↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倒してくれる勇者募集中  作者: ミッキー・ハウス
第一章 幼少期(隔離編)
13/39

幕間 わかっていました

遅くなりました。

冬の始まりの頃から、ミッキーは多忙を極めていた。


朝にユリシーズを起こして食事を運び、そのたび毒を警戒するユリシーズのために食材を厳選し、口に入る前に毒見をする。

部下達が提出する日々の報告書に目を通し、必要があれば指示を出して滞りなく白騎士隊が動けるように考慮する。

夕食を終えた後には就寝の準備をしてユリシーズを寝かせる。


毒殺未遂の件を口実()に私物や食料を持ち込んでいた使用人達を辞めさせた嫌味を議会の老人達から散々言われつつ、館の使用人がエレナだけとなった状況下でも多忙とは思わなかっただろう。


しかし、不測の事態は起こるもの。

数ヶ月前、ボヤ騒ぎが起こったことで魔王陛下へ報告にあがった際には、王妃から第二王子が住む建物周囲の警備もミッキー自身が(じか)に青騎士と連携を取って行うよう命じられたため、最低でも日に一度は青騎士隊の隊長と顔を突き合わせて報告会がある。


この時も侵入者を許したと白騎士隊への嘲笑混じりの言葉を浴び、報告書を青騎士隊長へ提出するがミッキーから手渡されたそれを一瞥しては「書きなおして」の一言で暖炉に放りこまれて燃やされるなどという子供じみた行いのせいで書きなおしの時間が余計に取られる。

なので一度、口頭の報告で終わらせた時などは「報告されていない」の一言で、報告書の他に始末書も書く羽目になる。



「どうしてこうも面倒なことばかり続けて起こるんだ」



王城内にある白騎士隊の隊長室で新たな警備の配置図を見直しながら、ミッキーは溜息をついた。

溜息をつくくらいなら反論をすればいいと思うかもしれないが、青騎士隊隊長の幼稚とも言える嫌がらせの原因やそれによる周囲への影響を知っているため、反論は余程のことでない限りしていない。


その嫌がらせの原因のひとつ。

アデレストに仕える騎士は色別に分けられており、黒・青・白・赤の四部隊が存在する。

黒騎士は王直属の近衛、青騎士は王妃やその子供達の護衛、白騎士は王城内の警備全般、赤騎士は城壁周囲の警備及び城下の治安維持の担当とされている。


隔離して育てることになった第一王子であるユリシーズの件は致し方がないが、王妃の命令とはいえ第二王子のいる建物周囲の警備をミッキーを交えて行わせているせいで、ひとり白い騎士服を纏ったミッキーに興味を持った第二王子が最近になって自身の護衛も命じてきた。

青騎士隊隊長が諌めようとしてもミッキーの噂を聞いてしまった第二王子が、“ミッキーを部下にほしい”とまで言われたのが原因だ。


本来ならば血筋や権力が上の黒騎士か青騎士の中、またその近しい血縁者の中から側近になる者を選ぶことになるのだが、それらを無視しての抜擢となればミッキーへ対する強い反感を向けられても仕方がない。

だからといって実際にミッキーには噂通りの功績があるため青騎士隊が表立って反対することはできず、政略的にもミッキー・レアードを側近に置くことは、第二王子を王位へ押しあげるための民の支持の獲得に繋がる。


だが、護衛だけにとどまらず、もうじき本格的な剣術指南を受けるのにも第二王子はミッキーを指名してきたのだ。

十歳という年齢を考えれば、まだ好き嫌いだけで判断している年頃だろうが、周囲の者達はそうは思わない。本当にそこまでの力がなければ青騎士隊の権力で叩き出されていた。

これでは実力二位の地位にある青騎士に所属する者として無能という通知をされたようなもの。


無能という無言の通知……これを一番気にしているのが青騎士隊隊長自身であり、ふたつ目の原因だ。


青騎士隊隊長の名は、クレメンティーナ・カシリ。

名前からもわかるが、女性。しかもカシリ家の長女だ。

カシリ家といえば王家に古くから仕えている由緒正しい貴族として平民にも広く知れ渡っており、代々王族の側近として仕え、幾度か王家から王女を降嫁された歴史もある。

そのカシリ家とはいえ、女性が青騎士の隊長を務めるというのはアデレスト歴史上初だ。

近年になって女性の社会進出も進められているとはいえ、男性社会の名残が強い騎士団の中にあって青騎士隊隊長の地位に就いたことは貴族社会でも話題にあがっている。

騎士団の中でも青騎士隊は王に子が生まれれば子供達に剣術指南を担う役目もあるのだが、それにも関わらず今回に限り護衛も剣術指南も外されることは、ただ家の名で青騎士の地位に就き、注目を集めたいだけなのだと他の貴族に笑われてしまう。


