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終.リシーブ・ブルー・アンド・エンド

 ミッドランドの偉大な英雄、ナルターは死んだ。だが、その死因は秘匿されることになった。


 二十年近くに渡って、国はおろかロウアース全体にとっても多大な利益をなした人物が、デビル化の果てに討伐されたという事実は公表すべきではない、という判断が下されたのである。

 葬儀は近親者のみでひっそりと執り行われ、その遺体は彼がハイアースでの人生の大半を過ごしたスペースラボの敷地内に葬られることになった。


 だが、関係者にとってその死はまだ終わったわけではない。


 戦いの爪痕がいまだに残る敷地を望むラボの一室で、関係者……ナルターの実子であるレテナと、義息のリーブ、それから戦友だったスウォル、そのメイドのカイト、そしてなぜかセンティを加えた五人が会していた。


 今、スウォルを除いた四人は同じ書類を前に沈黙している。それはナルターの遺書であり、死の前日に託されたスウォルから、認められた四人がこれをスウォルから渡された。

 全員が押し黙っているのは、この遺書に記された内容が想像を超えるものだったからだ。


 通常、遺書ではよくある遺産の分配などの話は一切なかった。そこに記録されていたのは、デビル化したナルターの心境と、彼が目指していたもの、そして彼が長年築き上げてきたデビル研究の集大成だった。

 究極、遺書の大半を占める研究内容については、今気にすべきことではない。実際、この場にいる全員がそれを問題視しているわけではない。

 彼らにとって、もっとも重要なのは遺書の冒頭だ。


「……ッ」


 リーブが、やりきれないと言わんばかりに机を拳で叩いた。だが、それを咎める者は誰もいない。

 代わりに、レテナが全員を代弁する形で、重々しく口を開いた。


「お父さんが悪事と承知で暗躍してたのは、全部リーブのため、だったのね……」


 言いながら、彼女はもう一度遺書に視線を落とした。


「最後に一番やりづらい仕事を任せてすまなかった。だがそれも含めて、おやっさんの意向だったんだよ……」


 対して、スウォルが頭を下げた。


「リーブがデビル化を完了しながら人の意思を残すかどうかについては、間違いなく成功するだろうと言っていた。同じデビルであるカイトが説得し、状態還元スカイイズリミットを用いればそれは可能だ、とな。

 だが、その意思に『デビルの本能』が根付いてしまう可能性は否定できなかったんだ」


 おやっさん自身がそうだったように、と付け加えてから、彼は給されていた茶で口を湿らせる。


「……その有無を確認するには、おやっさん自身があくまでデビルの立場でその意思を問う必要があった。それは、あくまで人間として生きているカイトではどうしてもできない、と。

 だから、リーブと対峙する必要があるんだと言われた。……もしかすると、本当はカイトでも確認できたのかもしれないが、それは今となってはわからん」

「だから……隊長はあえて戻ってこなかったんっすね。ナルターさんの気持ちを尊重して……」

「地下にいた残りの実験動物の処理もあったからな。とはいえ、肝心な時に手伝えなかったことは事実だ。本当にすまない。

 ……しかし結果として、おやっさん最後の、一世一代の実験は成功したと言えるだろう。リーブ」


 スウォルに顔を向けられて、リーブはいまだ苦々しい表情のままそれに応じた。


「人として、これからもデビルと戦おうという意思に変わりはないんだろう?」

「……ええ」


 そしてスウォルの問いに、肯定を示す。


「おやっさんが『デビルの本能』って言ったものが、具体的にどういうものかは正直わからない。デビルなら他の生き物をデビルに感染させようという衝動がある、って遺書に書いてあるけど……。

