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倒してくれる勇者募集中  作者: ミッキー・ハウス
第一章 幼少期(隔離編)
4/39

もふもふとの遭遇


「はぁ……」



俺は何度目かの溜息をついた。


この体が二十歳になってることと、この世界の法則(ルール)と魔王になる理由を(大まかに)説明されてから、半月が経った。


今さっき従者のミッキー(笑わず言えるようになったぜ!)に、体を拭かれて着替えを済ませたところだ。

毎日ほぼ変わらないネグリジェもどきの寝間着。着心地は悪くないけど、動く時ふわふわしてて俺には落ち着かない。

それでも、ミッキーのがっちり着込む騎士服(エルの話では、アデレスト国軍の軍服)よりはいいと思う。この半月で何度か目撃してるんだよね、白いコートっぽい上着を羽織って出ていく姿を。

こっそり階段のところからのぞいた時、さり気なく袖や裾に入ってる金糸のカッコイイ刺繍が見えたから、ちょっと試着してみたい……現在の俺の体格に合わないのは承知の上だぜ。


考えごとをしていた思考を現実に戻すと、脱いだものを畳んで片付けるミッキーに注意し、悟られないよう周囲を見回す。


昨日からエルの姿が見えない。あいつは時々、こうして俺の側から消えることがある。

初めて姿が見えなくなった時は焦ったけど、そんな俺をどこかで見てたのか『放置プレイしてごめんね~♪』なんて無駄に笑顔を張りつけて現れた時は、軽く殺気を覚えた。

姿が見えないだけなのか、存在自体が別の場所に行ったのかはわからない。まぁ、神様だから俺以外のことにも気を配ったりして、忙しいんだろうけどさ。


エルがいてもいなくても、俺は自分でわかる範囲で王族について初歩の初歩から勉強中だ。勉強と言っても、そんな基本的な生活部分を教えてくれる人もいないので、使用人やミッキーの行動観察しか手がない。

使用人が何かを持ってくると扉がノックされ、扉の所でミッキーによる問答が行われて内側から開け、入出許可に至る。この形式は俺が寝室にいる時だけだってことが、短い期間に把握できた。


その他にわかっているのは、俺の生活リズムぐらい。

王族の朝飯ってのは庶民より思いの(ほか)、遅い時間にとることになっている。だから、本来は起床も遅いらしく、起こしに来る時間も遅い。

俺の意識が戻った初日は、目を覚ましてから時間がかなり経っても朝飯が運ばれてくる様子はなくて、朝飯抜きかと覚悟を決めていたが、日が昇りだいぶ時間が経って(たぶん午前九時頃)から運ばれてきた。よーく煮込まれた麦粥がな。

想像していた王族の食事との大きなギャップで、麦粥に手をつけるまで時間がかかったのはいい思い出だ。


あとは日中ぼーっと寝室か隣室で過ごしているけど、就寝時間は空もまだ少し明るい時間帯(おそらく午後六時頃)だ。寝るのは早すぎるんじゃないかと思う。

庶民よりゆっくりな生活リズムだと理解すれば、合わせられないわけじゃないんだけどさ……。



「あれっ? ミッキー?」



視線を戻して気づけば、母親よろしく俺の服を畳んでたミッキーがいない。退室の際、静かに俺に礼をして出て行ったんだろうけど、一声かけてけよ。


こうしてさっさといなくなるミッキーは、俺の世話をしてない間は何をしているんだ?