もちろん、クレメンティーナはただの名ばかりで青騎士の隊長という地位に就いたわけではない。

武の才があり、弟であるフィランダー・カシリよりも剣の腕がある。

女性というだけで舐めてかかってきた男達を実力で押し退けた強者(つわもの)だ。


そんな青騎士隊は今まで歴代の王族の剣術指南を任されてきただけでなく、将来の王を支えるための基盤作りとして重大な役目もある。

一生、王に付き従う若い側近を育てることから、貴族達の人脈作りまで幅広い。

青騎士隊という検査の門を通過できた貴族のみが、王族の一番近くに来れるのだ。


重要な地位に就いたのが女性ということ、そして無能という通知に取られかねない今回の小さな騒動が重なり、クレメンティーナは晒し者に近い状態。

この小さな騒ぎはカシリ家当主の耳にも入っており、当主が登城した際に呼び出されたクレメンティーナは「所詮、女に騎士など無理なのだ」と辛辣な言葉を浴びせられていた。


クレメンティーナは家の反対を押し切って騎士になった経緯もあり、実力があっても女には無理という決めつけられた常識にを打ち破るべく奮闘する姿は好ましいが、今は手負いの獣の(ごと)くだ。

敵対者とみなされたミッキーにとっては災難なことこの上ない。

彼女に目の敵にされても反論せずにいるのは、白騎士隊としては青騎士隊の仕事に関与しない姿勢を貫くため。


ここでミッキーが反論してクレメンティーナを()ろにするのは簡単ではある。

彼女のことはミッキーも実力を認め一目置いているが、今回のことばかりは王族からの命令なので白騎士隊隊長として無下に()することはできない。

とはいえ、ミッキー自身も第二王子の護衛は城内の警備の範囲に入るので受けたが、剣術指南は青騎士隊が担うべきと断言した。


隊の役割分担からいっても剣術指南の話をミッキーが受けてしまえば越権行為とみなされ、青騎士隊だけでなく王城内の秩序を司る象徴の黒騎士隊までも敵に回しかねない。

逆に今回の第二王子の我が儘が通れば、隊の規律が確実に崩れるだろう。

王族の側近や護衛になるのに青騎士隊でなくとも実力があれば良いなどと新人騎士に広まってしまえば、馬鹿な考えを起こす者が出てくるのは目に見えている。


どちらにしても黒騎士隊は、この前例を作ることを良しとしない。

それはミッキーも理解している。

白騎士隊隊長としても個人としても、騎士団内での亀裂を生むことは望んではいない。


だからこそ本人だけではなく王妃にも進言をした。

途端、「ティーナよりミッキーの方がいい!」と駆け寄ってきた第二王子はミッキーの服の裾を掴み泣き出した。

そんな第二王子の態度が王子の品格として許容範囲を超えたのか、王妃の一言で剣術指南の話は現時点で保留とされている。


第二王子の我が儘ぶりを見ていると年の近い兄弟でも、こんなに性格が違うのかと思い知らされた。



「思い返せば十歳の頃のユリシーズ様は泣かず、我が儘も言わず、手のかからない子供だったな」



少し前の思い出に耽るミッキー。

今後の成長に関して良いか悪いかはさておき、この時すでにできる範囲でユリシーズを甘やかそうと心に決めていた。

「それにしても……」と配置図上で館の方へ視線を向けると、肩を落とす。



「警備の人員配置が無駄だと言いきったり、刺客に侵入されたら倒せばいいというのはあの魔獣がどこかに潜んでいるからか?それとも私も含めた警備の者を信頼されていないということだろうか……」



