黒裏部隊
前々からネタ帳に書いてあった話。
せっかくなので、副隊長の話を書いてみた。当初の設定とは全然違うが、まあいいや。これはこれで私は好きだし。
色々落ち着いたら、話を本格的に書く予定。
この話は一種のメモ。
それでも良い方はどうぞ。
→
最初は、楽しかった。
それだけだった。
物を壊す時の快感と、残骸を見下す己の力に酔っていた。
初めは仲間も笑ってたし、両親は誉めてくれた。
自分も楽しかった。
けれど、だんだんその期待が重くなっていく。
〔期待〕は〔当然〕に名前を変え、周りは無意識にその重りを自分に繋げていく。
期待の眼差し、誉め言葉の後につく〔当然〕。
何時からか呼吸がしづらくなっていた。
長の命令は絶対で、周りは好奇の目で見送って、仲間も持て囃して自分にプレッシャーを与える。
笑って返す自分の裏で、成功させなくてはならない義務が、ギリギリと心臓を締め付ける。
頼れる者など誰もいなかった。
こんな力、初めからなければ良かった。
そして遂に、溜めていたモノが爆発した。
気が付いた時には、村人も仲間も両親や兄弟も、いなかった。
そこにあるのは、ただの残骸と血の湖と傷だらけの自分の身体。
頭に触れると、あった筈の角が無かった。
全身ボロボロなのだけど、何故かスッキリしている自分がいる。
やっと誰にも見られない。
解放されたんだと。
安堵すると同時に瞼が下り、体は地面に横たわっていた。
この事が、後に“鬼ヶ島の内戦”と人やアヤカシの間で噂される。
たった一体で皆殺しにした、化け物だと。
―――
とある薄汚れた見せ物小屋に、大勢の人だかりが出来ていた。
今の世の中、裏では人身売買が当たり前。
アヤカシを捕まえては高値で売り付ける店もある。
こういった場所は“表”に気づかれないよう点々と、人気の少ない場所で店を開いては、直ぐ様場所を変える。
“表”がそう簡単に動けぬのを知っていての行動。
賢い者が生き残る世界。
それもこれも、高い税金をぶんだくる“表”のせい。
世の中は荒んでいた。
その見せ物小屋には、小太りの店主が両手をスリスリと摩りながら、客を舐め回すような視線で値踏みしていた。
店主の後ろには布が被せられた大きな檻。
物音一つしない。
けれど客は噂を聞きつけ数を増やす。
店主の事など目もくれず、見せ物小屋には人がはみ出るほどの集まる。
「集まる、集まる、グヒヒヒ。」
店主が笑い脂汗が飛び散る。
待ちくたびれた客は店主の勿体振った行動に腹を立て、早く見せろ、と催促をし始めた。
それに対しても、店主はゲスめいた笑い声をあげる。
ドウドウ、と一旦客を落ち着かせ、コホンと無駄な咳払い一つ。
漸く商品紹介が始まった。
両手を上に挙げ、恭しく頭を下げた。
「皆様お待たせ致しました。これより、噂の“鬼ヶ島の内戦”で生き残った化け物の紹介を致します。グヒッ。」
「本当に噂の化け物なんだろーな?」
「それは勿論。私どもが鬼ヶ島まで行き、倒れていた所を捕まえてはのですから。」
「早く見せろよ。」
「まぁそう焦らず。」
急かす客は貧乏揺すりをタンタンタンと繰り返す。
ウザったい店主の言動に腹をたてる者も少なくはない。
小綺麗な服をひらつかせ、店主は檻にかかっている布を掴んだ。
ニヤリ、気味の悪い笑みを浮かべ、客を見つめる。
「今はボロボロで大人しいですが、あの噂の化け物です。ご購入される方は、くれぐれもお気をつけて。」
ゴクッ、と何人かが生唾を飲み込んだ。
表情は緊張のせいか固く強張っている。
先程まで煩かった見せ物小屋がシィンと静まり返った。
店主はそれに大満足。
布を引っ張るという事で、店主の反対側に店員がスタンバイして準備完了。
いよいよお待ちかねのモノが見れる。
客の多くが興奮していた。
声高らかに、店主は叫んだ。
「では、例の化け物のお披露目です!
1、2、…3!!」
バサッ!
カウトダウンを終えると、二人同時に勢いよく布を下に引っ張った。
長い布が引き摺られる音が客を煽る。
早く、早く見せろ、と手に汗を握る客は少なくない。
高揚して頬を赤らめる者もいる。
これも全て店主の戦略。
ザン!
