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倒してくれる勇者募集中  作者: ミッキー・ハウス
第一章 幼少期(隔離編)
1/39

始まりは赤ん坊から。体は子供、頭脳は大人、若干健忘症気味

お待たせしました。加筆修正後の1話と2話を繋げての投稿です。

加筆修正版の17話分まで投稿し終わってしばらくしたら加筆修正前の話は消します。

2018/7/1 加筆修正前版削除済み。



気が付けば、俺は見知らぬ場所にいた。



それは「気がついた」というより、「知覚した」という方がピッタリな気がする。

今まで靄がかかっているような、はっきりしないぼやけた視界だった。


高熱で意識が朦朧としている時の感覚に近い。

しかし、頭痛や吐き気など苦しいと感じることはない。


現状からして病気ではないのなら、これを夢現(ゆめうつつ)というのだろうか。


俺はそれを当然のように受け入れていて、どこかで何かがおかしいと気づくはずの違和感を感じてはいなかった。

だが、小さな違いに気付いてしまえば現状を知ろうと動くのが人間だと思う。


クリーム色の天井を見つめ、頭上に吊りさげられている物に目が行く。

キラキラと光を反射しているから小振りのシャンデリアかと思ったけど、蝋燭を立てられる場所も電球もついてないので明らかに違う。



……あれだ。

ベビー用品売り場でも吊って展示してあるヤツだ。


行きついた答えにひとり納得しかけて、少し思考が固まりかける。


どうして俺の頭上にこんなものが設置されてるんだ?



さらに状況を知ろうと体を起こそうとして、一番最初にわかったのは体が思うように動かないこと。

首を巡らそうと力を籠めなければ、頭が動かない。身じろぎしたことで、体は柔らかい布団の上らしいことはわかった。


たぶん病気ではないはずだから、この思うように動かない原因は寝過ごしただけだろう。そう思い込んで何とか体を動かし、苦労の末に見えた自分の手を思わず凝視してしまう。

シーツの上にあるのは、ぷくぷくと肉厚な小さな手。指は拳を握るようにしていて、爪もプラスチックの破片が付着しているのかと思うほど小さい。


どう見ても子供の手だ。

握ったり開いたりと手を動かせば、見えている子供の手が思い描いた動作をする。


これが俺の手?

まさか、ありえない。

前言撤回……俺、病気かもしれない。



『やっと定着したかー♪』



刹那、場違いとも思える明るい声が聞こえた。


瞬時に目を動かして確認できる範囲には人影がない。苦労しながら動かしづらい体で寝返りを打ち、顔をあげて周囲を見回す。

俺の寝ているベッドが柵みたいなものに囲まれているのに驚いた。が、それだけでやはり誰も周りにはいない。


俺は警戒しながら「誰だ」と言葉を口にした……はずだった。



「あぁうー……っ!?」



絶句。声が出ない。

……違う。言葉が喋れない。



『あれ? もしかして意識あったりするー?』



にゅっ、と突然柵の上からのぞき込むように現れた金髪碧眼の青年の顔に驚く。

西洋系の顔立ちにしては細めの眉に長い睫、少し微笑めば女性から黄色い声があがりそうな芸能人も真っ青なハリウッドスター並みの整った顔立ちをしている。

驚いたのはあまりにも整った顔だったからじゃないが、寝ている俺の視界の高さから見えた腰まで伸びる三つ編みの髪を後ろに流している美青年なのは確かだ。

きっとモテるだろう、このリア充め!(偏見)


そんな彼が着ていたのは襟などに繊細な金の刺繍が入った中世の貴族のような、青が基調のかっちり着込む軍服似の服装。

これまた似合っているから文句のつけようがない。


しかし、次に気付いたコトに俺は相手の観察をするどころじゃなくなる。



だだだだだ誰だっ!?

っていうか、体……半透明ですがー!?


俺の目の前に現れた青年は、体が半分透けて向こう側……つまり、部屋の壁が見えている。


これはあれだ。

南無阿弥陀仏だとか唱えれば消える類の方と認識すればいいのかっ!?


パニック状態の俺を置いてきぼりにして、目の前の半透明青年はニコリと微笑んだ。

顔立ちで例えた、女性が黄色い声をあげるのとは違った意味で、きゃー! と叫んだ方がいいだろうか。



「あうあー!」


『えーと……意識があるみたいだから、とりあえず自己紹介するよ?』



スルーされた!

