改善要求?
お待たせしました。
加筆修正前ですっ飛ばした五年間にあった話です。加筆修正前の話に無理矢理捻じ込んでいたり、長くなるし無くてもいいかなとアップせずにおいたものだったり、これを機に解体・加筆修正。一章自体の話が長くなります。
話もちょっと変わってくるので、加筆修正前であったキャラの登場順序なんかも変わってくると思います。
2018/7/1 加筆修正前の章削除。
目が覚めてから体調が良くなるまで結構時間がかかった。
起きあがるのも辛い状態だったけどガキじゃあるまいし、一から十まで人の世話になりっぱなしっていうのは嫌だったから頑張った。
飯を作ることはできなかったのでそこら辺は任せたけれど自力で起きて食べたし、着替えなんかも用意はしてもらっても手を借りずに済ませた。風呂も以下同文。
さて、そんな俺と言えば食事を麦粥に戻されて不機嫌MAXである。
確かに寝ていたよ、意識不明で三日半。
だからといって延々と麦粥ってのも飽きてくるんだ。
で、俺は麦粥の食事に飽きて別な物が食べたいと言った。確かに言った。
だからといって、コレを持ってくるミッキーの思考を疑う。
「さあ、温かい内に召しあがってください」
「……」
目の前には、あの日と同じくふわふわの白いパンと温かいコーンのスープが出された。
しかしだ。再び飯に同じメニューが出てきたら、いくら疎い俺でも食べようとは思わない。というか、警戒する。
少し考えればわかると思うんだ。
いやね、これが現在の季節的に取れる食べ物でメニューがこれしかないとかならわかるんだけど、食べ物の状況とかエルに聞いた限りじゃパンが主食で出てくるのは仕方ないとして、スープはコーン以外の物もあるそうなんだよ。
つまりは、このメニューしかない訳ではない。けれども、俺自身が他のがいいと言って用意してもらった手前、まったく手をつけないわけにいかない。
くそう、何の嫌がらせだよ。
……そうだ、スープだけ飲まなきゃいいんじゃね?
毒入ってたらしいのは、スープの方だしな。
ただ飯がパンだけってのは嫌だが、あれだけ苦しい思いしたんだ。誰だって学習するだろう。
目の前に用意された大人のこぶし大のパンを手に取って匂いを嗅いでみた。
うん、変な匂いはしない。普通のパンだ。
ひと口食べてみる。食感はふわふわしてて柔らかい。
「ユリシーズ様、食が進みませんか?」
当 た り 前 だ ろ !
スープに手をつけずパンを確かめながらゆっくり咀嚼している俺を見て、ミッキーが不安気に聞いてくる。
続けて体調が悪いのか聞いてくるけど首を横に振る。
この食事メニューと俺の反応を見て何も思わないミッキーの様子に、ただ用意された食事を運んでくるだけの淡々とした作業なんだろうなー、と思う。
あの夜の同僚との会話からして嫌々従者をしていることはわかりきっている。
まぁ、不快を感じさせない様に気を遣って世話してもらっているみたいだし、俺としてもこれ以上に特別何かを求めているわけじゃないけどさ。
「体の調子が悪いのなら医師を呼びますが」
「違うからいい」
「今以上に体調を崩されては、またつらい思いをしますよ。早めに診察をしてもらいましょう」
「いやだから、別に体調が悪いわけじゃないからいいって。それより……」
俺の食事に持ってこられたのはコーンのスープと手に持っているパンだけだ。
今までの食事量からして適量なんだろうけど、これじゃマロにくれる分が激減してしまう。また何かあるかわからないから、コーンのスープを与えるのは却下。
パンだけってのは俺もつらいが、大人のこぶし大とはいえ半分にしたらマロだってひもじいはずだ。なので、ちょっと食べて大丈夫と判断したパンの方をこのままやろうと思うんだが、ミッキーが部屋から出て行かない。
昨日までは麦粥を俺に預けて、ひと口食べたのを確認してから部屋を出て行ったはずなんだけど。
「ミッキーも仕事あるだろ。もう退室していいよ」
「いえ、ユリシーズ様の食事が終わるまでここにいます」
「は?」
意外な答えが返ってきて思わず呆けた声を出してしまう。
え、だって昨日も飯を預けて終わりだっただろ?
