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第2話 チセ―Remember Me/03

本作は『電界駆動コード・フレームワーク ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。


少しでも読みやすくなってれば幸いです。

    【Present Day】 


 それが、私の記憶だ。


 わたしの子供の時の記憶だったと思う。

 その頃の思い出…… 幸せな思い出だったと思う。


 でも、今のわたしは、必要なものを選んで買う生活をしている。

 それが、人間の普通だから。

 

 だけど…… 本当にそう思っているのかな。


「いいじゃん! ほら、ちょっとだけ!」


 カズは無邪気にせがむ。


 わたしは少し迷った後、手のひらを開く。


「しょうがないなぁ……」


 ゆっくりと、指先に意識を集中する。

 瞬間、空間がわずかに揺れ、淡い光が浮かび上がる。

 

 それは、データの断片を瞬時に構築する。

 わたしだけが使えるちょっとした技。

 子供たちは目を輝かせる。


「すっげえ……!」


「きれー……!」


 わたしは、光の形を変えながら、空中でゆっくりと回転させる。

 ただの小さな遊び。

 でも、子供たちは夢中になって見ている。


 わたしはふと、思う。

 ――これは、わたしにしかできないこと。


 人間たちは、こういうことをできない。

 わたしは、この世界のルールを少しだけ変えられる。

 

 人間にはできないことで目立つのはよくない。


「もう終わり。これ以上はダメ」


 わたしは手を閉じ、光を消す。


「えー!」


「また今度ね」


 わたしは少し微笑んで、HODOの港へ向かう道を歩き出した。

 HODOの港へ向かう道を歩きながら、街の喧騒が少しずつ遠のいていく。

 

 ここは、メサイア・パシフィックゲート第1セクターの真下に位置する第3セクター。

 

 まるで吊るされたようにぶら下がる七階層の港町だ。


 外縁部にはライナーのドックが連なり、巨大な船影が港を埋め尽くしている。

 昼間は補給やメンテナンスで賑わうが夜になるとほとんど人影はない。


 私は港湾部へと入り、ちょうど停まっていた貨物エレベーターに乗り込む。

 吹きさらしのプラットフォームには誰もいない。冷たい風が頬をかすめる。


 エレベーターの内部は、車両が数十台は積めるほど広い。

 けれど、今は私ひとりだけ。だだっ広い鉄板の上に、ぽつんと立っている。


 どこかのライナーが出航したのか、微かな低音の振動が足元に伝わってくる。


 エレベーターがゆっくりと沈み込む。

 港の向こう、地平と空の境界に、細く連なる光の帯が浮かんでいた。


 ワイヤーフレームのような細かなラインが、仮想世界の地形を縁取っている。

 

 一部のエリアでは、データの発光現象によるちらつきや歪みが見える。

 

 遠くに停泊するオーシャンライナーの巨大なシルエットが発光するデータラインの残光を映しながらゆっくりと揺れていた。


 この世界はリアルに見えて、どこまでもデジタルだ。

 でも、わたしにはこの光景が「当たり前」だった。

 そして、その光を見て、ふと別の記憶が蘇る。


     【Flashback】


 光の帯が空を裂いているようだった。

 それはエクス=ルクスの空に滲む、異常な発光現象だった。


 集落の周囲には、普段とは違う揺らぎが見えた。

 ノイズのように細かく瞬き、時折、データの流れが乱れる。


「……この揺らぎ、何?」


 私はあのとき、担当にそう尋ねた。

 けれど、彼はゆっくりと首を振っただけだった。


「わからない。でも、気をつけなさい」


 データの乱れ。

 光の歪み。

 それは、何かが近づいている前兆 だったのかもしれない。


     【Present Day】


 空中に、地平に、コード・ベース(処理機関)が発生させる光がいくつも帯を引いている。

 人の世界で生きるようになり、この光はもう日常だ。


 あの日見た光は、何倍も大きなものだった。

 

 あの光はおそらくこのコード・ベースの発生させる干渉光がエクス=ルクス周囲の何かと影響しあった現象なのだろう。

 

 そんなことを考えているうちに、貨物エレベーターが、低い振動音を立てて停止する。

 私は、ゆっくりと瞬きをした。


 どこか遠い記憶。

 けれど、それを追いかけるには、時間が足りなかった。


「さて…… 行こう。」


 わたしは一度息を吐き、歩き出す。


 私たちの(ライナー)であるジクサーがすぐそこだ。


 停泊している波止場に入ると、既にアルマナックのメンバーたちが動き始めていた。

 データのチェックと補修が進んでいる。

 そのためび、スパークする火花のような瞬き、プロセスチェックのたびに低く駆動音が唸る。

 

 ジクサーの甲板には、アジエが腕を組みながら、スミーと何やら話し込んでいた。


 アジエ・ジンガノはアルマナックのメカニックのチーフだ。

 メカニックの多くは彼女のことを機関長と呼ぶが、私はアジエと呼んでいる。

 一部のメンバは陰で()()()()()()と呼んでるらしい。

 