俺の恥を忍んだ黄色い(?)悲鳴を綺麗にスルーされた!


orzの姿勢で羞恥と後悔の拳を床にバンバン叩きつけたいが、傍から見れば柔らかいシーツの上でじったばったしているだけだろう俺の体。

すでに頭と上半身を起きあげていられなくて、シーツに顔を埋めてうつ伏せだからな。



『初めまして、僕はエリュシオン。君の魂をこの世界に引っ張り込んだ張本人だよー』


「あうっ!?」



引っ張り込んだだとっ!?


聞かされた事実に思わず顔と共に上体を起きあがらせるが、数秒と持たずにシーツに逆戻り。

だが、聞きなれない声が見えない頭上から聞こえてくるってのも不快だ。

腕と脚に力を入れ、重心を移動させた俺は根性で寝返りを打った。


よっしゃっ!

仰向けになったことでエリュなんとかってヤツの顔が見えるようになった!

……にこやかな表情を通り越して、天井と吊るされてる飾りが透けて見えてるけどな。



『そして今、君は赤ん坊として生まれてここにいる』


「あむむー!?」



赤ん坊!?

道理で体が動きづらいはずだよっ。


さっきまでの努力を返せ!

俺が赤ん坊に生まれてどれくらいか知らんが、二度も寝返り打てたんだから褒めろっ!


こっちの気持ちなんかこれっぽっちも理解してないくせに、何を思ったのか青年は笑顔のまま俺の頭を撫でる。

いや、撫でると言っても半透明なわけだし、案の定その手の感触はない。


されてる俺としては感覚として気持ち悪く、かと言って半透明な青年の手を払いのけることもできないので、大人しく相手が手をどけるのを待つしかない。

赤ん坊の体じゃ素早く逃げることもできないしな。


俺が大人しくなったのを満足げに見ると青年は額から手を放し、両手をゆっくり広げて愛しい相手に向けるような極上の笑みを向けて、こう告げた。



『ようこそ、この世界へ! 君はこの世界の最後の魔王に選ばれたんだ』



朗らかに笑顔で自己紹介をした口からは、とんでもないコトが飛び出した。

そして、今度こそ俺の思考は固まった。


俺が混乱する頭で状況を把握するのが無理だとわかると、『じゃ、まず喋れるようにしてあげる』などと言って、エル(勝手に名前省略)が、また俺の額に手を翳して何かを捻じ込んできた。


捻じ込んできた、と言っても感覚だ。

エルの言葉の直後、まるで後頭部から水に浸った感触が広がり、ゾワリと背筋に寒気が走ったと思ったら軽い眩暈に襲われ、最後に頭を圧迫されたような感覚がきた。

よくわからない症状だが、コレの原因として思い当たるヤツを睨むと、『僕って親切でしょー?』なんて言い切りやがった。やっぱりお前か。

面倒くさがってるってはっきりわかるぞ、コノヤロウ。こっちはまだ混乱続行中だ、ゴラァ。



『じゃ、練習がてら喋ってみよーか? “あー”……ほら、一緒に。“あー”』


「はっちぇーえんひゅーふぁあああ!!!(発声練習かぁあああ!!!)」


『うん、上出来上出来!』



わざとらしくパチパチと拍手される。怒りにまかせて口を突いた言葉だったが、なんとか言葉らしい言葉になってると思う。

って……普通の赤ん坊なら育てられる中で覚えて、拙いプロセスを辿りながら慣れていくもんだろ。


いいのか、こんな反則みたいな技。

まぁ実際、言葉がしっかり発音できないだけで今の俺は、体は子供、頭脳は大人の状態。

どこかで聞いたことがあるフレーズだが、気にしないでおこう。



『ねぇねぇ、君ってどこまで覚えてる?』


「な、なにふぁ?(な、何が?)」


『あ、かわいー』


「ちゃかしゅなーっ!(茶化すなーっ!)」



こっちは必死に喋ってんだ!

細かい発音ができないだけで笑うな! めっちゃ傷つくぞ!!



『ごめんごめん。君自身の記憶ってどれくらい残ってるのかな?』


「きおきゅ?(記憶?)」


『くくくっ……』



くそ……また笑いやがった。


それにしても、俺自身の記憶だと?

