第3話 No one knows/05
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
◼︎ ◼︎
パンドラ・グローブ/地下遺構/陥没口上空
ダンジョン内だけではない、陥没口の上空に集まっているフェデレーションのギルドの艦艇も興奮に包まれていた。
罪の男、ウー・シェイフーが見せつけた鮮烈な戦果は、この場所に集められた捨て駒たちに、久方ぶりのエンターテイメントとして受け入れられている。
ジェリー・ザ・キングは、その様子を苦々しく見つめていた。
「認めるしかないじゃないか。 そうだろ、キング?」
「よろしいんですか?」
「何がだ?」
「ヤツには余裕がありますよ――。 先へと進ませるべきじゃないんですか?」
「やつが来て半日だ。 今の時点で十分な成果だと思うがな」
ジュニアはこちらを見ようともしない。
三ヶ月。
三ヶ月もの間、犠牲を垂れ流しても突破できなかったエリアとフロアの主。
それを罪の男は、わずか数時間で制圧してみせた。
ほぼ、ヘロン一機で。
キングの奥歯が、わずかに軋んだ。
「やつは勝手に引き上げてますよ。 これじゃ、ジュニア―― 示しがつきません」
「かまわんよ。 それなら、俺が認める」
沸き立つ艦隊の空気とは裏腹に、キングの視線だけが冷えたままだ。
「……なあ、キング。 ヤツは結果を出してる。 そんなやつを労らえるようにならなきゃ、いつか多くの心を離すことになる」
興奮した声色から一転、ジュニアは低く、冷静にそう呟いた。
正論だ。
だが――
キングの指先が、端末の縁を強く叩く。
(甘い)
それは、真っ当な人間の論理だ。
「わかりました、どうぞお好きに」
ジュニアも含め沸き立つ空気から離れるように、ブリッジを出た。
端末を手に取ると、手の平の上に空間ディスプレイが浮かび上がる。
「俺だ、そっちに戻る。 スヴァルトピレンを準備しておけ…… ああ、周りに気づかれるなよ」
空間ディスプレイを握り潰すように通信を切った瞬間、表情が落ちる。
好々爺の仮面が、剥がれた。
「罪の男。 テメェの因縁は俺が食ってやるよ。 せいぜい今のうちにドヤ顔してろ、クソガキが」
そこに張り付いているのは、現実の昔――。
|アウトロー・モーターサイクル・クラブ《OMC》から産声を上げた存在。
99%の善良を嘲り自ら、1%を掲げて線の外へ踏み出した者。
無法という旗を選び、看板の誇りの下、力でしか世界を測らないと決めた1%er。
牙を抜かれる前に噛み千切る側であり続けてきた、ならず者の笑みだった。
アルマナックがパンドラ・グローブへと侵入する数時間前のことだ――。
こうして、思いよらぬ人物がその矛先を向けていることを、悠たちはまだ知らない。
◼︎ ◼︎
パンドラ・グローブ/密林
すでに何度目かの、IPSアーミーのライナーの轟音が近づいてくる。
悠はじっと、γの半円球モニタを見上げながら、背後の簡易シートに座るチセの緊張を感じ取っていた。腰のベルトをぎゅっと掴む指先が、わずかに白くなっている。
派手なトリコロールのγを巨樹の裏側へ滑り込ませ、最低限のアイドリングで樹皮に身を寄せる。
やがて、接近していたライナーの重低音が地鳴りのような振動となって背後を通過していく。見上げていたモニタが、巨大な影に覆われた。
「……でかいな……。 大型デジタル空間船じゃないけど、ジクサーの倍はあるぞ――」
樹木越しにうねるように流れていく、鯨じみた巨影。
圧迫感だけで空気が重くなる。
チセの両手が、ぴくりと動いた。
緊張というより―― 怯えに近い。
「大丈夫だって。 コクピットは完全シールドだし、この程度の音じゃセンサーも拾わないよ」
そう言いつつも、悠自身も、胸の奥にわずかな威圧を覚えていた。
だがそれを悟られぬよう、自然な調子で言いながら、無意識のうちにスロットルからは指を離さない。
いつでも逃げられる姿勢だけは崩すわけにはいかない。
「――ぷはぁ!」
チセが大きく息を吐き出す。荒い呼吸。
また息を止めていたらしい。
(ホント、変なところでドンくさいんだなぁ……)
今日は、いつもの彼女とは違う一面ばかりが見える。
心の声が、そのまま声にダダ漏れる。
隠れると決めたら、律儀に呼吸まで止める。
普段はツンとしたクールなメカニック。
かつて、死にかけるほどの拳を顔面に叩き込んできた少女と、同一人物とは思えない。
以前、妙に食い物にうるさいことを知った時も少し驚いたが――。
今日はそれ以上だ。
悠が振り返ると、チセは口を尖らせ、やや上目遣いで睨んでいた。
頬が、ほんのり赤い。
「あんだよぉ―― バカにしてるだろ――」
(……グゥ。カワイイです――)
口に出したら本気で殺されるな、と悠は思う。
