園守の目覚め
例えば、誰しもその日の夜疲れ過ぎて眠りについた次の日、朝目覚めると一瞬記憶が無くて今いるここがどこだか判断するのに時間がかかることがあるだろう。
つまりは、私にとって今がその時である。
私は知らない天井を見つめていた。暖かく気持ちのよい朝日とマシュマロのようにふかふかなベッドに包まれて目覚めた白い部屋は、私がこれまで生きていた記憶の中には一つとして存在しないものだった。
念の為に昨日の記憶を思い返してみても、昨夜どころか学校へ登校する早朝までの記憶しか存在せず、まるで狐に摘ままれたような感覚が芽生えた。
逆に言うと一つ確かなのは、私は学校に辿り着いた記憶すら無いという更に不安を煽る材料が手に入ってしまったことだけだった。
少し重い頭を持ち上げ横になっていた体を起こすと、目の前に鏡が立て掛けてあった。そこで私の目に飛び込んできたのは、私の知らない姿、明るい髪色をした長髪で小学生ほどしか無い女の子の体だった。
「うそ…、誰この子」
思わず声が漏れた。しかし、その声も普段の私からは絶対に出ることの無い小鳥がさえずるように可愛い声。そして、聞いた事の無いはずなのにも関わらず、いつも使い続けていたみたいにちゃんと理解出来る言語。
ここに今、一つの仮説が思い浮かぶ。
信じられない事に、理由はわからないが私、園守 麗はどうやら異世界に転生してしまったらしい。まだ今日のお昼も食べていないと言うのにだ。今日のお弁当は天塩に書けて作った卵焼きだと言うのに。悲しすぎる。
そもそもここはどこなのだろうか、こういう感じの異世界に転生するなら普通は何かしら知っている場所に転生するはずじゃないのか?
例えば乙女ゲームの世界とか。
苦境や困難を乗り越えて輝かしい未来を掴む主役でも、いずれ破滅してバットエンドを迎えるような悪役でも何かしら前情報が用意されてから物語が始まるものじゃないのだろうか。それがなんだ、この見知らぬ少女は。この乙女ゲーム世界のモブなのか?
いや、モブにしては綺麗な顔立ちをしている。きっと力の入ったモブなんだろうな。ちゃんと人気が出るタイプだ。人気投票でも意外と良いところにランクインするんじゃないだろうか。逆に、数年したら恋愛ゲームの攻略ヒロインだったりするんじゃないか?
むしろ乙女ゲームのキャラよりは恋愛シミュレーションゲームの攻略ヒロインになりそうな程の美しい顔だ。……まあ、どちらにしろ私には一切思い当たる節が無かったのだが。
そもそも私には乙女ゲームの知識も無ければ恋愛シミュレーションの知識も無い。
テレビゲームも基本は体を動かすタイプか冒険アドベンチャー系のゲームしかやらないし、ソーシャルゲームで考えれば確かに、一般的な目線で言うならゲームの可愛い女の子が好きではあるが、恋愛ゲームをする程かと言われたらそこまでのめり込む程でも無い。
正に八方塞がりである。
しょうがない、どうせこのベッドの上で寝ていても情報が無いのであれば、この部屋を物色しようではないか。きっとこの少女もとい私に関わる物的証拠が出てくることだろう。
しかし、さっきから部屋に誰もいないところを見るに私が前世(?)の記憶を思い出す理由は強いショックを与えられたからでは無さそうだ。強いショックによるものならば私が嫌われていない限りは侍女の一人や二人が見舞いなり看病なりしてくれているはずだからだ。私が嫌われていない限りは!
意を決してベッドから降りようとしたその時である。廊下の方から一歩一歩確かに靴を床に着けながら歩いてくる誰かの足音が聞こえた。
母親か、あるいは侍女であろうか?
もしかすればこの部屋に入ってくるかもしれない。どうする、部屋に入ってこられる前にベッドへ横になって、今起きたばかりを装うべきだろうか。それとも、記憶を失った事を打ち明けて、この世界の常識を仕入れるべきだろうか。考えようとした私を待たずに部屋のドアが開く。
「おはようございます、エノレア様。お体はご無事でございますか?」
一人の侍女が冷静な立ち振舞いで開けた扉のすぐ先で少女に朝の挨拶をしてきた。
「おや?意識が直ぐに快復されたと言うことは余り心配はしなくても良かったご様子ですね。ならば幸い、本日も善き一日を過ごしていただきます」
私の姿を確認した侍女は、その一言を言うや私の返事を待たず部屋に入り、ベッドの横にあったタンスから着替えを取り出し私のパジャマを脱がせ始めた。
その状況に私は取りつく島も無く呆気に取られてただ彼女の為すがままにされるのだった。




