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1.働けないデビルハンターの日常

 うららかな昼下がり。涼やかな音が、ミッドランドの第七階層に響き渡る。次いで、機械的なアナウンス音声が響いてくる。


『まもなく、第七階層ターミナル駅に列車が参ります。白線の内側までお下がりください……』


 感情の乏しい女性の声が、淡々と列車の運行を告げていく。今どき、こうしたアナウンスは録音したものを使うのが当たり前だ。しかしここ第七階層一帯では、いまだに人による読み上げを採用している。

 当然労務費はその分かかっているのだが、雇用を生んでいることも間違いない。また、時折聞ける読み間違いなどが人間臭さを感じられるからこそいいんだ、という主張が根強くあり、運営側はなかなか切り替えに踏み切れないでいるらしい。


 そんな日常風景を眼下に見下ろせるアパートメントの頂上、その屋根の上で、一人の青年が眠気を隠すことなく大あくびをかました。それから伸びを一つし、アナウンス通りターミナルに吸い込まれていく列車を何という気もなしに見やる。

 車両は八両編成で、レールはない。列車とは言うが、その実態は飛空艇だからだ。そしてだからこそ、レールを通る際の音もない。近くに行けば、動力である発条ぜんまい機関独特の、キリキリというかすかな音は聞こえるかもしれないが。


 なんということもない光景。青年はしばらくそのままぼんやりとしていたが、やがてゆっくりと身体を横たえた。お日様と対面する。まぶしいが、決して不快ではない。

 さんさんと降り注ぐ太陽の光は暖かく、いい陽気。長袖長ズボンに手袋というスタイルは、さすがにちと暑い。しかし、嫌なレベルでもない。どちらにしても、こんな中で日向ぼっこを決め込んでいるのは、実にいい身分と言えるだろう。とはいえそうせざるを得ない理由が彼にはあり、決して仕事がないわけでも、したくないわけでもない。


 彼の名はリーヴェット・クレスシェーン。彼を知る人は大体、リーブと呼ぶ。来年に二十歳を控える彼は今、その若さを持て余していた。同居人は所用で、ここ数日家にいない。話し相手になり得る友人はみな仕事が学業に精を出しており、つまるところ彼は超がつくレベルで暇であった。


「……まだ昼過ぎなんだよなあ」


 そのつぶやきが、いかに彼が暇なのかを如実に物語っている。苦痛な時間は、長いのだ。

 彼はもう一度大あくびをして、それから思い出したように懐から携帯端末を取り出して一つ二つ画面を操作する。途端に、音楽が鳴り出した。自分のお気に入りの曲。疾走感とテンポのいいリズムが彼の好みだ……。


 と、いうことを既に午前中にもやったのだが、これ以外に選択肢がないのが実情である。手持ちの本は読みつくした。新しい本を買うには金がない。図書館に行く交通費はあるが、それを使うと今後の生活費がヤバい。家で金をかけずにできる遊びもない。彼は、詰んでいた。


「うお……っ!?」


 だが不意に、端末が音楽を中断してアラートを発した。音量はさほどではないが、かなり嫌な気分にさせられる独特の警報音。どうやら、どこかで何事かあったらしい。これが普通なら、すわ一大事かとすぐさま動くし、実際身体を起こすところはまでは脊髄反射的にやったのだが……。


「へー……第二階層でデビル出現ね……へー……下のほうは珍しいね……ふーん……」


 自分の状態を思い出したリーブは、深いため息と共に画面に表示された情報をうっそりと眺めるにとどめた。


 現場は第二階層南部地区とのこと。今いる場所のちょうど真下といったところか。養鶏場の鶏からデビルが発生した、らしい。ただちに出動せよ、と……。


 行きたい。というか、普通なら行くべきである。彼は本来なら、街の治安を守る警察、それも対デビル専門の特別部隊、通称ゼロ課に所属しているデビルハンターなのだから。


 デビル。それは、動植物が突如変異して発生する化け物である。血液を介して生物に寄生し、その肉体を変異させる物質「星屑」により生じることはわかっているが、具体的にどういうメカニズムでそれが起こるかは未解明だ。だが何より問題なのは、そのデビルが人の生活を脅かす、文字通り悪魔であることだ。

 そしてデビルハンターとは、そんなデビルを退治することを生業とする人々のことである。それぞれの武器を手に、人を、街を守る。そのスター性から、人々の尊敬を集める人気の職業ではあるが、当然危険はついてまわる。リーブは、そんなデビルハンター、しかも国公認の資格を持つゼロ課のハンターだった。


 そう、「だった」。扱いの上では一応休職中ではあるが、今の彼にかつてと同じ仕事はできない。身体を侵す病が、それを許さないのだ。動くことはできるし、発作が出ない限りは健常者と何も変わらないが、それでも彼の病は不治の病で、しかも伝染する。伝染を防ぐ手はあるが、ドクターストップは不可避だった。


 リーブは静かにアラートを切ると、がしがしと頭をかきながら、所在なく遠くに目をやった。空には、いつも通りいくつもの飛空艇が飛び交っている。デビルが出たにもかかわらず、平和である。

 仕方ない。現場は、ここからかなり下に位置する第二階層。その辺りからひょいっと飛び降りればさすがに三十秒ほどかかるが、逆に言えば自由落下でもそれだけかかるわけで、緊張感がないのはある意味当然なのだ。


 しばらくぼんやりと街を眺めていたリーブだったが、ふとこちらに近づいて来る一隻の飛空艇に気がついた。

 それは黒と白のカラーリングをしており、天井部には赤いパトランプが着いている。つまるところ、パトカーだ。両翼に取り付けられた機関銃と、パトランプを避けて機体上部に取り付けられた対飛空艇ライフルを除けば、どこにでもいるパトカーだ。

