第3話 No one knows/06
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
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パンドラ・グローブ/密林/スヴァルトピレン
泥を蹴り上げながら、ジェリー・ザ・キングのスヴァルトピレンは密林を疾走していた。
ドン。
大型の|シングルコード・ヘッド《単気筒》が叩き出す、重い鼓動。
ドン。
ハマーのボクサーツインよりも、さらに低く、さらに深い。
だが、その出力とは裏腹に、機体は流れるように軽い。
黒とガンメタリックのフレームは無駄を削ぎ落とし、処理機関が生む強力な処理境界が外殻の代わりを果たしている。
なまじのアーマーカウルなど、比較にならない。
背後には、南部の帝王配下のCFが数機、距離を保って従う。
だが、速度はキングに合わせているだけだ。
主役は、常に先頭。
パイロットシートでキングはIPSの配置情報を確認し、舌打ちする。
「メサイアめ…… 配置を変えてねぇ」
アルマナックの情報は流した。
だがIPSは、定常ルーティンのままだ。
(舐めてやがる)
だが、だからこそ読める。
アルマナックは馬鹿ではない。
陥没口に正面から突っ込むような愚かなことをするわけがない。
侵入経路は限られる。
「ボス。 北側露出部は形跡なしです」
「そのまま張っとけ」
報告を切りながら、キングは残るポイントを確認する。
ニヤリと口角が上がる。
「……当たりは、俺かな?」
ドン。
鼓動が、わずかに速くなる。
密林の奥――。
キングは確かな獲物の臭いを嗅ぎとっていた。
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パンドラ・グローブ/陥没口から南西部/遺構露出ポイント
悠は、半円球モニタ越しに眼前の巨大な壁を見上げていた。
露出ポイントへ到達してから、すでに数分が経っている。
γは壁面に取りつき、チセは無数の空間ディスプレイを展開して解析を進めている最中だ。
最初に触れた時の感触を、悠は思い返していた。
HODO5層から4層へ続くあの断崖を、ほんの少し思い出す。
だが、あれは切り立った壁だった。
目の前のそれは違う。
丸みを帯び、外へ張り出し、こちらへ覆いかぶさるようにオーバーハングしている。
視界いっぱいに広がるそれは、巨大なチューブ状構造物だった。
どういうわけか、樹々の根を押し上げ、地中から露出している。
γが両手をつけた時、フレーム越しに伝わった振動は硬質だった。
金属だ。
そう判断した。
だが――。
近くで見るほど、それは金属というより皮膚に近い。
滑りのある光沢。
湿り気を帯びた、なまめかしさ。
表面には血管めいた管が走り、凹凸は鱗を思わせる。
人工物のはずなのに、生き物の腹を覗き込んでいるようだった。
昔見た古いSF映画を思い出す。
薄暗い荒野。
顔に張りつく寄生体。
(……ああいうの、出てきたら笑えねぇな)
胸を突き破る怪物のシーンが脳裏をよぎり、悠は小さく顔をしかめた。
だが同時に、この構造物にはどこか趣味めいたものも感じていた。
いかにもわざとらしい。
映画同様、演出が過ぎる。
その時、悠の視界の両脇を、空間ディスプレイの縁が侵食していく。
さっきから、少しずつ増えている。
チセは悠の背中から身を離して、γの手をインターフェイスとして内部構造を読み取っていた。
コード・フレームワークを媒介に直接データへアクセスしているらしい。
悠はそんな使い方ができることすら知らなかった。
振り返ろうとした瞬間――。
「気が散る! こっちみんな!」
いつものチセだ。
悠は口をへの字にして正面へ向き直った。
その後頭部を、チセは一瞬だけ見つめていた。
もう振り返らないと確認すると、小さく息を吐く。
再び視線を戻す。
ドーム状に展開した数十のディスプレイ。
視界を埋め尽くす、二進の洪水。
『11001100 00110011 00000010 00000001 10110010 01000101 00000000 00011000 01100110 10101101 00100101 11101001 01011100』
全画面に高速で流れている。
最も軽量で、最も高速な読み書き形式。
一つならまだしも、これを数十同時に読むにはチセにも全力が必要だった。
できれば、その姿は見られたくない。
そもそも、グラフィカル・ユーザ・インターフェイス無しで読める理由を説明するのは面倒だ。
それに、強くDQLの力を使えば“特徴”が出る。
おそらく今も、瞳の輝度は上がっている。
頭髪も、わずかに発光しているかもしれない。
エクス・ルクスを離れてから、同胞に会ったことはない。
だから、これが姿を変えたDQLの特性なのかどうかも、わからない。
気づいたのは、アルマナックに入った直後。
大破したγを修理していた時だ。
薄暗いコクピットで作業に没頭していたら、周囲がぼんやりと明るくなっていた。
光源は―― 自分だった。
今では、どの程度の出力で、どのくらい集中すればそうなるのかも把握している。
それ以来、できる限りメカニックの仕事は一人で行うようにしている。
『ちょっと、けっこうかかってるけどどんな塩梅なんよ』
