どうしてこうなった?1
カチャカチャと食器の音が静かな寝室に響く。
俺は音の出所……その人物を目を眇めながら見ていた。
「いい加減、ここ以外の仕事に行けよ」
「いいえ、まだ数日はお側にいます」
俺が食べ終えた食器を片付ける手を止めたミッキーがキッパリと答えた。
ミッキーの甲斐甲斐しい世話が始まって、今日で六日目だ。俺の苛立ちもピークに達しかけている。
六日前、これからまた従者に復帰するみたいなことを言っていた覚えがある。確かに従者って主人の面倒を見たりするよ、うん。映画なんかでも貴族の身の回りの世話を甲斐甲斐しくしていたと思うよ。
しかし、しかしだ。
――甲斐甲斐しすぎるんだよ!
毒殺未遂の時もそうだった。でも、あれはさすがに心配してくれたのかなー……という感じで終わりだったんだが、より更に酷くなった感じ。あの時も三日くらいだったから、最悪でも同じくらいで離れてくれると思ってたのに完璧誤算だ。
キッパリ拒否してもいいんだけど、口元に微笑を湛えながら優しげな表情で世話をしてくれるもんだから、ちょっと無下にできない。
あれだ、人としてありがた迷惑と突っぱねられない雰囲気なんだよ。
この六日間の彼の世話の仕方を見ていると、当初の俺の抱いていたイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
俺の知るミッキー・レアードという男は、無表情で感情も滅多に見せない奴だったはずなんだ。
……はずなんだが。
前とどこが変わったというと隣室にミッキーが常駐しているということと、これでもかと言う世話好きに豹変したこと。
何か異変が起きた時に対応出来るようにということはわかるんだが、隣室に常駐しているのはやめてほしい。
今の今までもほぼ放置状態だったくせに何かあるとこうして側にいるようになる理由は、俺の行動監視のためだと納得しよう。
まぁ、ミッキーが館にいてくれるおかげでエレナさんにできない俺の身の回り全般をやってもらえるし、俺自身じゃできない頭の包帯の取り換えをしてくれるのはありがたい。
だけどな、この甲斐甲斐しい世話を始めた初日のミッキーのおかしな行動は忘れない。
食事の時にスプーンですくったリゾットをフーフーしたあと口元に持て来られ「口を開けて下さい」なんてことされ、固まった数秒後に「いや、自分で食うから」となんとか思考を動かして告げ、残念そうにするミッキーから器と匙を受け取った。
だってどう考えてもおかしい、どう考えてもおかしい。(大切なことなので二度言った)
毒殺未遂の時だってだるい体を起こしてスプーン自分で持って飯食ってたんだぞ、俺。
可愛い彼女に「はい、あーんして♪」と食べさせてもらう夢は持っていた。男として誰もが一度は夢見るものだろう。
それが何で従者の、しかも男にされなきゃならんのだ!
ミッキーは確かに美形なんだが、男なんだよ! お・と・こっ!
俺のささやかな夢を壊すなぁあああっ!
……はぁはぁ、すまない。取り乱した。
とにかく、何がどうしてこうなったかわからん。
そんな常駐してるミッキーのお陰で館から一歩も外に出れない現状に、俺はストレスを感じている。
外に出たいとか常に見張られてて落ち着かないとかの理由はあるんだけど、一番の理由はハッキリ言って……今のミッキー気持ち悪い、だ。
「今日はどのようなことをされてお過ごしになりますか?」
「……別に」
どう過ごすも何も、この館の中じゃやれることは決まってる。
部屋は出れるようになったけど館からは出れないので、寝室に持ってきてもらった本を読んだり本を読んだり本を読んだり……とにかく、ミッキーの前じゃ大人しくしてる。
じゃないと、色々ウザイ思いを経験してしまうことをこの六日間で学んだ。
廊下を走れば転ぶと注意され、よろければがっしり抱きかかえられ……部屋から出て歩き回るだけで、後ろから一定距離を保ってついてくるミッキーが過保護すぎてストレスが溜まるだけ。
ああ、苛々する。
とにかく、このストレスの発散場所がほしい。
もふもふが欲しい。つーか、マロをもふりたい。
あの日から森に会いに行けないのもストレスなんだよな。
意外にアウトドア派なんだよ、俺。
それに、どうしてなのか何もしなければ何もしないでミッキーが側にいるんだけど、もう読書のみで同じ時間を過ごすのは限界だ。
だってあの医学書、残りは解剖図みたいなのが載ってるんだよ。
もうやだ、この際子供の絵本を預けられても文句言わないから、別な本くれ。
「なぁ、もう大丈夫だって言っただろ。傷だって塞がってきてるし、他の仕事に行っていいって」
「いえ、完全には塞がっていませんから、また転んで頭をぶつけたらどうするのです?」
「そんな大げさだって。俺の怪我なんて誰が気にするんだよ」
「私が気にします」
い い 加 減 に し ろ !
