3.予期せぬ仕事と予期していた発作
「待って待って、どういうこと!? この世界の、って! だって、あんた普通に英語話してるじゃない! そりゃ、ちょっとなまり聞いたことない感じだけど!」
我に返ったレテナが、クエスチョンマークを振りまきながら言う。
「色々説明すると余計混乱しそうだから、重要なところだけ説明するぞ」
そんな彼女をもう一度座るようになだめて、彼は端末画面を彼女に向ける。そこには、世界地図が表示されていた。
「これがこの世界の地図だ」
「な……ッ」
それを受けて、再度レテナは硬直する。だが、今回はさすがにすぐに復帰した。リーブから端末を奪い取ると、その画面を食い入るように見つめる。
「嘘でしょ!? 何よこれ、全然陸地の形違うじゃない!」
「だから言っただろ、お前この世界の人間じゃない、って。この世界に、アメリカって国はない」
そんな……と言いたげな視線がリーブに突き刺さる。それでも彼は、構わず説明を続ける。
「ここはミッドランド。知らない国名だろ?」
こくりと頷きが返ってくる。
「お前の世界は、地球って呼ばれてるんだろ?」
もう一度。
「この世界も、地球と呼ばれてる。ただ、同じ名前なだけで中身ははっきり言って別物だ。要はパラレルワールド、ってやつだな。わかるか?」
「へ、平行世界、ってことね……? 違う歴史を歩んできた、違う進化をした……」
「理解が早くて助かるな。そういうことだ。俺らは便宜上、お前たちの世界をハイアース、この世界をロウアースって呼んでる」
「ハイ、……に、ロウ、って……上と下? どういうこと?」
「ん。さっき、平行って言ったがそれは正確じゃなくって、たとえるならお前の世界とこの世界は、同じ建物の二階と一階なんだ。ただし、階段の類はない」
「……なるほど、繋がってはいるのね。ただ、上から下に行くのは飛び降りるだけで済むけど、逆は難しい」
「おう。……なんだ、お前本当に理解が早いな」
既にレテナは落ち着きを取り戻していた。混乱が行き過ぎた結果、一周まわって落ち着きに帰結したのか。
「一応、物分りはいいつもり。……それに、受け入れるしかないじゃない、こんなの。夢だって言われたら逆に信じられないくらいリアルだもん」
「そーかい、まあそれが利口だな。……話を続けるぞ。
そんなわけで、稀にハイアースからこっちに人が来ることがある。が、逆はそうそうない。そして俺は公務員で、その情報を知りうる立場にある。だからハイアースのことを知っているってわけだ。……お前、色々と運がいいよ」
「……なんか、そう、みたいね? あんたがいなかったら、あたし死んでた……のよね?」
「そうだな。どっかの建物に突っ込んでそのままおしまいだったと思うぞ」
リーブの回答に、レテナは真っ青になった。そうだろうな、とリーブも思う。二人はしばらく沈黙した。
だが、リーブの耳は遠くの破砕音をキャッチする。と同時に、レテナが持ち続けていた端末が振動を再開、彼女はびっくりして危うくそれを取り落しかけた。
「な、なにっ!?」
「近くにいるな……さっきとは別の個体か?」
「さ、さっきって……もしかして、あの化け物!?」
振動を続ける端末を抱えるレテナ。彼女に対してリーブは、返答の代わりにペットボトルをベンチの上に置いた。
「音が消えた……? 探知機は動いてるが……移動速度、でたらめに速ぇな」
