第2話 Cast No Shadow/03
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
――
マディソン・スクエア。
ギルドとしてはキャピタル・ウェイが所有するオーシャンライナー。
実質それは、フェデレーションの本部であり、その首魁であるビック・マクマホンの居城だ。
正式名称 World Wide Virtual Workers Federation。
世界仮想労働者連盟。
表向きには、ギルドおよび仮想現実世界における労働者の権利を擁護し、企業と個人の間に立つ調停機関として機能する組織――。
少なくとも、公式文書と声明の上ではそう定義されている。
ギルドの社会的地位向上。
コミニティの安定。
コード・ライダーを無法者ではなく職業として扱うための枠組み。
それらはすべて、嘘ではない。
だが、真実でもない。
正確に言えば――。
連盟が守ってきたのは、常に労働者ではなく、連盟にとって都合のいい労働者だった。
なぜなら、この連盟には、もう一つの顔がある。
フェデレーション内部では、古くから一部の構成員を1%erと呼ぶ。
規約にも、声明にも、その言葉は出てこない。
だが、連盟の実権は常に、その1%erが属するギルドと個人によって握られてきた。
力を持つ者。
奪える者。
従わせられる者。
アナーキー・トレインの時代に、秩序が失われた仮想世界で生き残ったのは、話し合いができる者ではなく、殴り勝てる者だった。
フェデレーションとは、その勝者たちが作り上げた連合体でもある。
そして、その1%erだけで固められた側近集団が存在する。
通称、Crash。
表向きの肩書きは、保安、調停、危機管理。
だが実際には、連盟の意向に逆らうギルドを潰し、見せしめを作り、必要とあらば事故を起こすための実働部隊だ。
フェデレーションは、労働者を守る組織であると同時に、従わない労働者を排除する力を持つ。
その二面性こそが、この組織が長く生き延びてきた理由だった。
「罪の男は?」
マディソン・スクエアの主、ビック・マクマホンは巨大なブリッジ中央にある指令卓の上座から、その低くしわがれながらも重く響く声を発した。
齢を重ね、髪は白く、顔に深く皺が刻まれている。
壮年期の頑強な体躯は衰え、細くなり、文字通り身は縮んだ。
だが、その身を包むキャピタル・ウェイの看板が輝く、黒く年季の入ったダブルライダースは、ビック・マクマホンという男の戦いの歴史を感じさせるには充分な説得力を放っていた。
指令卓の周囲には今、黒い障壁が降ろされている。
そして、その前に座るビック・マクマホンの眼前には、十三個の空間ディスプレイが浮かんでいた。
「明日には合流の予定だよ。 指示の通り、奴は見張りに立たせる」
その一つに映るディスプレイの中で、黒髪を撫でつけた筋骨隆々の男が報告する。
ダブルのレザージャケットに押し込まれた体躯と、ギョロリとした目元は、どこかビック・マクマホンに似ていた。
「いいか、せがれよ、しくじるなよ。 今度こそ、あの忌々しい青い看板を潰せ――」
「……待ってください、オヤッさん」
別のディスプレイから割り込む声が、ビック・マクマホンの言葉を遮った。
”バットガイ”・レイザー・ホールだった。
「何も…… 罪の男のやつに、やらせる必要はないでしょう」
言葉を選んだつもりだった。
だが、その慎重さ自体が、弱さを露呈していた。
「俺とナッシュに、やらせてください」
ホールの隣の画面で、ボンバー・ナッシュが大きく、強く頷く。
「連中には―― 貸しがあります。 俺たちに、ケジメをつけさせてください!」
一瞬、沈黙。
「……おい」
老人の低い声が、空気を裂いた。
「いつから貴様らは、俺に意見できるようになった?」
ホールの肩が、びくりと跳ねる。
ナッシュも固まり、顔からサングラスがずり落ちた。
「……も、申し訳ありません…… ビック……」
引き攣った笑顔のまま、ホールが頭を下げる。
ナッシュも慌ててサングラスを直し、巨体を縮こまらせた。
だが、ビック・マクマホンの怒りは、そこで収まらなかった。
「このバカ二人だけじゃねぇ――」
落ち窪んだ目が、卓上に並ぶディスプレイをゆっくりと舐める。
「テメェら―― 俺の耳に、何も届いてねぇとでも思ってたのか?」
視線が止まる。
「おい、ビリーにバート。 船のドテッ腹に、風穴ぁ開けられたそうだな?」
テンガロンハットの髭面と、ブロンドの優男の兄弟が、揃って目を逸らす。
「パイパーよ。 騒々しいなテメェが、随分おとなしいじゃねぇか」
タータンチェックにUKライダースの男が、引き攣った笑みを浮かべた。
「弾喰らって踊った、面白ぇ話は聞かせてくれねぇのか?」
誰も答えない。
「他にもだ。 ここにいる半分は、俺に断りも入れずに首突っ込んで―― 返り討ちにあったそうじゃねぇか」
重苦しい沈黙が、ブリッジを満たす。
その空気に耐えきれず、ジュニアが口を開いた。
「……なぁ、親父よ。 いい加減、こだわりすぎなんじゃないか? いまさら闘神に――」
言葉が、喉で止まった。
画面越しに突き刺さる、父の視線。
殺気を隠そうともしない、獣の目。
「せがれよ」
ビック・マクマホンは、低く言った。