なんで今日に限って見られてなきゃいけないんだよ。
「見られていると落ち着かないから退室してくれた方が俺としてはいいんだけど」
「そうはいきません。以前も食事を変えて体調を崩されましたので、即座に対応できなくては危ないですから」
……それって俺が毒を食った時のこと仰ってます?
てか、あれを体調を崩したって見解で済ませるのかよ。
ジト目で見つめても退室する気配がないミッキーに降参して、再びパンをひと口食べて咀嚼する。
もぐもぐと口を動かしながらもマロの飯はどうしようかと考えを巡らせる。
どうにかベッドの下にいるマロにパンをくれたいけど、この状況じゃ俺が完食するまで側にいる気だろうな。
どうせスープは飲まないし、さっさとパンを食べてしまって下に行って適当なものを見繕ってくればいいんじゃないだろうか。
うん、それがいい。
ちょっとペースをあげてパンを半分まで食べ、水で流し込む。スープはいらないと辞退する。
「パンだけでは体力が戻るのが遅くなってしまいます」
「へーき。もういらない」
もったいないとは思いつつ、寝たきりに逆戻りする可能性のある物には手をつけない。目の前にあっては誘惑に負けそうなので、スープの乗っているトレーごとミッキーに押し返す。
この感じだと昼飯も同じになりそうだし、下階に行くには許可も必要みたいだから早めに言っておこう。
「あとで自分で飯作ってみるから昼飯もいらない。あ、材料だけはどうしようもないから頼む」
ミッキーは俺の言葉を聞いて鳩が豆鉄砲食らったような顔になってから、ちょっと硬直したあとハッとしたように言葉を畳み掛ける。
「何を仰っているのですか、食事の用意など私や使用人達の仕事です。料理は必ず刃物と火を使いますし、調節を誤って怪我や火傷でもしたらどうされるのです。興味本位の真似事でできるものではないのですよ。あと、“飯”ではなく……」
「昼餉ね。だとしても俺の分はいらないから。料理に関しても、どうせ慣れとかなきゃいけないし」
「ユリシーズ様がそのようなことに慣れる必要などありません。第一、ユリシーズ様の身長では厨房の台には届きません」
頑なに料理をさせる気はないということか。
でもなぁ……こればっかりは俺もできるようにしておきたい。
考えてもみてくれ。将来的に従者から外れるであろうミッキーがやってくれていることを、俺ひとりでやらなきゃならなくなる。
だって、周囲の人のほとんどが俺に近寄ることができないんだから。
それに俺の前世の食べ物関連の知識が通用するかも早めに知っておきたい。
サラダに使われたりする紫キャベツとか、前世の感覚で食べたら見た目通り毒がありました、なんてことになったら笑えない。
使えるなら使えるで美味しい料理を自分で作ろうと思うんだよ。これはひと通り食材を理解してから追々実践していこうと思っていたが、今朝の飯のメニューを見てそれはさっさと作ろうという目標に切り替わった。
まあ、こっちの料理事情を知らないから似たものが在ったりするのかもわからず何とも言えないけど、前世の知識で知ってて食べたい物はある。
ハンバーグとか、カレーピラフとか、ナポリタンとか、鳥の唐揚げとか、ポテトフライとか。
種類からいくと色々手を出さなきゃならないけど、それが全部ひとつの熱々プレートに乗った姿は圧巻だろう。
ぼくのかんがえた さいきょうの おこさまらんち。
全部プレートに乗せたところを想像したら、思わずそう心の中でごちてしまった。中央に盛られたカレーピラフの山の頂上に鎮座する白無地の真ん中に赤い丸が描かれた国旗の幻想が見える。
その山を囲むように手前にハンバーグとナポリタン、両サイドに鶏の唐揚げとポテトフライが、後方には蒸された野菜が彩りを添える……じゅる。
おっと、いかん涎が。
この野望の為にも、さっさと見聞を広げたいんだ。
「覚える必要があるから言ってるんだ。それに、身長なら踏み台を使えば届く。問題ない」
「それでも駄目です。朝餉が気に入らなかったのでしたら、別の物をご用意致します」
「必要があるって言っただろ。火を使ってダメなら生のまま食える野菜とかの材料と包丁だけ預けてくれればなんとかするって」
「何度もお伝えしますが、何と仰られようと火種も刃物も預けられません。諦めて下さい。それよりも、なぜ料理を慣れたり覚える必要があるなどと思ったのですか?」
ミッキーもなかなか引き下がらない。まさか前世の知識関連が使えるか試したいなんて言えないしな。
だがしかし、俺の野望はこんなことでは終わらないし、まだ燃えているっ!