「イヤイヤ、そんなこと無いって」
笑いを噛み殺したような、引き攣ったような、なんとも言えない顔で誤魔化し、再び前を向いた。
やがて、2機のハマーを引き連れた巡回ライナーは過ぎ去っていく。
影が流れ、振動が遠のき、濃緑のジャングルの静寂だけが戻る。
「行ったな――」
「うん、行っちゃった」
チセの言葉を受け、悠はゆっくりと巨樹に沿って機体をわずかに浮かせる。
γの頭部だけを、探るように、慎重に、樹の裏から突き出す。
視界の端――。
はるか先の巨大な根の陰から、ケイトのキャンディーブルーのホークが同じように頭部を覗かせていた。
手を上に向けて、小さく振る。
「こっちに来い」の合図。
悠は静かにアクセルを開ける。
駆動音と干渉光を極限まで抑えながら、滑り出すようにγを前進させた。
密林は、息を潜めたまま彼らを見下ろしている。
その地下に眠る何かもまた――。
ケイトのホークの背中が、わずかに止まった。
枝葉の擦れる音が消える。
半歩遅れてホークにγが並ぶ。
後方、かなり離れた位置で待機しているライノから看板認証の短い通信が入る。
「……外周、二ライン目が回ってる。 ジクサーはまだ動かすな」
円を描くように巡回するIPSの大型艦。
三重の輪が、じわじわと内側へと縮んでくる。
アルマナックは、その隙間を縫うように進んでいた。
先頭はケイト。
その影をなぞるように悠とチセ。
後方を押さえるライノ。
そしてさらに後ろ、巨大なジクサーが、息を殺して機を待つ。
動けるのは、安全が確認された瞬間だけだ。
密林は静まり返っている。
だが、それは静寂ではない。
監視されている静けさだ。
それでも、アルマナックは着実に目的のポイントへと歩みを進めていた。
◼︎ ◼︎
パンドラ・グローブ/密林/ジクサー
メカニックメンバーが二人、索敵のためにブリッジに上がってきていた。
柳橋はキャプテンシートで、目の前に投影されたパンドラ・グローブの立体マップを顎に手を当て、じっと見つめている。
外周ではIPSの巡回が続いている。
円を描くように大きく回る第一ライン。
その内側をずらして進む第二ライン。
さらに内側へ収束する第三ライン。
包囲は、ゆっくりと狭まっていた。
「……外周、二ライン目が回ってる。 ジクサーはまだ動かすな」
ライノの声に、柳橋が顔を上げる。
目を閉じ、耳を澄ます――。
ピクリ、と眉が動いた。
細い目を開き、無言で手を振る。空間ディスプレイが開き、機関室のアジエが映し出された。
「音、下げろ。聞こえねぇ」
前置き抜きの要求。
「ああーっ? ふざけろ、もう浮いてるのがギリギリの出力だぞ」
アジエも負けていない。
「あとちょっとでいい。できるだろうが」
画面越しの睨み合い。
アジエは忌々しそうにキャップの鍔を引き、視線を隠した。
「1番と5番コアも止めろ!」
背後のメカニックへ怒鳴る。
「機関長、やばいっすよ。 2コアで飛ばしたことなんて――」
「いいからヤレや。 移動のタイミングで3番と7番をオンラインして、内側4本のバランシングに切り替えりゃ問題ねーだろ! 止めろ!」
鍔を弾く。
次の瞬間―― スッ、と尻が浮くような、微かな落下感。
機体が沈み、止まる。
「……これでどうよ」
柳橋は再び目を閉じた。
IPSの巡回は読める。
複数機が生む、均質で周期的なノイズ。
それとは違う。
ドン。
低い、一拍。
空気が、わずかに震える。
間。
ドン。
再び。
単発。
重い。
巡回じゃない。
柳橋の口元がわずかに歪む。
「高度はギリギリだかんな。 船の腹擦るなよ」
「わかってるよ」
「IPSの動きはショッパイのに、ピリついてんじゃない? また縁起が悪いとかってやつかい?」
柳橋は鼻で笑う。
「あんなぁ…… そんなの、このクソジャングル入ってからずっとだ」
再び、集中。
ドン。
今度は、わずかに方角が違う。
ドン。
さらに内側。
柳橋の眉が動く。
――こっちじゃない。
こちらを窺っているのではない。
向こうだ。
何かを目指して、内側へ向かっている。
鼓動は、木立の奥へとずれていく。
やがて。
消えた。
いや―― 消えたのではない。
意識の外へ出ただけだ。
柳橋は小さく息を吐く。
「……嫌な感じだな」
その瞬間、ライノから通信。
《進路クリア。今だ》
柳橋は一瞬だけ躊躇する。
本当に、クリアか?
「3番と7番オンラインだ、急げ!」
アジエが怒鳴る。
推力が戻る。
柳橋は密林の奥を一瞥した。
何も見えない。
だが――、嫌な予感だけが、残った。
「スミー、前進だ」
ジクサーが静かに浮き上がる。
密林は、息を潜めたまま彼らを見下ろしている。
そしてその奥で。
別の獣が、内側へ向かった。
読んでいただき、ありがとうございました。