思いっきり叫びたかった。だってそうだろう?
人としての基本的な付き合い全般無視の世話だけだったのに、何が原因で今までと百八十度も違う扱い受けなきゃならんのだ。
逆に怖いっつーの!
……ああ、もう無理。寝室から出るっ!
今まさに病院のベッドに寝てなきゃならなかった人が、退屈と言っていた気持ちが身に染みてわかった。状況は違うけど。
俺が何回目かわからない読み返してきた本のページを閉じておもむろにベッドを下りると、ミッキーが少しだけ目を瞠った。
「どうされました?」
「……料理の練習してくる」
「では、お供します」
やっぱりついてくるのか、アンタ。
たかが厨房に移動するのにお供なんていらないんだけどな。
あ、食器の片づけもあるのか。
くそっ、選択肢間違った感が半端ねぇ。
密かに諦めの溜息をつきながらミッキーについてこられるのは予想内の範疇だったので放っておいたんだけど、なぜか階段を下りる時に抱っこされそうになった。
いや、アンタ片手に食器持ってるんだからそっち重視にしようよ。重視してください。
食器の存在を指摘したが、それでも不服そうに「大丈夫ですから」と俺を抱っこしようとしてくる。
またミッキーが不可解な行動をっ!
だ、誰かミッキーを止めてー!
そんな俺の心の声が届いたのか、掃除用具を手に持ってエレナさんが後ろからやってきた。
俺達を視界に認めると使用人らしく腰を折る。
「おはようございます」
「おはよう、エレナさん。ちょっとごめんミッキーを」
「ああ、エレナ。すまないが食器を持ってくれ。階段を下りるというのにユリシーズ様が食器を気になさって抱かせて下さらない」
ちょっ、ちょっとミッキー!?
俺の言葉遮ってなんてこと言ってくれちゃってるんだ!
ミッキーの言葉に現状を理解したのか、エレナさんの視線がミッキーの食器を経由して俺に移動。
嫌な予感しかしない。
エレナさん、仕事中だからと断ってくれー!
「わかりました。こちらは私が片づけますので」
「頼む」
ふっ……わかってたさ、心の声なんて届かないものだ。
ミッキーから食器を預かったエレナさんは、絶望的な状況に茫然自失でいる俺に気がつき微笑んでくれる。
エレナさーん!
貴女のいい笑顔には、どうぞご遠慮なく抱っこされて下さいって書いてある気がするんですがっ!
俺の心の悲鳴なんて聞こえないんだろう。
食器という邪魔なものから解放され、両手が自由になったことでミッキーから再度抱っこ申請がきた。
もち、断ったさ!
で……結果、手繋ぎで下りることになった。
ナニコレ、罰ゲーム?
野郎と手を繋ぐ趣味なんて持ち合わせてませんけど?
しかも、手を繋いだ先に見えるミッキーが思いっきりいい笑顔なんだよ……ああもう、どうにでもしてくれ。
はぁ、と溜息を洩らしながら、ふとした違和感が俺の中に沸いた。
手を繋ぐなんて何年振りだ?
いや、前世の記憶じゃ幼少期と思われる俺が爺さん――何回か記憶に登場してきて一緒に生活しているみたいで、どうやら祖父らしい――と手を繋いでたとおぼろげな記憶にあるけど、こっちの世界に生まれてからは初めてのようなきがする。
記憶にないだけかもしれないけどな。
ガキが親とかに手を繋がれている光景なんか珍しくもないんだけど、俺の中でちょっと引っかかった。
それにしても、ミッキーもエレナさんも俺のエネルギーの暴発が怖くて近寄らなかったんじゃなかったっけ?
