神属と魔属と人間
俺はベッドに体を横たえながら、茫然とエルを見あげた。
エルのヤツ、今なんて言った?
勇者に倒されてもらいたいだと?
いや確かに魔王になれと言われたけど、いきなり死亡フラグ確定とかないわー。
その前に今の俺は病弱な状態なんだから、勇者の登場を待つ前に自滅してそうなんだが……。
「……それって確定?」
『うん、確定』
爽やかに言い切りやがった。
「普通、ありきたりなパターンとして世界に必要だから役を頼まれるよな。まだ俺は生まれて二十年なんだろ?なのに、消えろってどういうことだ!?」
『普通?あー、完全に前の記憶が消えてなかったんだよね。ごめんごめん』
「前の、記憶?」
『そう!君、意識を閉じる前に自分で転生したって言ったでしょ。その時に魔王になることも話したよね、覚えてる?』
「えっと、まぁ……」
指摘されてから、意識を失う前の自分の発言やエルとの会話を思い出す。
確か、最後の魔王に選ばれたとか言っていたな。
「最後の」ってことは、残酷非道に世界征服やらかしたりして歴史に名前を刻んで消えろってことか?
魔王って言うぐらいなんだから、捕まえていた人間を食ったり、五体引き裂いたり、えーと……殺し合わせたり、軍勢を向けて虐殺したり?
思いつく限りの悪行を自分が実行する……すまん、考えただけでアウト。
血を啜ったり死体を観賞する趣味も、加虐嗜好もありません。
そこで気が付いた。俺はグロいの苦手なんだ。
しかもこれは、今の思考で引き出されたらしい記憶の海からの情報。
襲ってくる腐りかけの死体を撃つゲームで、撃つ度に死体から色々飛び出したり一部が吹き飛んだりする映像を思い出し、なぜか血の臭いを嗅いだ気がして吐き気が込みあげた。
今更だけど、もしかして魔王に向いてないんじゃないか、俺。
しかし、記憶を失う前……前世の俺は、事情を聞かされた上で魔王になることを承諾しているらしい。
だからって文句を言わないわけじゃない、あえてここは言わせてもらう。
魔王になることは聞かされたけど、勇者に倒されろなんて条件聞いてねぇー!
『そんなわけで、面倒臭いしこのまま話を進めちゃっていい?』
「待て。色々説明ぷりーず」
ひとりで勝手に進めようとしているエルに、まだ説明不足だと訴える。
なぜ、俺は魔王になるため転生させられたのか。
なぜ、二十歳で子供の体なのか。
なぜ、勇者に倒される前提なのかが聞きたい。
俺の要求にちょっと面倒臭そうな態度で、エルは説明を始めた。
ただ、この説明には俺の頭に残っている知識とか常識が潰えていくことになったことだけ、最初に言っておく。
エルの説明は、この世界の仕組みのことから始まった。
まず、この世界には、大きく分けて神属と魔属と人間がいると教えられた。
「人」と呼ばれる基準は、神と魔のみ。
神属は神人、魔属は魔人と呼ばれ、神人と魔人の間にいる者は「人の間に属す者」として“人間”と呼ぶらしい。
『神人と魔人が呼び分けられているのは、異なる力で対極する存在だから』
「えっと、対極って……磁石や電池みたいなもんか?」
『うん、そんなもの。そして神人と魔人は、この世界に生きるために必要な力を満たし循環させ続けるため存在する。簡単に説明するなら、神属と魔属は力の供給源』
「つまり、俺の知る神と悪魔をこっちの概念に置き換えれば……田舎の電気とガス」
『魔属は悪魔じゃないんだけど……ま、そんなとこかなー。あと、使い道については生活してれば追々わかるよ。ただ彼らがいなければ生活はおろか、この世界の生命の循環が成り立たないってことは知っておいて』
「了解ー。しっかし、俺の前世の知識の中でも電気とかガスとか水道とかあるけど、世界レベルで生命の循環がどうのってわけじゃないし、人間が住みやすいようにするためのものだから逆に自然破壊とか悪影響があったりしたから、いまいち理解が追いつかない」
『ユリシーズ、ちょーっといいかな。君が前いた世界じゃどうかは知らないけど、こっちじゃ人と人間は別物だからね~?奴らは神人や魔人と違って力循環もしないし、力もないから間違わないでくれると嬉しい』
へー、そーなのかー。
……いや待て、俺の頭の中では言葉として「力」って変換されるんだけど、俺の耳には「エネルギー」って聞こえる部分が一部ある。
エルに捻じ込まれたものの不具合での誤変換か?