長いようで短かった布引きを終え、やっと目当てのモノが姿を現す。
―が、客の反応は薄かった。
「…。」
目の前の檻に閉じ込められているのは、外国人のように白い肌の、人間。
化け物と呼ぶには間違っていて、傷だらけの姿は痛々しい。
手枷や首枷が重いのか、床に寝転がっていても息苦しそう。
顔立ちは美しいと言えず、何処にでもいそうな普通の顔。
短い髪はパサパサで、所々傷んでいる。
外見は日本人よりも肌の白い、普通の男性だった。
檻に入れられている事を除いては。
「なんだ、デマカセか。」
人混みの中で誰かがそう口にした。
その言葉は周りの人間の頭に浸透し、錯覚し始める。
店主も店員も例外なく。
「なんだ、ただの人間じゃないか。」
「時間の無駄だ、行こうぜ。」
「あれ、私は何でこんな奴を捕まえたんだっけ?」
ゾロゾロと出ていく客も気にせず、先程まで自慢気に語っていた店主さえも頭を悩ませる。
店員も肩を竦め、不思議そうに檻の中の者を見つめる。
波が引いたように誰もいなくなった場所に一人、短い髪の人間だけが残った。
膝まである長いローブを身につけ、スッと背筋を伸ばして立つ姿は気品がある。
そっと柔らかい笑みを浮かべて、これから檻の中にいる者をどうするか話している二人に声をかけた。
まだ客が残っていたのかと驚く店主だが、即座に脂っぽい顔で営業スマイルを貼り付ける。
「ソイツはいくらだい?」
「えっとですねぇ、私共も何故捕まえたのかわからないのですよ。ですから、コレは銀貨10枚くらいですかね。」
両手を蜂のように擦り合わせて客の顔色を伺う。
銀貨一枚で遊女を一晩買える。
銀貨一枚で小判の半分の価値。
銀貨一枚で硬貨二十枚相当と同じ。
銭と比べると百枚以上。
銀貨一枚でも充分高いが、そこは裏世界。
人身売買は違法な為に、“表”に買った場所を告げ口しないよう高い金が動く。
買った者をその後どうするかは購入者次第。
人身売買で売られている者には戸籍が無いので、死のうが生きようが関係ない。
奴隷にしてもよし。
違う場所で売りさばいてもよし。
腸を引きずり出して臓器を売り飛ばしてもよし。
何でもアリだ。
ローブをしている者は大抵貴族や上の位の者が多い。
たまに厄介者や逃亡者などがおるが、裏世界ではなんとも思わない。
客の足元を見ている店主は、ニタニタと気味の悪い笑顔で、上目遣いに見つめる。
吐き気がしそうなほどの異臭を放っているが、客は涼しい顔で何かを考えている。
チラッと客が檻の中の者を盗み見ると、バチッ、と視線が交わった。
途端に檻の中の者はサッと顔を青ざめ、わなわなと全身を震わせる。
“誰かに見られている”。
昔の記憶を思い出し、吐き気がした。
身体が鉛のように重くなる。
呼吸が辛くなった。
宇宙の中心にいるみたいに空気が喉を通らない。
目が血走り、鬼特有の尖った犬歯が剥き出しに。
外国人のように白かった肌が、みるみる朝顔のような紫色に染まっていく。
「俺を見ンじゃねぇえええええええええッッ!!!!死にクソさらせぇ人間がぁ!!」
ピキィン!
遂に、化け物が本性を現した。
今まで大人しかった化け物が豹変。
まるで喉をさらけ出すかのようにデカイ口を開け、山二つ越えてもハッキリ聞こえそうなほどの怒声を人間にぶちかます。
プツ、と店主と店員の鼓膜が潰れ、耳から真っ赤な鮮血を流す。
化け物は手首を引っ張っただけで手枷を壊し、長い爪で引っ掻いただけで首枷を外す。
ドロリと首から真っ青な血が流れるが、そんな事はどうでもいい。
化け物は鋭い眼光で客をその場に閉じ込め、足を威圧で地面に縫い付ける。
ガッ!
「っぷぅ!!?」
グチャ。
顔だけは客を狩り捕らえ、混乱している店員の顔を片手で鷲掴む。
薬指が店員の眼球を抉り、次の瞬間、林檎を片手で潰す要領で、化け物は握り潰した。
店員の頭を。
痛みを訴える前に、彼は首から上を失う。
最期の言葉もわからぬまま。
片方の眼球がコロンと化け物の膝の前に転がり、化け物の全身は血を浴びて紅い。
ガタンと頭を無くした体は檻にぶつかり、地面に変な形で横たわる。
ピクピクと体は痙攣をおこし、シャアア…と下半身から真っ黄色の液体を噴出させた。
それが赤と交じり、混じれない為に分離され、地面に汚物がどんどん広がる。
何も聞こえない世界で、店主は泡を噴いて倒れた。
店主もまた股間からアンモニア臭を引き連れた液体を漏らす。
ガッシャアアン!!
