14.決戦 上
「おらァ!」
重い扉を蹴破って、リーブとレテナは中央ホールへと足を踏み入れた。そのまま油断なくそれぞれの武器を構え、警戒を続ける。
それも当然。二人の前には、最後の敵たるフォーチュンが悠然と立っていたのだから。
そんなフォーチュンは、二人を見るとどこか嬉しそうな調子で口を開いた。無論、その声はノイズエフェクトがかかっていて、誰の声なのかはわからないが。
「ようこそ、お二人とも」
言いながら、フォーチュンは両手を広げた。歓迎、ということだろう。
「大体予想通りですね。所要時間が案外短かったくらいですか。いや、お見事です」
「……うるせえよ」
慇懃無礼に拍手の手振りをするフォーチュンに、リーブは表情を変えることなく言い捨てる。そうして一歩前へ踏み出しながら、切っ先をフォーチュンへ向けた。
「スウォルさんはどこだ?」
「最強の彼ですか。彼なら、地下にいます」
「……そうか」
可能性をカイトが指摘していたとはいえ、その答えに、リーブは顔をしかめた。そして、このスペースラボの地下に一体何があったのか、記憶をたどる。
彼の記憶が確かなら――。
「地下は立ち入り禁止区域だったはずだが」
そう。身内という立場から、スペースラボ内は自由に行動が許されていたリーブだったが、それでも立ち入りが許されない場所があった。それが今は亡きイーストウィングの地下だ。
彼の記憶が確かなら、禁止以前に立ち入ることが不可能なほど厳重に鍵がかけられており、つけ入る隙すらなかった。密室どころか、缶詰よろしく密閉されているのではないかと思ったほどだった。そんな場所にスウォルがいるのは信じるとしても、一体何をしているのかという疑問がわいてくる。
「その通り、立ち入り禁止区域ですね」
くすり、と笑ってフォーチュンがそれを肯定する。
「……ですが、もはやその必要はないんですよ」
「……!?」
だが、続けた言葉にリーブたちは表情を変える。レテナなど、言葉代わりに銃口を向けたほどだ。
銃に取り付けられたライトに、フォーチュンが目を細めておどける。
「おっと、まぶしいじゃないですか。それに物騒ですよ、仕舞ってください」
「うるさいわね! どういうことよ!?」
言いながらも、彼女は言葉に従う。フォーチュンの言葉に納得したわけではない。この状態だと、銃を向けていることを気取られると悟ったためだ。
それを見届けて、フォーチュンは再び口を開いた。
「ご安心ください、彼には何もしていません。それよりも簡単なことですよ。このスペースラボの主は、もういない。それだけのことです」
「……それはつまり」
リーブが応じる。その表情は、苦しげだ。一旦言葉をそこで切り、じらすように、そしてためらうように一つ息をつく。
「あんたはもう、おやっさんじゃないってことか」
それでも、なんとかそれを口にする。いつ切り出すべきか、考えていた言葉。思っていたよりも早く、突きつけることになったようだ。
「なあおやっさん……あんた、本当にフォーチュンになっちまったのかよ……」
もう一度言う。喉が緊張でからからに乾ききっている錯覚を味わいながら。
問われたフォーチュンは、……彼は、にやりと笑った。そしてその仮面に、ゆっくりと手を伸ばす。
ごくり、と生唾をのむ音が響いたような気がした。
「真実を」
手が、フォーチュンの仮面にかけられた。
「知りたいですか?」
仮面からのぞく青白い瞳が、二人を射抜く。
一瞬それに躊躇を覚えた二人だったが――。
「わかってんだよ。いいから早くしろ」
「不可能を消去して、最後に残ったことがいかに奇妙なことであっても、それが真実よ。覚悟はできてるわ」
きっぱりと言い切った。
フォーチュンが、くくくと笑う。
「ホームズですか。懐かしい、ロウアースには彼みたいな名探偵はいなかったですね」
笑いながら、仮面が外された。合わせて、シルクハットも脱ぎ捨てられる。そこから現れたのは――。
「お見事です、二人とも。……おっと、もう演技の必要はなかったね!」
まぎれもなく、ナルターその人だった。仮面が外れたことで、聞き慣れた彼の声がホール一杯に響き渡る。ただし、二人が知る彼とは異なり、その瞳は青白く光り輝いていた。
「おやっさん……」
「……お父さん」
二人とも、覚悟はしていた。だがそれでも、やはり真実を突き付けられた衝撃を皆無と言い切ることはできない。