よくわからないが物理的な方を「力」、世界に循環しているらしい方を「エネルギー」と彼らのニュアンスでは呼んでいるみたいだ。
ごちゃ混ぜになる時があるから分けるか、全部「力」で統一してもらいたい。
いや、これは言語知識の捻じ込み方が下手糞だったんだろう。エルにやり直しを要求したいが、それでまた失敗して悪化したらどうしようもない。
面倒臭いが、俺がニュアンスを理解して慣れていくしかないか……。
それと「エネルギー」と聞いて熱や電気みたいなもんだと思ったけど、こっちじゃその概念が少し違うみたいだ。
生命の循環とか大きな話になってるしな。エネルギーの用途が漠然としていて俺自身きちんと理解してないが、これがこの世界の理なんだろう。
そして、続けられたエルの説明の中で、一番重要な部分。
神属、魔属共に対になる力(あ、エネルギーの方な)の強い者は王となり、世界にエネルギーを満たしていく役目があるそうだ。
神人の王は「神王」、魔人の王は「魔王」と呼ばれていて、この二人が世界の主なエネルギー供給源らしい。
で、俺が属しているのは魔の方で、さっきの説明では魔人の王……魔王になれ、とエル言われているわけだ。
俺には、こんな大役引き受けられない。一般の魔人へのジョブチェンジ希望だ!
……叫んだ途端、エルに却下されたけどな。
『一般の神人と魔人は弱いながらも個々の波長に違いがあって、それがうまい具合に混ざり合い、神王と魔王の力の循環を手伝っているだけ。そこに力の巨大タンクみたいな君を放り込んだら、釣り合いが取れずに崩壊の一途を辿るよ』
「同じエネルギーなんだから何も問題ない気がするんだけど?」
『魔王の側には力が強い者達が集まっていて、それを上手く調和させながら常に魔王が力を発しているのに、別な場所にいる君から突然強い力をバンバン発せられるようになると、調和することなく跳ね返してうまく世界に行き渡らなくなるんだよ』
だから、市井に紛れ込むと冗談抜きで大変なことになる、とエルは繰り返す。
まぁ、神王と魔王の二人が主な供給源とはいえ、エネルギー供給のすべてを細かく賄っているわけではないので、多少エネルギー量が多い神人や魔人が市井にいるのはありがたいことらしいが。
この“多少”の中に貴族も入るけれど、庶民よりエネルギー量が多いから格上なんだってさ。
エネルギー量が貴族と同等の庶民も少なからず存在するけど貴族のように家柄、出生や出身地、どの領地に住んでいるかなどの細かい情報管理がされてるわけじゃないので、普通の庶民と一緒くたにされている。
もちろん、一般の貴族よりもエネルギー量が多いと判断された場合、出自を問わず王都周辺に住むことが義務付けされる。
これは魔王がエネルギー管理をしやすくするためなんだとか。
エルの話を簡単に説明するなら魔王が指揮者で、その周囲にいるエネルギーの強い奴らは演奏者。
エネルギー量の多い奴が王都に集められるのが、オーケストラの演奏時の指揮者を中心として集まるあんな感じだと思ってくれ。エネルギー量が少ない奴は観客席側、これが庶民が暮らす市井な。
それで、そんな奴らよりもエネルギー量過多な俺が市井に紛れ込んだ状況を例えると、静かなクラシックコンサートの演奏中に観客席から突然ハードロックの着信音が盛大に鳴り響いて、周囲に色々ご迷惑をかけるようなものだろうか。
うん。確かに、あれは迷惑だよな。
一般人に紛れ込むのは無理、っと。
じゃあ質問を変えてみるか。
現魔王と俺……同等の力を持つ奴がいれば、俺は魔王の側にはいても魔王にはならずに済むのかと聞いたら、『まぁ今の魔王の力は衰退するし、代替わりするなら君以外の魔王は推薦されない状況になるよー』なんてエルは言っている。
ちっ、やっぱり回避不可なのかよ。
『あ、ちなみに力の管理者でもある神王と魔王とが統括する国はあるんだ。神属の国を「メヒュースン」、魔属の国を「アデレスト」と呼んでいるよ』