もしかして、王室内部の俺関係の派閥(あるかどうかはわからないけど)にでも力関係が傾いたのか?
じゃなかったら、ここまで優しくされる理由はないよな。
ようやく六日目で、この可能性が思い浮かんだぞ。
ここに至って情報ってけっこう大切だと実感。あとでエルに確認だ。
階段が終わると同時に俺は繋がれた手を振り払うようにして、真っ先に厨房へ走っていく。
ミッキーがいる時だけ厨房使用のルールは、まだあるみたいだけど、それでも以前よりは少し融通が利くようになった。
さて、まずは準備だ。厨房に入り、作業する場所に足場を持ってくる。
調理場は全部大人サイズだから足場が必要で、これもエレナさんに持ってきてもらった台だ。前までその辺の木箱とか引き摺ってきてたんだけどな。
足場が必要なのは俺の身長が足りないってわかってる。わかってるんだが……隣に足場がなくても調理に支障がないデカい奴が来ると屈辱的なものを感じる。
「さて、何を作りましょうか」
「とりあえず、ある物で作るから材料持ってきてくれるか?」
「わかりました」
隣に立っていたミッキーが俺から離れて厨房を出ていく。たぶん、材料は王宮の本格的な厨房から持ってくるんだと思う。ここには冷蔵庫もないから、持って来るのはその日に取れた新鮮なものだけなんだろうな。
水場は別な所にあるので、食器を洗うためにエレナさんはそっちに真っ直ぐ行ったみたいだ。
二人がいなくなると、厨房で一人待つことになる俺。
で、何を作ろうか。
思いつきで料理しようなんてここまで来たけど、すぐに揃う材料なんてあんまりない。
簡単にサラダが妥当だろうなぁ。
メニューなんて考えるまでもないと思いつつ、目の前の窓から暖かい日が差し込んでくる。
その日差しが強くなった気がして天気がいいな、と外の景色を見るために目の前の窓へ視線を移動したら、窓枠からひょっこり顔を出しているエルがいた。
俺が飯食ってる最中に姿が見えなくなったと思ったら外にいたのかよ。
『楽しそうだね、ユリシーズ』
「……お前には楽しそうに見えるのか。そうか、楽しそうに見えるか。俺が嬉々としてミッキーと戯れてるように見えたか。そうかそうか、とりあえず眼科に行ってこい」
『そんな低い声で威嚇するみたいに言わなくても……』
「俺の現状を知ってて言う方が悪い」
『だってねぇ』
俺の態度もなんのその、くすくす笑ってかわすこの神様は本当に能天気だと思う。
この六日間ずっと俺の側にいたのに現状を理解してないのかよ。
「で、お前はどうして外にいるんだ?」
『退屈だったんで、ちょっと散歩ー』
俺の問いに対し、ムカつくほど嬉しそうな笑顔で答えやがった。
監視付きで館から出れない俺への嫌がらせか? 嫌がらせだな、コノヤロウ。
ふぅ……落ち着け、俺。こいつのふざけた態度は今に始まったことじゃない。
イライラが溜まってきているとはいえ、人に当たるのはよくない。
「つーか、そこの窓。地面から結構な高さにあったと思うんだけど、お前背伸びしてる?」
『ふふーん。僕の身長は平均並みだけど低くはないんだー』
「うん。何日か前のこと引き摺ってる時点で、身長よりプライドが高いのはわかった」
窓から肩まで見えてるエルの身長は、やっぱり高いらしい。
見た目でも身長が高いとわかるけど、俺がお子様の身長だからそう見えるだけなのかと思っていた。
「で、お前の身長は何センチあんだよ」
