断章 王の闇/04
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
支配者ラリー・ゴールドマンとの初対面を終えたヴァイロン・アークライトは、エントランスから会議スペースへと場所を移した。
会議テーブルは、金属製の分厚いU字脚に樹脂製の極厚天板を載せた特注の巨大モデルだ。
その両端に向かい合う、親子ほど歳の離れた二人の経営者は、あらゆる意味で対照的だった。
黒い装束の老年の男は、両肘を肘掛けに預け、右手で顎髭をゆっくりと撫でながら、椅子に深く腰を据えている。
くだけた服装の若い男は、背もたれに体を預け、足を組み、左の人差し指をこめかみに当てたまま、床に置いた左足を支点に椅子を緩やかに揺らしていた。
急成長中の新興企業の経営者の隣には、眼鏡の奥に異様に明るいアンバーの瞳を宿した東洋系の女性秘書が一人、知的でありながら大胆な装いで静かに座っている。
一方、現実世界でIT分野を一代で制した男。
インター・ヴァーチュア成立後は、仮想領域でも支配者と揶揄される巨大企業の最高経営者――。
その側には、テーブルの端までスーツ姿の役員やアシスタントが男女入り混じって整然と並んでいた。
「君の会社は、なかなかにユニークだな」
ラリー・ゴールドマンは周囲を一瞥した。
渋面を貼りつけた部下たちとは対照的に、本人だけがどこか愉快そうに口角をわずかに上げている。
会議スペースと呼ばれるその場所は、密閉された部屋ではない。腰の高さほどのパーティションに囲われているだけの、エントランス直結のオープンエリアだ。
巨大なオフィス空間の一角に、意図的に切り出された空白。
その外側には、自由な服装のPROMETHEX社員たちが半円状に集まり、自然発生的なギャラリーを形成していた。
移動の最中から人数はじわじわと増え、ゲストが席に着く頃には、周囲は完全に観衆の輪となっている。
「ええ、うちはオープンが売りなんで。 ――まあ、ご安心ください。ご覧の通り、マナーは徹底しています」
ヴァイロンはそう言って、会議スペースの頭上を指さした。派手な色彩のホログラム警告文が浮かんでいる。
LIVE MEETING – KEEP IT COOL(会議中 ― 冷静に)
Quiet, please.(お静かに。)
Confidential stuff being discussed.(現在、機密事項を扱っています。)
You’re on the inside — behave like it.(あなたは当事者です。自覚ある行動を。)
スタッフたちは、まるでフェス会場のような熱を帯びていながら、不思議なほど静寂を保っていた。
ヴァイロンの軽い態度と、興味本位で会合を取り囲む社員たち。
その光景に、ゴールドマンの横に控えるメサイアの堅物じみた従者たちは露骨に苛立ちを滲ませる。
だが、そのアンバランスさに支配者は動じるどころか、むしろ面白がっているようだった。
器が違う。
「さて、ご老体。そろそろ本題に入りましょう。 この新参企業に、何をお求めですか」
姿勢を崩さぬまま椅子を左右に揺らしながら、ヴァイロンは切り込む。
「話は簡潔に行こう、ヴァイロン君。 近くV3を解体し、新たに二社を加えたV5を計画している。 加わるかね?」
(おっと…… そう来るか)
ヴァイロンは椅子の動きを止めた。
ほんの一瞬、空気が揺れる。
ゴールドマンの隣に座る男が腰を浮かせ、慌てて口を挟んだ。
「会長、このような場所でその話は――」
一瞥もくれず、支配者の右手が静かに上がる。
それだけで、役員と思しき男は口をつぐんだ。
「他社の流儀に口を挟む必要はなかろう。 ヴァイロン社長は、わきまえておられる」
「はっ……」
男は短く応じ、椅子へ座り直す。
ゴールドマンは視線を外さない。
「ヴァイロン君。如何かな?」
ヴァイロンは背もたれに体を預け、頭の後ろで腕を組む。
「お聞きしても?」
「何かね?」
「二社加えるという話ですが、プロメテックス以外はどこです?」
「八咫の門ホールディングスだ」
ヴァイロンは視線を宙へ泳がせる。
妥当なカードだ。
短く思考し、支配者を見据える。
「わかりませんね、ご老体――」
ありきたりだ。
だが、確認する必要はある。
「独自規格の宝庫である日本の技術企業が連合した複合企業、八咫の門という線は理解できます。 ですが―― 新興のうちが、そこに並ぶ理由は?」
明確なカマかけだ。
プロメテックスの別の顔。
