エノレア・フローレンス
私の、エノレアの記憶は戻らないかもしれない。下手すれば一生、エノレアの皮を被った園守 麗として生き続けるのだ。
部屋から出るセリアさんに最後に一つだけ確認をする。
「セリアさん、記憶を失う前の私は、エノレア・フローレンはどのような女の子でしたか?今の私には昨日までのエノレアの記憶が何も無いけれど、知りたいんです。教えてください」
「そうですね。昨日までのエノレア様は、まるで人形のように表情が顔に出ない方でした。自意識の芽生えていない赤子とも違う、本当に人間なのかと思ってしまう程に。ですから、今のエノレア様が違うというのは誰から見ても明らかなのです。ですが、お優しい方ではありました。今の貴女のように」
セリアさんは感慨深い表情をしながら、部屋を後にした。
誰もいない部屋で物思いに耽る。
記憶が戻らないのならば仕方がない。
きっと、私は自分がエノレアでは無いと何処かで思い続けるかもしれない。それでも、エノレアである以上は私がエノレアとして生きる以上は、彼女がこれから過ごすべきはずだったこの一生を善きものとしようではないか。乙女ゲームの世界でも恋愛シミュレーションの世界でもない、誰のものでもないエノレア・フローレンスの人生を決して悔い無きものとして過ごそうではないか。
そうして、エノレア生活一日目を私は終えた。食事も入浴も今までとは違うことの連続だったがそれでも、過去のエノレアが経験した事なのだからと頑張って馴れることにしていた。また明日、エノレアとして生きる為にも。
そして、夜、深い眠りに私はつくのだった。
「さい」「なさい」「きなさい」
こんな深夜に部屋の中が騒がしい気がする。謎の声に私は意識を研ぎ澄ませる。
「起きなさい」
「はいはい、起きてますよ…」
寝ぼけ眼で返事をする。霊障かしら?
それともエノレアの潜在意識か、そんなことより今日はもう疲れた。また明日にさせて欲しい。
しかし、謎の声は止まらない
「起きなさい、エノレア」
「起きてますよ……」
「起きなさいよ」
「起きてます。むにゃむにゃ」
「じゃあとっとと起きなさい!」
「お母さあん!」
変な声で跳び起きてしまった。いや、誰かに起こされた経験があるものならわかってくれるだろう。人の呼び声は目覚ましになる。というか、どこから?
セリアさんは声が違う。そもそもこんな真夜中に声をかける人なんて普通いないはずだ。部屋を見渡す。さっきまで閉じていた眼はこんな月明かりに照らされた部屋でも、はっきりと部屋を見るだけの明かりに適応されていた。
「上よ上」
謎の声に導かれて部屋の上、天井を見る。
そこには、うっすらと黄色い火の玉がひょうひょうと浮かんでいた。
「火の玉?何、夢……」
「声でわからないなんて、アナタ本当にエノレアなの?それともエノレアを騙る別人か」
「それに関してはごめんなさい、私昨日までのエノレアの記憶一切無いので」
つい謝ってしまった。
確かに私はエノレアだが、まだエノレアとしての自分になれていないのだ。人の声なんて、それこそセリアさんしか判別付いていない程に。
「記憶が、無い!?」
「はい、記憶無いんです。なんか過去の私が記憶を全部飛ばしたらしくって」
「そんなバカな……、あの時私は成功させたはず。いや、それよりも。というか、そんなことよりも!」
火の玉は少し慌てたものの直ぐに落ち着きを取り戻して話を続けた。
「今すぐに私の言うことを聞きなさい。これは命令です。明日にでも直ぐにコネ湖にあるお母様の別荘に向かいなさい。まだ間に合うはずです」
「間に合うって?お母様って、療養してるんでしょ?まさか…」
嫌な想像を掻き立てる私を火の玉がすぐさま嗜める。
「何を勘違いしているのですか、お母様を救う為にです。良いですか、これより四日後、大雨がお母様のいる別荘を襲います。必ず助けてください」
「助けるって、私がそこまでいけるの?」
「大丈夫、馬車を用意させてください。文言は…そう、予知夢を見たと。そして、貴女も必ず一緒に行ってお母様を説得してください。きっとあの方は私が行かなければ別荘から離れるのを渋るでしょうから」
火の玉がどんどんと消えていく。夢から覚めるからだろうか?
今にも消える火の玉に、最後、一つだけ聞くことにした。
「貴女は誰なの?なんでその事を」
「私はエノレア、エノレア・フローレン。未来のアナタ…なはずです」
「はずってなに?!」
「お願いします、またいずれ、絶対に…必…会う………」
段々と弱くなる火の玉と共に途切れる声の主、そして完全に火が消えると共に、私はまた深い眠りについたのだった。




