不審火?
さて、あれからかなりの日数が経った。
カレンダーはないけどエルが言うには今は夏の終わり、冬の始まりの季節らしい。
前世の俺の知識に当てはめれば夏の終わりは八月下旬か九月上旬と推測されるわけだが、冬が始まる時期なら十月下旬か十一月上旬じゃないかと思う。
……秋どこ行った。
聞いてみたエルの話では、四季がないみたいだ。
期待していた俺の食欲の秋が消えちまった。
とてもがっかりした。
これから美味しい食材に巡りあえると思っていたからだ。
なんで食材にこだわり始めたかと言うと、今では食事内容が麦粥からパンとスープに変更されたからだ。
俺の要望は最初は麦粥だったんだよ。
しかし、ある日パンとスープになった時だけデザートが付いた。
次の日麦粥になるわけだが、デザートが付いておらず「デザートは?」とミッキーに聞くと、昼飯からパンとスープになりデザートが付く。
そしてまたある日、麦粥だけで物足りなくなった俺がデザートのことを聞くと、パンとスープとデザートという組み合わせの飯になる。
そんなサイクルを繰り返していたら、いつの間にかパンとスープがメインの食事になっていた。
パンは基本白いロールパンなんだけど、スープはコーン以外に野菜たっぷりの物だったりコンソメみたいなスープだったり色々と変化があった。
俺は食いたいもんを食いたいと言っていただけだから、エルに「もう麦粥はいいの?」と指摘されてようやく気づいた。
すでにパンとスープがメインの食事になっていたから麦粥に戻るのも難しい。
これも、すべてはミッキーの策略か。
くそう、デザートで釣って誘導するなどお子様に効果覿面な策を弄しおって!
これが白騎士隊長の実力か! 恐るべし!
おっと脱線した。
そういったわけで主食の変更に伴って、トレーの上の副食もちょっとだけ増えた。
スクランブルエッグとか、サラダといった俺が食える程度の副食がくっついてくる。
飯は変わったけど、内容の変化が乏しすぎだ。
パンに挟む薄い肉かウィンナーが欲しい。
調味料としてマスタードとかケチャップとかマヨネーズとか……そういった食材や調味料を求めてしまうのはしかたがないことだと思う。もっともな意見だと思ってくれ。
水面下で俺が食材探しに躍起になっているのをミッキーは知らないだろう。
あの食事マナーレッスンみたいな飯の時もあったんだが、俺の食が進まないのをわかっているからミッキーがあのフルコースを持ってくることは今ではほとんどなくなった。
飯の最中にいちいち気を遣ったり注意されながら食事するのは食った気がしないだろ?
まぁ、こういった社交界に必要なマナーは覚えなくても平気だと思う。
一緒に食事しようなんて親に呼ばれることはないだろうし、状況が状況なので友達もいないからパーティーや個人的な食事会なんかにも呼ばれはしないだろうしな。
そんなわけで飯は変わったけど、俺の目の前で味見をするミッキーは相変わらずだったりする。
食事のマナーレッスンはやる気なしでいたが、それ以外は従っているフリしていたから安心しきっているだろうな。
ふふふ。この数ヶ月、俺が大人しく飯を食っているだけのお子様だったと思うなよミッキー。
何を隠そう、密かに部屋を抜け出して厨房に足を踏み入れているのだ!
もちろんミッキーが外に出て、使用人さん達も用事で館から出ている時に。館を遠回りに鎧を着た兵士が歩いてたりするけど、外に出るわけじゃないし館に入って来るわけじゃないから安心していられる。
あと以前は使用人が何人もいたはずなんだけど、こっそり降りて行った時には誰もいなかった。
一斉に館から人が消えるとは思えずエルに聞いてみると、最近になって使用人がひとりに絞られたって話だ。それだけ王妃から俺の興味がなくなっているんだな。
そんなわけで、今じゃ館に誰もいないと俺は厨房に入り浸ってたりする。
エルから教えてもらって厨房に置いてあった食材の種類はわかった。
狂暴な食材が生きたまま厨房にいないこともな!
そして厨房にあった食材が前世のものと似通っていたから、料理の知識もそのまま使えそうだ。
ただ古いヨーロッパ風に造られている厨房の竈の使い方がわからなくて火が使えない。
火打ち石みたいな道具があったからそれで薪に着火させるんだろうけど、上手くできなくてまだ火を使っての料理はできてない。
けれど、何度か練習して火花は出るようになった。
薪に着火させることができれば竈も使える。
ミッキーと使用人さん二人が一緒に館を空けるタイミングはなかなかないから練習も頻繁にできないけど。
目指せ!