そんなもの残ってて当たり前だ!と言いかけて、我に返る。


わかっていることは、自分が男であること。それ以外、何か思い出せるかと言われれば……残念ながら、ノーだ。

何歳でどこに住んでいるか。家族構成、友人や恋人がいたかもすっかり抜け落ちていた。

いやそれよりも、一番大事なコトを忘れている。



俺の名前……なんだっけ?



自覚した途端、血の気が引いた。

すぐに出てくるはずの個人情報が、まったく頭に浮かんでこない。


――俺は、いったい誰なんだ?



『うーん。順調に定着したと思ったけど、やっぱり問題が残ったかー』



混乱していたせいもあったからか、この時のエルの言葉を本当の意味で理解していなかった。


俺が気付いた事実に茫然としていると、エルは顎に手を当てて独り言ブツブツ呟き始めた。

その様子をぼんやり見あげる。


結局、こいつは何者だ?


さっき俺の魂を引っ張り込んだとか言ってたよな。

つまり、エルは神様なのか?


それでいくと、ゲームや小説のありきたりなパターンじゃ、こっちで何かやらないと元いた場所に帰れないとかか?

まさか、俺の記憶も戻らない?

嫌な想像がグルグルと頭の中を巡る。


……あれ? それ考える前に、俺が何に選ばれたって言った、こいつ。



「あおー?(魔王?)」


『あ、うん。そう魔王だよ。君は魔王』



はい、待とうか。待て待て、ちょっと待て。

こいつ、爆弾再投下しやがった。


いや、俺が聞いたんだけどね。もっとオブラートに包むとかしようぜ。

包んだからって、どうなるもんでもないんだけどさ。うん。


まずは、心の声を叫ばせろ。


どうして転生先が魔王なんだよ!

俺に統治能力なんてないし、帝王学なんて習ってもいないってのっ!!



「てんしぇーしゃきふぁ、おぉしてあおーなー?(転生先が、どうして魔王なんだ?)」



あああっ、ちゃんと発音できねぇー!

「どうして魔王なんだ」が特に言えなかった!


俺の中で穴があったら入りたい発言ナンバーワンだ。

今の発音じゃ笑われてもしかたないけどさ、けどさぁぁあああ!!



『転生?……ああ、転生先がどうして魔王なのかって?こっちに来る前の君には、ぜーんぶ説明済みなんだけど中途半端に転生したから、その部分も抜け落ちてるのか。こりゃうっかり!』



エルは俺の言葉に一瞬だけ眉を寄せたが、それは笑う前兆でも発音が悪かったからでもないらしい。

俺の疑問に思っている理由がわかったらしく、愁眉を開くと自分の額をぺちっと軽く叩いたエル。

うっ○り八兵衛か、アンタ。



「おぇ、なーうぇ、おうぉえちぇない(俺、名前、憶えてない)」



これでも配慮のつもりで、俺は単語で区切って喋った。また所々発音できてないが、エルには通じたらしい。

名前を覚えていない、そう言ったらエルは、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。


容姿は天使寄り、その微笑みは小悪魔だ。男に小悪魔ってどうかと思ったが、それ以外当てはまる表現が見つからん。

しばらく黙っていたエルは、ひとり納得したように頷いた。



『名前は覚えていない、か。まぁ、いったん真っ白にするつもりだったんだけど、定着した今は下手にいじると君自身の魂が崩壊を起こしかねないからやめとくよ』



遠足の話でもするかのように軽く言ってのけたエル。

問題がなかったら、また魂とやらをいじるつもりだったのかよ!


エルのいい加減な態度に文句を言ってやろうとした時、体の異変に気づく。寝ているのにグルグル回る感覚に次いで、気持ち悪さが押し寄せてきた。


なん……だよ、これ……。


そんな俺の異変に気づいたエルが、『あ』と声を発した。



『ごめんごめん』


「……?」



気分が悪くなった俺を見おろしながら、エルは全然悪びれた様子なく笑みを顔に張りつけたままだ。



『忘れてた、一気に言語知識を捻じ込んだからなー。知恵熱ってヤツだねー』



おいこら。何が『忘れてた』だ。

いや待て、知恵熱って一歳未満の子供がかかるヤツだろ?

俺が言語知識捻じ込まれたのとは関係ないと思う。

いや、意識と知識がある分、ストレスによる発熱か?