危険があるわけじゃないのに部屋から勝手に出るなって言われてるし、誰か呼ぶ時はベッドサイドにある呼び鈴を鳴らせと、薔薇の花が装飾された銀色の小さなベルが置かれている。

けど、ベルを鳴らした時だってミッキーが来ないとあの緑の使用人服を着たお姉さんも寝室の扉の前まで来ないし、下の階からは他にも何人か女性の声が聞こえるんだけど、俺が見たことがあるのはあのお姉さんだけだ。


それに、時々ミッキーからは女物と思われる香水の甘い匂いがするけど、あのお姉さんからは香水の匂いなんかしないんだよ。

俺の服やタオルの用意をしてくれている作業中、俺の近く(といっても二メートルが限界)を何度か行き来した時に石鹸の匂いがふわっと香ってきた。

きっと仕事で掃除以外に洗濯もあるからなんだろうけど、後ろでお姉さんが抱きしめて(ここ重要)持っていたタオルがミッキーを介して手渡され、それで顔を拭く時に匂いを嗅いでしまったのは男の(さが)だ。

俺の匂いの好みど真ん中です。そこ、変態とか言うなよ。


でもなんでミッキーからは香水の匂いがしてるのに、いつも仕事で側についてくれているお姉さんからは石鹸の匂いなんだ?


そこまで考え、俺はハッと気づく。


こ、これは……ドラマでよくある、男の浮気がバレる展開じゃないか!

きっとミッキーはあのお姉さんが見ていないところで他の使用人のお姉さん達とお菓子食べたり、囲まれて楽しいひと時を過ごしているに違いない!

おのれミッキーめ、石鹸の香りより香水の香りが好みなのか!

それともどっちも好きで両手に花か、こんちくちょう!

俺だってお菓子を食べたいし、お姉さん達も食べたいぞっ!ひと口寄こせ、浮気者ぉ!


……思考がそれた。

お菓子と浮気は関係ないし、お姉さん達は食べ物じゃないし、今の問題はそれじゃない。落ち着け俺。


それにしても、俺ってほんと放っておかれてないか?

いや、世話ならミッキーがやってくれてるから文句はない。つーか、俺自身に湯浴(ゆあ)みも着替えもやらせてくれれば、もっと文句はない。


なぜこんなことを思っているのかと言うと……人恋しくて構ってほしいんじゃないんだけどさ、ミッキー以外(エルは論外)との接触がほしい。切実に。

ミッキーは従者として完璧なんだろうけど、表情が乏しいんだよ、あの人。

俺だって、たまに笑い合って話したい。

会話から状況を把握して、周囲が俺をどう思っているのか確認だってしたい。


人当たりのいい笑顔を作って話しかけたりしたんだけど、眉ひとつ動かさないで「そうですか」「よかったですね」としか言葉が返ってこないんだよ。ミッキーの身の回りであった今日の出来事を聞いても「特には」で会話終了。

これ、やられた方はストレス溜まるんじゃね?

ミッキー、お前絶対友達少ないぞ。


他の相手を探そうとしても、下の階で井戸端会議してる他の使用人と思われる女性の姿がちらりと見えただけだったり、あの緑の使用人服のお姉さんが部屋に入ってきても挨拶と必要な作業が済むと出て行ってしまう。

様子からして、こいつ暴発するかもしれん、ってことでやっぱり怖がられてるんだろうと諦めた。

無理矢理近づいたり呼びつけてたりして、印象悪くするのも不味いしな。


あれからもう半月も経っても、この軟禁生活の原因であるはずのエネルギーで俺が苦しんだり暴発する兆候はないのに、まったく変わらない周囲の態度。

それよりなにより、おかしいと思ったのは、教育に関することが行われてない。

何かから見聞きした知識でうろ覚えだが、王族ってのは優雅に暮らすだけの存在ではなくて、子供でも国のため教養のために帝王学の勉強や厳しいマナーレッスンがあるはずだ。

なのに俺の生活には、それがまったく組み込まれてない。


……もしかして、もしかしなくても俺の意識がないこの二十年間、ミッキー以外誰も近づかなくて変わらぬ生活してたんじゃ?

そうだとしたら、もはや修行僧の域だ。今いる寝室と隣の部屋とお手洗いだけが生活圏内なんて、子供のうちに枯れちまうっ!


他の誰かから機会を与えられるのを待ってるなんて、俺は気長な方じゃない。しかしながら、早速何かしようと思っても勝手に部屋からは出れない。(こっそり廊下まで出て階段から下階をのぞいていたりはするけどな!)

