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倒してくれる勇者募集中  作者: ミッキー・ハウス
第一章 幼少期(隔離編)
3/39

幕間 従者と使用人達

ユリシーズ視点では書けなかった話です。


今日はユリシーズの初の外出予定があるため、朝早くから館の周囲で慌ただしく用意がされていた。



数日前から魔王陛下に申請をしていたのだが、隔離した館から出すことに王妃が反対していた。


実はこの申請、長年ユリシーズ自身が何度も懇願してきたものだ。

二十年も野外に出してもらえず、ほとんど太陽の光に当たらない生活をしていたユリシーズは病的なほど肌が白く、同い年の子供達と比べれば体力もない上、心なしか体も小さい。

そんな子供に窓から見える景色だけが、外にも世界があると知らせる唯一のものだった。

興味を抱くのは必然だっただろう。


別に城壁を越え、遠くへ行ってみたいというものではない。隔離され住んでいる館の周囲だけでも歩いてみたいと言っているだけなのだ。

しかしながら、この意見が通ったことは、今の今までなかった。


城壁の外にまで興味を持ったらどうする、野外で突然暴発したら被害拡大が免れない、それよりも歩き回られることで周囲の者に迷惑だ。

そういって王妃が一向に許可を出そうとしなかった。

現魔王の発言力が低下している状況だからこそ、王妃の言葉がまかり通ってしまっている。


けれども、今回ばかりはその魔王陛下が言葉を尽くして王妃を説得したと噂に聞く。

まだ正式には(・・・・)顔を合わせていない二十歳になる幼い息子の小さな願いを叶えてやりたかったのだろう。

普段は口出ししてこない魔王陛下からの再三の説得に、渋々と「館の周囲だけならば」と了承をした王妃から逃げ出さないよう警備を万全にすることを確約させられ、ようやく下りた許可だったのだが……。