「二つだけ?島国や独立国、共和国とかは?」
『ないなぁ。広大すぎて自治区とかはあるけど、ちゃんと国として存在しているのは、メヒュースンとアデレストしかない』
主要国家として二国しかないが、この二国で世界にエネルギーの供給をするというのだから、王になる者の保有するエネルギー量は半端ないのだろう。
本当に魔王なんて大役が俺に務まるのか心配なんだけど……。
うじうじ考えている俺の迷いなんか気にした様子もなく、エルは続けた。
『じゃ、次は人間についてねー』
「そうだ!神属と魔属はわかったけど、人間の役割ってなんだ?」
『彼らは何と言い表せばいいのか。この世界での寄生虫かなー』
「……は?」
エルの言葉を聞いて、俺の目が点になる。寄生虫って……おい。
心なしかエルの声にも、棘が含まれている気がする。
あんまりだ。神様に虫呼ばわりされる人間っていったい……。
そこで、あることを失念しているとに気づいた俺は、恐る恐るエルに尋ねた。
「えーと……、ひとつ確認していいか?神人と魔人は今の俺と同じ人の形なんだよな、人間も同じ形って認識で大丈夫か?」
『うん、同じ形で直立二足歩行だよー』
良かったー。こっちじゃ、神と魔を基準とした人の間って意味で「人間」だからな。
人間なんて言われてるから俺と同じ形だと思ってたら、百足や蜘蛛の類の姿形でしたなんてオチだったら笑えない。
「了解。で、なんで人間が寄生虫?」
『言葉の通りだよ。彼らは神属と魔属の力を食い潰すだけの存在なんだ』
「食い潰す?」
『そう。彼らが生まれた経緯はよくわからないんだけど、世界に力を補充することもなく食い潰している。だから、僕は寄生虫だと思っている。事実、どちらにも属さない人間は邪魔者と思っている輩もいるよ』
「ふーん……」
人間のことを語りだした途端、エルの纏う空気が重くなった気がした。
この世界に定着してあまり時間が経ってないせいか、それとも前世の記憶があるからなのか、俺は生返事しか返せなかった。
でも、エルが敵視してるように言うから誇張表現を勘ぐったけど、意外に人間との大きな戦争も衝突も不思議となかったんだとか。
この世界の考え方は楽観だったのか平和だったのかわからないが、人間を完全排除するという考えはなかったらしい。
――今の今までは。
『そんな世界の均衡が崩れ始めたのは、数十年前。神属、魔属の間に原因不明の疫病が流行って、対策が遅れた神属側が大きな打撃を受けて数が激減した。なんとか魔属側から支援を受けて立て直しが図られ、表向きには力が弱っていた理由で元神王が退き、若干八十歳という若い神王が誕生した』
対策が遅れて国民から散々批判されて、さすがに巻き返しができなくて辞任したってとこか。上に立つ者には責任がつきまとうんだな、やっぱ。
……で、八十歳って若いのか?
そんな俺の疑問はスルーされ、説明は続けられる。
『だが、立て直しの最中、とどめに人間が神属の国を急襲。神属から救援要請を受けたアデレストの援軍が撃退してくれたおかげで、なんとか持ちこたえた。のちにこの時の戦いはヘイレス戦役って呼ばれるんだけど、その時の傷が原因で一年後に若い神王が崩御して、神王の座は現在も空席のまま……残念なことに、次代の供給源を担う者がいないんだ。目に余るあまりの人間の暴挙に、神王と対の存在である魔王が制裁を加えるべく、一部の人間と紛争状態。
しかし、力を消費するだけの人間相手に状況は芳しくはなく、かといって力の循環を止めるわけにもいかないし、止められない。今は生き残った神人達が力を循環させてくれているおかげで、世界は微妙なバランスの上で均衡を保っている。もう、ギリギリなんだ』
神王が亡くなったからって、仇討ちに魔王が出てくるってどんな世界だ。
敵対勢力がいなくなり、声高らかに笑う魔王の姿を想像していた。
普通、国同士の衝突はあったりするはずだし、これを好機と乗っ取りに動くんじゃないのか?