実は昨日、エルがいない寝室でゴロゴロするのにも飽きて「庭に出たい」とミッキーに言ったら手続き云々の話で(けむ)に巻かれた。

許可を取るのが面倒くさくて、階段から見える一階の出入り口なんてすぐそこじゃーん♪、と脱走を試みたら一発でミッキーに後ろから捕獲された。短絡的だったと反省。


脱走理由について「ベッドで寝ているだけってのも退屈だ」と言ったら、分厚いけどお子様向けらしい本を持ってきてくれた。

ミッキーが読んでくれた内容は確かにお子様向けなんだけど、中を見せてもらうと蚯蚓(ミミズ)がのたくったみたいな文字らしき線がびっしり書かれていて、挿絵なんて片手で数えるくらいの代物。


てか俺、文字が読めねぇ……今更感があって、がっかりだ。これはエルが帰ってきたら、識字機能も脳内に捻じ込んでもらわなければ!

考えてもみろよ、二十歳にもなって文字が読めない王族ってまずくない?まずいだろ?


特に俺が嫌だ。悪口書かれた紙を見ても、「なにこれ?」ってわからないんじゃ悔しい。

まぁ、そんな不敬罪になるようなことをする奴がいるかどうかは置いといてだ、文字が読めないって損してる。


またここで俺の前世の記憶が出てきたんだけど、「本だけは人を選ばない。差別もしない。書いてある文字さえ読めれば、誰にでも知識を分け与えてくれる」……脳裏に浮かんだ光景で、白髪の爺さんが俺にそう言っていた。間違ったことは言ってないよ、爺さん。


ま、前世の記憶なんて自分で言ってるけど、本当のところは“前世”なんてのは推測だけで口にしている。

エルが俺の魂をこの世界に引っ張り込んだ、ってことは前の俺は“死んだ”んだろう、という推測から。


車に轢かれての事故死か、通り魔にでも遭っての他殺か、人生に絶望しての自殺か。

体は死んでなくても、魂が離れても誰も疑問に思わない状態……例を挙げれば、脳死や仮死状態になってるとか考えられるわけだ。

どれかの状態であるにしろ、その記憶まで思い出したら、俺もさすがに堪えるだろう。

俺が望んでエルに記憶を真っ白な状態にさせようとしたのは、だからなんじゃないか。今でも部分的に時々思い出すってことは、不意にこの世界に来る“きっかけ”を思い出してしまうんじゃないか……なんて考えて懊悩(おうのう)したりする今日この頃。



「つーか、本当にひとりの時間が長すぎて、どうしていいかわからなくなるって」



ミッキーとの接触だって、朝と夕方の着替えと飯が運ばれてくる時だけ。俺が脱走したり、駄々をこねなければ、一切ない。

庭に出るなんて言語道断。王宮中央から離れた端に位置するこの館(エルに教えてもらった)の中も自由に出歩けない。軟禁とか幽閉状態ってこんなに自由がないんだ、と実感しつつ生活中なんだけどさ。


ベッドから抜け出して隣室に行って窓から庭を見れば、色とりどりの花が競うように咲き乱れている。俺のいる館は限定された人しか近寄らなくても、庭は様々な花が咲くほどちゃんと手入れされているようで安心する。

これで庭も荒れ放題だったら寂しいし、植えられている植物が可哀想だ。

野に咲くような可愛らしい花を和やかな気分で見おろしていると、いつもと変わらない風景に、ふと動くものが見えた。

垣根の向こう、別の館がある方角からやってくる人影がある。


ようやく館の側まで近づいてきた人――背中くらいまでありそうな緋色の長髪の子供が胸を張ってやってくるのが見えた。その服装はいかにも貴族ですって感じがする、ロイヤルブルーの軍服に見えるものを着ていて、子供用と思われる剣も()いている。

その後ろをミッキーと似た服装のお兄さんがついてきている。見た目は俺の前世の知識で、人間(・・)の二十代(こっちの()で何歳に相当するかはわからない)くらいの人だ。頭に草でも生えてんのかってくらい、濃い緑の髪でびっくりしたけど。

