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第3話 No one knows/04

【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』

無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。


お楽しみください。

◼︎ ◼︎

 

パンドラ・グローブ/地下遺構(ダンジョン)内/ボスフロア。


 ヘロンは、仕留めた自動防衛装置の残骸にめり込んだスーパースレッジを引き抜いた。

 脚をすべて失い、破砕された装甲から内部機構を晒した巨体は、もはやピクリとも動かない。


 ミサイルの雨も、機銃の一斉掃射もジャックハマーで叩き落とした。


 虎の子だったらしい工学兵器―― おそらく高圧レーザー ――は、フロアからの給電を封じた時点で沈黙した。

 

 あの図体では、内蔵の処理機関(コード・コア)だけで出力を賄えないと踏んだ読みが当たった。


 しょせんはパターンだ。


 結果、連れてきたギルドのメンバーに犠牲は一人も出なかった。


 だが、その上々の戦果にもかかわらず、ウー・シェイフー――。

 またの名を罪の男(シナーマン)と呼ばれる男の機嫌は悪いままだった。


 コクピットのモニタ越しに獲物を見下ろしていたウーの耳に、ゴン、と重い衝撃音が届く。


 フロア全体が揺れた。


 壁の奥で巨大な機構(カラクリ)が作動している。

 ヘロンの内部フレームにも微振動が伝わってくる。


 数分。

 やがて振動が止まり、数秒の静寂。


 再び、ゴン、と鈍い音。


 右手の壁面が、巨大なシャッターのように上方へと吸い込まれていく。

 その奥に、暗い通路が口を開けた。


「――やっぱり、趣味丸出しのダンジョンゲームじゃねぇか」


 吐き捨てると、ウーはビリーを呼び出す。


「ビリー。 今日は終いだ。 戻るぞ」


「まだ進めるかと思いますが、いいんですかい?」


「いんだよ。 到着、直行でフェデレーション(連盟)のママゴト片付けてやったんだ。 文句は言わせねぇよ」


 舌打ち。


「それに、こりゃゴールなんざねぇぞ。 進むだけ無駄だ」


 渡されたマップ。

 そして実際に潜った感触。


 ウーは確信していた。


 ブラックアウト以前、まだ子供だった頃に熱中した携帯ゲームに酷似している。


 進めば強くなる。

 階層は伸びる。

 終わりはない。


 攻略のために生成され続けるだけの構造だ。


 三年も費やして気づかないとは――。

 頭数だけ揃えた連中らしい。


「まさか()()()()()()でも落ちるとか思ってんじゃねぇだろうな」


 没入型のゲームじゃあるまいし――。

 ここは仮想()()だぞ。


 フェデレーション(連盟)の間抜けさに、ウーはうんざりしていた。


 それに、強制排出(イジェクト)現実(リアル)にショック死した連中もいるはずだ。


(……ただの犬死にだ)