その表情は、真剣そのもの。遠くを見やるまなざしは、切り裂くことすらできそうだった。レテナが、ごくりと生唾を飲み込む。
「おい、お前は隠れてろ。あの扉の向こうくらいでいいから」
「へっ? えっと……あ、屋上階段の……わ、わかった、わかったわ」
そしてレテナが、言われるままに駆け出した直後のことだ。頭上から黒い影が二人の間に差し込む。
「ゴケッコオ゛オォォ!」
「……! 上か! 走れ!」
敵襲。それを認識したリーブが走り出し、レテナをかばう位置へと移動する。そして、それとほぼ同時に、巨大な鶏がどしんと着地した。
大きな揺れと共にコンクリートが砕け、破片が周囲に舞い上がる。その衝撃で、レテナはバランスを崩して、もんどりうって屋上階段の扉の向こうへ転がり込んだ。
「きゃああぁぁっ、出た、出たあぁぁ!」
「ちっ……、鶏のくせに空飛ぶのかよ。相変わらずデビル化は常識とか進化とかガン無視だな……」
レテナを眼前の敵から見えなくするように身体を広げ、リーブはひとりごちる。
身体を起こした巨大な鶏。その大きさは、リーブの二倍近くあった。とさかは光沢を放つ青い宝石のよう。またその存在をアピールするかのごとく、複雑な形でそびえたつ。脚部はもはや恐竜か何かであり、かすっただけでも重傷なのは考えるまでもない。そして……何より目を引くのは、その巨大な翼だ。
「雄鶏、か……? 先祖がえりでも起こしたか……いずれにしても、やるしかなさそうだ」
言いながら、リーブは懐から太い棒を取り出した。そしてそこにあったスイッチを押す。すると、そこから真っ黒な刃が出現し、一気に剣となって現れた。
「ちょ……ちょっと! やる気なの!? か、勝てるの!? そんな化け物に!?」
「勝てるかどうかはわかんねーが、勝つしか生き残る道はねーな」
レテナに返事をしながら、リーブは得物を構える。そんな彼を、雄鶏デビルの飾り物めいた目がじろりをにらむ。
両者はしばし、その状態で向かい合っていた。元より人のいない今、完全な静寂が周囲に満ちる。
が、それはすぐに終わりを迎えた。雄鶏デビルが、ひびの入ったコンクリートを踏みしめて砕きながら、猛烈な勢いでリーブ目がけて駆けだしたのだ!
速い! それはリーブの予想を大幅に上回るスピード。あっという間もなく距離を詰められ、彼は本能的に後ろに飛びのいてかろうじて目の前の危機から脱した。
そのまま二度、バックステップで改めて雄鶏デビルと距離を取る。しかし、もはや恐れるものなどない雄鶏デビルにとって、そこで足を止める理由などない。そのままほとんど速度を落とすことなく、またしても突進を開始する!
レテナが、悲鳴を上げた。こんなの無理だ。彼女のそんな声が聞こえるような気さえする。だが、リーブは慌てない。
彼の瞳が、ざわりと青く変わる。と同時に、やや左前へと踏み出す!
「ゴッ、ゴケッ、コケッゴォォ!!」
デビルが耳をつんざくほどの声量でがなり立てる。が、直後にリーブも一声叫ぶ。
「重力制御!」
するとどうだろう。突然、雄鶏デビルの足元がおぼつかなくなった。そして、一瞬だが、がくりと体勢を崩して転倒する。
「……もらったッ!」
そんな好機を逃すほど、リーブは素人ではない。雄鶏デビルが前のめりに倒れてくる、その動きに合わせて強くコンクリートを踏みしめると、勢いよく剣を逆袈裟に振り抜いた!