予定は未定で確定に(あら)ず、という言葉を聞いたことがある。


警備の指示をし、早めに館に来ていたミッキー・レアードの居室に朝早く使用人のエレナが駆け込んできたのは、従者の服に着替えた直後だった。


連絡を受け、すぐさま二階へ駆けあがる。そこで昨日とは違うエネルギーの流れと濃度の違和感に、自然と気を引き締めた。

ユリシーズの寝室に続く部屋の扉を開ければ、静かに佇む小さな姿があった。

部屋に一歩入ったところで違和感が確信に変わる。昨日よりも周囲に撒き散らすエネルギーが強くなっていると。ユリシーズの具合が悪い時の兆候だった。


朝の挨拶をして側に行くと、突然口元を押さえて屈みこむユリシーズに慌てさせられた。

倒れそうになる体を支えれば、汗で寝間着がしっとり濡れているのがわかった。


この時、いつもなら視線を合わそうともしないユリシーズが、まっすぐミッキーの顔を見つめてきた。

表情に見て取れたのは、驚きと不安。

二十年もの間、仕えているミッキーでさえ見たことがない変化だった。


だが、そのようなことよりも不安そうに相手をうかがう様子は、この兆候が確実にミッキーの予想と一致していると決定づけた。

ユリシーズは、自分の体調の状態を理解している。

それだけわかれば十分だった。瞬時に「外出は不可能」と判断を下し、ミッキーはユリシーズを寝室へ戻す。



「寝汗をかかれています。体が冷える前にお着替えを」


「待て、やだっ!」


「大人しくして下さい」



寝室へ連れ戻して服を着替えさせようとすれば、いつになく暴れてユリシーズは抵抗を見せた。


それもそうだろう。

長年我慢してきて、ようやく下りた許可も館の周囲だけ……それだけだが、子供らしく表情にしていなくとも野外に出れることを楽しみにしていたのを、ミッキーは知っている。


いつもは本当に子供かと疑いたくなるほど、泣きも笑いもしない人形のような王子なのだ。

それが許可が下りたと知ってから、無表情ながらも外に出る時に持っていく物を選ぶためベッドに並べているのは、子供らしい行動に思えた。

持っていく物といっても、本かクッションか食器の3点だけ。このうちのひとつを持っていこうと思っているらしいが、そんな物を持って行ってどうするんだという品物ばかり。

しかし、それがユリシーズの私物と認識している物のすべてで、逃げるという考えを抱いている可能性を全否定する行動だった。


結局、どれを持っていくか決められずに就寝時間になったため、明日考えるよう提案してミッキーは部屋から下がった。

周囲のミッキー達には何でもないことだろうが、ユリシーズにとっては明日が待ち遠しいのだ。


きっと寝つけないだろう、と思っていたら翌日にこの事態だ。溜息をつきたくなる。



「ミッキー様、大丈夫ですか。まぁっ、ずいぶんお疲れのようですが」


「当り前ですわ、第一王子のエネルギーは多すぎますもの。いくら近寄れるミッキー様でも疲れますわ」


「ええ、昨日よりも濃いエネルギーが発せられています。ご無理をなさらず、お部屋でお休みになられてはいかがですか。紅茶をお持ちいたします」


「それよりも薬湯をお作りしましょうか。ちょうど今朝がたから、宿舎に薬に詳しい家の使いの者が来ておりますので」



下階へ下りてきたミッキーは、すり寄るように側に来たユリシーズに仕えているはず(・・)の四人の使用人達の態度と(かしま)しい声に辟易(へきえき)する。


ユリシーズの居室代わりのこの館には、従者であるミッキーをのぞいて男の使用人はいない。

ミッキーと同じ世代の者なら理由は言わずともわかるだろうが、少し前まで男性社会の意識が根強く、女性の社会進出もそれほど進んおらず、庶民の暮らしでは男女とも労働階級であるためにその差別はほぼないが、上流階級ではそうはいかなかった。

だが、近年になって男性社会という傾向が薄まり、王や王妃の侍女になる特別な者以外で上流階級にいる女性が王宮にも勤められるようになっていた。

原因は、先にあったヘイレス戦役のせいだろう。


歴史上類を見ない人間との大規模な衝突のせいで、多くの神属と魔属の男が死んだ。

答えは簡単。戦い慣れていない相手、しかも神属・魔属の長い歴史を見ても、抵抗すらできない、いつでも殺せると見下していた種族。それが数で圧倒してくれば、これほどまで自分達に痛手を負わすとは思っていなかったからだ。


ヘイレス戦役では(から)くも勝利を収めたが、戦争が終わったからといってその穴が埋まるはずがなく、上流階級でも女性が駆り出され始めた。

もっとも上流階級で結婚以外に道が開けたのは、自立を目指していた女性達にとって僥倖(ぎょうこう)だっただろう。


本来、侵入者や有事で戦闘になった時のためにひとりでも多く男の使用人がいた方が望ましいのだが、女性を社会進出させなければ国や市場が回らない状況に贅沢は言っていられないのだ。


もうひとつ、誤解がないように注意しておかなければいけないが、王族の王子を育てる際に乳母以外の女性は近づくのを禁じられている。

これも不用意に王族と使用人が関係を持って、王家の(あずか)り知らぬところに王族の血脈を残したり、予想外の庶子を儲けないための予防策だったりするのだが、ユリシーズ自身のエネルギーのせいで近づける者がいないため懸念が解消された。

そんな経緯でユリシーズのいる館は女の使用人達が五人も勤めているが、その内の四人の扱いに館の責任者でもあるミッキーは頭を悩ませていた。


彼女らはこの館で調理や掃除などの仕事をするためにいるはずなのだが、それとは不釣り合いとわかる小奇麗な服装をしていた。

使用人の服は緑色で長めのスカートと決まっている。なのに、彼女らの着ている服は手が足りずに来客の目に触れることになっても清楚に見えるよう配慮された、王城の侍女の証として着用する青に近い生地に白のフリルを使われたのものだ。

それだけなら、まだミッキーも目を瞑れる範囲だった。

王族に仕えているのは間違いなく、ユリシーズのいる場所は王城の敷地内にある館なのだから。


だが、彼女らに注意しなければならないことは他にもある。それはもう、盛りだくさんだ。

鼻につくほどの化粧と香水の匂いを纏い、爪は削って長く綺麗に見えるよう整え、少し長めの髪も結いあげずにカールを巻いて下ろされていた。

少し開けられた侍女服の胸元には金色の鎖に青い宝石でできたペンダントトップや大ぶりの真珠ひとつが目立つのネックレスをつけている。

粉っぽさと甘ったるい(にお)いだけでも眉間に皺が寄りそうになるのに、こうも毎日使用人としても侍女としてもあるまじき格好を平然と、しかもこれが当然とばかりに着崩してくる彼女らは、自分達の行動が家名に泥を塗っていることに気づいていない。


