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倒してくれる勇者募集中  作者: ミッキー・ハウス
第一章 幼少期(隔離編)
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幕間 始まりは頑なな心の綻びと共に2


暗殺の機を逃し、それでも隙あらばと側仕えから内々に通達があったが、ミッキーがその命令を遂行する気持ちはとうに霧散していた。


ユリシーズが暗殺間際にその聡さの片鱗を見せたからということもあったが、それ以前にミッキー自身が暗殺という行為に躊躇いがあった。


暗殺に完全に否定的な考えを持っていると自身で気づいたミッキーは、以前ならば騎士として当然と思えた「任務に忠実」という周囲からの評価が(むな)しく感じるようになっていた。

失敗したことでまた従者としての日々に戻ることになるのだが、そこに面倒とか嫌だといった気持ちはない。


ただ、やはりというか問題が浮上した。


ユリシーズが入浴の際、体を一切触らせないようになったことが始まりだった。

今までは少しならば抵抗もあったが可愛いもので、子供の駄々の延長のようなものだった。

しかし、今回はまるで違う。触れようものなら本気で拒否を示してきたのだ。



「これは私の仕事です」


「いいって言ってるだろ!」



着替えにしても湯浴みにしても、ミッキーの手を一切借りずに自分でやろうとする。

「腕を怪我しているから」という理由で断られる続けているが、騎士としてこんなものは怪我の内に入らない。魔獣に噛みつかれた時に腕からエネルギーを喰われ、それを長時間放っておいたため回復が遅くなっているだけだ。

他に拒否される理由として、ミッキーを刺客として認識しているからだろう。

確かにすべて自分でこなしてもらえるなら楽ではある。

だからと言ってこの二十年間、従者としてずっと世話をしてきたことは身に染みついてしまっている。


どうしても体が動いてしまうのだ。

腕が回復してもユリシーズはミッキーに触れさせようとしない。

着替えも前後逆に間違って着ることはなくなり、湯浴みで髪に洗い残った泡をつけたまま出てくることもなくなった。

他者の手を借りなくてもいいほどに成長していく姿。それをミッキー自身、少し寂しいと感じるていることに気づき驚いたが、一度は殺そうとした相手に何を思っているのだ、と別な自嘲が漏れた。


思いもよらない感情を持ったことに自問したところで答えなど出るはずもなく、その疑問を抱いたことすらミッキー自身も忘れた頃のある夜、昔から世話になっている同僚の男が訪ねてきた。


許可証なしで。

酒瓶を片手に持って。


隙間程度に開けた扉を閉めてやろうとした途端、行動を読まれて相手の手と足が扉の間に割り込んできた。

真夜中に騒ぐわけにもいかず、規律違反と知りつつ溜息をつきながらミッキーは扉を開けた。

相手を使用人の控室に通し、適当な場所に座らせる。



「何をしに来た?」


「なんだよ、久しぶりに会いに来た同僚に冷てぇな」


「こんな真夜中に、お前でなかったら斬り伏せているところだがな」


「お堅い白騎士隊長は相変わらず健在だな」



そう言いながら酒瓶の蓋を開ける同僚を見て、眉を顰める。



「ここをどこだと思っている。酒など持ち込むな」


「まぁまぁ、今は誰もいないんだから。それに俺がせっかく来てやったんだ。同僚なんだから、少しは俺に愚痴れよ。不満、溜まってるだろ?」


「私達以外、上の階で王子が寝ていらっしゃる。それにお前に愚痴を言ったとて、解決するとは思えん」


「そーいうことじゃないっての」



愚痴を言うほどのことでもないが、魔獣に関する不祥事にユリシーズとの主従関係の悪化は、関係者のみ知る者は知っている。

まったく、どこで嗅ぎつけてきたのか……同僚の情報網がどこまであるのはミッキーも聞いたことはなかったし、興味もなかったため相手が知っている範囲を把握することはできない。

同僚が勝手に棚から持ってきた二人分のグラスに酒を注がれ、ひとつが寄こされ、ミッキーはしかたなく受け取る。



「子守りなんかやめて正当な任務に戻してもらえよ。白騎士隊長、“蒼穹のレアード”の名が泣くぜ?」


「そんな昔の渾名まで出すな。だいたい、レアード家には銀髪に近い髪色の者しかいなかったから、青い髪の私が養子になった皮肉から呼ばれ始めたものだ。あまり好きではない」


