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第2話 チセ―Remember Me/02

本作は『電界駆動コード・フレームワーク ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。


少しでも読みやすくなってれば幸いです。

    【Present Day】 

 

  街の空気は、温度を持たないはずなのに、どこか湿っていた。


 夕暮れ―― インター・ヴァーチュアの時間での夜の始まり。


 このデータ世界の港町の光が、水溜りに揺れる。

 酒場からは賑やかな声と、オーディオのハウジング音が聞こえてくる。

 

 この世界では、喧嘩は日常だ。

 シュミレーションの血が流れ、(ソウル)というデータは削れる。


 Highway OverDrive Outpost―― 通称、HODO。


 今のわたしがいる場所。

 誰がそんな呼び名をつけたのかはわからない。

 でも、ここにいる連中は、たしかにこの名を口にする。


 Highway OverDrive Outpost

 

 そう呼ぶことで、ただの雑多な拠点が、どこか伝説めいた場所に変わる気がする。


 ここは、道の果ての自由な街(コミニティ)

 物流拠点、っていう建前はあるけど、実際にはなんでもアリな街。


 メサイア・パシフィックゲートの第三セクター。

 企業の目が届かない、ギルドとアウトローの溜まり場。


 ごちゃごちゃした建物に、派手なネオンサイン。

 道の端には、ジャンクデータの転売屋。

 どこからか流れてきたBGMが、規則性のないリズムを刻んでいる。


 スパイスの効いた料理の香り、コード・コア(処理機関)の駆動音、スピーカーから流れる雑音混じりの電子音楽。

 

 整然とした都市よりも、こっちのほうが()()()()って感じがする。


 ここはそんな場所…… 私は、そんなHODOの片隅で暮らしている。


 ……いや、()()()って言うほどじゃないか。

()()()()()()()()()()()くらいの感覚。


 HODOに住んでる人たちは、だいたいそんな感じだ。

 どこから来たのか、どこへ行くのか、そんなことは誰も気にしない。

 大事なのは今どこにいるか、今、何ができるか、それだけ。


 この街には、企業が支配するテリトリーとは違うルールがある。

 

 でも、それは守らなきゃいけない決まりじゃなくて、破られるまでは有効っていうだけのもの。


 誰が決めたのかも分からないルールが、誰かが破るまでまあ、()()()()()()()()っていう感じで続いていく。


 ルールがあるから秩序があるんじゃない。

 秩序があるように見えるだけで、実際はそうでもない。


 適当な規律、適当なルール、適当な暮らし。

 一見、緩いけど、それは根底にある掟を破らないことが前提。


 法はないけど、掟はある。

 掟を破ると…… 何をされても文句は言えない。


 掟って何? と聞かれると、わたしにはうまく説明できない。

 それを示すデータはどこにもないからだ。

 明確にしてはいけないこととか、やらなけれならいことがあるわけじゃない。


 ただ、空気のように、感覚的に守るべき最低限のものみたいなものだ。


 それが、HODO。


 私は、この街に馴染んでる……。

 今のところここにしか居場所が無いっていうのがホントのところかな――?。

 

 でも、()()()()()()()()()()とは思ってる。


 ここでは、誰もが何かを持ってる。

 それは、情報だったり、技術だったり、ただの噂だったり。

 価値のないものなんて、ここにはない。


 だから、私も持っているふりをする。


 ……実際、私は結構持ってる方だと思うけど。


「ヘイ! シス!……お一人?」


 ふと声をかけられた。


 振り返ると、レザーのライディングスーツにプロテクターを装備した男が、ゴーグルをずらしながらこちらを見ていた。

 背中には、ネオンのように光るデジタルテクスチャのギルドシンボル。


 ギルドのメンバーを示す、カラーズ(看板)を身に纏った、典型的なコード・フレームワーク乗りのスタイル。


(……またか。)


 HODOにいると、こういうことは珍しくない。


 見るんじゃなかった。

 わたしはすぐに視線を前に戻した。

 こういう連中と関わるのは、余計な手間が増えるだけだ。


「ちょっと待てって」


 そう言って男が背後に迫ってきたのを感じたが、同じカラーズの男が静止した。


「おーい、やめとけって。その女、アルマナックのメカだぞ」


 その言葉に、絡んできた男の動きが止まる。


「ああぁ? 柳橋(やなぎばし)のとこのモンかよ……」


 チィと舌打ちして男が離れていくのを感じた。


 わたしは、一言も発さず、そのまま歩き続けた。


 HODOで柳橋―― わたしの入っているギルドのリーダーの名前が知られていることは、わたしにとっては悪くない。

 

 トラブルが減るというのは、単純に助かる。

 ともかく、ああいう男たちはゴメンだけど、HODOの空気は、騒がしいのに、どこか心地いい。

 

 この街の住人は、みんな()()を持っている。

 それが情報であれ、技術であれ、モノであれ何かしらの価値を持っていることがこの街で生きるための条件だった。


「ちょっと、まちなお嬢ちゃん。あんたね、カワイイいんだからもうちょっと注意しなよ。いつも言ってんだろ」


 HODOの路地裏の雑貨屋――。

 いや、この辺りの商売人の顔役であるミツエおばちゃんが、片手に小さなデータパックを握りしめてそう声をかけてきた。


「柳の名前が通じる奴らだけじゃないんだからさ、路地裏引っ張り込まれたらどうすんだい」


 今のを見られていたらしい。


 正直、耳が痛い……。

 この街に流れついた頃、確かに未遂はあった。

 助けてくれたのもミツエおばちゃんだ。

 