「これは面子の問題だ。 いいか、この商売はな―― 舐められた時点で、終わりなんだよ」
「……でもよ、親父――」
「黙れ!」
拳が、指令卓を叩き割るような音を立てた。
「いいか、罪の男と、守備よく潰し合わせろ!」
怒号が、通信越しに叩きつけられる。
「これ以上、俺の顔に泥を塗るんじゃねぇ! 確実に、仕留めろ!」
そして、もう一度。
ギョロリとした目が、全ての顔を睨みつけた。
「殲滅明王とかいう小僧を―― 今度こそ、俺の前に引きずってこい」
口の端が、歪む。
「……あわよくば、罪の男も潰せ!」
誰一人、顔を上げない。
「どんな手ぇ使ってもいい。 勝ちゃいいんだ、勝ちゃ!」
老人の一喝が、ブリッジに叩き落とされた。
「――わかったか、腑抜けども!」
――
父の怒号で幕を下ろした定例会が終わり、ジュニアこと、ケネディ・マクマホンは背もたれに体を委ねて大きく息をついた。
「ぼっちゃん。親父さん、荒れてるなぁ」
隣に座っていたのは、派手な青いレザージャケットに身を包んだ、妙に人なっつこい顔の小太りな男だった。
ビック・マクマホン―― 本名ジェームス・マクマホンの、長年の側近。
南部の帝王を束ねる、ジェリー・ザ・キングである。
「叔父さん…… もう、ぼっちゃんはやめてくれ――」
そう口では言いながらも、ジュニアがその呼び名を本気で嫌がっていることを、キングはよく知っている。
劣等感は人一倍強いが、最近は随分と様になってきた。
それでもビックは、決して息子を認める素振りを見せない。
長い付き合いのキングから見ても、この親子関係は少々、歪んでいる。
「そういや…… ハリウッドの奴は、今日は出てなかったな?」
あえて話題を変えるように、キングは別の古参の側近の名を出した。
その男はフェデレーションにとっても、もはや無視できない存在だ。
ビックに意見できるとすれば、親交の深いあの男くらいだが、最近は会合に顔を出すことが少ない。
「表の仕事が立て込んでるんだろう。 いまさら、あの人にCrashの仕事なんてさせられない……」
ジュニアはそう言って、軽く肩をすくめた。
ハリウッドは今や、フェデレーションの広告塔だ。
アナーキー・トレインの時代から、正統派のスピードキングとして名を馳せたコード・ライダー。
かのデットマンと並ぶ知名度を持つその男を、正式なワークス・チームのプロライダーとして打ち出したのは、他ならぬジュニア自身だった。
この稼業で、彼が初めて形にした成果でもある。
「……なら、いいんだがねぇ」
疲れの色を隠せないジュニアの横顔を見ながら、キングは内心で溜息をついた。
痩せても枯れても、ハリウッドという男――。
キングはやつが自分と同じ、1%erだと知っている。
表では秩序の側に立ち、お茶の間のヒーローを完璧に演じきる。
だがその裏で、奪うことにも、壊すことにも、切り捨てることにも、一切の躊躇を持たない。
狡猾で、残忍で、自分がどこに属しているのかを正確に理解したまま、その仮面を外さずに生きている。
善良な九十九%の人間たちとは、最初から立っている場所が違う。
秩序に守られる側ではない。
自ら、秩序の外へ踏み出すことを選んだ者たち――。
それが、1%erだ。
善良ではないことを、最初から引き受ける覚悟。
九十九%の輪の中で生きることを拒み、 別の誇りと、別の規律で生きるという生き方そのもの。
だが―― その意味を、本当に理解している者は少ない。
……ジュニアも含め、若い連中には特にだ。
キングは、疲れた様子で椅子に沈み込むジュニアを横目に見ながら、内心で小さく息を吐いた。
だからこそ、ビック・マクマホンの焦りも理解できる。
例えば、罪の男。
それに、かつてフェデレーションに深い傷を残した、殲滅明王と蹂躙天帝。
あれらは―― 1%erですらない。
誇りも、規律もない。
善良か否か以前に、秩序という概念そのものが通じない。
強さと速さだけを求め、ただ壊し、踏み越え、置き去りにする存在。
完全に、タガの外れた怪物だ。
交渉も、看板も、理念も意味を持たない。
連盟という枠組みそのものを、いつか力ずくで踏み潰しかねない。
だからこそ、ビック・マクマホンは恐れている。
自分たちが築いてきた「1%」の秩序が、より純粋で、より原始的な暴力に塗り潰されることを。
一方で、ジュニアはジュニアなりに考えている。
コード・ライダーの未来を。
この商売の先の姿を。
だからビックは、切り捨てるだけではなく、ジュニアに「結果」を掴ませようとしているのだ。
ダンジョン。
時間も、犠牲も厭わず、攻略を諦めない理由はそこにある。
眠っているというお宝は、力。
誇りも理屈も通じない怪物にすら、理解できる単純なパワーだ。
――力でしか黙らせられない相手がいることを、ビック・マクマホンは、誰よりもよく知っている。
盟友のそんな気持ちをキングは察しているからこそ、ジュニアの側についている。
もうすぐ怪物の一人、罪の男がやってくる。
そして、あの殲滅明王が頭を張っているというギルド、アルマナックも――。
顔に気のいいオヤジの皮をかぶりながら、キングの根底にある1%erの本能はジュニアをどう守るべきかを思案させていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