 得られるのは、潰した残骸のジャンク程度。


 クリア報酬でも夢見ているなら―― そんなアホな組織に先はない。


 ウーは一度だけ鼻で笑い、ヘロンを反転させた。


 次の階層へ向かう気は、最初からなかった。


◼︎ ◼︎


パンドラ・グローブ/外縁部/ジクサー内のγ


 柳橋(やなぎばし)がブリッジから目的地到達を告げる館内放送を流すと同時に、ジクサーのクルーは一斉に持ち場へ散った。


 だが―― ジクサーは、まだ侵入していない。


 眼下に広がるのは、現実を数十倍に引き延ばしたかのような密林。

 天を衝く巨樹が幾重にも連なり、まるで壁のように内部を覆い隠している。


 ジクサーはその壁の手前で、可能な限り高度を落とし、枝葉の影に紛れるように滞空していた。


 この空域は、IPSアーミーの巡回圏だ。


 この仮想現実では、不可視のダミーも、偽装信号も、いくらでも作れる。

 だからこそ、最後に頼れるのは目で見ることだけだ。


 どれほど装備を整えようが、大型艦を持とうが関係ない。

 見つかれば終わる。

 見つけられなければ、生き残る。


 メサイアもまた、目視の巡回を重ねているはずだ。

 ならばこちらも同じだ。


 踏み込む前に、見る。

 測る。

 逃げ道を確保する。


 ライノのエリミネーターと、ケイトのホークはすでに低高度から樹海へ侵入している。

 二機は散開し、視認した地形と巡回経路を逐一送り返していた。


 アルマナックのやり方は、力押しではない。


 ジクサー一隻と三機のCFが戦力のすべて。

 図体の小ささと、身軽さを武器にするしかない。


 真正面から叩き割るやり方とは、真逆だ。


 そんな中で、(ゆう)γ(ガンマ)はハンガーに留め置かれていた。


 今回、γは作戦の中心を担う。

 地下遺構に到達した後の探索とインターフェイスを探し、そこにチセを送り届けることが第一目的だ。

 交戦は二の次だ。


 さらに、先行した二機いない今は、場合によっては迎撃のための後詰として残っている。


 だからこそ―― 今は動かない。


 コクピットのシートに深く腰を沈めながら、悠は絶対待機の命令に従っていた。


 理屈はわかる。

 だが、シートの上の尻は妙に落ち着かない。


 密林の縁でじわじわと時間を削るこの状況は、正面衝突よりも神経を削る。


 索敵情報が更新されるたび、視界の端で数値が揺れる。

 枝葉の揺れ一つにさえ、意味を探してしまう。


 そして―― もう一つ。


 悠の背後、簡易サブシートに座る存在が、いつも以上に強く存在を主張していた。


 チセだ。


 移動中、アジエに連れられて歩く姿は見ていた。

 だが、γのコクピットに乗り込んできた彼女を、これほど近くで見るのは初めてだった。


 体のラインに沿って密着するライディングスーツ。

 余計な装飾はない。

 純粋に、機能のための設計。


 それでも―― 輪郭は容赦なく浮き上がる。


 普段の服では曖昧だった起伏が、明確な線を持つ。


 一瞬、端末に保存されたあのスクリーンショットが脳裏をよぎり、視線が無意識に止まる。


「……何だよ?」


 チセは前を向いたまま、静かに言った。


「いや、別に」


 慌てて視線を正面に戻す。


 それっきり、気まずくなって、悠は後を振り向くことができずにいた。

 背後の気配と息遣いだけが、妙に意識に張りつく。


 今の悠にとって、密林よりも厄介なものが、すぐ後ろにある。


◼︎ ◼︎


パンドラ・グローブ/密林・林床/エリミネーター


「うーん、気持ち悪い地面だなぁ……」


 足裏の力場越しに、泥が吸いつく。


 やけに水気を帯びた、まとわりつくような感触。

 踏み込めば沈み、引き抜く瞬間に遅れて抵抗が返ってくる。


 サスペンションの沈み。

 機体を伝う微細な振動。


 アーマー・カウルや剥き出しの機構を守りつつ、CFの体躯を包み込み―― |オープン・スケルトン・フレーム《OSF》の四肢や指先を駆動させる力場。


 処理機関(コード・ベース)が形成する処理境界(プロセス・フィールド)に、小石や細片が触れる。

 それだけで、地面の質までわかる。


 コード・ライダーは機体を通して、それを五感で受け取る。


 ディスプレイに数値が跳ねるよりも早く、肉体で察知する。

 その差が、ライダーとしての優劣を分け、生存率に直結する。


 その点、ウィリアム・ライノ・高田は恵まれていた。


 データの前に、感じ取る。

 機体を通じて、空気と地面の変化を掴み取る才能(センス)