ついさっき着火したばかりだが。
「いや、ミッキーも本業があるのに俺の飯を運んでくるのは煩わしいだろ?それに自分の食い物がどんな物からできているのか把握しておきたいし、自分で作ればどの食べ合わせで毒になるか覚えられるしな」
例えば牛乳と梅干を一緒に食べると腹下すとかー、なんて思い出しながら言った途端、ピシリ、とミッキーの表情が固まった。
……あれ?なんかまずいこと言ったか、俺?
「そう、ですか。しかし、ユリシーズ様が自ら厨房に立つなどと仰らないでください。食事のことに関しては私がこの身を盾にしてでも防ぎますので、どうか……」
諭すような口調で頭を下げたけど、隠し切れていない焦りの色が表情に出てたぞミッキー。
というか、身を盾にするってどういうこと?
あ、そうか。この世界って冷蔵庫がないのかもしれない。だとすると、厨房にある肉とかの食材は生きたまんま置かれてるんだろう。
ならば鶏や豚は食われてたまるかと、死に物狂いで抵抗してくるに違いない。
そもそも魔王と神王のエネルギー供給で回ってるファンタジーっぽい世界だ。動物もモンスターみたいに狂暴なのかもしれない。
鋭い爪で飛びかかる鶏、巨体を生かして突進する豚、生簀から出そうものなら尾びれで往復ビンタかカウンターパンチを仕掛けてくる魚。
そうか、そっちの危険を考えてなかった。
簡単に食材を用意してくれ、なんて言っちゃって悪かったな。
そんなことを考えながらミッキーが頭を下げている間に、残りのパンを枕の下に隠す。
ミッキーが出て行ったらマロにくれよう。
「頭んか下げなくていいって。俺も事を急ぎ過ぎたみたいだ。今回は見送るけど追々食材に関しては知りたいからその時にする」
「ご理解いただけたようで安心しました。食材へ関心があるのならば取り寄せられる限り、ユリシーズ様が好みそうな食べ物をお持ちします」
「ん、ありがと」
よし、当面の目標は狂暴な食材回避だな。
肉は食いたいけど、向かってくる鶏や豚に対して「ヒャッハァァアアアッ、獲物が来やがったぜっ!今夜は豪華に焼き肉だぁああっ!」なんてハンティング精神逞しくないよ、俺。
計画実行がいきなりの見切り発車もいいところだったから今回はしょうがないけど、昼飯は麦粥か同じメニューだろうな。はぁ……。
――なんてことを思っていた時間が俺にもありました。
あのね、なんかね……豪勢になったんだ。
それに食う順番まで決まっていた。
最初は林檎っぽい消化にいい果物、次にレタス中心のサラダを食べ香草と一緒に蒸した鶏肉、彩りにパセリが散ったカボチャの冷製スープ、最後は朝飯と同じ大人のこぶし大のパンにチーズ。
所々で「本来は食前酒が望ましいのですが」とか、「本日は少し暑いので、スープは冷たい物を用意しました」とミッキーが教えてくれた。
ひと通り食い方とか説明されたけど、一気に内容が変わったからどうしていいかわからない。
俺は料理を覚えたいと言ったけど、なにがどうして食事のマナーレッスンみたいな昼飯になったのかは理解不能だ。何か伝え間違ったのか?