本来の侍女や使用人ならば、主や来客に対して失礼のない格好をしなければならないし、主より派手な装飾品はつけず地味ではあるが清楚な格好でいることが暗黙の了解であり、大前提なのだ。

それすら守れず何を勘違いしているのか、隙あれば腕を絡ませ体を押しつけてくる者もいる。

ここはどこぞの娼館か、とミッキーが冷めた視線を向けているのも気づいていない。

溜息をつくと、またひとりが声をかけてくる。



「ミッキー様、お疲れでしたら甘い物などいかがですか?わたくし、丁度良いものを持ってまいりましたの。これは当家の料理人(シェフ)が作った菓子です」


「あら、男性は甘い物が苦手な方が多いんですのよ」


「朝から甘い物を頂くのはどうなのかしら?ねぇミッキー様」


「でしたら、のちにミッキー様を交えて昼食を兼ねたお茶会を開きましょうよ。そうすれば皆さん納得しますでしょう?」



ひとりが声をかければ被せるように次々とまた話しかけられる。その前に彼女らが好き勝手に予定を立て始めるので、今日あった本来の予定は頭に入っていないのかと問いたくなった。

ミッキーはユリシーズの従者ではあるが、本来の職は王宮の騎士だ。

弱き者を守るのが第一精神である騎士とはいえ、自分より弱い者を無条件に許すわけではないのだが、それをはき違えて群がってくる彼女らに対し、お前達は何をやっているのだ、とミッキーが言いたくなってしまうのも無理はない。


第一、この館で彼女らが仕事をしている姿を見たことがない。

いつも決まった緑色の使用人服を着て仕事をしているのは、エレナという男爵令嬢のみだ。

ミッキーが別の何人かに水汲みや掃除を言いつけても、気づけば使用人の控室で優雅にお茶会をしている。代わりにエレナが動いているのは毎度見ているのだが。


女性の社会進出が悪いとはミッキーは思わない。

社会に出て男以上に精力的に働く女性達の姿は、後々に新たな地位を確立していき、後に続く者達の道標(みちしるべ)となることが期待できるからだ。

だがしかし、中には女性が働く意味をよく理解しないまま送り出されてくる令嬢達もいるわけで……いわば、家の中に置いておいてもどうしようもない令嬢なのだろう。


ここにいる彼女達は、元は王妃付きの侍女になるために王宮へ来た行儀見習いの者達なのだ。

しかしながら働く意味を含め、よくわかっていない者が大半だったのは仕方ない。彼女達は生まれてこのかた、家のために教養と結婚することだけを集中的に教え込まれてきたのだから。

それでも王妃付きになる意味を理解していた者もいたわけだが、地位が低い者達は侍女枠から弾かれて使用人に甘んじることになった。


そうした意識のしっかりした者がミッキーの下に就いてくれればよかったのだが、いま囲むように周りにいる者達は、社会の現実を見させる目的で送り出される者、手を焼いて女性の社会進出を方便に家から出された者、社交界以外の出会いを求めてきた者などだ。

言ってしまえば、エレナ以外は使えない者達がこの館に集められたわけだ。


この人選には、議会の意図も入っている。

問題児とも言える地方から来た令嬢達を返すに返せないのだ。何と言ってもヘイレス戦役以降、活発化している人間達を抑えるために少しでも地方の貴族に恩を売っておき、いざとなった時に自分達が動かせる駒を持っていたい。

だが、王城内部にいさせては来客の際に悪目立ちするのは間違いない問題の令嬢達の存在。

それに、第一王子の暴発がいつ起こって死ぬかわからないところに、地位が低いとはいえ優秀な人材の卵を置いておきたくない。

ならばどうするか。代わりに問題児を置いたとして、王子付きという話ならば双方丸く収まるのだ。


令嬢達を送り出した地方の貴族は、娘が王子付きになったと吹聴して鼻高々だろう。自分達が娘を家から出した理由を少し考えれば、そんなことがあるはずないと気づくものだろうに。

