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第2話 Cast No Shadow/04

【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』

無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。


お楽しみください。

――

 

 ベッドに座り、タオルで長い髪の水気を取りながら、チセはMedicineのメロディに耳を傾けていた。


「Now walls of breathing hands are reaching up…… To touch my thigh……」


 鼻唄まじりに、歌詞が口から零れる。

 不思議な旋律と、耳に残る言葉。


 しかもこの曲には、いくつものバージョンが存在する。

 まるで、バージョンを重ねてアップデートされてきたプログラムのような楽曲だ。


 それでもチセは、その中でも最も古いバージョン――。

 人間の時間…… 時代、と呼ぶべきなのだろうか。

 1992年に最初にリリースされた、音源としての()()()姿()が一番好きだった。


 洗練され、新しく、よりクリアに更新されていくのは、まるでコードのようだ。

 合理的で、効率的で、正しい進化。


 それでも、なぜか。

 チセはいつも、この最初のバージョンに耳を傾けてしまう。


 新しいもの、改良されたもの―― 本来は、その方が良いはずなのに。

 それなのに、どうしても、最もトラディショナルなこの音を選んでしまう。


 その一瞬だけ、なぜか。

 あのトリコロールの機体と、そのコード・ライダーの姿が、脳裏をよぎった。


 ちょっとだけ気持ちがわかるような気がして、理由もわからないまま、何故か悔しくなる。

 チセは、ぷすっと口を尖らせた。


 この気持ちになると、チセはどうしても思い出してしまう。

 シージン・マーチと呼ばれる、あの野蛮な見せ物(レース)のことを――。


 人間とはなぜ、ああまで競いたがるのだろう。

 速いとか、強いとか――。


 思い出すだけで、うんざりするようなルールだった。

 

 生き残ること。

 それから、日が暮れるまで、とにかく多くコースを周回すること。


 参加者のCFの中には、明らかにデータ密度の濃い、アルマナック所属機よりもはるかに高いスペックを誇る機体が、いくつもあった。


 どう考えても、性能がよくて、強力な武器を持っている機体の方が有利なはずだった。


 そんな思いを抱いて、レースが始まった最初。

 チセは、非論理的で、生産性のかけらもない人間の行動に、冷ややかな視線を送っていた。


 でも結局、チセはまた目の当たりにした。

 あのHODOの港で、ジクサーから見た―― あの理屈の通じない光景よりも、遥かに鮮明に。


 理屈も、アドバンテージも――。

 そんな現実など一切無視して、ガムシャラで、貪欲に挑むあの姿を。


    【Flashback】


 「次! ピットに戻って!」


 武弾(ウータン)のメインストリートに設置された、アルマナックに割り当てられたピットゾーンで、わたしはインカムを兼ねる耳元の、浮遊する三角形のオブジェクトに向かって叫んでいた。


 「ごめん! 無理だ!」


 「はぁ? 何言ってるの! ちょっと、悠!」


 バラララァン!