「……アリガトウ、アトハ自分デ食ベルヨ」
「いえ、今回は新しい食器の使い方も覚えていただこう思いまして。誤ってご自分を傷つけてしまわないよう側についております」
状況に脳みそがついていけずに思わず片言になってしまったが、勇気をもって断わってみた。だがしかし、初めての笑顔を見せてくれたミッキーが視線を向けたのは、おそらくサラダを食べたり鶏肉を切るためにあるだろうフォークとナイフ。
脳みそがようやく追いついて来て、どうしようか悩む。だって、ナイフとフォークなんて使い方わかりきってる。
ただ朝飯の時と変わらない状態で、マロにやる飯が取っておけない問題が再浮上してきた方で頭が痛くなりそう。
「大丈夫、ひとりでできる」
「ユリシーズ様、この食器は初めてでしょう」
俺の言葉を子供の見栄と思ったのか、ミッキーから温かい目が向けられたよ。
くそう。もうこうなったら、意地でもひとりで食えるって証明してやるぜっ!
ってことで食べ始めた。
ナイフとフォークの持つ手を理解しているのにはびっくりされたみたいだけど、そのあとは散々食器同士がぶつかる音とか注意されるし、ナイフとフォークの食事中の置き方と食べ終わった置き方を指導された。
なので飯って言うより勉強会になったから、鶏肉をちょっとだけしか食べてないが「もういらない」とナイフとフォークを置いて食事を終わらせた。
「ユリシーズ様?」
「用意してもらっておいて悪いけど、やっぱ自分で料理する」
好きに食わせてもらえないのも嫌だけど、貴族はこんな面倒な食い方しているってわかったし、本当は俺もこの食い方をしなきゃないけないとわかってげんなりした。
マロ、ごめんよ。お前の分を取っておく方まで気が回らなかった。
てか、香草使ってるから鶏肉はマロに食わせられない。食べてわかったけど、葱の類が使われているし。
それに自分で好きにやった方が簡単美味しい、マロも食える料理を作れると思うんだ。
「お口に合いませんでしたか?」
「いや……美味しいんじゃないかな」
ナイフとフォークの指導が入らなければ、美味しくいただけたと思うんだよ。
蒸されて柔らかかった鶏肉。齧りついて頬張れば、香草の匂いと味が肉汁と一緒に口の中に広がって良い感じなんじゃないかな。
昔はマナーも教育も教えられないとか思っていたけど、こうしていきなり始まると嫌になる。
あーちょっと前まで平和だったなー、と遠くを見てしまう。
「失礼します」
俺の様子を訝しんだミッキーが、食いかけの鶏肉をナイフで薄く切って食べる。
いやだから、別に味は悪くないんだって。
「……申し訳りません。香草を少し入れすぎたようですね」
鶏肉を口に含んでから少し黙ったと思ったら、爽やかな笑顔で俺の前からトレーを下げた。
別に香草の量は大丈夫だと思うんだけど、ミッキーからすると入れすぎなんだろう。食い慣れているってわかるぞ、コノヤロウ。
貴族は舌が肥えてるから、王宮の料理人はこうした細かいところまで気を遣って料理しなきゃならないんだな。ご苦労様です。
「すぐに別な食事をご用意します」
「あー、だったら麦粥でいいよ。……気を張って食うの疲れた」
思わず本音が漏れる。
だって立てたつもりもない食器の音をいちいち指摘されたら食いたくなくなるし、食う順序も決まってるから食べたい物を最初に食うことができない。
今までスプーンで掬って食うだけの麦粥が一番楽だ。
「ユリシーズ様……」
「やっぱ早めに料理の許可くれ。俺、飯くらい自分で作って食えるよ」
「しかし、それはユリシーズ様がなされることでは……」
「俺がすることじゃないって言うんなら、料理したいなんて言いださせるような状況にするなよ」
うーん。これはまずい。
人に当たるのは悪いと思いながらも、腹が減っているのと我慢しながら食事という二重苦のせいで苛々が治まらない。
思い通りにいかない状況も追加要素だ。
前世の知識が有効か知りたいという俺の事情もあるから、料理する許可を求めている理由は全面的にミッキーが悪いわけじゃないんだけど。
吐き出した後でちょっと冷静になってみると、さすが大人のミッキーは子供の我が儘を黙って聞いてくれてる。
黙っていられると、なんか俺が大人げない気がしてきた。
……うん、好き勝手に言いすぎた。ごめん。
「ご所望であれば、すぐに麦粥を用意します」
「えっと……あ、どうせ今から作るんなら側で見ていてもいいだろ?それでさっさと俺が麦粥の作り方を覚えれば、ミッキーが運んでくる手間もなくなって楽になるだろうし……」
言った途端、沈黙と共にミッキーの視線が下に落ちた。
……あれ?