 でも、アジエはママと呼ばれるとものすごい怒る。

 ……まあ、それでも困ってるやつを見捨てることはない。

 だからこそ、みんな陰でそう呼ぶのだろう。


 わたしよりもずっと背が高く、特徴的な房のような頭髪がキャップからはみ出して垂れている。

 ドレッドロックスという髪型。

 濃い褐色の肌と目尻がキュッと上がったアーモンド型の目、しなやかな体のライン――。

 

 黒豹という生き物を連想させる。


 スミーはAIだ。

 柳橋(リーダー)が捨てられたテリトリーの要人警護用のSPモジュールをレストアしたものらしい。

 

 アルマナックではリーダーの用心棒兼、一等航海士。

 ジクサーの操舵はスミーがしている。


 でもアジエが言うには、リーダーのレストアは雑すぎて、「アバターがまるでガキの落書きレベルだった」と怒っていたらしい。

 結局、呆れたアジエが今のスミーのアバターを仕上げたと聞いている。


 背の高いアジエよりも頭3つ分大きい、ブロンズ色のボディ。

 ゴツゴツとした分厚い装甲に、太い手足。

 顔は四角いパーツに、上下に並ぶツインアイ。

 

 肩や関節にはむき出しのギアやシリンダーが組み込まれていて、見た目はゴツいけど、動きは無駄なく滑らかだ。

 スチームパンクデザインというらしい。


 見上げていたわたしにアジエが気がついた。

 余裕ありげに顎をしゃくる。


「Yo! チセ! 遅かったじゃんよ。」


 アジエが顎でこちらを指す。

 私は挨拶がわりに手をあげた。


「来たそうそう悪いけど、CFのほうやっつけておくれ。 バカの宿六のおかげでケツカッちんだ。 ガキども来る前に終わらせたい」


 CFはコード・フレームワークの略称だ。

 ついでにバカの宿六とはリーダーのことだ。

 アジエはリーダーのことをよくそう呼ぶ。

 他にはバシとも呼ぶ。

 

 リーダーをそう呼べるのはアジエだけだ。


 わたしはあげた手の平の人差し指と親指で丸を作って答えた。

 親指を立て、アジエはウィンクで返してきた。

 次の瞬間、スミーに向き直り、目を吊り上げる。


「Hey!  スミー。 バシに言っときな、何も出なかったらブッコロス!」


 スミーはやれやれというジャスチャーをした。


「アイアイ、キャプテンに伝えとくよ」


 そう言うと、ガッシャガシャと音を立てながらブリッジの方へと戻っていく。

 アジエも「フンっ!」と鼻を鳴らし、機関室の方へ踵を返していた。


 さあ、わたしも仕事に取りかかろう。


 ロッカールームに入り、作業服を手に取る。

 カジュアルな服装から、メカニック用のジャンプスーツへと着替える。

 前を開いて袖を通し、ジッパーを上げる。


 本当なら、こんな手間はいらない。

 わたしなら、データを操作して、一瞬で服装を切り替えられる。


 でも、それは違う気がする。


 布の感触、ジッパーの音、締まる感覚―― わたしは、それが好きだ。

 こういう変化を、わざわざ手で行うことで、自分がこの場所に()()ことを確かめられる。


 CFハンガーに足を踏み入れた瞬間、わたしは目の前にそびえる巨体を見上げる。

 

 整然と並ぶコード・フレームワークの影。

 わたしが手を入れる機体―― 三体の巨人。


 CF―― コード・フレームワーク。

 

 全高十五メートルから三十メートル、人型でパイロットが乗り込む形で操作する、インター・ヴァーチュアにおける身体拡張プログラム。

 ようするに、人型の機械……乗り物(ロボット)だ。


 整備用プラットフォームに登り、情報を呼び出した。


 空間に浮かび上がるディスプレイにはコード・フレームワークの状態データが表示される。

 

 TEMP領域の余裕率。

 関節部の応答速度処理。

 フレームのデータ摩耗率――。

 

 それらの数値を見ながら、片手を宙に掲げる。


 指先でコードを直接呼び出し、空中にデータのフレームが展開される。


「右膝のアクチュエーター、遅延……」


 原因は明白だった。

 非同期処理の考慮不足で作られたゴミファイルによる圧迫。

 

 動作範囲の微調整不足、それから―― コードの記述ミス。

 

 わずかなズレが機体のパフォーマンスに致命的な影響を与える。


 指を動かしデータラインを書き換える。

 修正した瞬間、機体の応答がわずかに変化する。

 センサーが揺れて関節部の駆動音が微かに変わる。


 手のひらの操作でコードの断片が浮かび上がりエラー部分を修正するたびに機体の応答が変化していく。

 