――やっぱり記憶があると、色々邪魔するなぁ。
こっちの世界での神と魔の関係は理解してるけど、今まで持っていた概念でどうしても躓く。
今の話を簡単にしちまうと……世界にエネルギー供給はしなきゃなんないけど、敵側である人間の供給も助けている状況になってるんだな。
けれど、そのエネルギーも限りがある。魔王が頑張ってるけど、神王がいないからエネルギーの比率が傾きまくっていて神属の下っ端だけで回している状態なので、いつ均衡が崩れてもおかしくない。つまり、これ以上人間との衝突が続くのは不利なわけだ。
人間も自分の首を絞める状況になっているけど、そこまで考えが及ばないのか、それとも考えがあっての対立なのか。その辺りがわからない。
でもだったら、神属側の神王を復活させりゃいいと思いついたんだけど、エルが言うには『世界に力を供給できる器を向こうが用意できない』とのことだった。
あー……了解。その器って、体って意味ね。
そんなこと言うんだったら、病弱になってる俺って問題じゃないのかよ。疑問には思ったけれど、病弱だとしてもエネルギーの供給に問題なければOKってことか?
器の基準がなんなのかはわからないが、今の俺は病弱でも条件をクリアしたってことなんだよな。
理解できる範囲で頑張っている俺の脳みそと、置いてきぼりにされかけている俺の概念を吹き飛ばしつつ、目の前のエルはさらに話を進めた。
『だから、世界を改変することになった』
「改変?」
『うん、さっき教えた現在の世界の法則は理解してるね?』
「まぁ、だいたいは……」
今までの話を頭の中で整理しきれてない部分もあるが、だいたいなら理解したので頷く。
俺が頷いたことで、エルは視線を少し鋭くした。
『このままでは神属も魔属も滅ぶ。そうなれば、人間だけになった世界は維持ができない。だから、先手を打っておく。世界の循環が緩やかに滞っていくのが止められないなら、滞っても世界が動くよう仕組みを変える。それを君に手伝ってほしいんだ、ユリシーズ』
俺は思わず息を飲んだ。
出会ってから初めて聞いた、エルの真剣な声だったと思う。有無を言わせない迫力があるんだ、今のこいつ。
少し低めに抑えられた声量は脅しとかじゃなく威厳に満ちてて、協力しなきゃって気持ちにさせる何かがある。
きっとこんな気持ちになったんだろうな、条件を受け入れた前世の俺も。
『現在は魔王ひとりで世界に力を供給しているが、循環がされない力は偏って溜まっていくばかり……だからといって、供給しない訳にはいかない。今は人間達との衝突も増えてきていて予断を許さない情勢だ。そんな中に君をひとり放り込むのは心苦しいが、頼める者が君しかいない。
成功までの道のりは長く険しい、微力ながらこのエリュシオンが側で助力させてもらう』
今なら神の御使いがいると言われたら信じそうだ。それだけエルが神々しく見える。
シャンとした立ち姿や前を見据える強い意志を秘めた瞳。堂々と言い放ち、胸に片手を当てて誓いを立てる。ドラマなんかで「その男気に惚れたぜ!」ってのがあるけど、こんな時がそうなのかもしれない。
本気出せばこいつっていい男なんだなー、普段が軟派なせいで見る影もないけど……なんて考えながら、俺はエルの言葉に首を縦に振っていた。
途端、『よかったぁー♪』といつもの笑みと声量に戻ってエルがはっちゃけた。
『……でね。改変しつつ世界にひと通り君の力が行き渡ったら、死んでもらいたいんだよー。ね、お願い♪』
「おい」
『だって、そうしないと供給ばっかりで循環しない力が溢れちゃって世界がパンクしちゃうんだもーん。それに魔王としてなら、やっぱり勇者との決闘で散った方がカッコイイ最期じゃない?』
……三十秒前の俺の感動を返せ。
てか、勇者に倒される理由なんか、すっごい理不尽なんだが。そう思うのは俺だけか?