 それはアルマナックの中でも群を抜いている。


 これだけは、悠にも勝る――。


 ライノ自身が、そう自負している能力だった。


「おっと、きたきた」


 ライノはエリミネーターをゆっくりと後退させ、巨大な樹木の葉の影へ滑り込ませる。


 ゴン――

 ゴン――


 重苦しい振動が、頭上から降ってきた。


 図鑑の挿絵を極端に引き延ばしたような巨木の間を、戦艦タイプのライナーが進む。


 甲板に主砲。

 灰色の船体。

 両側面に随行するCFが二機。


 丸みを帯びたマッシブなアーマーカウル。

 胸部から左右に張り出す円柱状のコード・ヘッド。


 ――ハマーだ。


 軍用ヘルメットめいた頭部が、ゆっくりと左右をなぞる。


 エリミネーターは葉陰に溶け込んだまま、動かない。


 やる気がないように見える。


 それが一番、厄介だ。


 見ていないようで、見ている。

 見せていないだけで、見ている。


 カメラに拾われていないことを祈りながら、ライノは呼吸を浅く抑える。


「ケイトさんよぉ。そっち行ったぞ。ホークは色目立つんだから気ぃつけろよ」


「余計なお世話っす。テメェの機体の色で下手打つほど、うちはマヌケじゃねーわ」


 看板(カラーズ)認証の通信越しにケイトの声が返る。

 その背後に、巨大なコード・ユニットの駆動音が低く混じる。


「それにさぁ、こいつら余裕ブッこいて三味線(しゃみせん)弾きまくりじゃね?」


「つっても油断すんなよ。何人の見張りが、どんな双眼鏡で覗いてるかわかんねーぞ」


「動体感知式の高級品ってか? まあ、腐ってもメサイアだしね。……って、おいおい、また別の(ライナー)かよ?」


「三隻目だな…… 三十分おきで、フル装備のハマーが二機付き……」


 個別に見れば、確かに過剰警戒には見えない。

 だが、類推すればどれだけの戦力でシフトを敷いているのやら。


 見つかれば最後、猟犬のように追われるだろう。


「でもさ、アーミーばっかで私掠(プライベティア)は回ってねーじゃん」


フェデレーション(連盟)が仕切ってるっていう、例の穴に集まってんじゃねーの」


 振動が遠ざかる。


 湿った空気だけが残る。


 完全に周囲の気配が途切れたのを確認してから、ライノはエリミネーターをゆっくり浮上させた。


 足裏が地面を離れる。

 泥が、遅れてちぎれる。


「こっちとしちゃ、ノリで動く御同業より、規則正しい軍人さんの方が読みやすいでしょ」


 そのライノのセリフにそりゃそうだと言わんばかりに、ケイトが鼻で笑う。


 モニタのマップを確認。


 目的地までは、あと少し。


 滑るように、音を殺して、エリミネーターは前進した。


◼︎ ◼︎


パンドラ・グローブ/外縁部/ジクサー内のγ


 半円球モニタに転送されてくる情報を見ながら、悠は何度目かのγのチェックを行っていた。


 結局、手持ち無沙汰になれば、やれることなどそれぐらいなのだが、どうにも集中できない。


 さすがに、チセと二人きりで一つの空間にいることで緊張している―― なんてことはない。


 これまでも仕事でチセをγに乗せたことは何度かある。

 メカ作業付きのちょっとした届け物や、修理が必要なエンコしたライナーのレスキューなどだ。


 「しっかり捕まってろ――」

 などと言って、背中への密着を役得だと味をしめた、などとは口が裂けても言えないが。


 それに一度、仕事帰りにラーメンを食いたいと駄々をこねたチセを、ネクサス・リンクの大黒橋SA(サービスエリア)にあるとある店に連れて行って以来、定期的に、その店へエスコートをさせられている。


 それぐらいにはチセをγに乗せているのだが、今回は勝手が違った。

 

 今日もちょっとした会話を期待していたのだが、どうも最初からしくじってしまったらしい。


 それにしてもだ。

 今回の仕事を考えればライディングウェアを着るのは理解できるが、なんでよりにもよって革ツナギなんだ――。


 それもベリックのブラック&パープルのセクシー系。

 

 悠にとってはシージン・マーチのコンパニオン衣装以来の威力だった。


 おかげで出鼻を挫かれてしまった。

 ……とはいえ、今はそんなことで気を取られている場合ではない。


 会話のきっかけを失ったのは惜しいが、仕事の質を考えれば浮かれてもいられない。


 悠は気を取り直して、やるべきことをやることにした。

 