 そしてリーブは、まっすぐこちらに向かってくるパトカーの運転席を見て、それが気の置けない相手だと気付いて手を振った。運転席に座る女性も、笑顔で手を振ってくる。


 やがて、パトカーは徐々に速度を落としてアパートメントに接岸。それから、発条機関の駆動音が落ちるのと同時にガスを抜く音を響かせながら、屋根スレスレのところでホバリングした。パワーウィンドウが下がり、中からひょいと人懐こい笑顔が現れる。


「どもーっす先輩! お久しぶりっすね!」

「おー、久しぶり。お前は相変わらず元気そうだな」

「へへっ、それしか取り柄がないっすから!」


 リーブの気の抜けた顔に対して、彼女はもう一度笑って見せる。体育会系の、さわやかな笑みだ。


 彼女はセンティ・カルマート。リーブの後輩であり、直属の部下である。化粧の気配は一切なく、短く切りそろえられた髪にもさほど手入れの形跡もない。しかし、元気溌剌としたパワフルな彼女はなんだかんだでかわいく、構いたくなる。後輩気質にあふれているのか、それがより心の垣根を低くするのだ。そして、彼女もまたデビルハンターの一員である。


「こないだのニュース見たよ。大臣の護衛任務、無事に終わって何よりだ」

「おかげさまで、生きて帰ってこれたっす! 先輩のほうはどっすか?」

「今のところ安定してるよ。今月はまだ発作もないし、おかげで暇だ」

「そっすか。……こっちはおかげで大忙しっすよ! 先輩が抜けた穴、ちっとも埋めらんないんすから!」

「はっはっは、知らねー。俺一人抜けたくらいでその程度じゃ、お前らそのうち二軍落ちだな。最悪事務方に回されたりして」

「それはイヤっすー! 勘弁してほしいっす!」


 リーブの意地悪な笑みに、センティはぶんぶんと頭を振り乱す。相変わらず、弄りがいのある部下だ。

 だが、あまりやりすぎるわけにはいかない。彼女は自分と違ってゼロ課の現役隊員であり、先ほどのアラートがある以上、現場に急行する義務があるからだ。


「先輩がうらやましいっすわー、わたしも一か月くらいまるっと休みがほしいっすよー」


 そんなことを言って反撃しようとしているようだが、そんな見え透いた口撃に乗っかるほどリーブは単純ではない。


「半月くらいでやることなくて死にそうになるぞ。それよりセンティ、お前早く行かなくていいのか?」


 そしてそう言いながら、下を指差した。もちろんこの場合は、階下の部屋ではなくもっと下にある第二階層を示している。

 それを見て、センティは一瞬ぐ、と言葉を詰まらせる。


「……そりゃもちろん、そうなんすけど。ジンクスなんで。出撃前は先輩に顔合わしとかないと、フラグ立っちゃうっす」

「相変わらずよくわかんねーな、それ……」


 センティの返答に、リーブは苦笑した。


 彼女は、ところどころでよくわからないこだわりを持っている。一言でそれをジンクスとくくるが、こじつけでしかないようなものもあったりするので、リーブにしてみれば本当によくわからない。

 今回のやつはまだマシなほうで、なんでもリーブが非番の日に大怪我を負ったから、出撃前はリーブの顔を見たいらしい。どういう理屈だと思うには思うが、出撃前の緊張をほぐす意味合いがあるのなら、まあいいかと受け入れているリーブである。


「……まあよ。最低限の目的は果たしたんだろ? そんじゃ、早く行って来い」

「うぃっす、そうするっす!」


 リーブの言葉を受けて、センティが運転席のコンソールを操作する。と、発条機関独特のキリキリという音と、それに伴う動力部の駆動音が一気にボルテージを上げていく。ふかしすぎだが、出だしから速度を上げるならやむを得ない。


「気ィつけろよ。強化スーツは着けたな? 肌の露出はないな?」

「はい、腕よし、足よし、身体よし! 準備おっけーっす! 武器の手入れも、バッチリっすよ!」

「よーし、そんじゃ目一杯暴れてこい!」

「ラジャーっす! そんじゃ、行ってくるっすよー!」


 彼女は最後にパワーウィンドウを閉めながら、サムズアップをして見せた。ハンドサインの意味するところを察したリーブは、


「そりゃ俺がやるほうだろ」


 とつぶやきながらも、サムズアップを返す。どのみち窓が閉まったなら声は聞こえない。

 そんなリーブのハンドサインを見るや否や、センティは一気に舵を切った。プロペラが勢いよく動き、そのままフルスロットルで一気に下の空へと飛び込むと、そのままあっという間にその姿が見えなくなる。発条機関式としてはでたらめな速度である。


 発条機関はコストと持続性に優れる代わりに、パワーと瞬発力に欠ける。蒸気機関ならいざ知らず、発条機関であれだけの急発進とトップスピードを出せるのは、彼女がかなりチューンナップを施している証と言える。

 自分の艇じゃねえだろうに、とつぶやきながらもリーブはうっすらと笑っていた。久しぶりに見た部下と、久しぶりに同居人以外の人間と会話できたのがやはり嬉しかったのだ。


 しかし、すぐにまた静寂と暇に襲われる。結局のところ、やることはないのである。が、ふと思い立って彼は端末を操作した。今度は音楽プレイヤーではなく、音声放送である。チャンネルはデビル事件の専門チャンネル。現場の観点には立てないが、多少の情報はわかるだろう。


 彼は再度ごろりと寝転がり、抑揚の少ないアナウンサーの警報と警戒情報を聞きながら、ぼんやりと空に顔を向けた。


残念ながら、センティはメインヒロインではありません。

メインヒロインの登場は次回、あらすじの通りやってきます。

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