 甲高く、耳の奥まで刺さるような金属音とともに、2工程処理型(ダブルアクション)特有の強烈な干渉光を引いて、γが一瞬で視界の外へ走り去っていく。


 「おまえー! 無視すんな!」


 わたしは、なぜかアルマナックのエンブレムと同じブルーの服を着せられていた。

 しかも、やたらとピッチピチだ。


 そんな格好で、このシージン・マーチのγのナビ兼メカニックをやらされている。

 キーッと髪を掻きむしるわたしの横で、アジエがヤレヤレと首を振った。


 今日のアジエは何故か、赤いレザーのジャケットにミニスカート。

 これまた露出多めで、ぴったり張り付くような服装だ。


 「オー、すげぇ。悠のやつ、燃えてんじゃん」


 「あんな干渉光引きまくってたら、本当に機体が燃えるわよ!」


 黄色と黒の、これまたほとんど水着みたいな格好のケイトが、ケラケラ笑いながら言う。

 わたしは思わず、涙目で抗議した。


 少し前にホークがクラッシュして、ケイトはとっくにレースをリタイアしているはずなのに、気づけば着替えていて、アルマナックのピットでずっとはしゃいでいる。

 ケイト曰く、「応援」らしい。


「チセ、ごめん――」


 悠の声が、インカムオブジェクトから入ってくる。

 その声音は、いつになく神妙だった。


「――さっき、ライノもやられた。ここで稼がないと、罪の男(シナーマン)に並ばれる……」


 重くて、どこか切ない響き。

 思わず「むぅ……」と、わたしは唸る。


武弾(ウータン)ストレートまでの全開は二分まで。基本はパワーバンドをキープして」


 γのステータスを確認しながら、指示を飛ばす。

 どうせ止まらないなら、せめて壊れないようにさせないと。


「いい? 断続的に処理落ち(オーバーヒート)が起きてる――」


 さらに二つ、空間ディスプレイを展開する。

 γの処理ログが、凄まじい速度で流れていく。

 出力を落として解析している余裕なんてない。


「このままじゃ、ブローするわよ」


 メモリダンプをリアルタイムで確認しながら、無理やり調整をかけるしかない。

 ちらりとアジエを見ると、少し硬い表情をしていた。


 0と1の羅列で世界を見るなんて、人間にとっては明らかに異常だ。

 アジエにも、それがわかるのだろう。

 でも、わたしは今、普段なら絶対にやらない危険な行為に踏み込んでいる。


 そうでもしないと、切り抜けられない。


「これからリモートで、できる限り調整する。だから、この周回は戦闘を避けて」


 処理のバイパスを通し、可能な限りの修復を開始する。


「……勝たせてあげるから、言うこと聞きなさい」


 思わず、そんな言葉が口をついて出た。


「わかった―― 頼む」


 後ろから、ケイトの「Woo!」という声が聞こえた。

 きっと、ものすごくニヤニヤした顔をしているに違いない。


    【Present Day】


 「……勝たせてあげる」


 シャワーを浴び終え、髪をパンパンとタオルではたきながら、チセはふと、その言葉を思い出していた。


 口にした瞬間の感触だけが、妙に生々しく残っている。

 意味を考えるより先に、するりと喉を抜けていった言葉だった。


 どうして、あんなことを言ったのか。

 考えようとすると、うまく形にならない。


 ただ、あの時――。

 インカム越しの悠の声が、いつもより低くて、遠くて。

 γの処理ログが、画面の向こうで崩れかけていて。

 それらが重なった瞬間、胸の奥が、ひどくざわついた。


 それだけのことだったはずだ。


 勝ちたいとか、負けたくないとか。

 あのシージン・マーチで、そんな感情に本気で向き合った記憶はない。

 本来なら、非生産的で、無意味で、できれば距離を置いていたかったイベントだ。


 それなのに――。


 タオルを置き、ふと鏡を見る。

 そこに映っているのは、いつもの自分だ。

 だが、あの時の自分とは、少しだけ違う気がした。


 思えば、あの服もおかしかった。

 体の線がはっきり出る、やたらとぴったりした衣装。

 他のピットにも同じような格好の女性クルーが並んでいたから、そういうものなのだろう、と納得しようとした。


 人間は、現実世界にいた頃から、こういうイベントに()()()()()を置くらしい。

 レース・アンバサダーだとか、コンパニオンだとか。

 理由を聞いても、やっぱりよくわからない。


 前夜祭からあの格好で立たされ、翌日は、なぜかケイトやアジエと並んで、CFの前でスクショの撮影会をやらされた。


 「ファンサだから」


 ケイトはそう言って笑っていたが、チセには最後まで腑に落ちなかった。

 あの時間、ずっと胸や腰のあたりに、まとわりつくような視線を感じていたことだけは、はっきり覚えている。


 アジエは後で、「いやー、儲かった」と上機嫌だった。

 どうやらスクショは有料だったらしい。


 その用途については―― 考えないことにしている。


 タオルを肩にかけたまま、チセは小さく息を吐いた。


 「……勝たせてあげる」


 もう一度、心の中で繰り返す。

 やはり、しっくりこない。


 たぶん、あれは約束でも、宣言でもなかった。

 ただ、あの瞬間にだけ生まれた、余計な熱だったのだ。


 それでも―― その熱が、今も完全には冷めきっていないことだけが、少し気にかかっていた。


 結局はシージン・マーチで勝つことはできなかった――。


 むしろ、勝ちを捨てたと言ってもいい。

 あとから考えれば、勝てる状況だったのだと思う。


 あの最後の武弾(ウータン)ストレート――。

 散々、邪魔をしていた二機のCFを悠が倒して間も無くのことだ。

 最終ラップで悠はゴールをしなかった。


 罪の男(シナーマン)と呼ばれるコード・ライダーとの一騎討ち。

 それが悠の選択だった。


(なんでわたしは、送り出したんだろう――)


 チセは悠の決断に意を唱えなかった。


 やっぱり、雰囲気に飲まれていたのだろうか――。

 いくら思い出しても、あの非論理的な行動に、チセは理屈をつけることができないでいた。



読んでいただき、ありがとうございました。

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