記憶のある時の俺を罵倒したい。
どうしてこんなトンデモ取引を引き受けたんだ。考えてみりゃ記憶が無くなる予定だったみたいだし、そうすれば平気だと考えてたのか。
俺自身の意思で選択された苦境に立ってるかと思うと、頭を抱えそうになる。だからって、回避しないなんて選択肢は今の俺には浮かばない。
「エネルギーの放出を抑えるとか、ちょっと世界への供給ストップとかできないのか?」
『無理無理。世界が創られた時から、神王と魔王になった者は故意に出力を変えられないようになってるんだー。支配とか考える馬鹿が出てこないようにだね』
「じゃ、歴代の神王や魔王はどうやってセーブしてきたんだよ」
『そんなことしてないよ。世界は常に循環されて満たされてきたからね』
「ガッデムッ!」
ひと通り説明が終わって、魔王になることと勇者に退治されることは変わりないけど、虐殺行為をしなくていいってことに安堵した。ただ世界にエネルギーを満たしてもらいたいだけ、それもノンストップのエネルギー供給。
供給自体をどうやっているのかわからないがあちこち地方を訪問したりせず、玉座にいるだけでいいみたいなのでここら辺はお安い御用だ。
気になるのは、魔王になった俺を倒しに来る勇者のこと。魔王が勇者に退治されるのはRPGなんかのお約束というか、仕方ないことだと諦めよう。
この世界の仕組みを考えれば俺を倒しに来なさそうなもんだが……どの辺りはどうなっているのか。つーか、誰が勇者になるんだ?
まぁそれも今すぐってわけじゃないみたいだし、対策を練る時間はあるだろう。追々考えていかなきゃならないけど。
『それと、君が気にしていた年齢と容姿の関係だけど、神人と魔人の二十歳はそのくらいなんだ。成人は百歳。あと予備知識なんだけど人間は短命種で、人が成人するまでに枯れちゃうみたいだからさ。年老いて見えても、魔人の六百歳くらいだと思えば違和感ないよ』
「……そ、そうか。わかった、ありがとな」
六百歳!?俺としては、そっちの方が違和感アリアリなんだが。魔人の寿命っていくつなんだろうか。
ここで俺の疑問を聞こうとしても、きっとエルはわからないんじゃないか。俺が六百歳の数字に違和感を覚えるのと同じで、エルもきっと百歳前後で亡くなる人間のことを理解できない気がする。というか、こっちの人間の寿命が百歳前後まであるのかもわからないよ。
どの道わからないなら大まかに考えてしまえと俺の弱いおつむで至った考えでは、魔人の成人が百歳なら百年ごとに人間でいう十年と考えればいいかもしれないということ。つまり、魔人の六百歳は人間でいう七十歳前後と思えば、エルの説明もちょっとは理解できる、と思う。
象と蟻ほどもある寿命の感覚の違いに細かい説明を求めるのも面倒だと思い、この話は切りあげた。
あと聞いていないことは、俺を誕生させた場所。
エルから聞いてびっくりだったが、王族の長男なんだとか。使用人から「殿下」って呼ばれたのか今更納得。ついでだからと王侯貴族の階級云々まで説明しようとするエルに、覚えきれないとストップをかけた。
まったく仕組みの違う世界と寿命の違いのことだけでいっぱいいっぱいなのに、また細かそうな話を一気に覚えさせようとするな。
「そういや、俺はなんで病弱?持病とかあるのか?」
『あれ、言わなかったっけ?僕としては嬉しい誤算なんだけど、魂が強すぎたんだね。生成された力が上手く放出できなくて体の中で悪さしてる感じ?』
「すでに自滅フラグが立ってんじゃねーか!」
ああ、確かにエルが『幼少の頃より力が強すぎて』とか言ってたよな。そうか、この『力が強すぎて』の話が、さっき説明されたエネルギーのことに繋がるわけか!
ようやく理解した。そして病弱っぽいのは、弱ってても器の条件クリアしたんじゃなくて、器の条件クリアしたのに俺の魂が規格外だったってことか。
あっはっは!いや参ったねぇ。
……それっていいことなのか?
エルの説明でもあったことだが、世界へのエネルギー供給の話となんだか似通った部分があることに気づいた。
嫌な予感しかしないし無視したかったが、どうも放置したらまずい気がする。
「……なぁ、エル。上手くエネルギーを放出できないってことは、どんどん溜まって風船みたいに膨らんで破裂するんじゃないか?」
『あ、意外に馬鹿じゃないんだね』
「馬鹿は余計だっ!」
ベッドから起きあがってエルを睨んだ。
馬鹿呼ばわりされたこともあるが、問題はその前。肯定したんだよな、エル。つーか、どうしてそんな状態になるまで放っておいたんだ!?