まぁ……第一、第二どちらの王子付きか知らない内は喜んでいられるはずだ。

いつもは時間の流れが違う次元に生きているのではないかと思いたくなるようなゆっくりした思考と動きしかしないのに、こうした時ばかり行動と知恵を回すのが早い議会の老人達を憎たらしく思う。


上手く立ち回らなければいけない自分の身にもなってもらいたいものだ、と地方の貴族から今年も“寄付”が届くのを笑って待っているだろう狸共を、内心でミッキーは罵倒したくなった。



「ユリシーズ様の外出の予定が潰れたのですから、貴女方も通常の仕事をして頂きたい。カレン・ティッタリントン嬢、貴女は薪の受け取りに。ケリー・フレーザー嬢、貴女は厨房にある食材の在庫確認と追加する物のリストを作って私に提示してください。

 メイ・キャロウ嬢、ナターシャ・トマソン嬢、貴女方は館の一階部分の掃除をと必要な量の水汲みをお願いします。手が必要ならば、カレン・ティッタリントン嬢とケリー・フレーザー嬢も手伝いを」



指示を聞いた彼女らはお喋りをやめ、渋々従う素振りで散っていった。これで本当に指示通り動いてくれるなら無駄な時間を割くことはない。

出来ないことやわからないことを聞かれればミッキーも手伝うし答えもするが、彼女らの質問は決まって仕事に関係のないことばかりだ。

食べ物は何がお好きですか、ご趣味は、どのような令嬢がタイプですの、お付き合いしている方はいらして?……などなど、本当にどうでもいいことばかりだ。


真面目に仕事をこなしてくれるエレナがいなければ、老人達に全員セットで強制的に突っ返している。



「私が急いで二階へ向かったのだから、ユリシーズ様の具合が悪くなったかぐらい気に掛けるだろうに。何も聞かないのだから無関心なのだろうな」



ミッキーをさらに呆れさせるのはこれだ。

仕えている主のことを気にかけないだけではなく、自分達がどうしてこの館に勤めることになったのかすら考えていないし、考えようとしないのだ。

これでは畜舎にいる豚と同じだと、頭痛がしそうで額を押さえた。いや、豚の方がまだ聞き分けがいいだろうし、ちゃんと食料として役立っている。



「あの、ミッキー様。どこかお加減でも?」


「……ああ、エレナか。いやちょっとな」



後ろから声をかけられて振り返れば他の令嬢達が煌びやかすぎた(不快だったからな)のか、梳いただけなのに綺麗に見える整えられた栗色のショートカットの頭が見えた。少し視線を下げれば、空色の瞳と視線が合う。

使用人のエレナだった。


ミッキーは自分の視線を下げなければエレナの顔が見えなかったことで、どうやら他の令嬢達は靴もヒールが高めの物を履いていたらしいと気づく。人では、男性よりも女性の身長が二十センチほど低いのが平均的だ。

本当に何をしに来ているのかと呆れ、また溜息をつきたくなる。

ふとエレナの袖が少し濡れていることに気づき、さっきユリシーズの体を拭くために使った布と真鍮の盥と湯を片づけるよう彼女に命じたことを思い出した。

令嬢達の精神攻撃で、一時的に思考を止めていたらしい。



「あの。それで、ユリシーズ様は大丈夫なのでしょうか。ご容態はこのまま安定するのでしょうか?」


「わからない、だが薬湯も嫌々ながらもお飲みになったのだから徐々に落ち着いてくれるとは思う。だが、外出の許可は取り消しだ。ユリシーズ様の生命(いのち)を考えるならば」


「そうですか……」



聞かされた答えに、沈んだ面持ちで俯くエレナは本当にユリシーズを心配してくれているのだとわかり、少しばかりミッキーの心に罪悪感を(もたら)す。



「ユリシーズ様、お可哀想に。今日をどれだけ楽しみにしておられたか。初めて外に出られるはずでしたのに、私も残念でしかたありません」


「お前だけでもそう言ってくれる者がいるのだから、まだ幸せだと思うがな」



二階の寝室で静かにしているであろう館の主の部屋を二人して見あげる。

数秒ばかり沈黙してからミッキーは小さく息を吐いた。



「あの四人に仕事を任せたが、どれだけ進んでいるか心配だ。エレナ、お前は厨房に行ってケリー・フレーザー嬢を見てくれるか。所定の位置にある食材の在庫を確認して追加分をリストにするのに時間がかかり過ぎている」