呟いてから肩だけでなく、がっくり頭まで項垂れたくなる。

どちらもあり得るので騎士としての存在意義が否定されてしまわないか不安がよぎった。

いや、すでに否定されていそうだ。


もし、魔獣が館のどこかに潜んでいたとしても、発見に至ってない時点でミッキーは直接指摘できない。ユリシーズに自分があの夜の刺客だと宣言しているようなものだからだ。

暗に黙っておいてやると見逃された罪をわざわざ自分で掘り返して、恩を仇で返すほど馬鹿でもない。


気を取り直してから、ひと通り王城内の警備の見直しが終わったところで一息入れる。

最近、部下達を警備に配置して安心しているせいか、館を長時間離れることが多くなっており、ユリシーズの顔を見るのも朝と夜だけになりがちだ。

報告では、外に漏れるユリシーズのエネルギーで多少なりとも圧迫される感じがあったらしいのだが、ここ数ヶ月は警備の最中にエネルギーの圧迫が感じられなくなることがあるそうだ。

制御ができるようになったのかと思えば、エネルギーを抑え込む館の結界が破れたかと思うほどのエネルギーが放出される時もある。特に夜に。

お陰で翌日には「結界が切れたのではないか」と騒ぐ議会の老人達から呼び出しがかかる。


この圧迫がなくなる時間が一定でないことを不思議に思った新人が、興味本位で入館したことがある。言い訳も考えてあったらしく、実に用意のいいことだ。

命令違反の罰として始末書と一日中腕立て伏せをさせることで終わらせた。

古参の白騎士隊の者に「甘い」と言われたが、わかったこともあるので罰を半減したのだと理由をつけた。


小さな女の子が厨房にいた、という新人の報告に眉を顰めたのはいつのことだったか。


報告を聞いた時に侵入者の線も考えたが、警備が強化された中で誰かの手引きがない限り館の出入りは容易ではない。

発見時に小さな女の子がサラダを作っていたというが、調べると使われていた食材はあまった物でユリシーズ様の口には入らない。毒を仕掛けるにしてもおかしい。

第一、ボヤ騒ぎがあったあとの現場で火の使い方がわからないと一目で騎士とわかる者に聞くような間抜けな刺客はいないだろう。


――そういえば以前、厨房に入りたいと仰っていた。


ふと思い出したことにミッキーの顔色が悪くなる。

考えたくない考えが浮かんでミッキーが頭を抱えたのは、結果が見えてしまってからだった。

色々と確認のためにわざとエレナに館を空けさせ、ある程度の食材を厨房に置いて無くなる物を確認したり、こっそりと部下に窓からのぞいて確認を取らせた。

野菜を切るために刃物を扱っていると聞いて報告会の最中に思わず席を立ちかけたり、煙突から煙が出ていると報告を受けた時は火傷を負う前に部下を突入させるべきかと迷い、狼狽(うろた)えた。


「子供だって大きくなれば行動範囲が広がるだろう」と既婚者で子持ちの部下に何度も窘められ、「一生、ひとりでは何もできない子にさせるのか」とまで言われれば経験者の助言を聞くしかない。

ちなみに、この既婚の部下は今の白騎士の中でも一番の古株だったりする。

それでも危ないと判断したら副隊長が突撃する手はずになっているのだが、気が気ではない。

本当ならば四六時中側についていたいのだが、ここ数ヶ月の現状では難しく、それを思い返すだけで「子育ては難しい」と実感させられた。


まぁ、以前の抹殺すべき存在としてあった時のようにユリシーズのことを隠すことはしなくてよくなったので、子育て経験者に話を聞くことができるようになり大きな手助けになっている。