『二メートルくらいかな』
「そうか。じゃ、ミッキーは二メートル弱でお前より背が高いんだな」
暗に小さいということを含んで言う俺の反応に、憮然としたエルの顔。
同時に二メートルと聞いて信じてないと思ったらしく、必死に説明してくる。
ああ、はいはい。わかったわかった。
あんまりしつこいんで返事も適当になる。
だってそうだろ。
異世界って認識あるし、一言足りない神様の常識なんて基準にならない気がしてるから頭の隅に置いておく程度。
ま、身長のことよりも、だ。
「エル、マロの様子見てきてくれないか。今の状態じゃ俺は動けないから」
『うぅ、僕の言葉なんて信じないくせに』
「はいはい、お前は二メートルあるのな。信じるからマロの様子見てきてくれ」
『ぐすん……いいよ。まぁ、あの巨体だから我慢できずに城壁乗り越えて来ることもできるだろうけど、それをしてないってことは君の言いつけ守って秘密基地の所でヒンヒン鳴いてるんだろうし』
「見てきたのかよっ!?」
『ううん、ただの予想。それにしても、あの魔獣は君に従順だよね。本来は、本能のみで動く獣のはずなのにさー』
「ああ、だから可愛いよなー。もうなんつーか可愛い」
『まったく、君はそれしか言えないのかい。とりあえず、僕が行って見て来るからもうちょっと我慢して料理の練習してるんだよ』
「じゅーぶん我慢してるだろ。だいたい、好きで料理の練習日程組んだわけじゃない。俺が行けるんならこのまま森に行きたいっつーの!」
不貞腐れて恨めしそうに睨むと、そんな俺に苦笑しながらエルは『行ってくるよー』とのんびりした声だけ残して窓際から去った。
本当、こんなところで料理してる場合じゃねーんだよ。
俺にはマロという可愛い狼が待ってるんだ。
「エルの奴、ほんと意地が悪い」
俺の我慢が限界に来た辺りで、もうちょっと我慢してろってんだから、あいつ絶対Sだ。
そんな文句を口の中で、ぶちぶちぶちぶち呟いていた時。
「――今、どなたとお話をされていたのですか?」
どっきーんっ!
突然後ろから聞こえた低い声に、思わず飛びあがりそうになった。
恐る恐る振り返ると眉を寄せ少し目が据わったミッキーが、頼んだ食材を入れた籠を持って立っていた。
うわぁ、思いっきり不機嫌ですと顔に書いてあるよー。
「……ひ、独り言」
「そうですか。どこへ行く、などという言葉が聞こえたので」
まずい。
会話を聞かれたかもしれない。
エルの声は俺以外には聞こえないから会話と言うより俺の独り言(窓が開いてない時点で独り言決定だけどな!)だろうけど、それにしたって今の内容はまずい。
俺の隣に来て、無言のまま手にした肉や野菜と言った豊富な材料を籠ごと調理台の上に置くミッキー。
「……」
「……」
沈黙が痛い。
「さっきの話、聞いてないよな?」と本人に確認できるわけもなく、内心ドキドキしながら真っ白になりかける頭を現実に縫いとめる。
「ユリシーズ様」
「な、なに?」
とうとつにミッキーの低い声で名前を呼ばれ、思わず体が強張る。
恐る恐る隣を見あげれば、背丈の差がありすぎてミッキーの表情は俺から見えない。
窓の方を見てるみたいいだけど、まさかエルが見えた訳じゃあるまいし。
名前を呼ばれたのに一向に何も言ってこないミッキーの次の行動が予測できないため、俺は待つしかできない。
この待ち時間が怖いんですけどっ!