「承知しました」



一度頭を下げてからエレナは厨房へ素早く向かっていった。

ここに来た中で一番爵位の低い男爵令嬢とはいえ、仕事には忠実だ。

少人数で仕事をするに当たって爵位での上下関係は考えないものとする旨を伝えてあるのだが、どうも彼女は爵位が低いことで他の令嬢から舐められている上、仕事を押しつけられている。

自分の仕事ではないのだから放置してもいいのだろうが、エレナは自分の仕事が終わってから手をつけ始めるのだ。ミッキーに告げ口をすればそれで済むのに、そうした後ろ暗いことはしない。

正当な評価ができる者からすれば、彼女は好印象を与える人物だろう。

ちなみに、カレン・ティッタリントンとケリー・フレーザーは伯爵令嬢で、メイ・キャロウとナターシャ・トマソンは子爵令嬢だ。



「ケリー嬢、何をしているのですか。リストを作るよう言われたはずなのに、優雅に紅茶を飲んでいるのはどういった理由でしょうか?」


「煩いわね、だったら貴女がおやりなさい。力のないわたくしにはできませんわ。せっかく整えた爪が割れてしまったらどうしてくれますの?」



案の定、エレナの厳しい一言が厨房から飛んできた。同時に聞こえてきた反省もない声に、ミッキーは落胆と呆れで再び額に手を当てた。

行儀見習いとして城にあがったはいいが、こういった好き勝手の行動が原因でこちらに押しつけられているのだ。

理解できる頭があるはずなのに無駄に階級とプライドが高いせいで、左遷という言葉を飲み込まずにどこかに放り投げたらしい。


あと、付け加えるなら一言だけ。

女性ということもあって力がないのは、ミッキーも承知の上だ。

だから、全部を出し入れして数えなくていいように見える配置に変えているのだが、それすら気づいていないのだから棚にすら一切手を触れていないのだろう。



「ミッキーさ~ま~、重くてもう持ちあがりませんの。手を貸してくださいませんか?」



裏口からミッキーを呼ぶ声が聞こえた。薪の受け取りを頼んだカレン・ティッタリントン嬢が戻ってきたらしい。

厨房の方はエレナに任せておけば大丈夫だろうと、額から手を離して呼ばれた裏口へ向かう。

こちらは何とか指示を聞いてくれたらしいとホッとしたのも束の間、意外に戻ってくるのが早すぎるという考えに至らず裏口についた瞬間、彼女に仕事の完遂を期待した自分にミッキーは後悔した。



「すみません、カレン・ティッタリントン嬢。私は薪の受け取り(・・・・)を頼んだのですが」


「ええ、ですからこんなに重い物を受け取ってきましたのよ」



確かに薪の一本一本は重い。

だが、それは薪を割る役目の者達が何本か縄で纏めてくれているし、それを受け取りに行って持ってくる時は荷車を引かなければいけないが、薪を割る役割の者達に引かせて戻ってくればいい。

頼んだ言葉だけでは重労働のようだが、女性のか弱い力は一切使わない。

昔から変わらない王城内で使う薪を受け取る手順であり、貴族の令嬢ならば下の者を使うという頭が回るはずであり、彼女達がこの館で働くことになった時もミッキーが手短だがわかりやすく説明はした。

だからなぜこうなったのか、わからない。


カレン・ティッタリントン嬢の抱えてきた三本だけ(・・)の薪。

それを地面に下ろし、薪を抱えてきた腕に付着したわずかな木屑をなんとか払おうとしている。



「服が汚れてしまいましたので私は着替えてきます」


「……その程度の木屑なら問題なさそうですが」


「いいえ、そうは参りません。先程からチクチクと刺される痛みがあって、腕が赤く腫れあがってしまいそうですの。でも、腫れてしまった私の腕にミッキー様が優しく薬を塗って下さるのなら……」


「どうぞ着替えてください」


「では、館にあるミッキー様の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?もう腕がチクチク痛くて痛くて……」