「ゴオォォっ!?」
その一閃が、雄鶏デビルのとさかを切り離す。星のような煌めきを散らせながら、宝石化したとさかが宙を舞う。
だがそこで終わりではない。リーブは剣を最短距離で構え直し、続いてもう一撃を繰り出した。今度は切っ先を全力で押し込み、雄鶏デビルの脳天を貫く。見るも鮮やかな青い血をほとばしらせて、雄鶏デビルの身体がびくんびくんと痙攣する。
そのまま、それが動く気配はなかった。だが、念のため。そう小さくひとりごちて、リーブは貫かせた剣を、ぐりぐりと回転させて敵の脳天を破壊しつくす。その目が、ぐりんと白目をむいた。
デビルは常識の通用しない化け物だ。倒すからには、徹底的に。頼れる上司の教えである。
「っらぁっ!」
雄鶏デビルが動かなくなったのを見て、リーブはその身体を全力で蹴った。その勢いで、ずるりと剣が抜ける。ビルを揺らしながら雄鶏デビルの身体が倒れこみ、そして完全に沈黙した。
「……ふぃ。退治完了っと」
動かなくなった雄鶏デビルを見下ろしながら、リーブはつぶやく。それから数回空を切り裂いて血をきれいに飛ばし、ボタンを押して剣を仕舞った。出てきたときと同じく黒い刃は一瞬にして引っ込み、柄だけになる。
深呼吸を一つ。空気がうまかった。そしてつぶやく。
「……いやー、危なかった。マジでギリギリだったな……」
「えっ!? あ、圧勝に見えた、んだけど……そんなギリギリだった、の?」
「おー、やばかったぞ。あいつがせっかく獲得した翼を使わないでくれたから助かった、おかげで重力制御をきれいにかけれたよ」
「そ……そう……。な、なんていうか、次元が違いすぎて、あたしにはよくわかんない、けど……」
振り返れば、レテナが半分呆然としたような顔を向けていた。
「あんた、すごく強いのね。その……ありがとう」
「……強かねえよ。本当に強かったら、もっと戦い方はある」
「わかんないわよ、そんなの……。……とにかく、助けてもらったのは間違いないんだし……こう、どういたしましてって言っときなさいよ」
微妙に泳いでいる視線。それに気づいて、リーブは思わず笑った。
「な、何よっ」
「別に。……ま、どういたしまして」
「う、うん」
「さーて……」
柄だけになった剣を懐に仕舞い込んで、リーブは伸びをする。遠くから発条機関独特の駆動音が聞こえて、そのままの姿勢でにやっと笑う。
「……これから、どうするの?」
「もう迎えが来る。……ほら、あれだ」
聞いてきたレテナに対して、空の向こうを指差すリーブ。
釣られてそちらに目を向けたレテナは、飛空艇を見てまたしても目を丸くした。
「せんぱーい! お迎えに上がったっすよー!」
そしてリーブは、窓から顔を出して手を振る後輩に向けて、手を振りかえしたのだった。
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センティを先頭に、廊下を歩くリーブとレテナ。レテナは先ほどの飛空艇や、そこから見た景色に対していろいろ思うところがあるようで、興奮気味にあれこれと話しかけてくる。
「ろ、ロウアースってどうなってるのよ? 車はないのに、空飛ぶ乗り物は発達してるって、わけわかんない! しかもなんか、壁に家が建ってたりするし、同じ地球なのになんでこうも……」
「オーケー、レテナ。その説明はあとでちゃんとする。そしてそれは長くなるから、うちの隊長と今後のこと話してからだ」
「う……わ、わかった、わよ」
ここはゼロ課の本部だ。と同時に、デビルが出現した際は前線基地としての役割も担う。その通称はスカイベース。文字通り、建物ごと空を飛ぶ移動型の基地だ。今回もその例に漏れず、建物ごと現場である第二階層まで下りてきており、リーブたちはセンティによりここまで連れてこられたのであった。
「色々気になるのは仕方ないっすよね。隊長に報告終わったら、なんでも聞いちゃってくださいっす!」
「……うん、そうする。ありがと、センティさん」
「センティでいいっすよ! わたし、一番下っ端っすから!」
「そ、そう? じゃあ、そう呼ばせてもらおうかな」
そんなやり取りを交わしながら、三人は一つの扉の前へとたどり着く。掲げられた札には、隊長室の文字。そんな扉をノックして、センティが中へ声をかける。