「今日は何をお作りしますか?」
「材料はたくさんありますよ」と長めの沈黙が終わって振り返りながら顔を向けられれば、この六日間見慣れた笑みを張りつけたミッキーの顔がある。
けど、あれだ。笑顔なのに笑ってるように見えない。
そう見えるのは俺の気のせいであってほしいと思いながら、それ以上何も聞かないミッキーを隣に、黙々と料理を作っていくことでやり過ごした。
そのあと、戻ってきたエルに忘れてた派閥の有無を聞いたら、俺に関する派閥は皆無らしい。ですよねー。あるわきゃない。
そして、エルが様子を見てきたことでマロが元気なのはわかったけど、寂しがってヒンヒン鳴いていると言われて俺はその日一日ジタバタしてた。
† † † † † †
「……もふもふが足りない」
「もふもふ、とは何のことです?」
ぽつりとつい呟いた言葉に反応したのは、側にいたミッキー。ちょうど今日俺が着る物を用意している最中で、首を傾げている。
ミッキーの奇妙な行動が始まってから約半月。
何やら甲斐甲斐しく介護よろしくあれこれ世話されてる俺も、さすがに限界が来た。
あの日からマロに会ってない。
尻尾をぎゅーって抱きしめたい。体をなでなでしたい。耳をハムハムしたい。そんな欲求が爆発寸前。
欲求もあるけど、嫌われちゃってないかな、寂しくてヒンヒン鳴いてないかな、とマロがどうしてるのか気になってばかりだ。
そわそわして外を見ているとミッキーがそれとなく話しかけてくることがあるけど、余計なお世話だはよ仕事に行け、と言いたい。
そんなに休んでるとお前仕事クビになるぞって言ったら、現在の休暇はお偉いさんからの命令らしい。
なので、俺の身勝手な要求だけ通すのは大人気ないから我慢してたけど、もうそろそろ仕事復帰していいはずだよな。
俺の我慢もここまでだっ!(気持ち的には、ここで腰かけてた椅子から立ち上がるシーン)
「あのさ、ミッキー」
「はい、何でしょう」
「もういい加減、仕事戻れよ。休暇っていっても俺の世話してたら休暇じゃないじゃん。だから、今日からゆっくり休んで明後日辺りから復帰してみたらどうだ?」
「ご心配なく。これが私の休暇の使い方です」
おー、そうかそうか……って、それで俺が納得するわけないだろ、この野郎。
いくらお偉いさんからの命令でも限度はあるだろうし、最近は館の側までどこかからの遣いが来て「早くお戻りください」って言ってんの聞いてんだよ、こっちは!
いい加減リフレッシュ休暇使い切ってるだろ。戻れよ仕事に。
じゃないと俺がマロとキャッキャ、ウフフできないだろうがっ!
「もういい加減怪我も治ったし、俺が怪我する前に手掛けてた仕事の方が大切だろう。白騎士隊の方もあるだろ?」
「ああ、そちらは本来なら私の仕事ではありませんからご心配なさらず。隊の仕事は部下である副隊長が上手く回してくれています」
それ、世間一般では部下に仕事押しつけてるっていうんだぞ。
「今は命じられて休暇中の身ですが、こうした生活も悪くないと思っておりますし」
なに。お前、ナンチャッテ幽閉未満隔離生活やってみたかったのか?
それはニートという選ばれし者しかしちゃいけないんだぞ。
今現在の俺がそれなんですけどね、ハイ。
エルから聞いたんだけど、王族って子供でもどっかの施設に慰問とか、または国に関して勉強するという立派な仕事があるらしいので、それを一切してない俺はまるっきりニートなんだよ。
この館でただ飯食って遊んでるだけだもんな。
知ったからか、いま思いっきり労働したい気持ちになってる。
仕事として思いつく限りだと、土木作業とか誘導員とか内職でシール貼りしたり……そこで気づいたんだけど、思いつく仕事にサラリーマンとか出てこないし、考えてもパソコンに何か打ち込んでるらしいドラマの光景しか出てこなかった。
対してポンと浮かんだ仕事では何をどうするかわかっていて頭で仕事日程のローテーションも組めたし、前世の俺、低所得者だったのかね。
ま、前世の仕事事情は置いといて。
現在の俺ができることなんて限られてるので、ここにいるというならミッキーに一般常識や剣術指南とかの教鞭をとってもらおいじゃないか。
そんで満足してもらって、さっさと仕事に戻ってもらおう。マロをモフモフするために。
「じゃあさ、俺も剣術ってやってみたい」
「え……」
剣術やってみたいって言ったら、固まった。ミッキー瞠目して固まっちゃったよ。
頼み方が悪いのかと首を傾げつつ言葉を続ける。
「死なない程度に自分を守れるように覚えたいんだよ」
剣術っていっても護身の方ね。血ぶしゃースプラッタ嫌い駄目無理ーな俺が、剣持って相手に斬りかかるとかナイナイナイ。
でもなんで剣術教えてって話になるかというと……だって将来勇者と対峙して戦うことになってるからさ、勇者っていったら剣だろ?