 最小限の調整で、最大限の効率を引き出すこと――。

 それが、わたしにとってのメンテナンスだった。


「……よし」


 機体の外装パネルを外し、内部に絡み合う配線とシリンダーを覗き込む。


 そのとき―― ふと、視界が揺れた。


     【Flashback】


 空が赤い。

 それは、ただの夕焼けではなかった。

 不自然なほどに、焼けつくような色だった。


 影が揺れる。

 巨大なシルエットが、空を切り裂くように進んでくる。


 それは、空に浮かぶ黒い影。

 星明かりさえ覆い隠し、虚空に沈むような暗黒の塊。


 その瞬間―― 光が降る。


 轟音が空間を引き裂き、圧縮されたエネルギーが降り注ぐ。

 振動が地面を這い、データの波が耳鳴りのように軋む。



「――――――ッ!」


 風が巻き起こる。

 熱と衝撃波が、津波のように押し寄せ、すべてをなぎ払っていく。

 爆発の閃光が広がる中でノイズのように情報が乱れ、音が途切れる。


 エクス=ルクスの構造体が、一瞬で崩壊する。


(……何が……起こってる……?)


 データの波が歪み、光が走る。

 目の前の建物が、存在ごと削除される。


「チセ!」


 担当の声が、意識の奥で直接響く。

 耳ではなく、波として伝わる緊急信号。


「今すぐ、ここを離れろ!」


 視界が混乱する。

 崩壊する街、破壊される仲間たち。


 その上空―― 爆炎の向こうに、黒いシルエットが見えた。


 それは 黒い巨人 だった。


 太く、分厚い装甲。

 鋼鉄の塊のような、重くのしかかる巨体。

 異様に大きな腕、その先には回転する銃身が見える。


 黒い影が跳ぶ。あの音――。

 腹の奥まで響く、重い律動の駆動音。

 金属が擦れるような甲高い起動音と混ざり合う。

 その瞬間、データの波が乱れ、視界が歪む。


 あの音が聞こえたときには、もう遅い。


「チセ!」


 担当が、チセの腕を掴んだ。


「走れ!」


 視界の端で、黒い巨人が跳躍するのを見た。

 巨体とは思えない速度で、こちらへ向かってくる。

 データを食らう怪物みたいに、あの重低音を響かせて……。


 爆炎が広がる。

 データの波が狂い、周囲の構造体が次々と崩壊していく。


 わたしはただ、走った。


 どこへ向かうのかも分からない。

 ただ、担当に手を引かれながら、光と衝撃の間を駆け抜ける。


 目の前の道が裂ける。

 建造物が崩れ、崖のように陥没する。


「こっちだ!」


 担当がわたしを引っ張る。


 視界の端で、黒い巨人が動いた。

 振り向いた瞬間、あの視線がこちらを捉えたような気がした。

 ――ありえない。

 けれど、ゾワリと背筋を駆け上がる感覚が残る。


 分厚い装甲が軋み、鈍く光を反射する。

 その瞬間、地面が震え、次の一撃を放つために姿勢を変えるのが見えた。


(……ダメだ、間に合わない)


「チセ! 行け!」


 担当が、手を離した。


「え……?」


 その瞬間、担当の姿が光に包まれた。

 かつて、わたしは光を紡ぎ、言葉を伝えた。

 でも、あの時の光は違った。

 すべてを奪い、断ち切る光だった。


「――――――!」


 消失する存在。

 断裂する波。

 伝達が途切れる。


 わたしの中の何かが引き裂かれる。


     【Present Day】


「……ッ!」


 はっと息を呑んで我に還る。


 視界に広がるのは、コード・フレームワークの内部。

 光を反射する金属、整然と並ぶ配線に見えるが、実際にはコードの塊だ。


「………………」


 自分の手が震えていることに気づく。


「行け!」―― 。

 

 その声が意識の奥で反響しかすかに残る。

 あの黒い巨人の起動音もまだどこかで聞こえる気がする。


 幻聴なのか、記録の残響なのかそれはわからない。

 けれど、その声はまだ耳の奥にこびりついていた。


 過去のデータが錯綜し意識の奥で波打っている。


(もう、過去は過去……)


 深く息を吐き、意識を作業に戻す。

 わたしは端末を見下ろし、指を動かす。

 

 プログラムを修正すること、それは……わたしができること。

 

 コードの記述を進めながら、余計な思考を削ぎ落としていく。

 わたしは、ただ今の仕事をするだけ。


 それが、今のわたしの生き方だから。


 ()()()()()と思う。

 

 でも、手のひらにはわずかに震えが残っている。

 それがデータのバグなのか、わたしの中の何かなのかはまだわからない。


(修正完了――エラークリア)

 

 画面には正常な数値が並ぶ。

 それなのに、わたしの指先の感覚は、どこかズレている気がした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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