今日も議会の老人達から「昨夜もエネルギーが漏れていたぞ!」という苦情に何かと理由をつけ、昼前まで念入りに館の内部を確認してから出てきた。

そろそろ本格的に外へ出れるよう王妃に交渉すべきかと思い悩む。

同時にミッキーがユリシーズの剣術指南を始められれば、青騎士隊との摩擦もなくなる。

プライドを優先して青騎士隊がユリシーズの面倒を見ようとしてもエネルギーの問題で誰も近づけないという予想から、ミッキーが担当することになるのは必然だろう。


上手くいけばいいが、と目頭を指で揉んでいた、ちょうどその時。

思考を中断させるようにコンコン、と扉をノックする音が響いた。

許可を与えると「失礼します」という声の後に扉を開けて入ってきたのは白騎士隊の部下。

雀色(すずめいろ)の髪に若草色の瞳をした青年は、去年新人騎士として入隊してきた内のひとりだ。


それほど広くない隊長室だ。

扉を閉め、一歩前に出る程度で扉の横へ体をずらし、敬礼する。



「隊長、よろしいですか?」


「かまわない、いつもの報告だろう」



外を見ればまだ明るいが、もうじき夕刻と呼ばれる時間帯になる。



「いえ、その……」


「どうした?この時間だとユリシーズ様がご自分の部屋に戻った頃だろう。その報告ではないのか?」



返事と共に敬礼をとくのを許された部下は歯切れが悪く言葉を濁すため、ミッキーが先を促す。

数日おきにミッキーの指示で、エレナが館を空けておくのは長くて三時間。今日も館の外での仕事を終えたら館へ戻るよう言っておいた。

それにしては部下が報告に来た時間帯がいつもより少し遅いと気づく。



「は、そうです。今回エレナ嬢が予定より戻る時間が遅くなり、報告が遅れました。殿下はワゴンで運ばれた食事を残さずに召し上がられていたそうです。これといって特に変わったことはなかったようですが、ただ館正面の扉が開きかけていたそうです」


「閉め忘れ、ではないのか?」



最後の思わぬ報告にミッキーの片眉があがる。

扉の閉め方が甘かっただけではないのか。しかし、館正面の扉となると利用するのはミッキーか、掃除時にエレナが開け閉めするくらいだ。

基本、使用人のエレナが正面の扉から出入りすることなどない。裏からだ。

ミッキーも白騎士隊隊長という肩書を持つため、人目のあるなしに関わらず所作には気をつけている。

まして扉の開け閉めや出入り時のマナーは、慌てた時こそ日頃の癖が出るのだから。



「掃除の際にしっかりと閉めたのは確認しているので、急ぎこちらへ連絡に来たそうです。これについて警備に当たった者達に確認しましたが、館に近づいた者はおりません」


「わかった、警備はそのまま続行しろ。私は今から殿下の様子を見に行く」



ミッキーが席を立ったのと同時、廊下の方が騒がしくなる。

なんだ、と視線を部下の横にある扉に向けた刹那。



「ミッキー・レアード!貴方、館の警備はどうなっているの!? 手抜きにもほどがあるわ!」



バンッ、と扉を蹴破らんばかりの勢いで開けた人物が、腰まである緑の長髪を靡かせながら颯爽と入ってきたのを見てミッキーは頭痛がしそうになった。

何を隠そう先程まで頭を悩ませていた原因のひとつ、青騎士隊隊長その人だったからだ。



「議会の老人達にも適当に言い訳をして……貴方はそれでも王城内の警備担当責任者なのっ?」


「クレメンティーナ隊長。確かに私は白騎士隊隊長という地位に身を置かせて頂いていますが、議会に何の言い訳をしたというのですか。仰られている意味がかわかりかねます」



切り揃えられた前髪の奥で憤る紫の瞳が淡々と言葉を吐くミッキーを睨みつけると、クレメンティーナは机の前まで一気に詰め寄る。




「王城側の森から高エネルギー量の波が一瞬とはいえ感知されたの。それも貴方が世話をしているという役立たずな殿下が発するエネルギーに似た波長よ。おかげで我が青騎士隊が練りあげた結界が破損したわ!」


「お言葉をお慎みください、クレメンティーナ隊長。貴女が青騎士隊隊長の地位に就いているといえど、第一王子を愚弄することは良しとされませんよ」


「王族の血筋として歴史に名にも残らない者のことを()しざまに言ったとして誰が良しとしないというの。言ってみなさい、ミッキー・レアード。大体、役に立たない(もの)など生きていたところで税の無駄でしょうに、……っ!?」



本来ならもっと言い方を考えるはずなのだが、破損したという結界を練ったのは昨年初めにクレメンティーナ指揮の下で行われたはず。そのことで議会の老人達に何か言われて苛立っているのだろう。

もっとも怒りの火が灯ったのは、ミッキーが従者をしている者が関わっているということが起因しているからだろうが。


だが、勢いで口にした言葉と相手を嘲笑するために鼻で笑ったクレメンティーナが一瞬息を飲んだのは、いつも反論せずに黙っているミッキーが冷たい視線で射抜いてきたからだ。



「いくら私を罵ろうと構いませんがこの国の一騎士である貴女が、隔離されているとはいえこの国の王子を(ないがし)ろにしてよい理由などどこにも存在しません。心に御留めおきください」