ヴァイロンの嗜好を知ったうえでの訪問なのは明らかだった。
確かに、仮想世界の支配体系への参入は魅力的だ。
だが、ヴァイロンにとって参加するか否かは本質ではない。
近道を選ぶか、遠回りを楽しむか。それだけの差だ。
これまでのV3に八咫の門が加わる。
そこに名を連ねることは、パワーゲームという重石を抱えることでもある。
ヴァイロンは、支配者がプロメテックスをどう評価しているのか――。
その一点を測ろうとしていた。
「私は今のところ、獅子と事を構えるべきではないと考えている。 反応もまたビジネスだが、強すぎる反応は時期尚早だ」
ラブレスの瞳が、ほんの一瞬だけヴァイロンを窺う。
「御社の在り方が、V5における個の突出を抑制する役割を果たすと私は見ている。 本音を言えば―― 君のマネージメントを視界の内側に置けることは、私にとって安心材料なのだよ。 ……答えになったかな?」
取り巻きたちは主の言葉の真意を理解していない。
ギャラリーも同様だろう。
この場で意味を正確に読み取っているのは、ゴールドマンとヴァイロン、そしてラブレスだけだ。
ゴールドマンは知っている。
ヴァイロンが―― 退屈だから火をつけたがる男だということを。
だからこそ、支配者を演じる盤上に座れ、と言っている。
今は暴れるな、と。
利用価値は認める。
だから加われ。
実にストレートだ。
参加しない場合をヴァイロンは計算する。
その場合、相手にするのはメサイア。
ひいては、この支配者その人だ。
直接戦だ。
――現時点では、非効率。
「よーく、わかりました。いいですよ。 お受けしましょう」
その瞬間、ゴールドマンは目を細めた。
準備が足りない。
ならば、盤上に上がる方が早い。
「その代わり、いくつかお土産をいただきたい」
「ほう。なぜかね?」
「ご期待に応えるためですよ。 なんせ我が社は、皆さんと比べれば赤子同然ですから」
ヴァイロンはわざとらしく両手の平を見せる。
「支配者の先輩方や、日本の大手とのアドバンテージを埋める材料は欲しいでしょう?」
「聞こう」
黒い装束の男が低く応じる。
「まず一つ。 V3―― これまであなた方が交わした会話、決定事項、そのログを全ていただきたい。 内部秘も含めて」
「理由は?」
「予習です。 どうせその椅子に座るのです。 過去の秘密も含めて、何をしてきたのか知っておきたい」
ヴァイロンは、にやりと笑う。
「……なんてね。 格好をつけましたが、ぶっちゃけただの好奇心です」
ゴールドマンは肘掛けの上で指を数度、静かに叩いた。
「一つ、と言ったな。ほかにもあるのかな?」
「メサイアが封印しているというオズのラボにアクセスしたい」
空気が張り詰める。
ただし、それは当事者ではなく、周囲の反応によるものだ。
当の支配者は、涼しい顔を崩さない。
「噂話の類だな。 ……理由を聞こう」
「何か面白いものがあるんでしょう? オズが遺した奇跡を覗いてみたいだけですよ」
ゴールドマンは小さく笑った。
「奇跡とは、軽々しく使う言葉ではない。 ……君にとって奇跡とは?」
「市場価値になるものです」
即答だった。
ヴァイロンは再び椅子を揺らす。
ゴールドマンは目を閉じ、短く息を吐いた。
「私が想定した以上に、君は危険だ」
ヴァイロンはその反応を楽しんでいる。
どうせ懐に入るのだ。
猫を被る意味はない。
「奇跡には、市場に出すべきものと、出すべきでないものがある」
「これも好奇心ですよ。 僕はね、救い主様がどんな奇跡を所有しているのか、ビジネスマンとして興味がある」
「理解はできる。 だが―― 知るべきものと、そうでないものについては、今後V5で語ろう」
「あぁ、やっぱりそういうオチですか」
嫌味を込めた笑み。
ゴールドマンはそれを穏やかに受け止める。
「ログは全て提供しよう。 だが、噂話は別だ」
「いいでしょう。 それであなたのゲームに乗りましょう」
二人は同時に立ち上がった。
ヴァイロンが右手を差し出す。
ゴールドマンがそれを握る。
「でもね、ご老体。 僕は売る価値があると判断したものは、どんな禁忌でも売りますよ」
ゴールドマンにだけ届く声。
「新たな管理構造へようこそ。 君が市場に出す価値があるかどうか―― 私も見極めさせてもらおう」
支配者は静かに微笑む。
目だけが、冷たい。
こうして、現実世界に確固たる基盤を持たぬ企業――。
PROMETHEXは、仮想現実世界の支配の席に加わった。
読んでいただき、ありがとうございました。