そんな二人に、フォーチュンが口を開く。
「やっぱり、それなりにショックかな? わかるよ、人間の心というものは複雑なものだよね!」
そうして、がははと笑った。その仕草は、間違いなくナルターのそれだ。
「……おやっさん」
「なんだい?」
改めて、リーブは問いかける。
「いつから、だ……?」
「十年前だね。リーブを助けた時に負った傷から感染したみたいだよ」
「……マジかよ」
フォーチュンからの返答に、リーブは愕然とする。
十年前。それはすなわち、彼がナルターと共に過ごした時間と一致する。ずっと暮らしてきた義理の父が、最初からデビルだっという事実は、かなりの衝撃だった。そして何より、自分がきっかけだったということにもショックだった。
「デビル化が完了したのはもう少し後だけどね。それでも気づかなかったのは無理もない。
私はリーブとは違って、デビル化による肉体の変異がなかったからね。それに伴う痛みといった症状もなかったし」
「症状が、なかった……?」
「そう。デビルハンターという職業柄、素肌は常に隠していたから気づかないのも無理はないというわけさ」
言いながら、フォーチュンは右手の手袋を外した。そこから現れたのは、彼の瞳と同じく青白く輝く星屑と化した手。
「奇しくも、リーブと同じ箇所が私の患部だ。親子の縁を感じるね!」
もう一度、フォーチュンが笑う。だが、リーブにしてみればたちの悪い冗談でしかない。
思わず絶句した彼の代わりに、今度はレテナが一歩前に出る。
「その十年間、ずっと暗躍してたのね? リーブも、周りの人も欺いて……!」
「その通り。否定するつもりはないよ? 私はデビルになった自分のことを、都合のいい実験台だと思っている。
危険を冒さず実験動物をデビル化できるし、これほど素晴らしいことはない!」
そう言って両手を広げる彼の姿は、まさにマッドサイエンティストのそれだった。
周りも、そして自分すらも実験台にするなど、正気の沙汰ではない。彼を見つめる二人の顔が、ひきつった。それでもそれをおして、レテナが再び問う。
「それでリーブのことも……実験台にしたのね……!」
「うん、否定はできないね!」
返事は即答だった。そしてそれにはレテナも、そしてリーブも、それまでとは違う感情を瞳にともす。
それは、怒り。
「なんでそんなことを……!」
「人の身体を弄んで、何が楽しいのよ!?」
だから、そう言った。いや、そう言うしかなかった。
だが、フォーチュンは小さく笑って答える。こともなげに、そしてさも当然と言わんばかりに。
「なぜ? 私はデビルだよ? 他の生き物を侵すのは本能だよ。そこに理由なんてないさ! それこそ、生き物の三大欲求と同じことだよ!」
もうだめだ。その発言に、リーブは、そしてレテナもそう思った。
彼らは確信した。今目の前にいるこのナルター・リゾルートという人物が、人間ではないことを。ここにいるのは、ナルターという人物の姿をしているだけのデビル、フォーチュンであるということを。
だから彼らは、無意識のうちにそれぞれの武器を構えていた。リーブは剣を手に前に出る。レテナは銃を構えて数歩下がる。
「ふむ……私はリーブと戦うつもりはないんだけどね?」
「お前にその気がなくても、こっちにはある!」
そして、リーブは床を蹴った。一直線にナルター、いや、フォーチュンへと迫り、剣を振るう。直前、銃声が轟いた。
対魔ミスリル合金の銃弾がリーブを追い抜いて、フォーチュンを襲う。それはすんでのところで振るわれた剣で弾かれたが、その防御の隙をリーブの剣がつく。
だが、その剣は彼の見当違いの方向へそれた。明らかに振るった直後の、何の慣性も働いていないフォーチュンの剣へと。その挙動は、先日フォーチュンにしてやられた時と同じ。
「……くっ!」
「甘いよ、リーブ。私は十年デビルをしているんだ、この程度では隙を突いたとは言えないね!」
言いながらフォーチュンが剣を動かす。ぎり、と不快な音が鳴りながら、二人はつばぜり合いの状態へと移行する。
銃声が鳴り響いた。今度は連続。一か所以外からならどうだ、と言わんばかりにレテナが走りながら連射した。
「残念だけど、私の視界の中にあるうちは飛び道具は効かないと思ってくれたまえ!」
だが、それも徒労に終わった。発射された銃弾は、すべて地面に落ちたのである。
