13.敵地突入
ミッドランドの雲平線に、太陽が姿を現す。徐々に届き始める光に目を細めながらも、リーブは身じろぎ一つしなかった。
ここはスカイベースの司令室。今彼は、戻ってこないスウォルに代わって、この空飛ぶ基地をある場所に向けて進ませていた。
その瞳は元通りに……なっているわけではなく、カイトから譲り受けたカラーコンタクトで青をごまかしている。首から下は、指先から足先まで含めた全身をしっかりと覆い尽くす、ゼロ課専用の強化スーツに覆われている。
身体の動きを適正に補助して身体能力を向上させる上に、気密性は抜群でデビルの返り血はまったく通さない。まさに、デビルと戦うデビルハンターのために造られた装備だ。と同時に、今のリーブの状態を隠す格好の衣装でもある。このスーツを着ることは、ミッドランドの多くの人間にとっては一種の憧れと言える分、リーブにとっては少々複雑な心境ではあるが。
何はともかく、復讐心からなったとはいえ、リーブとてこのスーツへの思い入れはある。まして、ここ半年は着用どころか出勤すら許されなかった。それをまさか、もう一度身に着ける日が来るとは思っていなかったので、本来であれば喜ぶべきだろうし、実際感慨もある。
しかし彼は既に人間ではない。デビルがデビルを倒すためにこのスーツを着込んでいるというのは、どんな皮肉なんだとも思ってしまう。もちろん、だからといってデビルを倒すことに対する躊躇はわいてこないので、彼は身体だけがデビルで心はちゃんと人間なのだと、安堵しているところもある。
何より、ゼロ課の同僚たちはリーブの復帰を諸手を挙げて喜んでくれた。デビル化をどうやって抑え込んだのかについては、言葉を濁さざるを得なかったため少し後ろめたい気持ちもあったが、純粋に自分を慕ってくれていた人々の様子には、やはり嬉しさが勝った。
とはいえ、リーブの心は晴れない。
(……何かの間違いであってくれ)
そう思いながら、彼は机にやや雑然と重ねられた書類へ目を向けた。あれやこれやと、各種分野の深い知識が書かれている。だがそれはいい、問題なのはそこではない。書類に記されている結果、それが問題なのだ。
『特異型デビル「フォーチュン」は、ナルター・リゾルートである』
そこには、そうはっきりと記されていた。決め手は、普通ならデビルに対して行わないはずの血液検査だ。
リーブとレテナの攻撃により、司令室にはフォーチュンの血液が残されていた。それを集め、ゼロ課が保有している膨大なデータベースと照合をした結果。それこそが、フォーチュンとナルターが同一人物というものだったのだ。
ゼロ課に属するすべての人間が耳を疑い、そんな馬鹿なと思っただろう。それは誇大表現ではない。ナルターはデビルハンターとして多くの功績を持ち、デビル研究者としてさらに多くの実績を持っている。彼がロウアースにやってこなければ、ミッドランドという国の将来すら怪しかったと言われるほど、英雄視されている存在なのだ。そんな彼が、よりにもよってデビルという検査結果は、誰にとっても納得できるものではなかった。
とはいえ、ロウアースの血液検査技術は、ハイアースのそれに比べてまださほど高くない。だからこそ、リーブをはじめ多くの人間がその結果を信じていない。
「いえ、ナルター様がフォーチュンです」
だが、カイトはそう言って切り捨てた。
「まず第一に。フォーチュンが身に着けていた服は、燕尾服にシルクハットというハイアースにしか存在しないものです。あれを用意できる人間は、限られています」
「で、でも、それはハイアース人の知り合いがいるなら……」
レテナが思わず口をはさんだ。しかし、カイトはそれを押し切る形で言葉を続ける。
「第二に、フォーチュンが取った構え。映像を見る限り、彼は剣を前に出し、空いた左手を後ろに下げていました。あれは、剣と銃を同時に扱うナルター様独自の構えです。
この戦闘スタイルは、前方に対しては剣で備え、後ろの死角に銃で備えるというものです。これを採用していたデビルハンターは、過去ナルター様しかおりません」
そしてその発言には、リーブが頷いた。
映像を確認してみれば確かに、フォーチュンの構えはカイトの言う通りだった。実際、リーブは対峙した直後に既視感を覚えた。そして客観的に見てみれば、その構えはまさしくナルターのそれと認めざるを得なかったのだ。
「以上の推理はすべてスウォル様のものですが、ボクも全面的に同意しています」