ぼくのかんがえた さいきょうの おこさまらんち!
『ユリシーズ、そろそろ戻ってくるよー』
「ちょっと待てー!今、火がつきそうなんだよっ」
『待てと僕に言われてもね。ほら、使用人の彼女が館に着いちゃうよ』
うおおおっ!
今日は戻ってくるのが早いよ、使用人さん!
館を空ける時は、二時間くらいは戻って来ないのがほとんどなのにっ。
我武者羅に火打ち石をカチカチ鳴らして飛んだ火花が軽く木屑の上に散ったけど、まだ火が点いたと言えない。燃える様子もない。
エルから『もうそこまで来てるよ』と急かされ、火をつける練習を諦めた俺は火打ち石を元の場所に戻して、竈の蓋を閉める。
その時に木屑が少し床にこぼれたけど、掃除している暇はない。
部屋に戻るため二階に駆けあがり俺が寝室の扉を閉めた後、館に使用人さんが入ってきたとエルから報告がされた。
ふぅ、タッチの差だった。
しばらくして何やらバタバタと下が騒がしくなったけど、また害虫か鼠が出たとかだろう。
先日いきなり悲鳴が聞こえて俺もびびったけど、ミッキーが確認したところ鼠を見た使用人さんがびっくりしてあげた声だったらしい。
ちなみに使用人さんは悲鳴をあげつつも、見つけた瞬間しっかり仕留めたという。ワイルドだ。
さて、館に人が戻ってきてしまったので俺としては大人しくしている以外なにもできない。
どうしようか。
「くーん」
「よしよーし。ひとりにしてごめんな、マロ」
ベッド下から這い出てきたマロが尻尾を振りながらベッドにあがってきた。
俺の膝に頭を擦りつけるようにして甘えてくるマロを撫でる。
食材探しや火打ち石の練習以外、最近マロと遊ぶため夜に館の周辺まで出てたりする。
ミッキーや使用人さんに気づかれないよう夜中にしか外に出れないけど、数ヶ月で色々発見があった。
俺の住む館の側、と言っても子供の足で三分くらいのところにある城壁なんだが……。
見栄えよく整備された庭園の白い石畳の道を横切って、手入れが行き届いた芝草を踏みながら城壁へ向かうと側に低木樹の垣根があり、その影になるところに子供の俺がちょうど通れる穴が開いているんだ。
見つけた当初は訝しんでいたけど侵入者や動物を捕まえる罠とか仕掛けられていないみたいだから通ってみた。
城壁の向こうは樹海だった。
はっきり言おう。
行ったのが夜だったから本気で怖かった。
風で葉っぱがざわざわと音を立ててるし、聞きなれない鳥の鋭い鳴き声やガサガサという茂みの揺れる音に身が竦んだ。
明かりもない場所で、ドーンとそんな光景が広がっていたら怖いよね。俺だけじゃないよね。
戻ろうとして出てきた穴を一瞬見失ってパニックになりかけたのはいい思い出だ。
館に誰もいなくなった日の昼に確認しに行ったら、草の生える斜面があって森は数十メートル先だった。
夜は距離もあやふやになるんだって学習した。二度と夜にはいかない。怖いもんな。
でも昼間に出られることってそうはないから、今のところ行く予定は立ってない。
「マロ、今日も夜のお散歩に行こうな」
「わふっ!」
俺の言葉がわかるみたいに吠えて返すマロ。
もふもふを堪能しながら撫でていたら、それまで大人しく撫でられていたマロがピンと耳を立てたかと思うと慌ててベッド下にもぐった。
あれ?どうした?
バンッ!
「ユリシーズ様っ!」
走ってくる音もほとんど聞き取れ無なかったけど、息を切らしたミッキーがノックもなしにいきなり寝室の扉を開けて駆け込んできた。
……びっくりした。ノックくらいしろよ。
じゃなくて、鍛えているはずの騎士が息を切らすって、どれだけ急いで来たんだ?
「いきなりどうした。昼飯には早いよな?」
「っ、ご無事でしたか。今、緊急の連絡を受けたので駆けつけたのです」
緊急の連絡?