それにしてもエルの笑顔を見てるとムカつく。

こっちはグルグルする視界と頭痛と吐き気に襲われてんだぞ。


責任、もって……、何とか、し、ろ……よ……。



俺の意識は、そこまでだった。



 † † † † † †



意識が浮上する、と気づいたのは水面に浮きあがるような感覚に襲われてからだ。

その覚醒は心地よく感じる温度の湯船の中で、うっかり眠ってしまっていた時に似ていた。


肌触りのいい布に頭を擦りつけるように身じろぎして目を開けると、ぼやけた視界にうっすら灰色の光が部屋に入ってきているのが見えた。



「……あー、朝かぁ」



働かない思考でわかったのはそのくらいのこと。横になったまま背伸びをして、寝ぼけ眼を擦りながら身を起こす。

なかなか目がしっかり開かない。


欠伸(あくび)をひとつしてから、残る眠気を振り切るために寝床から出ようとして、ぽふっと何かを蹴って床に落としたらしい音がした。


あー、なんか蹴っちまった。

床に落ちたみたいだし、拾うの面倒だなぁ……ん、落ちた?


蹴落とすほどの何かがあっても、床に落ちることはないんじゃないだろうか。

だって、赤ん坊のベットって落下したりしないように壁というか、柵が設置してあったよな……。


俺のぼーっとする頭に、ゆっくり思考が戻ってくる。


あれ?そもそも赤ん坊ってこんな自由に体を動かせるもんだっけ?

意識失う前より喋りやすくなった気がするし。


普通に起きれた体に疑問が生じたが、それもすぐに霧散してまだぼやける視界を何とかしようと目を擦る。


視界が回復して周囲を見回すと、天井や壁のクリーム色は変わってないが、模様が増えていた。

いや、模様なんて問題じゃない……金のモチーフがふんだんに追加されている。

壁には、一般家庭にはありえない石膏装飾。


はっきり言って部屋自体が豪華になっていた。


俺がいるのはひとりで寝るにはちょっと広いと思うが、普通のベッド……じゃなかった。

どう見ても今いる位置がベッドの隅っこで振り返った後ろにまだシーツの海が続いていて、シンプルな木枠に綿入りらしい光沢のある緑色のシルク生地が張られた寄りかかりやすそうなヘッドボードの側には、淡い緑色に金糸で彩られた横に長めの丸いクッションがある。

あれ、枕か?

位置的に枕だろうと勝手に納得してから、おもむろに視線を上に向けた。

内側から形状を見て、まさかと思いながら広いベッドの端に四つん這いで移動して降りた途端、これまた金糸に縁取られた高価そうな四角いクッションを踏みつけて転んだ。さっき床に蹴落としたやつだろう。

倒れた痛みに呻きながらも立ちあがって少し距離をとって振り返ると、天井からカーテンみたいにベッドを覆う天鵞絨(ビロード)がベッドの脚から縦に伸びる四つの柱に結わえてある。


……所謂、天蓋つきと言われるベッドだ。


驚くのはそれだけにとどまらず、ひと通り部屋の中を見回して俺は絶句した。


高い天井から吊り下がっているのは、硝子の輝きが美しいシャンデリア。

白と金の繊細な壁装飾がされた壁には、美術館で飾られていそうな人物絵画が数枚。

その下の壁際にあるのは、白い生地に青い花が描かれ脚まで金色に縁どられた、誰が座るんだと言いたくなる数の椅子達。


部屋の壁と統一のとれた色の扉と反対方向には、金箔で装飾を彩られたクリーム色の暖炉まである。


ベッドを中心とした周囲が、俺が感じる違和感を倍増させていく。

「どこの王宮の一室だよ!?」と叫びたくなった。


今までのが夢だったのか。それとも、今でも夢の中なのか。

……まぁ、夢って考えた方が妥当だよな。


赤ん坊だったことも夢と思い至った時点で馬鹿らしくなり、現状を理解しようと思考を切り替えた。



「意識のある赤ん坊なんて小説じゃあるまいし、美形の神様だっているはずがな……」


『おっはよー♪』



……いやがった。

目の前に突如として現れたのは、紛れもなく意識を失う前に会ったエルだ。

見あげなきゃならない状況は変わりないが、体が透けているのを見るのも二回目となれば慣れて、俺は平然と「おはよう」と返していた。



「それより、この部屋なんだよっ。いつの間に模様替えしたんだ!?てか、異様にでかくね?」


『前から模様替えなんてしてないよ。部屋が大きく感じるのは、君がまだ子供で小さいからじゃないかなー?』



……なんつった、今。

いや、そうだよ。エルがいる時点であれが夢じゃないなら、なんで俺は動き前われるんだ?