そう締めくくったカイトに対して、何か言えるゼロ課の人間は一人もいなかった。もちろん状況証拠でしかないが、血液検査の結果を補強するには十分すぎたのだ。
そしてリーブは、数十秒をおいて問いかけた。
「……スウォルさんは、今どこに?」
「スウォル様は、一足先にナルター様の元へ向かいました。我々も後を追うべきと考えます」
「通信、繋げられるか?」
「数時間前の通信以降、繋がりません」
「……先輩」
「……行くしかねーだろ。おいお前ら、出撃準備だ!」
そうして、今に至る。
啖呵を切ったおかげで、知らないうちに本作戦の司令官にされてしまっていたが、そんなことは心中に抱える懸念に比べれば大したことではない。半年というブランクはあるが、元々主任として現場で指揮する立場だったのだ。
彼の懸念は、ナルターが育ての父だからこそ消えることはない。ナルターを信じる気持ちがリーブから消えることは、今の今までなかった。それだけ、ナルターと過ごした時間は長いのだから。
一方実の親を犯人と名指しされたレテナはというと、センティに手伝ってもらって強化スーツを身に着けている。しきりに、
「ジャパンの特撮ヒーローみたいよね、これ……」
と、リーブにはよくわからないことをつぶやいている。褒め言葉なのかどうかもわからないので、それについては口を挟まないことを決め込むリーブだ。
リーブを尻目に、レテナは具合を確かめるように身体を動かす。腕を振ったり、はねてみたり。もちろん初めてで加減がわからず、天井近くまで跳んでしまって驚いたりもしている。あれは誰もが一度は通る道だ。
一見すると、深くは気にしていないようにも見えるが……。
「レテナ、どうだ?」
「すごいわね、これ。仕組みが気になるところだけど……今はそんなこと言ってる場合じゃないわね」
そう言って微笑を向けてくるレテナの顔は、どこか陰りがかかっている。
「最終確認だが、本当に来るんだな?」
「うん、行かせて。確認したいのよ、本当のところがどうなのかをさ……」
「……わかったよ」
間髪入れずの返事に、リーブは頷いた。
わかっている。レテナも、ナルターを疑いたくはないのだ。いくら実の父との接触が十八になるまでなかったとはいっても、実の父であることには変わりないのだ。そして、たった数日とはいえその親子関係は決して悪いものではなかったのだから、なおさらだ。
それでもなお、レテナはフォーチュンと対峙することを選んだ。デビルと戦ったことがないにもかかわらずその選択ができたことは、称賛に値する。デビルに襲われた初日、彼女は間違いなく一般人だったのだ。それを乗り越えるだけの想いがあることは、明白である。
そもそもフォーチュンが本当にナルターならば、レテナにも十分そこに居合わせるだけの権利があるわけであり、なればこそリーブは、自ら矢面に立つ決意を固めることができた。
レテナがいなければ真実と対面する勇気が出ないなんて、情けないと思われても仕方ない、と彼は内心でひとりごちる。が、同時に、そんな気分になるのは自分の心根がちゃんと人間を取り戻すことができたからか、とも思えて苦笑を禁じ得なかった。
そんな彼に、センティが敬礼する。
「先輩、自分も行くっすよ!」
その姿勢は、レテナとは異なりあくまでゼロ課の隊員として、デビルハンターとしての義務にのっとったものと言える。
だがその瞳に宿る輝きは、本物だとリーブには思えた。壁を乗り越えたものが持つ、強い意志がそこにはあった。センティもセンティなりに悩み、そして自分なりの結論を出したのだろう。
リーブがデビル化に苦しんでいる間に何かあったようだが、彼には心当たりがない。ともあれ、一皮むけたらしいセンティに対して、彼は無意識のうちににやっと笑っていた。
「おうよ。ジンクスのほうは、今日はばっちりだな」
「あっ、それはわたしに言わせてほしかったっすよー!」
「ははは、そりゃ悪かった。……センティ、飛空艇部隊はなるべく長時間飛べるように発条エンジンの巻き、しっかりしといてくれよ!」
「うぃ、ラジャーっす!」
そして司令室から飛び出していくセンティを見送り、リーブは息を整える。深呼吸。モニターは、既にスペースラボが間近であることを告げていた。
だが。
「……なんてことだ」
それを見て、誰かがそうつぶやいた。
モニターには、アメリカホワイトハウスを模したスペースラボがはっきりと映し出されている。だが何より異様なのは、その外観を取り巻く無数のデビルだ。
数えるのも馬鹿らしいほどの数。うかつに接岸するわけにはいかないのは、火を見るより明らかである。