 俺、そういう感覚は一切ないんで……たぶん、カイトちゃんと同じ状態なんじゃないかと思いますよ」

「……なら、ひとまず喜んでおこうぜ。おやっさんが命がけで救おうと思ったリーブは、ちゃんと助かったんだ。

 リーブがこれからも変わらず生きていけることが、おやっさんが一番望んだことだろうから、な」


 そう言って、スウォルは笑った。それは、普段の彼がよくする笑い方だ。自信に満ちた、最強らしい笑み。


「……今は無理にでも納得するしかない、ということでしょうか?」

「でも、それができれば苦労しないっすよねー……」

「……まあ、な……」

「わかってはいるんだけど、ね」

「『あらゆる存在はみな、運命という力から逃れることはできない。物事は起こるべくして起こるものであり、なるようにしかならないのだ。

 しかし、それは決して諦めるしかないということではない。何もしなければ何も起こらず、そこに結果は生まれないのだから。

 いついかなる状況であれ、運命なんてクソくらえと逆境に抗う勇気と、どんな結果もまた運命と受け入れる慈愛が肝要。そこに未来が広がっていくはずなのだ』……」


 なお頷こうとしないリーブたちに、スウォルはとある文章を諳んじた。

 カイトがそれに反応し、横目でちらりと彼を見つめる。


「……ナルター様の論文の一節ですね」

「そうだ。運命だのなんだのという小難しいことは正直得意じゃないが、なんとなーく納得できる、今必要な言い回しとは思わないか?」


 そう言って、彼はもう一度笑った。その顔を、四人が一斉に注目する。そのまましばし、場が沈黙した。


「『絶対に諦めるなネバーセイネバー』か……」


 だがそれを破って、リーブが口を開いた。そして、くすりと笑う。


「誰が名づけたか知らねーが、よくよくうまくできたネーミングだよ」

「……本当に、ね」


 それにつられて、全員が笑った。


 それが落ち着いてから、スウォルがやたらと明るい調子で口を開いた。これまでの雰囲気を、すべて吹き飛ばすかのように。


「よーし、それじゃ今後のことだがな!」


 そして懐から手帳を取り出した。


「まずリーブ。お前はゼロ課実働部主任を解く代わりに、特務エージェントに任命する。

 これは俺の指揮下にはあるが、通常はゼロ課から独立して行動する権利を与えられている存在だ」

「デビルの正体を隠しながらの団体行動は面倒なことになりそうですもんね」


 そういうことだ、と頷いてスウォルはページをめくる。


「それからセンティ。お前は技術部に出向だ」

「え、出向っすか?」

「今回の作戦で、お前のチューンした飛空艇の性能が注目されてな。新しい飛空艇の研究開発ということで、声がかかった」

「ままま、マジっすか!? じゃあ、最速の飛空艇とか目指しちゃってもいいんっすか!?」


 イスを蹴飛ばす勢いで、センティが立ち上がる。突然の変貌に、レテナが驚きリーブが小さく苦笑した。


「ああ、ぜひ目指してくれ。ハイアースの飛行機にも負けない、すごい飛空艇を目指してくれ」

「っしゃあ! わたしがんばるっす!」


 そして彼女は、両手で握り拳を作って叫んだ。


 その様子をほほえましく見ていたスウォルだったが、最後にレテナに顔を向ける。


「最後にレテナ君」

「は、はい」


 レテナは居住まいを正した。センティも、話が移ったことを見て座りなおす。


「……君はこれからどうする?」


 スウォルの言葉は、それまでの二人に対するものとは異なり問いだった。


 その心は、ハイアースに戻るか、ロウアースに留まるか、というものだ。


「…………」


 レテナは即答できなかった。とはいえ、その答えは既に決まっている。


「……帰ろうかと思います」


 答えながら、手元の遺書に視線を落とす。

 ナルターは、かつてハイアースへ戻る手段は既に見つけていると言った。そしてその方法は、遺書にしっかり残してあったのである。


「お母さんに報告しないといけないことが、いっぱいありますから。……デビルに接触しちゃったあたしが、戻っていいのかなってのはありますけど」


 視線を集める状況が居心地が悪いのか、レテナはぎこちなく笑い、そこで一度言葉を切った。


「でも、やっぱりちゃんと伝えておかないといけないと思うから。お父さんが帰らなかった分、そのこともあたしが伝えなきゃ、って。

 だから、……だから、一旦帰ります」


 そう言って、レテナは顔を上げた。

 そんな彼女を、四人分の「そうだよな」という頷きが迎える。そして、真っ先にリーブが口を開いた。


「……でも一旦、ってことはよ。ロウアースに戻ってくる気はあるんだよな?」

「うん、まあね。そこは色々と……うん……まあ、察しなさいよ。それに、もう一つの地球なんてのを知っちゃったのよ?