足で檻を蹴破った。
手の汚れを振り落とし、グシャッと遺体を踏みにじり、檻を去る。
踏みつけられた遺体は背中が足跡のように凹み、首の断面からゴプリと大量の血を噴き出した。
“元”店員だったモノから吐き出される液体の数々は辺りを彩り、店主までもをその色に染めようと次第に距離を詰める。
身の危機に気づかず、暢気に気絶している店主の口は開けられたまま。
起きた時の反応が実に楽しみだ、と客はローブの汚れを払いながら楽観していた。
ズンズンと遂に手枷までもを壊して外した化け物は客に詰め寄る。
グッ!
客の首を片手で掴んだ。
客は化け物が変化してから今まで、終始笑顔。
全く動揺したりせず、目の前ので人が死んでもずっとこの顔。
頭が潰れた時は汚れがダイレクトに当たらないよう、数歩後ろに後退しただけ。
店主のように耳から血を流してはいない。
ローブに少し返り血が付いた事以外は、入って来た時と何ら変わりない。
そして今も、化け物に優しさという笑顔を向けている。
化け物はゾッと寒気がしたが、この恐怖から逃れる為にも首に爪を食い込ませた。
メキメキと握力をどんどん強めていくが、本能から送られる危険信号のサイレンは音を大きくさせていく。
…クス。
誰かが小さく笑った。
化け物の後ろで誰かがそっと囁く。
「力だけで殺そうとしても、“また”誰かに捕まっちゃうよ?」
「―ッ!?」
ガッ!
条件反射で後ろにいる誰かを殴った。
けれど、何かに触った感覚はなく、背後には何かがいた形跡もない。
「ほら、また力だけで殺そうとした。少しは頭を使わないと。」
「あ゛ぁ!?」
また声が聞こえた。
周りをバッ!バッ!と勢いよく警戒するが、人数は変わらないし、景色も当然変わらない。
人間よりも尖った長い耳を使って気配を探るが、疲労や空腹、その他もろもろが邪魔をして集中出来ない。
「忙しいところすまないが、そろそろ手を離してくれないだろうか?この姿勢は腰にくる。」
「っせぇクズ!!」
「はぁ、私も手荒な真似はしたくなかった。少し痛いかもしれないが、我慢してくれ。」
「だから黙ってろって言ってンのが聞こえねぇのかボンクラがあぁあ!!!!」
「ちゃんと聞こえてるさ。」
グッ、ダァン!!
「ッが!?」
突然、化け物の後頭部を強い力で蹴り上げられ、そのままの勢いで地面にひれ伏した。
呻く化け物の背中に誰かが乗っており、カチャと冷たい物を首筋に当てられる。
それは何処にでもありそうな、所々錆びた釘。
乗っているのは、あの客だった。
あの笑顔は何処かに消え、鋭利な瞳を宿らせた真剣な顔で化け物を見下ろす。
全くの別人だと思った。
それほど迄に、目の前の客は違いすぎた。
薄めの唇が開くのを、畏怖する者を前にした人間のように、酷く怯えた表情で見つめる。
開けられた唇からは声にならない言葉が漏れる。
今まで自分よりも強い者に巡り会えた事のない化け物には、この客は“強者”だった。
か弱き者のように身体を震わせ、無様に地面に顔を付ける。
屈辱的な格好。
けれど、何故か安心している自分がいた。
頂点に居続けなくてはならない義務が、窮屈だった肩の荷がやっと降ろせたようで。
カクン、と全身の力を緩め、化け物は顔を見られぬよう前を向く。
「……今すぐ殺せ。俺より強い奴に殺されるなら悔いはない。」
「却下。」
カラン、カラカラ。
今まで脅す為に使っていた釘を、ポイッと簡単に投げ捨てた。
元々見せ物小屋にあった釘。
客の所有物ではない。
化け物の最期の頼みになるはずだった言葉をアッサリ拒否り、グルッと化け物を仰向けに転がした。
トスッ。
客はその上に跨がり、いつの間にか白くなっていた肌に手袋越しに触れた。
この行為に驚く化け物は、またあの顔で笑む客から目が離せなくなっていた。
数分前までは己が捕らえていたというのに。
さすっ、と親指で頬を撫でるが、客は何かに気付いた。
「ああ、そうだったね。」
そう言って右手の手袋を外す客。
再度また化け物に触れようと手を伸ばした時、ゴソ、と二体の近くで物音がした。
振り向けば、気絶していた筈の店主がいた。
口からは唾液やら汚れやらを垂れ流し、鼻水を垂らしたまま両手で後退りをしている。
目からはボタボタと大粒の涙を流し、掠れた声で『助けてくれ、頼む、何でもするから』と譫言のように何度も何度も繰り返す。