と、とにかく今は苦しいだとか体調不良らしいのは感じられない。異常なしとみていいのか!?
「何か対処は……どうにかしないとまずいだろ、俺の体っ!」
『そうだねぇ。うーん、応急処置としては誰かに力を渡すといいよ。あとは溜めないよう放出する練習あるのみだね』
「じゃ、てっとり早く近場ではあの従者か。渡すにはどうすればいい?相手に手を翳したり、血を媒介にしたりするのか?」
『手を翳して渡せるなら難なく放出できてるよ。てっとり早く渡したいなら接吻だね』
「……ないわー」
聞かされた瞬間、脱力した。何が悲しくて男とぶっちゅーんしなきゃならねぇんだ。
どうせなら女性がいい。欲を言えば、グラマーな美女希望!
『その前に、君が渡す力に耐えられる者じゃなきゃね。息を吐くように渡しただけで相手がダウンしたらどうしようもない。あの従者じゃギリギリだと思うけど』
「いや、従者は置いとけ。だったら、俺のエネルギー受け渡しに耐えられる女性を……!」
『無理だよ。君の力が桁外れなのは知られてるし、暴発するかもしれない危険があるから、この館には死んでも痛手のない者達しかいない』
「今、なんて……」
『無理だって言った』
「そのあとだ」
『死んでも痛手のない者達しかいない』
「その前……暴発ってなんだよ」
『言葉の通り。力の内包量の多い子供に多いんだけどね。癇癪を起した瞬間に放出する量を間違えて、ボンッ……とかさ。君の場合、あまりにも力が大きすぎて、万が一にでも一気に放出して爆発を起こせば、君だけじゃなくこの館ごと吹き飛ぶ可能性があるから、あの従者以外、ここには力の階級が低い者達しかいない』
俺のエネルギーが規格外なのはわかったけど、暴発って何だよ……。
ああ、そうだ。あの使用人だって俺から距離取ってたじゃねーか。エルと話していたとこを見られて危険人物か変態と間違われたかと思ってたけど、事実はまったく違った。いつエネルギーの一斉放出で巻き込まれるかもしれないからだったんだ。
あの距離が普通なのか? がっかり感がパネェんだけど……。
「ちょっと待て。俺さ、周囲から怖がられてる?」
『ある程度ね』
「もしかしなくても、あの従者も嫌々俺の面倒見てたりする?」
『さぁ? でも、任務には忠実だよ』
「それ、嫌々やってる可能性大だろう。ちなみに、お前に渡すって手は?」
『僕は実体がないから、受け渡しは無理』
「はぁ……。いや、試しに聞いただけだから、お前とぶちゅーんしたいわけじゃねぇ」
否定の言葉に溜息をつくと、『やってみる?』と言わんばかりに屈んだエルがトントンと自分の唇を軽く指で叩いた。満面の笑みだ。思いっきりからかってるのが丸わかりだっての。
「からかうな」と嫌そうに言うと『あ、わかった?』とクスクス楽しそうに笑うエル。
こちとら見た目は子供でも、中身は大人なんだよっ。知ってんだろ、お前!
こんな態度だからエネルギーの受け渡しに、本当にそれしか手がないのか疑問だ。
まぁそっちはさておいて、考えてみれば異様な状況にあることに気づくはず。
さっきまで大騒ぎだったのに、薬湯だけ飲まされてまだ朝食が運ばれてこない。エルの話じゃ、俺「殿下」らしいんだけど。
だいたい危険性を減らす方法があれば、この体が二十歳になる前から実践されているはずだ。これも目覚めた時にエルが言っていた。寝床に臥せってることが多いってことは、手立ても取られず放置されてるってことだろ。
どうすんだよ……俺の意識がない間、大変なことになってるぞ。周囲は近寄ってこないし、従者も無理矢理任務で俺の世話してる可能性がある。だとすると、協力者はエルくらい。
「参ったな……詰んでる」
ほぼ幽閉されてるのと変わらない状況ってわけだ。
ここからどう魔王になれっていうんだよ。
俺は再びベッドに寝転がりながら、天鵞絨の天蓋を見つめることしかできなかった。