「スウォル隊長! センティ・カルマート、ただいま戻りました!」
「入れ」
返ってきたのは、よく通るテノールの美しい声だった。それに応じて、センティが扉を開く。
「失礼いたします!」
彼女に続いて、リーブとレテナは中に入る。
そこは、執務室というよりは会議室という雰囲気だった。壁はホワイトボードが張り付けられていて、地図が貼ってあったり乱雑に文字が書きなぐられたりしている。
正面には長机があり、そこに一人の男が座って書類に何やら書き込んでいるところだった。
目は切れ長の三白眼。しかしそれが悪印象にならないのは、それを引き立たせる整った顔立ちがあるからだ。女よりも手入れが行き届いているんじゃ、とも思える黒髪は長く、照明を受けて艶やかに輝いている。
そんな美男の前に立ち、リーブとセンティは直立不動を取る。ちらりと横目に見て、レテナもそれに従った。
この男こそ、ゼロ課の実働部部長にして、現場隊長のスウォルである。リーブとセンティの直属上司だ。そして、今のミッドランドでは最強との呼び声高いデビルハンターでもある。もっとも、ゼロ課の隊長という立場上、最近は前線にあまり出ないが。
「楽にしていいぞ。こっちもながら作業してるしな」
スウォルの言葉に、三人は身体から力を抜く。
「ご苦労だったな。いや、リーブから通信が来たときは何事かと思ったが」
書類から目を離して、スウォルが薄く笑う。嫌味な感じは一切ない。実に絵になる仕草だ。
「いや、まったくです。世の中何が起こるかわからないもんスね」
肩をすくめてリーブも小さく笑う。スウォルのようにはいかない。世の中理不尽である。
「で? そっちのお嬢さんが、報告にあったハイアース人?」
「うぃっす」
言われて、リーブはレテナを前にする形で一歩下がった。偉い人の視線を受けて、彼女が表情を強張らせた。
「は、はじめまして、レテナ・ヒビヤと言います。よ、よろしくお願いします」
「ふむ」
とりあえず自己紹介を済ませ、レテナが小さく頭を下げる。そんな彼女を、スウォルはしばらく凝視していたが……。
「おっと、レディに名乗らせておいてこちらから何も言わないとは、失礼の極みだな。申し訳ない」
そんなことを言いながら、立ち上がった。
「多少はリーブたちから聞いているかもしれないが、俺がここの責任者をしているスウォル・リンフォルツァントだ。以後お見知りおきを、レディ」
そしてやや芝居がかった調子で言いながら、やはり芝居がかった歩調でレテナに近づく。予想していなかった事態に、レテナはハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。
そんな彼女の反応を意に介さず、すぐ目の前に立ったスウォルはあっけにとられたままの彼女の手を取り、顔をずい、と近づける。
「ハイアースの、ジャパンという国には縁という考え方があるらしいね。人と出会うことはめぐり合わせ、何かが導いた奇跡なのだと……いや、言い得て妙だと俺は思う。そして、君との出会いもきっと縁……恐らく我々は、出会うべくして出会ったのだ」
「は、はあ……。……はあ!?」
「君のような美しい女性と出会うことができたのならば……俺は神は信じないが……確かにこの世に神はいるのかもしれない」
「えっ、ちょ、は!? いや、あのっ」
目の前で突然跪かれたレテナは、大慌てで言葉にならない言葉を口にする。そんな彼女の様子を、リーブとセンティは肩をすくめて苦笑しながら見つめている。それだけだ。止めはしない。
誰も止めるものがいないので、スウォルはさらに踏み込んでいく。
「……願わくば、この俺に君の手に口づけをする許可をいただきたい」
「え……や、ちょ、あの……い、イヤーッ!」
「おうふぁっ!?」
だが、それ以上はさすがに許されなかった。混乱したレテナが、勢いよくスウォルの突き飛ばしたのである。イケメンだからといって、なんでも許されるわけではないのだ。
とはいえ、転倒することなくすぐに体勢を立て直してみせたところはさすがといったところか。
「……はっ!? あ、ご、ごめんなさい、あたし、つい……」
「いいんだよ、自業自得だ。っつーか、もっとやってやれ。なんなら、頭かち割っていいぞ」