ざわつく頭を押さえながら、リーブはひとまず行政府へ通告する。これを受けた行政府から、第一種警戒通報が発せられることになるのだ。
どこか気だるげな彼の様子に、レテナが眉をひそめる。
「……リーブ、大丈夫?」
「ああ、問題ない。……なんか頭の中がざわざわするだけだ」
「ちょ……それ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です」
答えたのは、リーブではなくカイトだった。
二つの視線を受けて、彼女は続ける。ただし、リーブとレテナにだけ聞こえるように小さな声で。
「その感覚は、体内のデビル因子が他のデビルに反応しているだけです。害はありません」
「そ、そうなのか」
「はい。この感覚を磨けば、範囲内のデビルや星屑の場所を特定できるようになります。大体の大きさや距離なども」
「まだ結構離れてるはずだけど……まるでレーダーね。……って、あ、そういうことか」
頷くレテナに、リーブも得心したと何度も小さく頷いている。
「カイトちゃんがデビルの場所がわかるのは、そういうことだったわけだ」
「はい。ちなみにスペースラボにいるデビルの数ですが……三千は軽く超えますね」
次の台詞に、リーブとレテナは思わずむせた。
「ウソでしょ!?」
「本当です。ただ、一匹一匹はかなり小さいですね。恐らく、実験用のラットやモルモットが大多数を占めると思われます」
「……どうやらそれっぽいな」
カイトの言葉を受けて、モニターの映像を拡大したリーブはため息をついた。
そこに映し出されたのは、青く輝く瞳と、星屑を体外に露出させたげっ歯類がひしめく光景だった。多くの人間にとって、生理的に受け入れがたい光景と言えよう。
「どう見てもラットより大きく見えるのは、デビル化の影響……かしら?」
「だろうな。どうしたもんか……」
うなりながらも、リーブは懐から携帯端末を取り出す。相手はスウォル。だが、どれだけ呼び出しても応答する気配はない。
「……ダメか」
スウォルの戦闘力は極めて高いので、さほど心配するほどではないとはリーブも思うが、長らく連絡が途絶えたままというのが気にかかる。もしや、何らかの罠にかかり行動不能なのでは……と、どうしてもマイナスのほうへ思考が移ってしまう。
だがそれを、一番心配しているであろうカイトが切り捨てる。
「応答していただけないことは疑問ですが、今はまずフォーチュンを下しましょう。
スウォル様は、仮に連絡がなくてもそれを優先しろと昨夜仰っておりましたので」
「……本気か?」
「はい。スウォル様があの程度の輩に後れを取るなどありえません。何があっても、スウォル様は絶対にご無事です」
言い切る彼女の瞳に、揺らぎはなかった。それを向けられてしまっては、リーブもそうかと応じるしかない。
「……わかった、突入の作戦を考えようか。普通の接岸ができそうにない以上、飛空艇部隊がカギだな」
「確か、飛空艇部隊には機関銃が配備されてたわよね?」
「ああ。……空から一斉掃射して、入り口周辺にいる奴をまず片づけるのが先決ってところか」
「同意します。その後はスペースラボ内へ突撃するメンバーと、ラボ外のデビルを掃討するメンバーに分かれたほうがいいかと思います。
整理が不十分なスペースラボの屋内ですので、前者は極力少数精鋭が望ましいかと」
「……突入メンバーは、飛空艇からの降下が妥当かな」
案が煮詰まっていく。やがて、リーブは一同に向けて号令を下す。
「突入は俺とレテナ、それからカイトちゃんの三人だ。これを運ぶのはセンティ。掃討側の指揮は第一部隊長に一任することにする。総員配置につけ!」
「はっ!」
そうして、作戦は始まった。
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スペースラボを取り囲む形で、対デビル用に武装された飛空艇がずらりと並ぶ。周囲には、プロペラと発条エンジンの音が静かに響いている。
『配置完了! いつでも動けます!』
「了解」
センティの飛空艇、その助手席で端末を片手にリーブが頷く。それから彼は隣、そして後ろへと目配せして、同乗者三人の了承を得る。
そして。
「……作戦開始! 飛空艇部隊、一斉射撃開始せよ!」
その言葉と共に、ゼロ課が誇る飛空艇部隊が一斉に機関銃で掃射を開始した。スペースラボを上空から囲む飛空艇から、間断なく攻撃する機関銃が一斉に放たれればそこに逃げ場はない。元々、これ以上ないほどに密集していて身動きもままならなかったのだろう。げっ歯類デビルたちは、抵抗を許されずゴミのように吹き飛ばされていく。