「けど今じゃ、その渾名を聞けば子供までが誰を指すかわかるほどの知名度じゃねぇか」



同僚が言ったのはミッキーがヘイレス戦役から呼ばれるようになった渾名だが、そんな知名度がどうしたと鼻で笑いたくなる。知名度だけでは何も変えられない。

ミッキーが目指しているものの足しにもならない。



「昇進、目指してるんだろ。こんなところで子守りしてる場合かよ」


「してる場合なんだ。これが、その関門だからな」



答えた刹那、静かになった部屋に同僚の酒を飲んだ音が嫌に響いた。

ミッキーの目的は昇進ではない。だが、目的のために昇進は必要不可欠な要素だ。それを目の前の気心知れた相手とはいえ、同僚に教えてやる義理はない。

呆れたようにミッキーに視線を送る同僚は、言葉を選ぶように一瞬だけ間を開けた。



「面倒じゃないか?」


「……まぁな」



面倒は面倒だ。昇進してそれで目的が達成できれば苦労はしない。

そう答えれば同僚は更に呆れた声を出す。



「よりにもよって、第一王子かよ。将来性のない王子の相手をすること自体、俺はゴメンだ」



クッと酒を煽ってグラスを(から)にする同僚の言葉に、わずかな苛立ちを覚えた。

それはテーブルクロスにこぼしたワインの染みが広がる様に侵食し、ミッキーの心に小さな(さざなみ)を起こしていく。

訳のわからない感情を抑えようと平静を保ち、持ったままのグラスを割ってしまわないよう加減しながらも手に力が入ってしまう。



「……まぁ、力の問題をのぞけば、ただの手間と世話がかかる子供だ。私に触られるのがお気に召さないらしい」


「へぇ~、ご婦人に大人気で、新兵達にも羨望の眼差しを向けられるお前を嫌がるって、どんだけ変わり者なんだろうな」


「箱の中で飼われているのだから、私の評価を知らなくて当たり前だ」


「はは、それもそうだっ」



同意したとでも言うように笑う同僚に吐き気がする。いつもならここまで苛立つことを言う者ではなかった。

いや、本来ならミッキーの気持ちも同じだったはず。だから、ユリシーズを手間と世話がかかると、箱の中で飼われていると言った。

そんな自分自身にも怒りが向かっている。どうしたのか、落ち着かなくなった理由がわからずに気持ちの方向がくるくると回って定まらない。


溜息と共に力を抜く努力をしていると、同僚から「そんなに疲れが溜まっているのか」と苦笑された。否定するのも面倒なので、ミッキーは肯定して酒をひと口だけ含んだ。度数は低く、軽く酔うにはちょうど良い。

そのまま夜遅くまでたわいもない話をお互いに続け、酒を飲み干したのを頃合いに同僚は闇に乗じて兵舎へ戻っていった。



翌日、なぜかユリシーズの元気がなかった。

何かあったか、それとも具合がよくないのか。ミッキーが何を問いかけても首を横に振り、「何でもない」と力なく微笑むだけなのだ。無理をしているのは明らかだった。


数日経っても一向に体調が戻っていないようなので、ミッキーはユリシーズ専属に就いている医師のところへむかった。

実は、ユリシーズが赤ん坊の頃にあった体調不良騒ぎで決まった専属の医師だ。

王子の専属とは思えないほど身分は低い者だったが、まじめに仕事をこなしてくれる上、ミッキーとも顔見知りの者だったため安心して相談を持ちかけてみた。

……結果から言うと、怒られた。

日々の生活管理から食事の話をしたところで、「何を考えている、この馬鹿者!」と物凄い剣幕で怒声が飛んだ。


第一次の成長期を終えて離乳食から固形物に切り替えた頃、毎回吐いて受けつけなかったため相談を持ちかけた時にぐずぐずになるまで煮込んだ麦粥がいいと進言され、それから毎日よく煮て食事として出していると話したところで専門医師の雷が落ちたのだ。



