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第3話 No one knows/03

【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』

無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。


お楽しみください。

◼︎ ◼︎

 

 パンドラ・グローブ/地下遺構(ダンジョン)内――。


 罪の男(シナーマン)がダンジョンへ到達してから、五時間が経過しようとしていた。


 正確には――。

 罪の男(シナーマン)ことウー・シェイフーが、愛機ヘロンでギルドを率い、このダンジョンへ踏み込んでから、およそ三時間後のことだ。


「ふーん…… まあ、そういう仕組みだよな」


 視界の先に突然広がった光景を前に、ウーは妙に納得したように呟いた。


 巨大な通路、区画、そして山のような防衛機構を突破した先。

 そこは、ビーマーを降下させた陥没口(シンクホール)の底に存在した拠点フロアと、ほぼ同等の広さを持つ空間だった。


 やはり円形のフロア。

 その中央付近には、デジタル空間船(ライナー)に匹敵するサイズの“存在”が鎮座している。


 蟹か、あるいは蜘蛛を思わせる六脚の巨大機械。

 金属音を響かせながら、身を揺らし、ただひたすら円を描くように歩き続けていた。


「なんだ、ありゃ…… 露骨な徘徊警戒運動(ロータリーモーション)じゃねえか」


 フロアに侵入してから、すでにヘロンを含め十機近いCFが内部へ入り込んでいる。

 

 にもかかわらず、このフロアの(ヌシ)と目される多脚兵器は、まるで世界が固定されているかのように、同じ行動を繰り返していた。


「よぉ、ビリー。 見えるか? ありゃ何だと思う」


 ウーは、ビーマーでナビゲーションを担当する副官へ通信を開いた。


「これまでと同じですね。ワームか、ウィルス…… マルウェアの類ですね。 特定距離まで近づかないと、反応しない設計のようで」


 CFとはいえ、人間を相手に露骨な攻撃行動を取る自律AIは存在しえない。

 三原則に縛られた知性は、意図的に一線を越えられない。


 自動兵器として成立するのは、規則的なルーティーンに縛られた行動のみ。

 単独で破壊活動を行うのは、せいぜいワームか、侵入型のウィルス程度だ。


 つまり――。

 自己判断が可能な水準の知能など、最初から与えられていない。


 その代わりに用意されるのは、数による圧力か、意地の悪い()()()だ。

 

 ここへ辿り着くまでにも、()()()()()()()は、ここに来る間にも、嫌というほど味わった。


「だろうな。 で…… そっちで、この場所、どこまで読める?」


 ウーはヘロンのコクピットから映像データを転送しながら問いかけた。


「……正直、ヤバいですね。あの蜘蛛野郎。確認できる範囲だけでも、大口径砲に―― ああ…… 光学兵装まで積んでます」


「光学兵装、ね。じゃあ、このフロア自体が怪しいな」


 しらけたようなウーの言葉に、ビリーの声が一瞬、途切れた。


「……ヘッドの読み通りです。 このフロア、異常に高電圧のポイントが点在しています」


処理機関(コード・ベース)の給電ポイント兼トラップ、ってところか?」


「空間伝送式の高圧給電装置ですね」


「なるほど。 だいたい掴めた。 ――そういうステージ、ってわけだ」


 ウーはグローブを握り直し、深く前傾したポジションでハンドルに手を置いた。


「デカブツは俺が行く。 ビリーは電圧上昇ポイントを洗い出せ。 各機は指示に従って、電圧が跳ねた地点を叩け」


 一拍置き、言葉を続ける。


「それまでは―― まあ、適当に牽制しとけ」


 ヘロンが背部ウェポンラックから二本のスーパースレッジを引き抜き、構えた。


「PvEは趣味じゃねえ。――サクッと終わらせるぞ」


 それまで規則正しく同じ軌道を徘徊していた多脚兵器が、まるでヘロンから放たれた殺気を感じ取ったかのように――。

 ぴたりと、その動きを止めた。


◼︎ ◼︎


 パルダリウム・パヤのマップ空白地域上/ジクサー船内――。


 フタン・リンバ・クルアールは、メサイア支配地帯である中央部南方に位置する。

 

 パシフィック・ゲートと同様、ネクサス・リンクのトラフィック・ハブ(交通中継地点)として機能する交通要所だが、その性質はやや異なる。ここは滞留のための場所ではなく、南側へ抜けるための接合点としての意味合いが強い。