「……くっ!貴方が放置していた問題を指摘に来たのよ。今すぐあの気味の悪い館に戻って確認して来なさい!」



思わぬところで気圧されたことでクレメンティーナは視線をそらし、これに対する言い返す言葉が見つからないまま強引にここへきた理由で再び口を開いた。



「確認、とは?」


「貴方は耳まで悪いの?あの館の主が外に出ていないか確認と、結界が切れていないかの再確認をよ。さっさと行ってきて、報告会は事態が落ち着いてからよ」



それだけ言い捨てるとクレメンティーナは、出て行ってしまった。

静かになった隊長室でミッキーが「大丈夫か?」と問えば、「はい、軽くぶつかっただけです」と扉の影から右頬が赤くなった部下が出てきた。

影に人がいるなど考えなかったのだろう。彼女は怒り心頭のまま開けた扉に、何がぶつかったなどと気にしなかったに違いない。



「いかがしますか隊長。結界の点検と殿下の所在を確認されますか?」


「点検は再度頼む。何度調べても議会の老人達が煩いのは変わらないが、しっかり確認していれば胸を張って報告できる。あとは殿下だが、こちらはいったん館を見てからだ」



まさか厳重な警備をかわして外に出るなどと考えられないが、正面の扉が開きかけていたのが引っかかる。

青騎士隊が張る結界はかなり大がかりで、ちょっとやそっと力を加えただけでは破れない。

今まで何度もユリシーズのエネルギーに晒され続けているが、破れたことなど一度もない。それだけ頑丈に編まれた結界であるのは周知の事実。

数十年に一度、修復する綻びが見つかるか見つからないかという完成度の高い結界であるが、今回のように破損する事態は初めてだ。



「なんらかの攻撃でしょうか」


「いや、それはないな。青騎士隊の結界は、建国時代より培われてきたものと聞いている。メヒュースン所有の古代武器でも使用しなければ破れないはずだ。だが、あれが今も動くならヘイレス戦役でアデレストに助けを求めることなどなかっただろう」



席から立ったミッキーは部下の疑問に言葉を返しつつ、隊長室から一歩出る。



「私はこのまま館に向かう。お前は副隊長にこのことを報告しろ、異常がない限り私に報告はあげなくていい。その後は副隊長の指示に従え」


「了解しました」



命令を下すと館に向かうため足早に廊下を進んでいくミッキーの後ろ姿に、続いて部屋から出た新人騎士は敬礼をして見送る。

ミッキーが突き当りの角を曲がり、姿が見えなくなるとようやく敬礼の姿勢をといた。


白騎士隊は、城にとってのいわば顔だ。


貴族と平民の境目。

王城の門の番人とも言える彼らは国民の目に常にさらされる。

城下の治安維持をする赤騎士隊も国民の目にさらされる点では同じだが、平民でも実力があれば入れる隊だけに身近すぎて憧れはそれほどでもない。


だが、王城の門を守る白い鎧の騎士は輝いて見える。

どっしりと構えた重厚な全身甲冑に白鋼(しろがね)の長剣を()いた姿。

まるでお伽噺に出てくる騎士そのままの姿で王城の門に立つのが、白騎士の役目のひとつだ。


そこに時折、白い隊服を着こなした青い髪の青年が城内から出てくる。

周囲の騎士達に比べれば小柄ながらも彼が顔を出せば重厚な甲冑を纏う騎士でさえ、わざわざ向き直り敬礼をする人物。


それが白騎士隊の隊長、ミッキー・レアードであることを城下の者達は知っていた。


いつも沈着冷静、命令を下す時など凛とした姿は多くの者が見ている。

騎士道を忠実に、平民にも分け隔てなく優しい。

先の戦で活躍した英雄で年齢も若干百歳と聞けば、その姿に憧れて貴賤問わず入隊を希望する同じ年代の若者は多い。


しかし、騎士団というのは規律や上下関係が厳しく、現実での白騎士は赤騎士のちょっと上程度の下っ端扱いだ。

蒼穹のレアードと呼ばれ、世間一般に英雄と言われるミッキーも例外ではなく、だからこそ今回のように上位にいる騎士に対しても一歩も引かず、逆に威圧だけで黙らせることは稀である。

隊長室に報告しに来た部下も偶像ともいえる姿に憧れ入隊したひとりだが、一年間仕事に従事してきて初めてミッキーが英雄の顔をのぞかせた場面に出くわしたことで高揚していた。