「診てみないとわからんが、栄養失調に陥っている可能性も捨てきれん。それに食事を楽しむことも健康に役立つものじゃぞ。もっと考えてやれんかったのか!」



それは子供を育てたことのないミッキーに、「私達には育てきれない!」と全部丸投げした元乳母らに言ってほしい言葉だった。

こうした進言もあり、食事の内容を変えた方がいい案は即座に実行した。

再び少しずつ固形物に慣らしていく計画を立て、まず手配したのはコーンのスープと柔らかく食べやすい白パンだ。こればかりは手元で作れないため、他者に頼るしかない。


後日、予定より早く用意できた食事。ユリシーズの食事となるパンやスープを持ってきた者をそのまま給仕に就かせ、何時もの時間通り寝室へ朝食を運んだ。

初めての麦粥以外の食べ物を目の前にしたユリシーズは、年相応の子供のように目を輝かせていた。

あからさまな変化に、医師の言う通りだったな、と苦笑していつもと同じようにミッキーはスプーンを手渡した。


これが間違いだったと、数秒後に気づくことになる。


嬉しそうにスープを口に運んでいたユリシーズが突然スプーンを取り落とし、ぐったりとして倒れこむと酷い痙攣を起こした。

過去の経験から固形物を受けつけない痙攣と違うことに気づき、受けるものはないが構わずに急いで食べた物を吐き出させる。

それから扉を振り返り見た刹那、給仕の女が慌てて逃げて行く。考えられる要因はひとつ。



「待てっ!」



即座、ベッドサイドに置かれたベルを指先に集めたエネルギーで弾き、警報を鳴らしてミッキーは女を追いかけた。使い方次第で警報機にもなる王室専用の特別製のベルだからできる技だ。

女は隣室を抜けて廊下に出たところで、警報に気づいて来たであろう使用人のエレナを突き飛ばし、階段を下っていく。

犯人を逃がすわけにはいかないと、即座にユリシーズを任せる判断をする。



「すぐに医師を連れてくる。それまでユリシーズ様の側にいろっ!」


「は、はいっ!」



詳しい状況は説明できずとも緊急事態なのを理解したエレナは、戸惑いを見せながらもミッキーの指示に従った。

今から階段を下りて行っても追いく前に逃げられる。そう思い至った時点でミッキーは隣室に戻り、逃げた女が出てくるだろう扉に近い窓から身を投げ出した。

落ちる勢いを殺すために突起している壁の装飾を蹴り、地面へ着地と同時に転がって衝撃を逃がす。

ミッキーが身を起こして駆けだすと同じタイミングで扉が開き、出てきた女と目が合う。あからさまに慌てた表情を張りつけ、女はなおも逃げようと背を向けて走り出す。



「逃がすかっ!」



()いた剣を抜き放ち、エネルギーを纏わせて、ヒュッと横に大きく薙いだ。

数メートル離れたミッキー持つ剣から放たれた一閃が、背後から女の両足を通り過ぎる。


女が逃げるため二、三歩地面を蹴ってから、斬られたのを思い出したように脹脛(ふくらはぎ)から綺麗に切断された足が離れる。

体を支える足を失って倒れこむ女を自害しないよう押さえ込んだところで、警報に気づいた白騎士隊の部下達がやってっきた。

副隊長に大至急医師を連れてくるよう命じ、女を部下に任せて寝室へ(きびす)を返し駆け戻ってみると、エレナが懸命に呼びかけ吐き出した物で喉が詰まらないようユリシーズの体を横にして背を擦っていた。

ユリシーズとのエネルギーの差で顔色を悪くしているエレナを下がらせて替わると、程なくして医師が到着して解毒が施された。


医師から「危ないところだった」と言われた時には安堵と自責が、ミッキーの中に湧き起こった。

今までミッキー自身が麦粥を煮詰め作ってきた食事とはわけが違うのだ。毒見が必要だったのは明らかだった。

なのに、そんな初歩的なことさえ忘れてユリシーズにそのまま食べさせてしまった。

本来なら斬首されてもおかしくない失態だというのに、咎めはなかった。不自然なほどに。


これはミッキーの報告(暗殺失敗)に焦れた王妃の手によるものだろうと推測される。


三日も眠り続けたユリシーズは、四日目の昼に意識を取り戻した。目覚めていることに気がついたミッキーは、驚きと同時に自然に口元が綻ぶのがわかった。

慌てて医師を連れてこようとしたが、緊急事態ではないことから本来の手続き待ちを言い渡される。医師を入館させる手続きが、これほど苛立たしいと思ったことはない。

落胆しながら戻ってみると、目覚めて間もないユリシーズがベッドから起きあがっていた。

寝ているよう勧めるが嫌がられてしまい、医師を連れてくる手続きをしたことだけを告げて、落ち着いてから事が起こった経緯を伝えしようとした矢先にユリシーズが口を開いた。