動き回れることが普通だと思ってたから、最初の違和感が持続しなかった。

姿を見る鏡か何かないかと部屋を見回すと、察したエルが『隣の部屋に鏡あるよー』と教えてくれたので、唯一ある扉へ向かって突進した。


扉を開けた先は、カーテンもない窓から紫色の空を押しのけるように朝焼けが顔をのぞかせていたお陰で、もっと豪華になっていた。

今までいた部屋と統一されて壁はクリーム色だけど広さは倍あるし、シャンデリアは大きいし、床は踏んでいいのかと思う高級感漂う絨毯が部屋いっぱいに敷かれてる。


広い部屋のどこに鏡はあるのか……探すまでもなく見つかった。


天井から床まである巨大な姿見が金箔の装飾をされて壁にはめ込んであり、急いでその前に立てば小さな子供が映った。

白いフリルが付いた柔らかそうな、それだけじゃなく光沢がある生地を使われているネグリジェの様な寝間着姿。

こいつ誰だ?



『あぁ、説明してなかったね。今の君は魔人の年齢で二十歳なんだけど、幼少の頃より力が強すぎて寝床に臥せってるのがちょっと多い、静かなお子様なんだよー』



おいおい。それって病弱って言うんじゃねーの?

鏡で見た姿だって、どう考えても弱小だ。腕っぷしが強いとは思えない。頑張ってもガキ大将が関の山だろう。


あれ? エルは今、俺を何歳って言った?



「……二十歳?」


『そう、二十歳。ぴっちぴちの二十代だよ』


「おい待て、病弱すぎるだろ!こんな子供みたいな二十歳がどこにいる!?」


『ここー』



にっこり笑いながら視線で俺を見て答えるエル。



幼児(ガキ)にしか見えないって言ってんだよ!」


『えー、普通だよ?』



どこが普通なんだ。

鏡に映るこの手足、身長を見ても二十歳には見えない。


二十歳と言い張ったとして、五、六歳に見えればいい方だ。チビにも程がある。

俺の残った記憶と知識じゃ二十歳と言われる年齢の人は、最低でも今のエルくらいの青年と言われるような見た目だったと認識している。



『ちなみに、君には今年十歳になる弟もいるよー』


「いつの間に家族増えたんだよ!?展開が早すぎるだろっ!」


『君が九歳の時に、今の母と父に当たる人が一緒の寝床に入って……』


「もういい。詳しい説明はいい。というか、他人の夜の生活(プライベート)まで監視するなよっ!」


『なんだよ、君が聞いたんじゃないかぁ』



俺の言葉で拗ねたように眉を顰めたエル。心なしか、頬も膨れている気がする。

何かズレてる。神様ってこういうことに疎いのか!?


むくれたエルは放置して、俺は再び鏡を見た。

映っている子供は、真っ直ぐな黒髪が肩から背中辺りで切り揃えられていて、ガーネットを思わせる赤い瞳を持っている。

肌が白いけど、これって元から?病弱だから?


何はともあれ、これが今の俺の姿なのは紛れもない事実なんだろう。


着ているフリル付きネグリジェみたいな寝間着から、「俺、男だよな?」と不安になり、確認するためネグリジェを捲った。パンツの形状が、かぼちゃパンツだったよ。

思考が一瞬止まったけど、気を取り直してパンツの中を確認。

……大丈夫、ついてた。


ホッとしてパンツから手を放すと、鏡に映る自分と目が合う。

黒髪は日本人として受け入れられるけど、赤い瞳ってのは充血してるようで気持ち悪い。

死ぬまでこの顔に付き合っていかなきゃならないんだから、慣れるしかないんだろうけど。


ん?ニホンジン?