「……なるほど、年季が違うってか。重力制御ってのは、俺が思ってる以上に使い勝手がよさそうだ」
「気づいてしまったかい? その通りさ、地味だけどこれほど便利な能力はないよ!」
断言しながら、フォーチュンは重ねていたリーブの剣を思いっきり弾いた。力は確かに拮抗していたはずだが、突然猛烈な反発力を受けたのだ。
一瞬、腕力一つ取っても滅茶苦茶だなと思ったリーブだったが、かすかな違和感を覚えて内心で首を傾げる。
しかし、思考を進めるわけにはいかなかった。フォーチュンが向けてきた左手に、見覚えのある拳銃が握られていたからだ。剣と銃の、変則的な戦い。ナルターの戦い方であり、彼が元になっているフォーチュンなら、これくらいはするだろうとリーブは冷静に考えを眼前の対処へ切り替える。
そこから発射される弾は、当然対魔ミスリル合金だろう。ただでさえ銃の殺傷力は高いのに、デビルに対する特攻力まで備わった弾丸を撃ち込まれようものなら、今のリーブなら即死もあり得る。
だが今、リーブの体勢は崩れている。彼を救わんと、レテナがフォーチュンの左手に向けて銃口を向けているのが視界の端に映ったが、恐らくこれも徒労に終わるだろう。ならば、この窮地は自ら脱しなければならない。
方法はいくつか思い浮かぶ。その中の一つから、彼は確実性がある程度高く、かつ次に生かせそうなものをチョイスした。
二種類の銃声。
「おお……私の技を一度見ただけでそれをこなしてしまうのかい?」
局所的に強力な重力力場を発生させ、銃弾をごくごく短距離で地に落とす。昨日も、そして今この瞬間も、フォーチュンがレテナに対してやっていたことだ。そしてその間に、体勢を整えて剣を構えなおす。視界の端では、レテナがマガジンを換装していた。
なんのことはなく、仕掛けは単純な技だ。だが単純だからこそ、これを重力制御を用いずに破るのは難しいと思われた。さすがにゼロ距離から撃たれたら直撃は免れないが、ある程度の距離さえあれば、銃弾は恐れるものではないことがよくわかった。もちろん、デビルになったことで向上した反射神経が前提にあるが。
「技っていうほどの技でもなさそうだけどな……」
「いやいや、実はこれ、結構難しいんだよ? 力場の制御が絡んでいるからね。リーブにはやはり、デビルの才能がありそうだね!」
「……全然嬉しくねえな!」
本気で心の底からそう吐き捨てて、再度リーブは突撃する。先ほどの技を獲得した以上、もはや銃は怖くない。銃自体は牽制にはなるだろうし、レテナに対する抑止力もあるだろうが、やはり何よりフォーチュン最大の武器は、異能力とそれを組み合わせた剣技と言えるだろう。
突きを放つリーブだったが、やはりその攻撃はそれた。そしてそれを、フォーチュンの剣が横に叩き払って体勢をも崩される。そこに、静かに銃口が伸びてきた。
銃声が連続で響き渡る。それは、やはり二種類。
「くぅ……っ!」
リーブは思わず呻いた。フォーチュンが放った弾丸が、彼の右手の甲と腕をかすめていた。手袋が裂け、テーピングが破れ、青い右手が露わになる。そして、そこから青い血があふれ出す。
だが一方のフォーチュンはそれ以上の追撃をしなかった。小さく舌打ちすると、銃はそのままでレテナのほうへと顔を向ける。彼女が放った弾はそれによって床へ吸い込まれる結末を迎えたが、その一瞬はリーブが危機から脱するには十分すぎた。使い物にならなくなった手袋とテーピングを手早く捨てて、銃口から身をそらす。
さらに銃声が連続で響き渡る。今度は、レテナのみ。超短時間でマガジンを変えた彼女は、その足で再び攻撃を仕掛けたのだ。今回は、再び動いて銃弾がすべて別方向から襲うように仕向けている。
フォーチュンは直前までと変わらず、レテナへ意識を向けている。それを見てなるほど、と思いながらもリーブは動いた。
「はあっ!」
「……むうっ」
視界外からだったはずの斬撃は、残念ながら防がれた。だがその動作は、油断ない最短の動きではあったものの、それ以上のものではなかった。つまり、今彼は銃撃への対処に意識の大半を向けていたということであり、その状況においては、剣に能力を乗せる余裕がないという証左に他ならない。
リーブはにやっと笑った。
「どうやら、さすがのあんたもこれだけのマルチタスクはできねーみたいだな」
「痛いところに気づかれてしまったようだね!」