「着替えは使用人の宿舎にあるのですよね?では急いで着替えて戻ってきてください」



それ以上カレン・ティッタリントン嬢に何かを言われる前に、(きびす)を返してミッキーは厨房に入った。

ミッキーの突然の登場に、紅茶のカップから口を離してクッキーを頬張ろうとしていたケリー・フレーザー嬢は、慌ててそれを箱にしまって立ちあがった。衝撃でカップとソーサーが軽くぶつかって高い音を鳴らす。



「あ、あのミッキー様、これはですわね……」


「エレナ、リストの作成はできたか」


「はい。追加の分はまだですが」


「十分だ。前回のリストがあるからな。減り具合を見て追加を決める」



リストを受け取るとエレナに次の指示をし、魚のようにパクパクと口を動かすだけのケリー・フレーザー嬢を一瞥して厨房から出た。

ちらりと厨房のリストに目を通す。減っている殆どが、茶葉や砂糖などの彼女らが消費している物ばかり。

厨房で使用し消費するこれらは、館の主であるユリシーズのために消費する物であり、彼女らが勝手に飲み食いしていい物ではないのだ。


すでに口頭で何度も注意しているのだが、補充すればいいというのだと思っているらしく、自分達の家から茶葉や塩・砂糖を送らせて館に持ち込んでいる。

横領という言葉すら理解できていない上、十分に検品できていない物品を王族であるユリシーズが口にする可能性がある厨房に持ち込むこと自体、許される行為ではないのだとわからないのだ。

まず、王宮に献上され王族の口にする茶葉や砂糖が、一般貴族の日用品と同等の価値であるはずがないと理解してもらいたい。


口惜しいことにミッキーが議会の老人共に詳細を伝えても対処に至らないのは、それだけユリシーズの王族としての価値が低く見られているからだ。

何かあった時には使用人達の首が文字通り飛ぶだけ。

許す代わりにと、さらに莫大な“寄付”を娘達を送り出した貴族に死ぬまで吹っ掛ける算段に違いない。逃げられない捨て駒確定だ。

それでもよく二十年も外部から問題なく持ち込めたと、逆に感心してしまう。盛大な呆れと共にだが。


魔属にとっては何でもない年数だが、考えてみれば自分もその年数よく付き合ってこれたと思いながら深い溜息を吐き、ミッキー自身に与えられている居室に向かう。


恐らく残りの二人も仕事などやっていないだろうが、構っていられない。

こんなことに時間を割いているほど暇ではない。館の管理以外に、ミッキーはやる仕事があるのだ。


二階へ続く階段近くにある一室に鍵を開けて入る。中はベッドと机だけという簡素な部屋だ。

ミッキーは今まで着ていた従者用の上着を脱ぎ、壁に掛っている白い上着を手にする。代わりに、今まで羽織っていたフロック・コートと着ていたベストを壁に掛けた。


王族に仕える者が簡単な着替えで許されるなどありえないが、こればかりは有事にも対応できる様にと、上着の交換だけでユリシーズに仕えることを特別に許可されているからできることだ。

最初はミッキーも着替えの簡略化に眉を顰めたが、今ではこの簡略化のお陰で令嬢達の対応に時間を食ってもギリギリ余裕が持てている。


が、今は少し急がなければならない。

長めのコートにも見える白い軍服を素早く羽織った。

その軍服は襟などに鮮やかな金色の線が縁取りがされ、袖や裾に金糸で刺繍が入れてある。


ミッキーが羽織ったのは、アデレスト国軍の正式な軍服――上着の左胸に掌ほどの大きさの(しるし)が描かれている。

楯に交差する竜の翼、そして彼の襟だけに付けることが許された隊長の証と国に貢献した者だけに贈られる勲章。



「まったく、ユリシーズ様も令嬢達も手がかかる」



今日の予定通りなら、哨戒の時間はとっくに過ぎている。

予定が潰れたならば、魔王陛下と王妃にこのことを報告し通常の哨戒に戻さなくてはならない。

苦い笑みを口元だけに浮かべ、ミッキーは館を後にした。



この数時間あと、ユリシーズの食事を作るため戻って来なくてはならないことに小さな疲れを感じながら。

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