 こんなワクワクすること、あっちじゃ絶対ないわよ!」

「ははは、しっかりとおやっさんの娘だね、君は」

「悪かったわね。どうせ、知識欲の権化よ」


 ふふん、と笑うレテナである。どうやら、この程度のいじりは受け流せるようになったらしい。


「それじゃ、スペースラボは残しておいたほうがいいだろうな。君が戻ってくるまでに、おやっさんの研究をできるだけまとめておくことにしよう。主にリーブが」

「俺ですか!?」


 レテナが返してくれないと見たスウォルは、即座にターゲットを変えたようだ。


 そして、まさか自分に鉢が回ってくるとは思っていなかったリーブは泡を食う羽目になる。だがもちろん、それでひるむスウォルではない。むしろ、全力で追撃する。


「特務エージェントとしての最初の仕事、ということにしておく。おやっさんがよく言っていただろう、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と。デビルの情報精査も、我々の重要な仕事さ」

「ぐ……、は、反論できねー。……わかった、わかりましたよ。なんとかします。その代わり、カイトちゃん借りますからよろしく」

「なっ!? それじゃあ俺様の身の回りは誰が世話するんだ!」


 リーブも負けてはいない。長年、あの父とこの兄貴分と付き合ってきたのだ。やられっぱなしなどありえない。

 それから五人――主にリーブとスウォル――は、ようやく日常を取り戻したと言わんばかりにひとしきり笑い合うのだった。


 そして、その日から三日後。ナルターの遺書に書かれていた方法を用いて、レテナはハイアースへと戻る。いつか必ず戻ってくると、みなに約束して。


 ミッドランドを騒がせた事件は、これにて一応の幕となる。しかし、終わりは始まりの合図。またさほど遠くない未来に、青い星屑が奏でる運命の旋律が始まるだろう。

 再び幕が上がるその時を待ちながら――リーブは飛空艇を駆って、ミッドランドの空へと消えていくのだった。




 ひとまずはめでたしめでたし


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

これにて「デビルハンター」一応の終結であります。


読んでいただいた方はお分かりだと思いますが、話は決着させながら続きにつなげられるような形で終わっていますので、ここで完結設定をしないということも考えました。

考えましたが、やはり一応区切りはつけておいたほうがいいだろうとも思ったので、ここでひとまず終わりとさせていただきます。

もし続編を書くことがありましたら、その時はよろしくお願いいたします。


さてこの作品、タグにある通り第二回OVL小説大賞のために書き上げた作品です。

告知を見てから大急ぎで書き始め、一か月ちょいと終わらせたので荒もかなり目立つと思います。

ですので、もしすべて読んでくださった方がおりましたら、作品の質の向上のためにお力を貸していただけないでしょうか。

物語の構造上の問題や、展開の不備など、出来栄えに直結する部分のダメだし、指摘をしていただきたいなと思うのです。

曲がりなりにも文庫本一冊分の文章量があるのでご苦労を強いてしまいますが、それでも「やってやるよ」という方がいらっしゃいましたら、感想などからメッセージをいただければ幸いです。


それでは、名残はつきませんが今回はこれにて失礼いたします。

今後とも精進をいたしますので、不詳ひさなをよろしくおねがいいたします。


P.S.

ひとまず完結いたしましたので、今度活動報告でキャラについて語りました。

よろしければそちらもどうぞ。


http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2340/blogkey/948364/

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