一緒にいるとクリスマスカラーだよな、あの二人。ある意味目立ってる。

とりあえず、俺以外の子供がいるの初めて見た。



「お待ち下さい、ここは危険です!」


「何を言う、フィランダー!ここには恐ろしいモノがいると、母上がおっしゃっていたんだ。それをタイジできたら、母上もきっとよろこんでくださる!」


「退治などおやめ下さい、ウィルフレッド様。御身に何かありましたらどうなされます。どうか、どうか主居館(パラス)にお戻り下さいっ!」



フィランダーというお兄さんが、俺より年下に見える子を必死に止めている。ああ、あの子供がお兄さんの主なんだな。

ウィルフレッドと呼ばれた子は冒険心が疼くのか、腰の剣を抜いて目の前の(俺のいる)館へ向けた。



「おくするな、フィランダー!お前はそれでもアデレストの騎士かっ!」


「騎士である前に、貴方様の従者でございます。このフィランダー・カシリ、身命を賭してお諌め致します。あの化け物に近づくことはできません。これまで屈強な兵士ですら、近寄っただけで失神させられたのです」


「母上がその化け物に頭を悩ませていらっしゃるのは知っているだろう!ぼくが母上のお役に立てるんだぞ、この上ないよろこびではないかっ!」



な、なんだってー!?

化け物とか言われるような動物飼ってるのかよ、この館!てか、俺はそんな場所に一緒に隔離されてるわけ!?


ウィルフレッド君とフィランダーさんの言葉にびっくりだ。エルもこれは知ってるんじゃないのか!? 俺、何も聞いてないぞっ!


だからあんなに出歩くのを禁止されたり、行ける部屋の制限があったのだとすれば納得できる。

使用人のお姉さん達とお茶したりお菓子を食べてるとか、両手に花ならぬ周囲に花状態で楽しんでるとか、色々と疑って悪かったミッキー。

もう「俺にもお菓子持って来い」とか、「ハーレムに混ぜろ」とか内心で罵らないよ。


――それにしてもあのお二人さん、いつまでやってるんだろ。

俺が猜疑心(さいぎしん)に自己嫌悪している間もやり取りの内容があまり進行してなくて、館の前で“乱心する上様を諌める家臣”の時代劇っぽい展開になってるんだが。


俺はここから出れないし、かと言って口出しして余計な火の粉を被りたくない。ちょっとだけ友達ができるかもしれないと思ったけど……うん、こちらから遠慮したい。俺と彼はきっと性格が合わない。

化け物退治は諦めてくれ、ウィルフレッド君。下手すりゃ俺のところに来ちゃう可能性もあるから、入ってこないでくれ。俺、君の相手がまともにできそうにないから。

俺の冷やかになっていく視線とは裏腹に、ヒートアップしていくクリスマス主従。

えーと、この世界の主従ってあんな感じにならなきゃいけないんだろうか。俺もミッキーにあんな感じに接した方がいいんだろうか。あれが正しい従者の従え方なんだろうか。

ああもう、人の関係について情報不足が否めない。エルもいねぇし確認のしようがない。

俺が新たな疑問にぶつかって理解できずに頭を抱えて苦悩していると、ドサリと何かが倒れる音がした。



「フィランダー!?」



ウィルフレッド君の声に窓からそらしていた視線を庭に戻すと、状況が変わっていた。

え、お兄さんが倒れてる。どったの?

ウィルフレッド君はびっくりして突っ立ったままだったけど、いつまでも起きあがらないフィランダーさんに駆け寄っていく。

人が倒れて起きあがらないなんて状況に、さすがに俺も見過ごせなくなって庭の状況をミッキーに知らせようと、寝室にベルを取りに行こうとした。


そこに、キィと扉の開く音がしてミッキーが館から出てきた。

そーだよな、これだけ騒いでりゃ出てくるよな。ちょっとホッとした。



「ウィルフレッド様、何をしていらっしゃるのですか」


「ぼ、ぼくは化け物をタイジしに来たんだ!」



ミッキー、お前の知り合いか?