「あれ、日本人って……どこの民族だっけ?なぁ、エル」


『……えー、僕は知らないよ。その前に、エルってのは僕のこと?止めてほしいな、これでも僕の名は高貴なものなんだよー?なのに勝手に略称つけて呼ぶなんてさー』



見あげながらエルに尋ねると一瞬ぽかーんとした顔で黙ってたけど、わからない質問をされた子供みたいに拗ねて答え、勝手につけた略称のこともブツブツ文句を言い始めた。

エルの名前って高貴なのか。

知らなかったけど、今更呼びにくいからエルでいいよな。

承諾もなく、自分の中で勝手に完結させる。

俺の問いに対してエルが本当にわからないのかは知らないが、俺の記憶に引っかかってるのなら自分の何かに関係があるんだろう。



「ちょっと待て……俺、気絶する前まで赤ん坊じゃなかったのかよ!」



現状に驚きすぎて忘れかけていた疑問の順番が回ってきた。

あの時、鏡を見て確認はしなかったけれど見た手は明らかに赤ん坊のものだし、体は思うように動かなかったし、状況を鑑みて赤ん坊だと言うエルの言葉を信じた……まではいい。

でも、これはおかしいだろう。

寝起きの頭だったせいで気づくのが遅れた。

意識がしっかりした分、部屋の模様替え疑惑以上に違和感がありまくりだ。


バツが悪そうにエルが『あー……』と言葉を濁している。



『いやね、こっちに来てちゃんと知識をつけていくのにもどうかと思ったんだけど、赤ん坊時代って結構長いんだよね。精神面の保護って意味でも、一時的に意識を閉じてもらってたんだ。だから、これから色々勉強していこうね』


「だからって今から頭に知識を詰め込めってんなら、アンタお得意の捻じ込みでやってくれよ。めんどくせぇ。だいたい、俺はそんなこと頼んじゃいないんだ」



そっぽを向きながら文句を思いっきりぶつけてやると、すぐに返ってくると思っていた声がいつまでもかけられない。

しばし静かになったことで、さすがに大人げない言い方だったかと思い始めた時だった。



『ふーん、羞恥プレイがお好みだった?』


「……は?」



天使のような容姿の男からイカガワシイ言葉が聞こえた気がしたんだけど……。

見あげれば、さっきと張りつけてる笑みは変わらないが、けして心からの笑顔じゃないとわかる。



『乳母は若い女性で食事の度に乳房に吸いつかなきゃならないし、おむつの取り換えだって若い女性に下半身を晒して綺麗に布で拭かれて。同じ男として耐えられないと思っての配慮だったんだけど、成長しても笑顔で彼女達と接することができるんなら知識だけと言わず今までの分の記憶も捻じ込……』


「すみません、ありがとうございました!」



さらに続けようとしたエルの言葉を遮って、俺は即座に土下座した。

意識があるまま(しも)の世話までしてもらった相手に対して、無邪気に笑顔でいられるほど俺は図太くない。

というか、エルにその姿を見られてる(監視されてる)のも、恥ずかしいぞ!


今更思う……純粋無垢(何もわからない)ってすげーよ。



「殿下!」



羞恥心に打ち震えていると、後ろから悲鳴に近い焦った声が飛んできた。

振り返れば駆け寄ってくる、全体を緑色で統一された長めのスカートを着たお姉さんがいた。



「転ばれたのですか?お怪我はありませんか?どこか痛いところは……」



矢継ぎ早に質問され、俺は目を白黒させる。おろおろするお姉さんの様子に、びっくりしすぎて声が出ない。

だって、土下座してたのを見られたのも恥ずかしいけど、転んだと思われたのも恥ずかしいじゃないか。


しかし、なんでこんなに心配されてるんだ?ってことも気になったが、異様に心配するお姉さんよりも、気になることがあった。

なぜかわからないが、距離を置かれている。


普通、ある程度近寄って話しかけると思うんだ。

なのに、お姉さんは三メートルほど距離を取って俺に話しかけてくる。


あのー、心配されてる気がしないんですが。


どう答えてよいかわからずにいつまでも無言だった俺を放置することを決めたのか、お姉さんは誰かの名前を呼びながら部屋を出て行ってしまった。廊下に続くらしい扉もしっかり閉めてった。

誰を呼びに行ったんだ?



