正統派のものだと暗に主張している。

 黒髪の美しさはスウォルをもしのぎ、緑色のリボンで結ったポニーテールがかわいらしい。だがそれすらも添え物でしかなく、その少女の美貌は明らかに突出していた。世の中のジュニアアイドルにも、これほどの美少女はいないだろう。

 唯一、場違いなマフラーだけが異彩を放っているが。


「久しぶり、カイトちゃん。わざわざここまで来てもらわなくても、船着き場までもう少しなのに」

「はい、お久しぶりです。リーヴェット様のお顔が見られると思ったら、少し気がはやりました」


 そう言って少女――カイトはにっこりと笑った。純粋無垢な天使の笑みと言っていいだろう。そちらの趣味を持たないリーブですらそう思うのだから、その手の大きなお兄さんの前に出そうものなら宗教にすらなりかねない。いや、ゼロ課の一部では既になりかかっている。


 そんな彼女に目を白黒させたのは、リーブの後ろに立ち尽くしたレテナである。まさか、こんな小さな子が来るとは思っていなかったのだ。


 対して、レテナのそんな表情に気づいたカイトは、もう一度にこりと笑ってうやうやしく頭を下げる。


「レテナ・ヒビヤ様ですね。スウォル様からお話は伺っております。あなたのお世話全般を引き受けさせていただきます、カイト・シルヴィスと申します。

 何でも思うままにご用命ください。法に触れない範囲であれば、すべて対応させていただきます」

「えっ!? あ、う、うん、よろしくお願いしますです!」

「では、ここで立ち話もなんでございます。まずは移動いたしましょう」


 そう言って、カイトは面食らって硬直しかけたレテナの手を取った。よほどこういう扱いをされることに慣れていないのか、彼女の挙動がおかしなことになっている。

 そんな二人の後ろに付き従って、リーブはくすりと笑った。


ロリメイドさん現る(ただし年齢は気にしないものとする)


そういえば世間では七夕ですね。

織姫と彦星が、まだ見ぬ読者の方との関係を繋げてくれるのならば、今夜星空に詣でてみるのも一興かもしれません。

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