開口一番、名乗ってもいないのにミッキーが相手の名前を口にしたってことは、知り合いだよな。


というかウィルフレッド君、まだ退治する気でいるよ。帰った方がいいと思うけどな。従者のフィランダーさんは倒れちゃったし、その彼を起こそうとして頬をペチペチ叩いてるウィルフレッド君にも、さっきまでの覇気がないし。

偉そうな態度が全面に出てなくて、どうしたのかと思っていると、ミッキーが近づいてウィルフレッド君が一歩引いた。

ああ、わかった。背中を向けているから正確にはわからないが、おそらくあいつの顔のせいだ。俺は見慣れたから平気だけど、あの感情が読めない顔面のまま迫られたら、子供は怖いだろう。

ミッキー……お前、もう少し愛想よくしないと子供に懐かれないぞ。



主居館(パラス)にお帰り下さい。ここは貴方様がいらっしゃってよい場所ではございません」


「お、お前は何ともないのか?だったら、ぼくと一緒に化け物タイジに来い!母上もほめてくれるぞ!」


「お言葉ですが、ウィルフレッド様。王妃様に許可は頂いていらっしゃいますか?ここへ入館するには、魔王陛下か王妃様の許可がなければ、ウィルフレッド様と言えども入ることはできません」



え、そうなの?

ミッキーの言葉に館の出入りが俺以外も許可制だと初めて知った。

ああ、でも当然かも。エネルギー量の事情で俺がこんな場所に隔離されてるし、それに化け物もいるんなら入館制限あるよな。


ひとりでふむふむ納得していると、ウィルフレッド君が泣きそうになりながら渋々主居館(パラス)という所へ帰ることを承諾したらしく、立ち塞がるようにしていたミッキーがようやく動いて、倒れたフィランダーさんに「おい、しっかりしろ」と声をかけている。

フィランダーさんはミッキーの同僚なのかもな。声のかけ方が少し砕けてる感じがする。


声をかけても気がつかないフィランダーさんをミッキーが背負いながら、ウィルフレッド君を連れて行く。

今にも泣き出しそうなウィルフレッド君を(なだ)めるのは大変そうだけど、頑張れミッキー。



 † † † † † †



とっぷり日が暮れて寝る時間をすぎても、俺は寝室でひとり起きていた。

識字の知識を捻じ込んでもらおうと思っていたんだが、今日もエルは帰ってこないらしい。

それにしても、昼間のクリスマス主従は珍客だったけど、あれってどこの貴族だったんだろうか。

明日、ミッキーが来た時に聞ける雰囲気なら尋ねてみようか。



「ふぁ~……」



自然と欠伸がひとつでた。

あー(まぶた)がシパシパする、そろそろ眠ってしまおう。

エルの登場を諦めてベッドに潜り込んだ時。


遠くから「そっちに逃げたぞ!」「探せぇー!」と怒号が響いた。何やら騒がしい。

どうしたのかと、のそりとベッドから降りて窓にへばりつく。


暗闇の中で松明らしき明かりが、遠くの方から俺のいる館の庭の近くまでうろうろしている。ざっと見て、百本ほどの松明。最低でも、それだけの人数がいるってことだろう。こんなことは、今までなかった。

バタン、と大きな音が聞こえ、下をのぞいてみるとミッキーが上着を羽織りながら走っていくのが見えた。

珍しくミッキーが慌てている様子だ。遠くの騒ぎとミッキーの緊急出動っぽい空気に、次第に眠気がなくなっていく。


俺の従者のミッキーまで駆り出される事態っていったい……ハッ! もしや、この館の化け物が逃げ出したとか!?

だとしたら、見たい。危ないかもしれないけど、見たい。どんな動物なのか見てみたいっ!

ドキドキしながら(そと)を見ていると集合をかけたれたのか、松明が一ヶ所に集まっていく。

気づけば、館の周りは誰もいない。お目付け役のミッキーも出払っている。


これって千載一遇ってやつか?