 あれがどういうことなのかも、今はデータとしては理解している。


 男がどうしてわたしに声をかけるのか――。


 わたしは、自分のデザインや容姿についての情報は持っている。

 あれがきっかけで、データとしてどのような効果があるかも知っている。

 でも、それに興味を持つ人間の気持ちというのは…… よくわからない。


 わたしにとって、身体のデザインはアイコンであり、シミュレーションの結果にすぎない。

 それを見て()()()()()()

 データとしては知ってるし、今でも胸がモゾモゾとする。


 それを知ろうと閲覧したデータのことを思い出すと……。

 だめだ、やめておく。


(……どうでもいい。 そう、わたしにとってはどうでもいいんだ)


 そう心の中でつぶやいて、かつて見たデータのことを記憶(メモリ)の奥底に捩じ込んだ。

 

 それを知ってしまったからといって、不愉快でなくなるわけじゃないからだ。


 ただ、その時は何が起きているのか、ただただものすごく怖ったことだけはよく覚えている……。

 

 怖かった……?

 不愉快?

 

 感じるということはやっぱり難しい。

 データとは違うそれはとても不条理だ。

 でも、今のわたしには生存するために必要なものだと知っている。


 そんなわたしを、縁がついたミツエおばちゃんはずっと気にかけてくれてる。


 ミツエおばちゃんの商売は、合法と非合法の境界線ギリギリを攻める、いわゆるグレーなものが多い。

 インスパイアという言い訳をした、ブランドアイテムの模造品にちょっとした改造ツール。

 そのどれもが、企業(テリトリー)の管理下では許可されていない勝手に作られたものだ。


 わたしは小さく息をつく。


「……わかってる」


「わかってる子はね、そんな目をして歩かないんだよ」


 おばちゃんから呆れたという目に耐えられず、わたしは視線を外した。


 おばちゃんは大きくため息をつくと、スッとわたしに手を差し出した。


 「ほら、持ってきな。サービスだよ」


 手渡されたのは、小さなチップに入った食事。

 データ密度の高いスキャンフード、シミュレートドリンクのデータチップだ。


「いいの?」


「いいのいいの。あんたはよく食うからね、持っていきな」


 おばちゃんは冗談めかして笑う。


「……まあね」


 わたしはチップを手に取り、中のデータを読み取る。

 甘いものみたいだ。


「じゃあ、ありがたく」


 言って、その場を離れる。


 わたしは軽く頷く。


「はいよ、また来な!」


 わたしは手を振って路地を抜け、開けた広場に向かう。

 そこでは、子供たちが遊んでいた。


 この街にはこんな夜遅い時間でも子供が遊んでいる。

 HODOでは小さい子供ほど、昼夜問わずこういった光景を見る。

 

 なんでも、十二歳ぐらいまでは現実での家族の依存がまだ高いのだそうだ。

 特にインター・ヴァーチュアで夜の仕事についてる親は現実で昼間ということもざらだ。

 だから、仕事場に近い場所で面倒を見てるくれる人たちがいる場所へと自然と子供が集まるのだという。


 街の住人同士で面倒を見て、子供達も賑やかな場所を選んで遊んでいるという具合だ。


「チセ! ねえ、また光るやつ見せてよ!」


 いつもここにいる子供たちのひとり、カズが、嬉しそうに駆け寄ってくる。

 その後ろには、彼の妹のリリや、数人のガキどもがついてきていた。


「……あれは、あまり見せないほうがいいんじゃない?」


「……?」


「目立っちゃうからさ」


 そうだ…… ここでは、あまり見せるべきじゃない。

 これは、あの場所のもの。

 わたしにとっての言葉だったもの。

 

 確かに、ここではただの手品にしか見えない。


 それでもこれはわたしにしかできないことだ。

 そして、使えばどうしてもあの頃のわたしの記憶が蘇る。

 だから見せることを躊躇してしまう。


     【Flashback】


 ――エクス=ルクス。


 言葉は、音じゃなかった。

 光だった。


 ――光の明滅がわたしたちの会話だった。


 瞬く光がゆっくりと波打つ。

 それは、ただの点滅ではなく感情や意思そのもの。


 今、ここにいること。

 何をしているのか。

 どんな思考を持っているのか。


 それらは、すべて光を通して伝わっていた。

 0と1の2進で表現する明滅する美しい言葉。


 それをマシン語と呼ぶ。

 

 それは最終的に使われるデータを結実させるために、私たちが生み出した言葉だ。

 そう教えられた。


「ねえ、見て」


 わたしは、手のひらの上で、小さな光を紡ぐ。


「うまくできた?」


 目の前にいる担当が、光を受け取るようにしてわずかに明滅させる。


 ――良い出来だ、と伝えてくれたのだ。


 嬉しくなって、わたしはもっと上手くやろうとした。


 担当に一生懸命練習して見せて、喜んでもらっていた。

 大切にされ、守られて―― その時、わたしは満たされてとても幸せだ。


読んでいただき、ありがとうございました。

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