『あ。ちなみにー、僕の姿は君にしか見えてないから、不用意に話しかけるとひとりで喋る危ない人になっちゃうよ。気をつけてねー?』


「そういうことは早く言えよ」



きっと微妙に距離を置かれたのは、エルと話している俺を目撃したからに違いない。

戻ってきたら誤解を解こう。

お姉さん、俺は普通の人だからな!


密かに決意をした隣で『あ。そうそう!さっきの使用人。君がおねしょ卒業するまで毎朝シーツを取り換えてくれてた子だよ』などとご親切にエルが言わなければ、俺は逃げ出す思考に切り替えないで済んだのに。

まぁ、逃げ出そうとしても窓から見た高さが二階以上あるし、今の体で届くような足場もなくてほぼ垂直の壁だったから早々に諦めたんだけどさ。



「なぁ、エル。使用人って、メイドのこと?……ってことは、俺って貴族か良家の生まれなのか?」


『ああ、それも言ってなかったね。実は地位が結構上の人のとこに誕生させたんだぁー』



選択肢が無くなったことで、状況把握の思考に戻った俺。

答えながらも意味深な笑みを湛えたエルを見あげていると、ノックされ扉が開く音がした。



「おはようございます」



俺が振り向くとスラリとした長身の男性、というより青年が入ってきたところだった。

この世界は美形が多いのか……そう思わせる中性的な容姿に、見た目年齢は十代後半から二十代前半。

背中まであるだろう青い髪を束ねて左肩から流している。瞳の色も髪と同系色だ。


腰には細身の長剣を()いていて、上着は濃紺を基調とした燕尾服に似ているフロック・コート、中は白いシャツに上着と同じ色のベストを着ていて、下はクリーム色のズボンに膝丈まである軍靴。

出で立ちは執事っぽいんだけど、腰の剣がRPGなどに出てくる騎士を思わせた。


ハイ、本日二回目の「こいつ誰だ?」

目をぱちくりさせて驚いているとエルが、『第一従者のミッキー・レアードだよ』と説明してくれた。


――ミッキー!?


名前を聞いた俺の脳裏には、「ハハッ♪」と陽気な声で笑うネズミが思い浮かんだ。

その瞬間、思わずブフゥッと吹き出しそうになり、とっさに口元を押さえる。



「ユリシーズ様!?」



緊張を含んだ声が飛んできた刹那、大きな手が俺の体を支えるように添えられた。

またもびっくりして顔をあげると、無表情に近い顔でミッ……従者の彼が、同じ視線になるように身を屈めて俺を見ている。


とりあえず、心配してくれてるのか?

逡巡しながら顔を見ても感情を読み取れない。

さっきのお姉さんみたいな距離の取り方をしてないから、やっぱりエルと話していたのを見られたのが原因なんだろうな。


で、……男同士見つめ合って数秒なんだけど、そろそろ視線外していいか?


まぁ、この分だと俺の前から逃げることもないだろうし、従者っていうくらいなら心配してくれているんだろうと思うことにした。

彼には悪いが、確認したいことがある。

聞かれないよう後ろを向いて俯き加減に小声で「ユリシーズって誰だ?」と、俺の側に屈んでいるエルに尋ねると『君の名前ー』とのんびりした声が返ってきた。


そうか、俺の名前か。初めて知ったぞ。

まぁ、赤ん坊時代から今までの記憶がすっぽり抜けてるんだから、俺が知らなくても当然か。うん。



「やはりこのような状態で、外出をさせるわけにはいきません」



ひとり納得していると何を勘違いしたのか、有無も言わさず従者の彼は俺の体を横抱きにして、さっきまでいた寝室の方へと運んでいく。

いつの間にいたのか、さっきのお姉さんもとい使用人の方に目配せして、それを受けた使用人もひとつ頷くと部屋を出て行ってしまった。


突然のことに茫然としていると、ベッドにおろされて寝間着に手がかけられて脱がされそうになる。


それくらい、ひとりでできるっ!

寝間着から手を離せ、ひとりでできるって言ってんだろ。てか、子供に着替えくらいやらせろよ!

教育上悪いだろっ、何もできない子になっちゃったらどうするんだよ!?

寝間着くらい自分で脱がせろー!



「寝汗をかかれています。体が冷える前にお着替えを」


「待て、やだっ!」


「大人しくして下さい」



美形に似合う低音ヴォイスは迫力あるけど、こっちだって男の意地がある。


が、抵抗(むな)しく、ネグリジェ陥落。

わーっ! パンツにまで手を伸ばすな、脱がそうとするな!