やっぱ料理しちゃダメだからか?
もしかして、厨房はシェフの聖域だ、とか言い張る頑固オヤジがいたりするのか?
考え込んでいるらしいミッキーの様子をうかがいながら首を傾げていると、おもむろに向けられた視線が合った。
「ユリシーズ様、もう一度機会を頂けませんか?」
かなり真剣な表情と雰囲気も少し怖かったので、自然と首を縦に振る。
怒ったわけじゃないんだろうけど、怖いぞミッキー。
こうした怖い場面は、できることならばもふもふのマロを抱きしめながら耐えたい。
マロのもふもふがあれば空腹も耐えられるよ、俺……一日くらいは。
「ありがとうございます。すぐに麦粥をお持ちします」
しっかり笑顔で締めくくられた。
今日のミッキーは笑顔を見せることが多いんだが、俺の我が儘とか右から左に流せるほどのいいことがあったのか?
そうじゃなければ逆に怖い。
何言ってんだこのガキ、みたいに沸点越えちゃったんじゃないか。
『あ。今日からマナーレッスンでも始まったの?』
今更どこからともなく戻ってきたエルが、ミッキーが持つトレーに乗る食事内容を見て尋ねてきた。
まさか今すぐ答えるわけにいかず、アイコンタクトを取った上で小さく首を横に振る。
エルの声が聞こえるのは俺だけなのに、ここで傍から見て誰もいない空間に返事をしたら不思議ちゃんとかに見られてしまう。
そんな愚行を犯すほど馬鹿じゃないぜ。
それがわかっているからか、ミッキーが出て行ってから次の質問が来た。
『さっきの食事……あんまり手をつけてなかったみたいだけど、もしかして具合悪い?』
「食べる順序が決まってるし、食器の音が立つ度に注意されるし、おまけに鶏肉は(ミッキーが煩くて)食べられないし……」
『あー、そっか。慣れないことをいきなり始められて、ついていけないと拗ねた結果がコレ』
「……遠慮なく人の傷口抉るよなぁ」
『面倒なのは嫌いだったもんね、ユリシーズ』
マナーレッスンが面倒で食事をやめたなんて言いたくなくて、なんとか誤魔化そうとしたけど……そこはさすがエル。ぐっさりバッサリ両断された。
ていうか、面倒なことは誰だって嫌だろ。
「とりあえず飯を麦粥に戻してもらうことにした。あの鶏肉は惜しいことをしたけど、香草の中に葱っぽい味があったからマロに食わせてやれないんだよ」
『魔獣なんだから、そのまま与えても平気じゃないかい?』
「マロは狼だろ。犬が食べちゃダメな物は、祖先の狼にも当てはまると思うんだ。だからやらねぇ、チアノーゼなんかになったら目も当てられない」
『ちあのーぜ?』
「玉ねぎ中毒」
『なにそれ?』
「わんこで有名な中毒」
魔獣が病気になるなんて考えもしなかったのか、エルは「え、そんなのあるの?」と本気で驚いているみたいだ。
ペットとして飼われている犬についてのことばかりだけど、怪我を治したり保護したり、増えないように手術を施したり、飼い主が飼えなくなった時の処分方法とか……他にも前世の世界にいる子供ならある程度は知っている質問が続く。
そうしてエルに根掘り葉掘り聞かれている内にノックが聞こえた。
相手の予想はつくのですぐに返事をすれば、トレーを持ってミッキーが入室してきた。
「ユリシーズ様、お待たせしました」
俺の側に来ると片足を折るミッキー。
ミッキーが持っているトレーが目線より下にあるから、ほかほかの麦粥が入った皿が見える。なぜかトレーの上には、スプーンが二つあった。
トレーが俺の目の前に置かれる前、ミッキーは二つあるスプーンの内ひとつを手に取った。
「味見をさせていただきます」
「は?」
疑問の声に答えることなく、ミッキーがひと口掬って食べた。視線は下げたままで、食べたひと口分をゆっくり咀嚼してる。
咀嚼っていうより舌で転がしてるのかな。いつも柔らかいから噛むほど固くもないし。
ていうか、それ俺の飯じゃないの?