ミッキーに連絡がいくほどのことって、いったい何があったんだ。
「何者かが館に侵入したようで、今から周囲の警備を強化します。今夜は私も館にずっとおりますので、お部屋を移動する際はお呼びください」
「ちょ、ちょっと!何者かが侵入したって、何があったんだよ!?」
「それはっ……。私と使用人が留守にした隙が狙われたようで、小さな火種を厨房に投げ込みユリシーズ様の力の余波で火事を起こそうとした模様。警備を預かる者として面目もございません」
側に来て膝をつき、言いにくそうに状況を説明しながら俺に頭を下げるミッキー。
……え、火事?
ミッキーの言葉を聞いて、サッと血の気が引いた。
一番に脳裏をよぎった嫌な予感はあるが、俺がやってた時は着火してないしな。
違うだろ。うん、違う。
「館内部へ燃え広がる前に使用人が竈へ火種を放り込み鎮火させています。ご安心ください」
「え、あ、いや。うん。ご、ご苦労様」
俺の顔色を見て誤解したミッキーが安心させようと声をかけてくれるけど、騒ぎになる直前までいた場所なので内心ドキドキだ。
や、やっぱり教えてもらおうか……火打ち石の使い方。使い方間違ったりしたらまずいもんな。
ミッキーには厨房に入ることが禁止されているから、教えてもらうとしたら使用人さんか。
だとしたらまず、今夜のお散歩ができないことの方が俺としては重要だから、そっちを先に何とかしたい。マロのお散歩も兼ねてるんだよ。
「ミッキー、あのさ……別に警備は強化しなくても大丈夫だと思うんだ。誰か入ってきたんだとしても同じ手は使わないだろうしさ」
「お言葉ですがユリシーズ様、同じ手は使わずとも同じように侵入しないとは限りません。警備の強化は必要なことです」
「それはそうかもしれないけど、無駄に人員配置してたら怒られるんじゃないか?」
子供っぽく見えるように首を傾げながら聞いてみたが、ミッキーの眉間に皺が一本増えただけだった。
なぜだ。重要視されてない俺の周辺警備に人手を割いたら文句が出るんじゃないかって聞いただけなのに。特に王妃辺りからさ。
「ユリシーズ様、無駄だと思われた理由はなんでしょうか。私を含め、部下の警備能力をお疑いなのですか?」
「そういうわけじゃない。ただ、他にも警備する場所とかあるんだから、そっちが手薄になるんじゃないかなーって」
アンタと部下を無能って罵るほど俺が仕事出来るわけねーし、思ってもいねーよ。
当たり障りのない答えを言っておいて、これ以上突っ込まれないよう曖昧に笑ってごまかす。
「ご心配には及びません。人員配置については――」と色々詳しく言われたけど右から左って感じに聞き流してた。
真面目に聞いてもチンプンカンプンなんだから仕方ないだろ!
「とにかく、警備はいらない。大丈夫だって」
「ユリシーズ様、何者かが貴方の生命を狙って来た場合をお考えください」
「入ってきたところで倒しちゃえばいいんだろ?」
にこりと笑って言うと、ミッキーがわずかに瞠目してから視線を下げて黙り込んだ。
あれ?ミッキーの腕を信用しているって言ったつもりなんだが。
あ、もしかしなくても俺の従者を嫌々やっているから、無駄に護衛までしたくないってことだったのか。
すまん、空気読まなくて。
「ああ、俺は平気だから。ひとりで大丈夫だよ。」
「……ユリシーズ様の仰られることは、わかりました。しかし、王宮内でのことです。魔王陛下にお伺いを立て警備の配置の有無を決めさせていただきます」
ミッキーからの返事は保留ってことだよな。
つーか、声が低っ。やっぱ怒らせたかな?
本当に警備はいらないんだけど、俺だけで決められることじゃないってことだろうから、うん、と頷いておく。
「では」と小さく返したミッキーが寝室を出ていった。
静かになってベッド下から這い出してきたマロが俺に甘えてくる。
あーあ、今夜のマロの散歩どうしようか。
あと、落ち着くまでは厨房に出入りできないな。
「参ったなぁ」
天井を見あげながらひとり呟く。
でも、そんなに気にかけてもらってないし大丈夫だろうと楽観していたんだ、この時は。
楽しみが減ったことで俺の退屈な時間が延長されるのは目に見えた結果だけど、面倒な状況になるのはこれからだった。