γの半円球モニタに表示されたウィンドを一瞥し、瞬き一つで映像だけをカットした。
『ありゃ? 映像入んねーけど?』
「チセがすげぇ勢いでディスプレイ開いてるんだ。それでじゃないか」
ホークのケイトからの通信に、悠が答える。
チセはほんの少しだけ便乗した。
「この子、パワーないからね。処理はほとんど解析に回してる。映像はつながらないかも」
『ハハッ、チゲーね』
ケイトの笑いに、悠の舌打ちが小さく重なる。
「でもさ、実際どうなんだよ。何かわかったのかよ?」
悠の問いに、チセは一瞬だけ手を止め、顎に指を当てた。
――何かわかったのか。
難しい。
「なんだろう……露骨にあからさまな仕組みなんだよね、これ」
『露骨って、何がよ?』
「防衛ってさ、戦力を相手に合わせて徐々に強くなるって普通?」
「ないない……。 拠点防衛なら、そもそも入れないようにするのが目的だ。 攻めてきたら総力で迎え撃って無力化、それが普通だろ」
「だよね――。 でもこの施設の防衛機能、段階的に強くなる設計みたい」
チセはディスプレイの一つを拡大する。
「特定地点に強力な防御兵器を配置して、それを突破すると新しいエリアが解放される。 しかも、それまでの戦闘結果に応じて出力や配置が調整されてる」
『なによそれ? 随分ロマン溢れる仕掛けじゃね』
ケイトの呆れ声に、チセは内心で頷く。
「ロマン…… というより、これって、防衛じゃないよね」
「まるでゲームだな」
悠が放ったゲームというキーワードにチセは首を傾げた。
「ゲーム?」
「ああ、話だけ聞いてると、まるでレイドでローグライクってやつだな」
『ああー、あれか。 人集めてひったすらダンジョン潜って、死んだらやり直しってやつだっけ』
「それそれ。 フェデレーションは三年もハックアンドスラッシュってか。 笑えない話だな」
チセにとっては、聞き慣れないキーワードばかりだ。
「ハックアンドスラッシュってなに?」
「ひたすら敵を叩き切ってして、めった切りして戦闘を勝ち進めるゲームのこと、略してハクスラっね。 ゲームのジャンルだよ」
「レイドは……?」
「大規模なチームで強力なボスを倒しにいくゲームコンテンツ。 拠点の強襲ってこと」
悠は「うーんっ」と首を傾げた。
「グレート・オズってゲーマーだったっけ? まさか、このダンジョン、無限に生成されるとかないよな」
「無限に生成って、どういうこと?」
「この手のジャンルってさ、ひたすら続いてゴールがないんだよ」
チセの声に悠はまたちょっと小首を傾げて答えた。
後から見ていると、ちょっと仕草が面白い。
「クリアはないし、死んだら終わりだろ。 ってことはこの手のジャンルは腕を競うやり込みゲームでさ、アイテムがご褒美ってより、達成感と満足感が目的なんだ……」
悠は一瞬だけチラッとこっちを向いて、すぐに前を向いた。
「だからさ、知らずに見返りを期待して手を出すと、割に合わないんだよ」
この施設になにかがあると、フェデレーションという組織は三年も挑み続けていると言う。
だとしたら、それってまるで、嫌がらせじゃないかとチセは思った。
それに無限に生成――。
それはまるで――。
チセの指先が、わずかに止まった。
無限に生成される?
違う。
生成というより―― 展開だ。
ディスプレイに流れる位相ログを追う。
空間容積の総量は増えていない。
増えているのは接続のパターンだけだ。
同じ規模。
同じ密度。
だが、接続の意味が毎回ずれている。
折り畳まれている。
そう考えた瞬間、胸の奥がざわついた。
巨大な空間を内包し、必要な部分だけを展開する。
観測された箇所だけが確定し、それ以外は未確定のまま保持される。
それは――。
チセは自分の内側に意識を向ける。
プライベート空間。
自分だけがアクセスできる、小さな折り畳み領域。
必要なときだけ展開し、不要になれば閉じる。
容量は有限。
だが、外から見れば存在しないも同然。
仕組みは似ている。
だが、規模が違う。
これは個人の補助領域ではない。
都市ひとつ、いや、それ以上を包める規模。
(そんなリソース…… どこから)
演算基盤がいる。
巨大な量子演算層。
常時維持できるだけのエネルギーと安定した位相管理。
折り畳まれた本来の空間が必要だ。
チセの喉がわずかに鳴った。
(……これ)
故郷。
エクス・ルクス。
あの場所も、通常地理の上には存在しなかった。
座標はあった。
だが、展開条件を満たさなければ外からは辿り着けない場所だった。
常時非展開。
観測と条件が揃ったときだけ、意味を持つ空間。
スケールは違う。
思想も違うはずだ。
だが、根幹の理屈は――。
(同じだ……?)
言葉にはしない。
まだ仮説だ。
だがもし、これが折り畳まれた巨大空間の外殻で、本来の領域が常時非展開状態にあるのだとしたら。
フェデレーションは三年間、空間を攻略していたのではない。
展開条件をから目を逸らすための、何かありそうな一本道を堂々巡りさせられている――。
チセはゆっくりと息を吐いた。
答えを言い当てるには、材料が足りない。
だが一つだけ、はっきりしている。
これはダンジョンじゃない。
空間の扱い方が――。
自分の知っている技術に、あまりにも似すぎていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