ふふふ……いけないことだから守れって言われると、破りたくなる衝動があるんだ。きっと俺だけじゃないぜ!

今だ、行け!と俺の遺伝子(DNA)が叫んでる!

そんな言い訳を自分にしながら階段を下り、これじゃ昼間の赤い髪の子と変わらないじゃないか、と自嘲してこっそり庭に出た俺は、松明の明かりが集まった場所に身を屈めながら近づき、ザッと整列する隊を垣根の影からのぞいた。



「――東側は青騎士隊、南側は赤騎士隊、北側は黒騎士隊が捜索に当たっている。我々白騎士隊は、これよりこの一帯を虱潰(しらみつぶ)しに捜索する。相手は夜目が利く獣だ、気を抜くなっ!」



おー、ミッキーがなんか指示出してる。状況からも思いっきりこの隊の隊長だとわかるんだけど、もしかしなくても俺の従者の仕事を兼任してるのか。

とにかく部下に指示を飛ばすミッキーの姿が凛々しい。今まで俺には見せたことがない真剣な表情と声だ。いつもの無表情より、こっちの方がカッコイイぞ。

しかし、えーと……つまり、嫌々兼任して従者してるってことだよなぁ。うん、知ってたよ。べ、別に気にしてなんかないんだからなっ!本当だぞっ!

てか、色つき騎士隊なんかあるんだ。で、ミッキーはその中の白騎士隊か……すまん。白ってイメージがないわ、お前。



「見つけ次第、捕獲。抵抗が激しいなら、その場で殺して構わん!」



ミッキーの号令と共に、整列していた部下達が一斉に動く。

うわー、うわー!なんか大捕り物って感じがする!

でも結局、獣って何が逃げ出したんだ?


俺には一切状況がわからない中、二人一組で散っていく白騎士隊の皆さん。

しかしながら、こうして俺が出てたらその獣に遭遇してしまう可能性があるわけだ。


まずいよな……やっぱ戻ろう、うん。隊長バージョンのミッキーは、怒るとメチャ怖そうだし。


コソコソ後退を決めた俺の側にある茂みの中から、「ひぃーん」と鳴き声がした。

正直、ビビった。いやいや、これだけ大騒ぎしている獣が、まさかこんな場所にいるわけがないと思いながら茂みを見る。



「……い、犬?」



俺が茂みの中に見つけたのは、身を低くして隠れている黒い毛に紫色の瞳をしたワンコだった。

体の小ささから見て、生後一ヶ月ほどだろう。三角の耳がピンッと立って俺の方を向いている。



「ワンコ、こんなとこで何してるんだ?」



暗がりの中で目を凝らしてよく見ると、野生にしてはツヤツヤした毛並で、顔と腹には白い毛色が混じっている。目の周りの毛が黒いのに、眉に当たる部分が白い毛。それが麻呂眉に見えて、俺的には愛らしさ抜群だ。

しかしこの体の模様、どこかで見たことがある気がするんだけど、犬種はなんて名前だっけ……ああ、思い出した!シベリアン・ハスキーだ。

その模様のせいか、子犬なのに精悍な顔貌に見える。

このまま放っておいてもいいかと思ったけど、さっきから兵士達の動きがせわしない。しかも夜だし、暗闇で黒いワンコがこの大捜索中、踏まれない保障はない。


よし、決めた。

内心であることを決意した俺が近づくと、伏せていた身を起こして「ウーッ」とワンコが可愛らしい顔を歪めた。いっちょ前に唸ってる。だが、残念だったな、俺には可愛い抵抗だ。

迷わず小指側を向けながら、威嚇しているワンコに左手を出した。

体に触れるか触れないかの距離まで手を近づけた時、ワンコの近づいていい許容範囲を超えたらしくガブッと噛まれたが、ちょっと痛いくらい。血は出てない。

威嚇してるのに手を出したら噛まれるなんて予想できるじゃないか馬鹿、と思うなかれ。


見よ!俺流、ワンコの躾方(しつけかた)