「えっ」
「ちょっ、リーブ!? 仮にも俺様上司だよ!? それはちょっと不敬罪じゃないかな!?」
「隊長は、一回それくらいしてもらったほうがいいっすよ。裁判起こされても、わたし絶対不利な証言しかできないっす」
「センティまで!? いやいや、この俺様が訴訟されるなんて、そんなわけはない。レディにはちゃんと相応の扱いをしているつもりだ」
「そんな人が何人いるんでしたっけね」
「女の敵っすよね」
「味方! 俺様、レディの味方! 国を相手取ってでも、俺様みんなを守るからね!」
先ほどの堂々とした立ち居振る舞いはどこへやら。スウォルは、リーブとセンティからボロクソ言われながらも、やはり芝居がかっておどけたり威張ってみたりして反論を模索している。
一方、完全に置いてけぼりを食らった形のレテナは、そのペラペラな上下関係に唖然とするしかない。だが、そのやり取りは傍から見ていても、おかしくて仕方なかった。思わず、笑いが漏れる。
「……あ、ご、ごめんなさい。でも、だって、警察なのに全然それっぽくないし。スウォルさん、ただのいじられキャラみたいで、おかしくって……」
こらえきれない笑いをそれでもおさえながら、レテナはくすくすと笑う。
それを見て、スウォルもははは、と笑った。
「どうやら、緊張はほぐれたみたいだな」
「……え?」
「見知らぬ土地で化け物に襲われて……色々不安はあるだろうが。我々ゼロ課は、ミッドランドにいるすべての人のために命をささげるものであり、それは相手がハイアース人だろうと変わらない」
またしても、直前までのおどけた雰囲気は既に消え失せていた。いかにも自信ありますといいたげに、口元には微笑みが。まっすぐなまなざしはどこまでも真摯で、直前までと違い、その所作は飾ったところがなかった。
だからこそ、レテナは気づけた。彼が行った一連の動作、軟派に女性に迫るようなところから、ふっとばされて部下と気安くじゃれあうのも、計算のうちだったのだと。がちがちに緊張していた自分を、解きほぐすためだったと。事実スウォルは、引き締まった表情で言った。
「……だから、レテナ君。安心したまえ、必ず君は守り通すと誓う」
「は……はい。よろしく、お願いします」
だからレテナも、自然に頭を下げることができた。いつの間にか、隊長室の空気は穏やかなものになっていた。
リーブとセンティも、既にその視線を上司に対するそれに変えている。やるときはやる。それがスウォルという男だと知っているのだ。
「さて。早速で悪いんだが、レテナ君にはロウアース……それからミッドランドの簡単な説明を受けてもらう。
説明というか、法律やルール、暗黙の了解といった立ち居振る舞いについてだ。既にある程度察しているとは思うが、ハイアースとロウアースは違うところが多いからな」
「わかりました。あたしも、聞きたいことがたくさんあるので助かります」
「うむ。それから、今日はここに泊まっていくといい。むさくるしいかもしれないが、そこはすまん、我慢してくれ。明日以降の宿についてはそれまでに用立てておく」
「はい、お願いします」
「リーブ」
「うぃっす」
スウォルに呼ばれ、改めてリーブは一歩前へ出る。
「お前説明うまかったし、彼女にレクチャー頼めるか? 他のメンツも結構手がふさがっててな」
「はい。どうせ、休職中でやることもないんで、任されることにします」
「第一会議室を開けておいたから、場所はそこを使ってくれ。助手にセンティ使ってくれても構わん。いいよな?」
「はい」
「ラジャーっす、隊長」
二人の了解に、スウォルは満足げに頷く。そして、
「明日、細かい取り決めができ次第呼びに行くから、そのつもりで。それじゃ、解散!」
そう締めくくると、自分の机に戻って作業を再開した。
それを見届けてから、リーブは回れ右をして二人を促す。
「んじゃ、まずは第一会議室だな。案内するよ」
「うん、お願いね」
「わたしもご一緒するっすよー!」
「場所はここのちょうど真下で……」
そうして歩き出そうとした、その瞬間。
リーブは、両腕にすさまじい激痛が走るのを感じて、一瞬にして蒼白になった。なるべくそれを表に出さないように努めるが、それは徒労に終わる。痛みは、立っていることも困難になるほど強かった。