俺は男に脱がしてもらう趣味はないんだってば!


俺の抵抗も虚しく、すっぽーん! と脱がされてしまった寝間着と、かぼちゃパンツ。


内心であげてる悲鳴など聞こえるはずもなく、使用人が持ってきたお湯が入った真鍮の盥が従者の側に置かれる。

使用人から手渡された布をお湯につけて絞ったあと、ジタバタする俺を器用に押さえながら全身を拭き、新しい寝間着に着替えさせられ、結局のところ攻防は従者の勝利で終了した。



 † † † † † †



再び静かになった俺専用(らしい)の寝室。

俺に薬湯らしきものを飲ませてから従者の彼も退室し、豪華な部屋の天蓋付きベットですることもなく寝ころんでいるだけだ。

……盛大に不貞腐れながら。



「……なんか俺、終わった。何が悲しくて男にまで世話されなきゃなんねーんだよ」


『まぁ、しょうがないよ。今の君は寝床で臥せっていることが大半だからねー』


「だからって、股まで拭いてかなくても……」



あれが従者の仕事だとしてもやめてほしい。

俺のプライドが、根元からぽっきり折れそうだ。

自分で動けない赤ん坊時代ならともかく、動き回れて意識もしっかりしている子供にアレはないだろー!


思い出しただけでも顔から火を噴きそうになり、ベッドでゴロゴロとのた打ち回る。

なのに『大丈夫。ここで吐瀉物(としゃぶつ)まみれになった時なんかは、彼に浴場で全身綺麗に洗われてたし、もう恥ずかしがる仲でもないよー』なんて追い討ちをかけ、俺の自尊心をガリガリ削っていくエルは、本当は悪魔じゃないかと思う。


逃げ出したい。夢ならば早く醒めろ。そんなことを願ってみても、どうにもならない。

現実を受け入れるにはまだ抵抗があるが、進むしかないなら頭の中だけでも自分を納得させたい。



「……で、俺が現時点でわかっていることは、魔王に選ばれたはずなのに二十歳で病弱っぷりがウリのお子様な体であること、落ち着かないほど部屋が異様に豪華になってること、従者のお兄さんがいて一緒に風呂に入る仲だってことくらい……だよな?」


『うわ、最後のなんかやらしー』


「お前が言うなっ!」



意を決して聞いたのに、なんだこのチャラ男はっ!

ベッドサイドに座りながらケラケラ笑うエルを睨めば、『可愛い可愛い』と頭を撫でられた。

本気で相手にしない方がストレスを溜めない一番の方法なんだとわかっていても、エルの行動や言動はいちいち俺の癇に障る。

真面目に取り合ってもらえていない感じだからだろう。


いったん気持ちを落ち着かせ、まだ人の頭を撫でてる半透明人間に口を開いた。



「部屋から出れねぇなら、今のうちに色々説明しろよ。この世界のこととか、今の俺の詳しい状況を」


『殊勝な心がけだね~』



俺の言葉に気を良くしたのか、エルの笑顔がキラキラしている気がする。

嫌な予感しかしないが、今までのこと、これからのこと……こいつの口から説明してもらう以外に手がない。



『君は中途半端に意識が残ってたのに、一番大切な約束を忘れちゃってるからね』


「魂いじって記憶消そうとしてた奴が言うな」


『それ言われちゃうと反論したくなるー。記憶を消せと言ったのは君。約束したのも君。僕は願い事を叶えただけー』


「んな、記憶にないこと言われても痛くも痒くもねぇよ」


『まぁ、そうだね』



にこりと笑うエルに残念がる様子も、俺を罵る様子もない。

掴みどころがないこの美青年に、俺が約束したことってなんだ?


記憶を消されることが願い事だったのか、エルとの約束の対価で別な願い事を叶えたのか。

どちらにしろ、前世(まえ)の俺が何を抱えて生きていたのかを今の俺が知って得になることってない気がする。


そこをすっ飛ばして説明してもらうことにしたら、『じゃ、本題からいっちゃおーか!』と陽気に最初の一言を放った。



『君にはねー、勇者に倒されてもらいたいんだぁー』


「……は?」



エルが話をすっ飛ばしすぎて、何の話か分からない状況になったのは言うまでもない。

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