噛まれた手を引っ込めず、そのままワンコを押し倒して抵抗されても動けないように押さえ込む。

これで家の前を通る度に吠えまくってた近所の犬も、俺に従順になった記憶がある。あの犬は成犬だったから、手ではなく腕をわざと噛ませた。長袖で肌をカバーしたとはいえ、腕に軽く噛み痕が残ったけどな。


……なーんかちまちま出てくるなぁ、前世の記憶。そのお陰で今の方法を行動に移せたわけだが、思い出した途端に記憶がぼやけて消えていくのはどうにかならないのか。

これって掴んだ砂が手の隙間からこぼれ落ちていくのを止められない感じに似ている。

俺が思考が別な方に向いているうち、噛んでいた手を放して抵抗をやめたワンコは、下で腹を見せて降参していた。

よしよし、いい子だ。



「ったく、お前どっから迷い込んだんだよ」



降参したワンコを抱きあげ、腕の中で落ち着かせるよう何度も背中を撫でた。

抱きあげた腕の中でぷるぷる震えてるし、怯えたように潤んだ紫の瞳が俺を見あげてくるし、ほんと可愛いんだけど、こいつ。

保護欲がむくむく湧きあがってくるじゃねーか……俺を骨抜きにする気か、コノヤロウ。


試しに背中を撫でていた手を首に持っていったが、ワンコはもう抵抗を見せない。死に物狂いで噛みついてこないところを見ると、やっぱ野生じゃねーな。野生ならこんなに早く人に慣れないだろ。