「ちょ……ど、どうしたの? 大丈夫?」
突然膝をついたリーブに、レテナが困惑する。
「ぐ……っ、う、ぐ……う……ッ!」
だが、返事をする余裕もない。声をできるだけ出さないようにするので、精一杯だったのだ。
そんな彼をあざ笑うかのように、彼の両腕の痛みがさらに激しさを増す。それと同時に、骨が折れるような派手な音を立てて、腕がぼこぼこと波打ちながら肥大化する。素肌を完全に覆い隠している服から、小さく裂ける音が響いた。
「隊長、発作っす! 先輩の発作が始まったっす!」
それを確認するや否や、センティはリーブから距離を取って腰のホルスターから銃を抜いて構える。その銃口は、震えることなくまっすぐにリーブの頭に向けられていた。
そしてスウォルも、躊躇なく机を横倒しにして壁のようにすると、懐から黒い剣を抜き払って構える。彼もまた、リーブに剣を向けていた。
それらを理解できないのは、レテナだ。だが彼女はうろたえるよりも先に、怒りの感情をあらわにする。
「ちょ、ちょっと!? どういうつもり!?」
「レテナさん、先輩から離れるっすよ! 危険っす!」
「はあ!? わけわかんないわよ、こんなに苦しんでるじゃない!」
だが、センティは険しい表情で言う。照準はずらさない。その語調は鋭く、どこまでも本気だった。
それをレテナは、らちが明かないと判断する。
「レテナさん、ダメっすよ!」
「リーブ! しっかりして、何が起きてるの!?」
そう言って、リーブの身体を抱き起す。その間も、リーブは両腕の痛みに耐え続ける。なおも大きくなる痛みを、脂汗を流しながら必死に耐える。
そして耐えながら力いっぱい身じろぎし、レテナの支えを振りほどいた。
「ちょっ……リーブ!?」
「さ、……ッ、触るなッ! うぐあ……ッ! い、いいか……来るな……ッ、寄るな……ッ!」
息も絶え絶えになりながら、死相すら思わせる表情でレテナをにらむ。その瞳は、まだら色だった。黒と青が混ざり合い、溶け合っているかのように現在進行形で渦を巻いている。
その鬼の形相に、レテナは息をのんだ。そのままの姿勢で、リーブを見つめ続ける。
それは心境は違えど、センティとスウォルも同じであった。二人は観察するような目をして、リーブの身体の変化を注視している。そしてその表情は、強い緊張の色が占めていた。
そんな、戦場にも似た雰囲気はおおよそ一分ほど続いた。
不意に、リーブの両腕が時間を巻き戻したかのように元に戻った。それと同時に、身体の痛みも嘘のように消え失せて、彼は身体をその場に投げ出した。
「ぐ……ッ、く、は、あ……ハアーッ、ハアーッ……」
強い痛みから解放はされた。だが、それまでの痛みが嘘だったわけではない。リーブは、なんとか呼吸を整えようとするものの、その荒い息遣いが収まる気配はない。
「り、リーブ……大丈夫? お、落ち着いた?」
リーブの身体を引き起こしながら、レテナは心配そうに彼の顔を覗き込む。
それを受けて、リーブはかろうじて薄く笑って、サムズアップをしてみせた。
「……なん、とか……な……」
「先輩……また急だったっすね……」
「あー……まあ、な……『使った』、からな……」
「何よ、銃まで向けておいて今更……」
「そういう話は後だ!」
レテナの怒気を含んだ言葉をぴしゃりと遮って、スウォルが三人に詰め寄る。
「ちょっと……!」
「悪いが後だ! センティ、お前は残って彼女に事情を説明しろ。俺はこいつを運ぶ」
「ラジャーっす!」
「ま、待ちなさいよ……!」
「急ぐんだ!」
「……ッ」
そしてスウォルは、有無を言わさずレテナを押しのけると、力なく横たわったままのリーブを抱きかかえた。
「リーブ、すぐに状態を確認する! いいな!」
「……うぃ、っす……」
リーブは、頼れる上司にかすかに頷いた。
だが、彼が意識を保つことができたのはそこまでだった。もはや、その気力すら残されていなかったのだ。
そのまま彼の意識は、深い闇の底へと沈んでいった。悪魔がけたけたと笑みを浮かべる、青い深淵へと……。
初バトル回でした。申し訳程度ですが。
そして病気療養中にも関わらず戦ったリーブの身体はボドボドダァ!