「……隊長、カッコイイッ!」



「さすが英雄!」と部下の憧れや忠誠といったメーターの数値諸々をあげまくっていたのは、急いで館に向かったミッキーの(あずか)り知らぬことだ。



 † † † † † †



ミッキーは急いで館に戻ると音もなく階段を駆けあがり、扉をノックをするも返事がないので「入ります」と一声かけてから寝室へ入る。

しかし、目的の人物の姿はなかった。

ベッドの枕元近くに手を当てるも、シーツは温もりを残しておらず冷たい。

ユリシーズが抜け出してから時間が経っていることを示している。


焦りそうになる思考の隅で厨房の方からわずかなエネルギーを感じ取った。

「もしや」と部屋を飛び出し、階段を急いで下りる。


厨房に繋がる扉の前までくれば、はっきりと探していた存在を中に感じ取ることができ、安堵すると共に危ないことをしていないか不安がわく。

驚かせないよう扉を開ければ、丸椅子に座りながら湯気が立つカップを傾けて何かを飲んでいる姿が目に飛び込んできた。

目にした状況から火を使って湯を沸かしたことは明らかで、カップの中身が紅茶の色をしているのも見えてしまった。


推測するに、ユリシーズ自身が紅茶を淹れたのだろう。


刃物を扱ったり火をつけたりといった報告はされていたが、これはなかった。

現場を実際目にしてみてミッキーの中で王族がどうあるべきかという固定概念のしがらみから、できる範囲でユリシーズを甘やかそうと決めていた心が折れかける。



「何を、していらっしゃるのですか……ユリシーズ様」



声をかければ、慌てて振り返り狼狽する姿に溜息しか出ない。

誰がこんなことを教えたんだ、と言いたくなる。


えっと、その、と言いよどみながらカップをテーブルに置いて、ちょこんと丸椅子の上に正座し体をミッキーの正面に向けた。



「ちょ、ちょっとしたデキゴコロというか、やってみたらできちゃったというか……」



背筋を伸ばしていつもの様子と違う子供らしい言い訳を並べアタフタする姿を珍しいと思いながら、つい溜息が出てしまう。



「大丈夫です、全部わかっていましたから」



そう告げるとユリシーズは瞠目したまま固まり、次に悪びれた様子で項垂れながら「ごめんなさい」と小さく呟く。

大人びたところがあったが、やはり年相応の子供なのだとミッキーはホッとすると同時に、小さく項垂れるユリシーズを見て今まで凝り固まっていた常識すべてを放り、しかたがないな、と心の内だけで笑って許してしまった。


それでなくとも、大人たちの都合で四六時中館に閉じ込め我慢させている。

寝室でベッドに入って大人しくしているだけだったユリシーズが、小さな行動を起こしてそれを咎めるのは酷というものだ。

ならば、これからどうすべきか……答えは、考えるより言葉として口に出ていた。



「今度、一緒に食事を作ってみませんか」



思わず口をついて出た言葉にミッキー自身も驚いたが、ユリシーズが嬉しそうに目を輝かせ始めたことに余計な思考が霧散する。

それにユリシーズを一生、ひとりでは何もできない子にさせるつもりはないのだから。


現金なもので丸椅子から飛び降りて「やった」とか「よっしゃー」と喜ぶユリシーズに、「厨房に入るのは私が付いている時だけですよ」と注意するのも忘れない。

ふと窓から外を見れば空は赤く、もう夕刻の時間だ。


さっそく今日の夕餉から作ると言うユリシーズを窘め、今度からと約束をする。



「絶対だぞ」


「ええ、近日中に。お約束は守ります」



上機嫌になったユリシーズを二階の部屋へ連れて行く時、そっと小さな左手と手を繋いだ。

ユリシーズに嫌がる様子はなく、今度作る料理を何にするか考えて楽しげに階段をあがっている。


急な呼び出しや日々の隊の業務、青騎士隊との衝突ギリギリのやり取りに心が擦り切れかけていたのだろう。

繋いだ手のぬくもりから胸の内に流れ込んでくる温かな感情に、知らず知らずの内ミッキーの口元もわずかに綻んだ。



「これもまた楽しいか」



自問自答するように、小さな独り言を呟く。

ああ、作れる食事の種類を増やさなければ……と思い至り、麦粥くらいしか作れない腕前になのに約束をしてしまった自身の軽率さに呆れながら、それを楽しみに感じていることにクスリと小さく笑いが漏れた。

ミッキーの実年齢ようやく出せたー。

ユリシーズとの年齢差は八十歳。

ちなみに人間の年齢に換算するとミッキー二十歳。ユリシーズはだいたい五~六歳。

神属魔属共に百歳から、百年ずつ人間年齢換算十歳年を取る計算です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。