だがそこに、リーブ以下計四人が乗る飛空艇は参加しない。いつでも動けるようにエンジンはふかしたまま、それでも決して動かずスカイベースの上空から現場を俯瞰し、状況を見極めている。
そうして数分が経過した。飛空艇部隊に配備された機関銃の弾が切れ、スカイベースへと戻る。それと引き換えに、新たに飛空艇部隊が飛び出していき、また掃射を開始する。
それが数回繰り返され、ようやくデビルの数が減ってきた。今やスペースラボは、デビルの青い血で染まりかけている。
それを見て、ついにリーブは決断する。
「……よし。行くぞセンティ、全速前進だ!」
「ラジャーっすよー!」
リーブに言われるや否や、センティは全力で操縦桿を押し込んだ。発条エンジンらしからぬ爆音が鳴り響き、プロペラが一気にフルスロットルへと上り詰め――四人を乗せた飛空艇は、すさまじい速度で飛び出した。
それは、センティが速さを求めてチューンナップを続けていたからこそ可能な速度だ。そして、発条機関の飛空艇としてはありえない速度である。常にこの飛空艇を使っているセンティ、ハイアースでの経験があるレテナは平気な顔だが、リーブとカイトは未体験の速度に引きつった顔をしている。
しかし、その速度が今は必要なのだ。空にいるというアドバンテージは、絶対的なものではない。リーブ達が接近してから降下を完了するまでの間に、攻撃を受けない保証はどこにもないのだ。知性を持つ特異型のデビルが今回の敵である以上、あらゆる可能性を排除せずに最善を尽くす必要があった。
ゆえに、リーブはセンティの艇を突入に選んだ。他の飛空艇とは比べ物にならないスペックに超進化しているこのモンスターマシンなら、リーブ達が降下中の無防備な時間を極力減らすことができるというのがその理由である。
そして今、普通ではありえないほどの短時間で、スペースラボの眼前まで接近することに成功する。攻撃は、今のところ飛んでこない。しかし、油断は禁物だ。
「こちらリーブ、これより突入を開始する! 後は手筈通り対応せよ!」
言いながら、飛空艇の扉を開ける。
「センティ、ご苦労だった!」
「余裕っすよー! 先輩たちも気をつけて!」
「行くぞ!」
そうして短いやり取りを済ませ、リーブは迷うことなく空へと飛びだした。その後ろに、レテナとカイトが続く。
自由落下に身をゆだねると同時に、リーブは自らの異能力を発動させる。重力制御。重力を自在に操る、悪魔の力。それにより、自身と後ろの二人への重力を下げて落下速度を殺す。
「……降下完了!」
そして三人は、スペースラボのメインであるコピーホワイトハウスの玄関前へと着地する。と同時に、それぞれの武器を一斉に抜き放った。
そこに、待ち焦がれたと言わんばかりにデビルが一斉に肉薄する。が、それを二振りの剣が阻む。
カイトだ。両手に握られた剣は、リーブのそれと同じスターライト製。それらを振るい、迫りくるデビルたちを一閃で切り捨てる姿は、彼女の主である「最強」を彷彿とさせた。
その猛反撃に、一瞬だけデビルたちの攻撃が途切れた。その刹那、隙ありと言わんばかりに機関銃の攻撃が降り注ぎ、デビルたちを薙ぎ払う。センティが駆る飛空艇だ。それを見るや否や、三人は一斉に走り出した。
最後に、グッドラックと言いたげに親指を立てるセンティの姿が、リーブの目に映った。それに、やはりサムズアップで応え――無事に進入を果たす。
最後尾についたカイトが即座に扉を閉め、追撃を締め出す。同時に、リーブがつぶやいた。
「……おかしいな」
油断なく剣を構えながら、首を傾げる。
「中にもごっちゃりデビルがいると思ってたが……」
「もぬけの殻ね。どうなってるのかしら」
その後ろで、レテナも周囲をうかがう。もちろん、銃を向けながらだ。そしてその銃口には、ライトがつけられている。
それに照らされる先を順次見ながら、カイトが口を開いた。
「デビルの気配はほとんどありませんね。ですが……」
「……が?」
「……三つ、大きい気配があります。一つは三階の中央ホール、もう一つはその手前。
そして最後に、地下です。フォーチュンがいるのは、中央ホールのほうと思われます」
「……地下だけ逆方向だな。どうする?」
「地下の気配は、群体です。恐らく、フォーチュンと直接の関係はないでしょう。