だから、その辺しっかり学んでおきたい。死にたくないんだよ、やっぱ。
「でしたら、護衛として私がおります。なにもユリシーズ様が覚えようとするほどでは」
「あー、無理無理。だってお前……」
――――第二王子のところに行くんだろ?
そう言ったらなんかミッキー泣きそうな顔になった。
うんうん。わかってるわかってる。
今までの苦労を思えば泣きたくもなるだろう。昇格が念願だったもんね。俺のとこにいるより昇進確実だもん。
ちゃーんとエルから次の従者探してること聞いてるから、大丈夫だって。
「次の従者と交代になる前のミッキーがこっちにいる間でいいからさ、受け身っつーの? 剣の受け流し方とか避け方を教えてもらえると助かる」
「次の、従者……」
受け答えが、なんかぼんやりしてるけど大丈夫か?
やっぱ疲れが溜まってるんだよ。有給使って俺の世話なんかしてるから。
護身術教えるの面倒だと断られたらしょうがないから諦めるけどー、なんて思っていたらミッキーの雰囲気がすっごく重たいものに変わってるのに気がついた。
「ユリシーズ様は私より、別な者がいいとお望みなのでしょうか」
「は?」
「それとも、例の騎士とやらがそうしろと言ったのですか?」
「え?」
ミッキーがいつもと違って平坦な口調になってて、俺は前世の経験から冷や汗をかきはじめる。
あかん、これ温厚な奴を怒らせた時の口調や。
「あ、あのな……ほら、あれだ。ミッキーが色々世話してくれてるけどやっぱり手が届かない部分があるだろ。だからそのことで奔走してくれてるのは知ってるし、俺みたいな手間のかかる子供の面倒も嫌がらずにしてくれてるのも感謝してる。
でも昇進するには俺のところじゃ無理だし、適材適所って奴で腕を有効活用できる職場に行きたがってるのも知ってるから。俺はだいたいのことは自分でできるし、次に来る従者にはこの館を掃除して適当に飯を部屋の外に置いておいてもらえれば十分なわけで」
なんとか宥めようと頑張ってしゃべるけど、どんどんミッキーの雰囲気が黒いもの背負った感じになってきてメチャ怖いんですけど。
なになになにっ。何がいけなかったんだよー!?
コミュ障な俺じゃ対処しきれねーよ!
「つ、つまりだな。俺みたいなお子様の世話で蒼穹のレアードって英雄が雑用させられてるのがおかしいわけで、ミッキーも次代の王様である第二王子の剣術指南してた方が有意義だろう?」
「誰がそのようなことを貴方に吹き込んだのですか!」
ピッシャーン!と雷が落ちたかと思うほどの衝撃。思わず身を竦めてしまうほどミッキーの言葉に怒りが滲んでた。
叫んだわけじゃないんだけど、めっちゃ威力あるな。さすが隊長クラスだぜ。
俺が身を竦ませたのにハッとしたらしく、今までミッキーの周りに漂ってた黒い雰囲気が引っ込む。でも怒ってます感は、まだ健在。
「誰が言ったのか知りませんが、私はユリシーズ様に仕える者です。お側を離れるつもりも誰かを代わりに据え置くつもりも毛頭ありません。それに次代魔王が第二王子と決まってはいませんので今後、口になさいませんよう」
え、まだ離れるつもりないの? またエルのうっかり発動したなコレ。
でも、今の俺はダメって思われてるんだから第二王子が王様候補だろう。
それにエルには俺最後の魔王になれって言われてるし、次の次くらいだと思うんだけど。何か間違ってる?
さっきミッキーの怒りの琴線に触れたのかわからず首を傾げていると「それよりも着替えをしましょう」と用意された服が側に置かれた。
いつもなら手伝いを断って自分で着替えるんだけど、いま逆らったらあかんという勘に従い着替えさせてもらうことにする。
まぁ、大人の世界のことだから辞めたら周囲と上手くいかなくなるとかあるんだろうな。
お疲れ様です白騎士隊長。
それはさておき、マロのモフモフが遠のいたままの現状をどうにかしないと……うぅ、俺の精神安定剤プリーズ。