フゥ。
忘れていた存在に客は溜め息を吐いた。
上体を起こし、ギンッ!と店主を睨み付ける化け物に店主は一層怯え、隅に縮こまる。
野良犬のように威嚇する化け物の頭に何かが被せられ、視界が暗くなる。
突然の事に困惑する。
引き裂こうと腕を上げるが、誰かの手がそれを遮った。
誰かの顔が互いの息がかかる至近距離まで近づけられ、ビクッと化け物は肩を震わせる。
こんな近くにいるのは一人しかいない。
「時間がない。単刀直入に聞く。
君は戦うのは好きか?」
「…ああ。」
「私の命令をちゃんときけるか?」
「お前が強ければ、従う。弱ければ殺す。」
「誰かと共闘できるかい?」
「相性が良ければな。」
「なら、このローブを着て、私の所へおいで。道は開けておく。
君を待っている。」
パリ…。
その言葉を最後に、客の気配は消えた。
バッ、と頭に被せられていた物を取り払い辺りを見渡すが、醜い店主と蛆虫が湧いた遺体だけ。
手にした物は客が着ていたローブで、まだ温もりが残っている。
最後に言った言葉を思い出し、半信半疑でローブを身に纏う。
化け物には丁度いい大きさだった。
ふと顔を上げると、先程まで何も無かった場所に、大きな穴があった。
それは出口が見えず、黒い渦が渦巻いている見るからに怪しい穴。
ゴゴゴゴ…。
不気味な音が聞こえる。
絶対、入ったら危ない。
そう頭では理解している。
『君を待っている。』
だが、あの言葉が頭から離れない。
この先に、自分を待っている奴がいる。
アイツより強い奴が沢山いる。
ニヤ。
犬歯が剥き出しになるまで口角を上げる化け物。
「楽しそうじゃねぇか。」
ドプン。
化け物は穴に飛び込んだ。
後ろを振り返らず、前だけを見据えて。
新しい世界に一歩、この場合から踏み出した。
―――
とある世界の中に、周りが岩だらけの荒れ果てた土地の中心に聳え立つ、軍の基地があった。
その中はまだ建てられてそれほど日は経っておらず、人が通らない場所には埃や塵が積もっている。
その中の一室、綺麗に片付いた広い部屋があった。
革で造られたソファに一者、中学生くらいの女の子が寛いでいた。
角に細かい細工を施した机の上に置かれた菓子箱。
そこからクッキーを取り出し、小さな口に放る。
モシャモシャと口を動かす女の子の奥に、社長室にありそうな立派な机が置いてある。
机の前に置かれたまたもやデカイ椅子に座る人は、沢山の書類に筆を滑らせる。
「なあなあ平山、新入りはまだか?」
「んー…もうそろそろ、この世界に着いたかな?」
平山と呼ばれた人間は、見せ物小屋にいたあの客。
キッチリ堅苦しい軍服を、空を漂う雲のように柔らかい表情で着こなしている。
しかし、見た目だけでは性別が判断不能。
男性でも女性でも納得できる。
ガタン!
「おお!来たのか!リオア、じゃなかった、私が迎えに行くぞ!場所は何処だ!?」
子供のように勢いよく机に手をついて立ち上がり、瞳をキラキラと輝かせる。
小さな両手に拳を握り、小走りで平山の机に飛び乗った。
「おっと。」
グラリと書類タワーが崩れそうになり、平山は慌てて取り押さえる。
リオアと名乗った女の子も一緒支え、持ち直したところでほっと安堵する。
二人で顔を見合わせ、クスクスと笑いあった。
トサッと背もたれに体を預け、フゥーと長い息を吐いた平山の隣にリオアが回り込む。
「あの子が来たらNameを考えて、妄先輩を誘いに行くか。
それで、後四者。
長いなー。」
「オォ!見えたぞ平山!アイツがそうだな!?あのローブを着てる奴が新入りだな!?」
後ろの窓から基地の外を指差しハシャグ、年相応の無邪気さを見せるリオアに、平山はそっと笑みを浮かべる。
子を見守る親のように優しすぎる眼差しをリオアに向けて。
きっとこれから増える仲間にも、同じ表情で出迎えるのだろう。
カタン。
そこそこデカイ椅子から腰を上げる。
それを合図に、リオアはソファに置いてきぼりにしていた腰刀を手に取る。
鞘に繋がれた頑丈な紐を肩に掛け、腰刀の位置を微調整する。
「出迎えようか。今日から新しい仲間だ。」
部屋の入口の扉を開け、リオアと共に行く。
“出会うべくして出会った者”を、再びこの場に集める為に。