考えられるのはどっかの御貴族様の狩猟犬の子犬。このワンコも、人の手で連れてこられるかして庭園に迷い込んだんだと結論づけた。

ワンコを服従させたことに安心して顔をあげれば、松明の火がこっちの館にに向かってるのが見えた。


まずい。兵士がこっちに集まってるってことは、ミッキーが俺の様子見にも戻ってきそう。

逃げ出した獣が見れないのは残念だが、俺は慌てて館の中に駆け戻った。




 † † † † † †




「さて、どうするかなー」



あれからミッキーが様子見に来ることはなかった。

ようやく外が静かになり、もう日付も変わった頃と思われる時間。月明かりが差し込むようになった部屋で、俺はひとり悩んでいた。まだエルは帰ってきてない。

もしワンコが誰かのペットだったなら、俺はこの子のことをミッキーに告げなければ主人のところに返せない。つまり、俺が外に出たことを自白しなきゃならない。

ちっこい犬が勝手に扉を開けて入ってきました……なんて言い訳としては苦しいだろ。

どうするべきかベッドの上で難しい顔をしていると、ワンコがすんすん鼻を鳴らして近くまで来たかと思えば、俺の顔をぺろっと舐めた。


ぺろぺろぺろぺろ。ぺろぺろぺろぺろ。ぺろぺろぺろぺろ。


しばらく好きなように舐めさせていたが、どんどん遠慮がなくなってきた。顔全体が舐められて、特に口が主に標的とされている。

時々、俺の髪まで舐めとってアグアグと噛んで引っ張られるから、地味に痛んだけど。

ワンコにされるがままだった俺が寝転がると、ワンコも俺の顔を追いかけてきて舐め続ける。



「おーそーわーれーるー」


『何をしているの?』


「おう、エル。これ可愛いだろ、庭で見つけた」



驚くことなく聞きなれた声の方に視線を向ければ、昨日から見なかったエルが、俺の状況に眉を顰めながら見おろしている。

俺の問いに答えず、眉間に皺を寄せていたエルの表情が納得顔になり、ぽん、とひとつ手を叩いた。



『獣姦プレイ?』


「黙れ、変態神」



なぜ開口一番そんな言葉が出てくるかは不明だが、俺の常識が通じないのはもうわかっている。この世界じゃ動物とじゃれ合うこと自体しないのかもしれない。

聞いてみると案の定、動物とじゃれ合ったり、今の俺みたいに顔を舐めさせまくること自体がないらしい。

そうかそうか。だからってなんでプレイ云々って言葉が出てくるんだ、あんたは。

神様の嗜好、ちょっと疑うぞ。


エルを睨んでいると、俺の腕の中でワンコが「くぅーん」と鳴いた。

そういえば、周囲は俺のエネルギーの事情で近寄ってこないのに、このワンコは平気なんだろうか。



「エル、このワンコは俺の側にいても問題なしか?」


『わんこって、それの名前かい?』


「いいや?ほら、ワンコって犬だからそう呼んでるだけで、まだ名前は決めてない。というか、勝手に決めていいか悩んでる。どっかの貴族の狩猟犬の子犬だったら不味いし」


『たぶん、それはないよ。狩猟に使うのは地蜥蜴(じとかげ)飛蜥蜴(ひとかげ)だし、あとその“わんこ”って呼んでるの、狼だからね。まぁ、だから(・・・)手元に置いておいても大丈夫だとは思うけど』


「え。じ、ひ、蜥蜴(とかげ)? それより、こいつが狼!?」



狩猟に使う動物の詳細は……とりあえず無視だ、無視。

エルに言われて確認するように抱きあげたワンコを、俺はまじまじと見つめてしまった。数秒後には、じっと見つめすぎたらしく、ぷるぷる体を震わせ始める。

……すまない、まず「可愛い」という単語しか出てこない。犬でも狼でも構うか。


刹那、潤んだ瞳でじっと見つめ返されながら、ぺろっと俺の鼻先が舐められた。


かーわーいーいーっ!

ダメだ、俺はもうメロメロだっ。



「じゃ、こいつのことをミッキーに言わなくてもいいんだな! ぃやった――!」



ワンコもとい、狼の子を抱きしめてベッドの上をゴロゴロ端から端に転がる。

うおおおおっ、ふわふわな毛並が俺を癒してくれるー!



『うん、まぁ……君にとって問題はない(・・・・・・・・・・)はずだよ』



ゴロゴロ転がりながら喜んでる俺の様子に、気持ち悪いものを見るような目を向けてくるエル。

くっそー、いつもはムカつく態度だけど、今は許してやるぜー!

だって、考えてもみろよ。ミッキーに言わなくていいってことは、外に出たことが露見しなくて済む上、人との接触が極端に少ない俺に、これほど愛らしくて懐いてくれるペットができたんだぞ。

これが喜ばずにいられるかっ!


ひたすらベッドでローリングを繰り返していた俺は、「あ!」と声をあげると同時にピタリと止まってやりすぎたと腕の中にいた狼の子を見れば、一緒にベッドに寝転びながら俺の方を見て尻尾振ってる。

俺の愛情ローリングについてこれるのか、こいつ!

しかも喜んでいると見える。なんて可愛い奴なんだっっ!!


ぎゅーっと抱きしめて首回りをもふりながら、ふと思い出したどうでもいい話をエルに振ってみる。



「なぁ、エル。この館って、化け物飼ってるんだってな。俺、全然知らなかった」


『え、化け物?』


「うん、昼間に赤い髪の子供が退治に来た。結局はミッキーに注意されて帰ったみたいだけど。なんか、その化け物って屈強な兵士も失神させちまうらしい。凄いよなー」


『えーと、まぁ……そうだね』



俺の視線は、まっすぐ狼の子に注がれたまま。そんな俺に呆れるようなエルの返答を聞き流しながら、再び狼の子を抱きしめてもふり始める。



「そうだ、名前。麻呂眉だから、マロな!」


『安易だねー』


「クロとかポチでもいいんだけど、この眉からとってマロでいいだろー」


『あーはいはい。君が飼うんだから、僕は意見しないよ』



エルは嘆息した。それはきっと、俺が幼稚なネーミングセンスだからだろう。

けど今の俺には、そんなエルの態度を気にする暇がない。


これからミッキーからマロをどう隠して育てるかのことで頭がいっぱいになり、子供並みにワクワクして興奮冷めやらず、朝を迎えてしまった。

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