その言葉と共に、リーブは後ろへ弾かれる。今度はその剣から猛烈な反発力があり、確かに能力の片鱗を感じた。
やはり、とリーブは考える。
彼はまだ、異能力を存分に使ったことがない。人間だった頃は、異能力を使えばそれだけデビル化が進み、死ぬことがわかっていたから滅多に使えなかったのだ。それは逆に言えば、異能力の限界もわからないということでもある。
だが、デビル化しずっとその状態で生きてきたフォーチュンは、あらゆる場所、あらゆる状況で異能力を使ってきたのだろう。そしてその中から、自身の能力の限界もわかっているに違いない。わかっているからこそ、能力を使う使わないの取捨選択を行っているのだ。
「……今のは使ったよな?」
再度攻撃を仕掛けながら、リーブは問う。返事はなく、彼の斬撃をフォーチュンは無言で受けた。
だがその瞬間、彼は大きく目を見開きながら、自身を襲った猛烈な衝撃を殺すために自ら進んで飛びのいた。
「なるほどな、昨日の急に早くなる攻撃も重力制御の応用か。こういう使い方であってるか?」
無言のフォーチュンに、なおも問いながらリーブは追撃する。
「……悔しいけれど、正解だ!」
金属音が響いた。再度つばぜり合いの形になるが、それを乱す形で銃声が鳴り響き、フォーチュンが大きく跳躍して二人はまたやや離れた位置で対峙することになる。
「攻撃に倍加させた重力を乗せて、攻撃力を強化してたんだな。重力が伴ってるから、威力だけじゃなくてスピードも上がるってわけだ。生半可な腕じゃ、仕掛けを見極める前に死ぬって寸法な……。
んで、今あんたが無駄なく攻撃を受け止めたのは、逆に防御に除減させる重力を乗せて相殺したから。これもうまく使えば、色々できそうだが今わかるのはこれだけかな。
……ちなみに銃撃をジャンプで回避したのは、そっちに対して能力を割く余裕がなかったから。違うか?」
「うん、百点満点の回答だ。いやー、さすがだね。デビルを倒すためだけに戦い続けていた貫録というやつかな?」
さほど残念そうなそぶりを見せることなく、フォーチュンは笑っていた。まだ奥の手があるのか、それとも単純に強がりなのかはわからない。デビルとはいっても、その仕草はナルターそのものであり、ナルターもまたこうして意味もなく笑っていることが多かったからだ。
だが、次に飛んできた問いかけに、リーブはその答えにおおよその当たりをつけた。
「しかしねえ、リーブ。どうして君は私と戦おうとするんだい? 君だってデビルになったじゃあないか」
状況を問う行為。リーブはそれを、もはや切るべき手札がほとんどないからだと判断する。
会話は、言葉が通じる相手との戦闘では立派な駆け引きになる。だが同時に、仕掛けどころを誤ればそのまま戦況を悪化させてしまうもろ刃の剣でもあるのだ。そんな手札を切ってくるということは、少なくとも退けるだけの余裕があまり残っていないのだろう、というのがリーブの考えである。
だから彼は、油断せず剣を構えながら歩み寄る。
「おいおい、眠てえのか? 寝てんのか? 俺は人間だ、デビルと戦うのは当然だろうが」
そんなリーブの答えに、フォーチュンは驚愕に目を見開いた。ナルターとしてもフォーチュンとしても、彼がこれほど驚いた顔をしたことはないだろう。少なくともリーブは、そんな彼の顔は見たことがない。
リーブとしては、自身の心のうちをストレートに言っただけで他意はない。だが、だからこそそれはフォーチュンに深く突き刺さったようだ。
「……人間、か。本当にそう思っているのかい?」
言いながら、フォーチュンは剣を目の前に掲げる。黒い剣の手元、その右手が青白く明滅していた。まるで、何かを訴えかけるように。
「君の青い運命は、語らないのかい? すべてを侵せと、すべてを染めろと」
「何も聞こえねーな」
鼻で笑いながら、リーブはさらに歩み寄る。その右腕は、光っていない。青い光沢は確かに放っている。それが星屑であることは明白だ。
だが、それだけだ。
どれだけフォーチュンが星屑に訴えようと、リーブの右手は黙したまま剣を静かに構えるだけだった。
「……そうかい」
それを見て、フォーチュンは静かに構えなおした。
「じゃあ、どうやらこれでご破算だね!」
「こっちの台詞だあぁぁ!!」
二人が動くと同時に、ホール全体に重力力場が発生した。
下編に続きます。決着は次回。
場面転換ないけどキリのいいところで切り上げるってのは難しいですね……。