 戦闘もあり得る場面が想定されるのだから、チェックはいくらしても足りないくらいだ。

 一応はコード・ライダーの端くれという自覚はある。


 ――それが、どうにも身が入らない。

 理由は…… やっぱりチセだ。


「……このサイズで……単一施設……? これ地下遺構っていうより……地下都市……」


 チセの声が背中越しに聞こえてくる。

 さっきからずっとこの調子だ。


「外周直径……二・八キロ? 嘘でしょ……地下で?」


 ……きっと、ブリーフィングで見た資料を再確認しているのだろう。

 チセはチセで、今できることをやっている。


 鼻から息を吸い、改めて気を取り直して、ウェポンセレクターのパターンを確認しようとする――。


「……メイン通路幅、最低でも四十メートル……? これ搬入用とかじゃなくて、戦闘前提サイズだ……」


 ゆっくりと口から息を吐き出し、ディスプレイに表示されるペイロードデータを確認する――。


「放射状だけど、正規ルートは一つだけ……。 他は誘導用……罠……」


 思わず「グッ」と下唇を噛む。

 目を閉じ、再び鼻から息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 息を吐きながら、ペイロードの予備マガジン数を確認する。


 普段はマシンガン以外の武装をしないが、今日は万が一に備え、施設の壁を破壊する目的で使い捨ての単発式ロケットランチャーを二本装備している。


 その分だけ、機体はわずかに重い。

 まあ、いざとなれば捨てればいいのだが――。


「……このサイズで……単一施設……? これ地下遺構っていうより……地下都市……でも変な広がりだよね……」


 悠の首が、ガクッと落ちた。


 これはいけない。

 思い切って後ろを振り向く。


「チセ、あのさ――」


 急に話しかけられ、チセはキョトンとした顔をした。


「――悪いんだけどさ、声出さないで考えられないかな――」


 口の端を引き攣らせながらも、できる限り笑顔でお願いしてみる。


「あっ…… ゴメン。 わたし、声出してた?」


「ハハハッ―― うん、けっこう出てた」


 チセが口に手を当て、ばつが悪そうに苦笑いする。


 再び無言。

 悠は前を向き、チセは資料が投影される空間ディスプレイへ目を戻した。


 コクピット内には、悠が確認のために操作するレバーやペダルの「ギュッ」「カチリ」という機械音。

 そして、チセがディスプレイを操作するたびに鳴る電子音が時折混じる。


 黙々と作業する時間が数分続いた――。


「……軸にすることで騙してる…… 紐をほつれさせれば、折り紙が広がる…… アレ…… これって……」


 小さく、ぽつりとまた声が飛んできた。


 よくわかった。

 チセは本を口に出して読むタイプだ。


 一瞬、また悠の手が止まる。

 だが、今度はそれ以上続かなかった。


(少し神経質すぎたかな……)


 男として小さかったか、と軽い自己嫌悪。

 悠は再び確認作業を再開しようとした、その時――。


 グッと、γ越しでもはっきりわかる揺れが走った。

 ジクサーが動き始めたのだ。


 同時にブリッジから通信が入る。

 モニタに柳橋が映し出される。


「ライノとケイトが目標地点を確認した。 これからパンドラ・グローブに侵入するぞ」


「すぐに出ますか?」


「いや、まだだ。 ライノとケイトがこっちに戻ってきてる」


 画面の中で柳橋は腕を組む。


「アーミーの巡回ルートの視認ポイントの外まで入って一旦待機だ。 奴らが戻ってきたら水先案内人にして進む」


 その時、肩越しにふわりと甘い香りが立った。

 ちょん、と肩に尖ったチセの顎が触れる。


 半円球モニタの柳橋の映像を覗きにきたらしい。

 背中にも、チセの両手のひらを感じる。


「会敵した場合は二手に分かれる。 そんときゃ、こっちは囮だ…… 悠、テメェ聞いてんのか?」


「あー、はい。 わかってます! その時は先にポイントに向かいます」


 無意識にニヤついていた悠は、柳橋(リーダー)のギラリとした視線を受けて慌てて取り繕う。


 柳橋は、悠の肩に顔を乗せてこちらを見ている緑色の瞳の娘を見て、ため息を一つ。

 頭をぼりぼりと掻いた。


「わかってると思うが、戦闘は極力避けろよ。 チセ、γのコンディションは任せるぞ」


 チセは無言で、人差し指と親指で丸を作って応じる。

 悠も小さく頷いた。


 柳橋は二人を交互に見て、もう一度ため息をつき、映像を切った。


 ちょん、と指先で悠の背中を押し、チセが元のポジションへ戻る。


 ジクサーの細かな振動。

 悠は、ようやくいつもの、頭から血がすっと下がるような出撃前の感覚を取り戻していくのを感じていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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