「そーいや、悪……いな。さっさと、くたばら、なくて……」



一瞬、何を言われたのか理解が追いつかずに、瞠目したまま黙っているミッキーを見たユリシーズが自嘲する。



「俺も……母親、にここまで、されちゃ……どうしよう、もない、よな」


「殿下、そのようなことはっ!」



無いとは言えない。だが、なぜどうして、それを知っているのか、ミッキーは混乱した。

毒殺未遂事件から、より厳しく館には決まった使用人しか出入りできなくしている。箝口令(かんこうれい)も布かれている。

なのに、知らぬ間に誰かがユリシーズに事件の内容を吹き込んだという事実があることに、ミッキーの中に苦いものが広がっていく。互いに黙り込み、静かな寝室の空気が重々しいものになる。



「ミッキー、ご苦労。もう俺を見限って、いいぞ。……ここにいても、昇進なんて、望め、ないからな」



声を掠れさせながら呟くユリシーズの言葉が、深く突き刺さる。


周囲から隔離され、何も知らないだろうと高をくくっていた。しかし蓋を開けてみると、本人は知っていた。自分の生命(いのち)を狙った首謀者が誰であるかを。ミッキーが昇進を望んでいることを。

その事実に、思わず息を止めてしまったミッキーは遅れて自分の失態に気づく。最近は失態続きだ。

視線をそらしてユリシーズから吐き出された溜息。


先ほどの言葉は、どこから伝え聞いた話なのか。

他にも聞かなければいけないことはあったが、何も聞けぬままユリシーズから退室を命じられ、ミッキーは寝室をあとにするしかなかった。


隣室を通り廊下にまで出ると後ろを振り返る。指摘はしなかったが、ユリシーズの頬には涙の痕があった。

ユリシーズはいつから気づいていたのだろうか。自分の立場と運命を。

そうして頼る者もおらず、母親に不必要とされている事実にひとりの寝室で静かに泣くのだろうか。


こんな時、ミッキーが従者なのだから弱音を少しでも吐露してほしいと思うのは都合が良すぎる話だ。

刺客として一度は生命(いのち)を狙った者に弱さを見せまいとする姿勢は、自己防衛としては当たり前。それでもユリシーズに頼ってほしいと思ってしまうのは、涙の痕を見てしまったせいだろうか。


密命による任務とミッキーの感情の矛盾。

任務に忠実。自他共にそう評価するミッキーが任務から逸脱した行為を始めている。



「どうしたいんだ、私は……」



複雑な感情を抱いたまま、扉に背中を預け(もた)れかかった。隣室を挟んだ距離が、今のユリシーズとの距離を表しているかのようで少し寂しく感じる。

そして「やはり、おかしいな」と自嘲する声は誰にも聞かれることなく、静寂の空間に溶けてく。

今更ではあるがミッキーの中に、何かをしてやらねばという感情が湧いてくるのだから。


保護欲というものだろうか。湧いてくる感情がどういった類かミッキーもわからず戸惑いが残っている。

毒と体力の消耗で眠っていたユリシーズが目覚めた時、ただ瞬間的に抱きしめてやりたい気持ちが湧いた。全力で自制し、抑えたが。

従者という立場だからと言い訳をして親しく接しないようにしてきたが、今では己の行動を悔いる。

ならばこれからどうすればいいかと考え、ひとつ思いついた。



「手を……繋いでみるか」



自身の手を見つめ、ぽつりと呟く。

ミッキーが幼い頃、今は亡き母親に手を繋がれていたように。

同じようにユリシーズにも手を差し伸べ、いつかそれが信頼というものに変わってくれるのを願って。

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