じっと見つめていると、ようやく飲み込んだミッキーが小さく頷いた。
なんか自分自身が納得したように頷いたのを見ていた俺からすると、もしかしてこの麦粥はミッキーのお手製か?持ってきて今更の味見か?
味見は料理の最中にするもんだと思うんだが。
「えーと……ミッキー、なにやってるんだ?」
「はい。お運びする前に確認はしたのですが、あの鶏肉だけ香草が余計に入っていたようです。ですので、ユリシーズ様の口に入る前に最後に私が確認をと。このような方法しかありませんでしたので」
まぁ、俺としては美味しいなら味付けの濃い薄いは気にしないけど。
「味はそんなに気にしないって。重要なのは何が料理に入っているかだ。麦粥に変えてもらったのもいつも食べてたから、まだ安心なんだ」
マロが食えないものだったら厄介。
出汁や隠し味なんかに葱や百合根なんか使われていたら、気をつけていてもわからないからな。
その点、作り方が決まってるのか麦粥ならその類が入れられない。初めてマロに食わせる時、エルに何度もしつこく確認をしたから大丈夫だろ。
「しかし、ユリシーズ様。いつまでも麦粥だけでは栄養が偏ると医師から指摘もありました。徐々に新しい食事にも慣れて下さい」
「そ、そのうちな」
マナーレッスンが嫌だから後回しにしてほしいのが本音なんだが、正面向かって言えない。
レッスンやるなら食ってる時じゃなくて、別な時間に空の食器を使ってやってほしい。
第一、いきなり始められても俺の心の準備ができてない。
「……ユリシーズ様。これからは何かを口にされる時、必ず私が間に入ります。それだけはご了承ください」
「は?俺の飯なんかつまみ食いしたって得にもならないだろ?」
やめてくれーっ!俺とマロの食う分が減る!
レッスン以前に困る申し出をされて、それに対する俺の心の叫びは届かず、「飯ではなく」「朝餉とか言えばいいんだろ」と毎度のやり取りが入る。
そんなやり取りを入れても「お願いします。了承して下さい」と言われ、だんまりしているとエルが間に入った。
『まぁ、こればかりは折れるしかないよユリシーズ。先の未遂事件もあるからだろうし、彼の仕事なんだ』
「う~……わかった」
「ありがとうございます」
ホッとした様子で俺に麦粥が乗ったトレーを渡すミッキー。
了承取るのに気が取られて渡すの忘れてたな。
エルに言われて思い出したけど、考えてみると未遂事件に対してそういった備えとかしていなかった。
仕方がない、その代わり麦粥の量だけは増やしてもらおう。
ここで了承したことで、あとになって色々食い物の種類が増えてきたけど、それに伴ってレッスンも増えて結局は俺が嫌がり、ミッキーが言うような新しい食事に慣れることは大幅に遅れることになった。