それに、数が少しずつ減っています。もしかすると、スウォル様が地下にいるかもしれません」
カイトの細かい索敵に、リーブはデビルとしての年季の違いを感じた。ここまでできれば日々便利だろうが、このレベルに達するまでどれほどの苦労があったかは考えたくないところである。
関係のないことを考えていた彼に、そんな心中を知らないレテナが至極真面目に発言したので、彼も表情を引き締め直した。
「地下はひとまず置いておきましょ。数が減り続けてるなら、後でいいと思うわ」
「同意いたします」
「……じゃあ、上ってことで。とりあえず最短距離で進もうか。順番は手筈通り」
言いながら先頭に立つリーブ。彼に頷いて、レテナ、カイトが続いた。
デビル化を完了しているリーブとカイトは、いつどこで不意を突かれてもいいように盾となる。一方レテナは、中央に構えて極力敵との接触を避ける。
そのフォーメーションで、三人は進む。先頭に立つリーブにとっては勝手知ったる我が家のようなもので、どこをどう通ればいいかは知り尽くしている。警戒しながらのため全速力には遠いが、それでも効率的と言えるだろう。
とはいえ、カイトの索敵通りデビルが出てくる気配はない。リーブも、あのざわざわした感覚は続いているものの、それは主に外から感じるものだ。こちらの反応もまた、近くに目立った敵がいないということだろう。二つの例外を除いて。
うち一つは、ほどなくして彼らの前に現れた。
「……ゴリラ?」
「猿……じゃねえか?」
「たぶん、猿……ですね」
行く手を遮る形で立ちはだかるそれは、ゴリラやオランウータンを髣髴とさせる大きな霊長類だった。だがその身体の構造は、リーブとカイトが言うように猿であり、やや趣が異なる。
とはいえ、その腕からは星屑が露出しており、瞳もまた青白く光っている。そしてその大きな身体は、デビル化を完了していることを物語っていた。
三人は知る由もないが、それは先日、フォーチュンがリゾートアイランドの動物園で最初に星屑を打ち込んだボス猿のなれの果てだ。
「手前の気配はこいつだな」
「ガードマンってところかしらね」
「ではやはり、ホールにいるのがフォーチュンと見てよさそうですね」
「ギィィッ、ギッ!」
あくまで冷静に話し合う三人に、猿デビルが威嚇するように声を上げる。むき出しの葉は鋭利で、まるでナイフだ。サメでもこうはいかないだろう。
そしてそれもそこそこに、猿デビルは猛然とリーブたちに襲い掛かってきた!
「……ちっ」
ただでさえ人間より強い腕力はデビル化により強化されており、振り下ろされる腕はすさまじい威力を秘めている。それでも、リーブは剣を構えてこれを迎え撃った。
鈍い音とともに、猿デビルの攻撃はリーブの剣で受け止められた。そこに後退はない。ただ真正面から、それを受け止め切ったのである。
驚くことはない。彼もまた、デビル化を完了しているのだ。反応速度、腕力共にもはや人間の域を超えている。
そして彼が相手を引き付けている間に、カイトとレテナが動いた。
レテナが猿デビルの頭を狙い、一発を放つ。それは相手の卓越した反射神経によって回避されるが、それも狙い通り。猿デビルが逃げようと動いた先には既にカイトが回り込んでおり、二振りの剣でもってこれを迎え撃つ。
この連撃を猿デビルはかろうじて回避するが、これすらも三人の狙い通り。体勢を完全に崩している猿デビルの背後に、リーブがゆらりと立ち上がる。
「はあっ!」
そして一閃。
「ギイイィィーッ!!」
猿デビルの背中に、横一文字の刃傷が走る。そこから青い鮮血がほとばしり、耳をつんざく不快な悲鳴がコピーホワイトハウスに響き渡った。
床を転がる猿デビル。が、即座に体勢を立て直すと、怒りに染まった青い瞳を三人に向ける。
しかし三人は、さらりとそれを受け流した。
「ここはボクが引き受けます。お二人は先をお急ぎください」
「カイトちゃん?」
「即死しなければボクは死にませんから、ご安心ください。それに、状態還元は回復以外にも使い道はいろいろありますからね」
そういってにやっと笑う彼女の姿は、不敵というよりもやはり可憐といったほうが似合うものだった。
その笑みに、同じく笑い返してリーブは構えを解く。
「わかった。気をつけろよ」
「はい。お二人もご武運を」
「おう。……行くぞ、レテナ」
「え。……あ、う、うん!」
そうして、リーブとレテナが反転して走り始めるのと、猿デビルがカイトに襲い掛かるのは同時だった。
最終決戦始まりました。今回は突入編。
次回、いよいよラストバトルです!