 パルダリウム・パヤと呼ばれる区画に存在する、円柱状の巨大ステーション――。

 周囲の環境は人の居住に適しているとは言い難く、主に遊覧観光と乗り継ぎの拠点として、その名を知られているに過ぎない。


 見た目は、東南アジアの亜熱帯湿地を思わせる。

 蒸せるような湿気と、地面にまとわりつく深い霧。


 だが、注意深く見ればすぐに違和感が浮かび上がる。

 意図的に配置されたかのような地形。

 貼り付けられたような湿地。

 それらを覆い尽くすように、不自然なまでに巨大化した植物群。

 そして、諸所に滲む、薄い発光現象。


 環境としての存在感は確かに肌で感じ取れる。

 それでいて、そこには生命の息吹が決定的に欠けていた。


 現実世界の自然を忠実になぞりながらも、どこか作り物めいたこの湿地帯が、瓶詰めの環境再現(パルダリウム)と呼ばれる所以である。


 地図上で見れば、フタン・リンバ・クルアールと、そこへ乗り入れるネクサス・リンクのラインを除き、周囲は広大な空白に覆われている。


 ジクサーは、その空白の中を航行していた。

 もはや地図上では正確な位置すら把握できない、名もなき領域へと。


 やがて、目視可能な距離に、目的とする場所が姿を現す。


 こちら側の空は晴れている。

 だが、その地点の上空だけ、西へ引きずられるように陰鬱な鉛色の雲が重く垂れ下がっていた。


 その空を背に、それまでの緑とは明らかに異なる色調――。

 一段も二段もトーンを落とした、濃緑の壁が聳え立つ。


 地平の先まで、視界いっぱいに広がる。

 まるで、世界そのものが盛り上がり、こちらを拒むかのように。


 ブリッジの窓越しに迫り来る暗澹たる空の下。

 今にも呑み込まれそうな巨大なジャングルの光景に、柳橋は背筋を冷たいものが走るのを感じていた。


 短く、フンと鼻を鳴らす。


 普段の柳橋であれば、この手の感覚を覚えた時点で、距離を取る。

 深入りすべきではない――。

 そう判断する場面だ。


 だが今回は違った。

 警鐘と同時に、その奥に、確かな()()を感じ取っている。

 危険と引き換えに、踏み込む価値のある何か。

 塊のような、力の気配。


 一瞬の逡巡の後、柳橋は決断した。


 勘は警報よりも、確信に近い感覚を優先する。

 彼は艦内放送用のマイクを手に取った。


◼︎ ◼︎

 

 パンドラ・グローブ 陥没口(シンクホール)上空/ローズモント・ホライゾン――。


 ローズモント・ホライゾンのブリッジでは、ジュニアとキングが地下からの映像を前に、罪の男(シナーマン)という存在をあらためて認識していた。


「到着してから、半日も経たずにこれか―― すごいな」


「味方の損耗も、ここまでゼロですか」


 キングは、巨大な蜘蛛のような自動防衛装置と戦うヘロンを見つめながら呟いた。

 だがその表情は、楽しそうに映像を追うジュニアとは対照的に、終始険しいままだ。


 異常な速度での侵攻であることは疑いようがない。

 通常であれば、今罪の男(シナーマン)が対峙している自動防衛装置――。

 いわゆるフロアボスに辿り着くだけでも、これまでの例では倍以上の時間を要している。


 しかも、その過程で相応の犠牲を払って、だ。


 それを、銀色のCFが率いる一団は、わずか数時間足らずで突破してきた。


「やっぱり強いじゃないか、彼は――」


 ジュニアは完全に魅せられていた。

 この強さが人を惹きつけるものであることは、キングにも否定できない。


 損耗ゼロ。

 今も巨大な機構と正面から渡り合っているのは、罪の男(シナーマン)だけだ。

 他のCFは散発的に、遠巻きから銃撃を加えているに過ぎない。


 何らかの動きに合わせる時だけ、示し合わせたかのように一点へ攻撃を集中させる。

 それ以外の時間、彼らはほとんど何もしていなかった。


 ――むしろ、これまでより仕事をしているようにすら見える。


 仲間など名ばかりだ。

 この侵攻は、ほぼ独力で成り立っている。


「……こんなものは、ギルドじゃない」


 思わず零れたキングの言葉に、ジュニアが一瞬だけ振り返った。

 わずかに驚いた表情を浮かべたが、すぐに視線は映像へ戻る。


 犠牲が出ていないのは、たまたまに過ぎない。

 キングにはそう見えていた。


 ヘロン以外のCFは、まるで罪の男(シナーマン)の邪魔をしないよう、萎縮した動きしかしていない。

 皆、自分たちのギルドの頭を恐れて、前に出ていないのだ。


 仮に犠牲が出たとしても、この男の行動が変わることはないだろう。

 むしろ、気に入らない動きをすれば、容赦なく仲間を壊す。

 ――これは、そういう指揮だ。


「見ろよ、キング。罪の男(シナーマン)のジャックハマーだ」


 無邪気な声音に、キングは内心で落胆する。

 とはいえ、凄まじい技であることは否定しようがない。


 映像の中で、罪の男(シナーマン)のヘロンは、両手に持った二本のスーパースレッジを振るい、干渉光を放ちながら円を描いていた。

 

 シージン・マーチでも、最後の一騎討ちで相手を粉砕した、彼の決め技(フィニッシャー)


 決め技(フィニッシャー)は、名のあるコード・ライダーであれば持っていても不思議ではない、いわば代名詞だ。

 

 特殊な兵装そのものを指す場合もあれば、武器の扱いを極限まで磨き上げた独自の技を指すこともある。


 共通しているのは、それを見せるという行為が、確実に相手を仕留める意思表示だという点だ。

 

 罪の男(シナーマン)のそれは、後者にあたる。


 独立したコード・コアによって、槌に個別のベクトルを与える。

 スーパースレッジは強力だが、扱いは極めて難しい武器だ。


 本来なら、一本でも持て余す。

 それを、ヘロンは両手で振るう。


 それだけでも異常だというのに、最大出力で回転させ、干渉光を帯びた軌跡を作り出す。

 

 その光の輪は、まるでバリアの塊のように、攻撃を叩き落とし、触れたものを破砕していく。


 下手をすれば、自らを破壊しかねない技だ。

 それを、罪の男(シナーマン)は意にも介さずやってのける。


 削岩機(ジャックハマー)の名の通り、触れた相手を粉砕するその技は、キングの目の前の映像でも、フロアボスの武器そのものである蜘蛛状の多脚を、正面から、容赦なく砕いていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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