断章 王の闇/02
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
それは、まだV5という言葉が公に定義される前。
V3と呼ばれていた時代の、終わりかけの頃の話だ。
メサイア経営最高責任者、ラリー・ゴールドマンが正式なアポイントを求めてきた――。
その報告を受けた、ほんの数時間後。
オープンオフィスのラウンドソファに座り、ヴェイロンは、ひどく時代遅れなインターフェイスを開いていた。
――――
テキストベース・ソーシャルメディア
かつては、現実世界の情報流通を一変させた場所。
国家、企業、マスコミが独占していた発言権を破壊し、その中心的なシステムの一つを、ある富豪が買収したことをきっかけとして、主義と主張と利権による無数の亜種を産み出した。
世界中の時事と噂と真実を呑み込み続けた、不安定な衆人環視の観測システム。
だが、仮想現実が成立して以降、テキストだけのやり取りは次第に使われなくなった。
遅い。
不便。
非効率。
今や主戦場は、没入型の体験と感情共有だ。
コミュニケーションの手段としてのテキストは、時代に置き去りにされた遺物だった。
――少なくとも、表向きは。
――――
その古い器を、再び掘り起こしたのがプロメテックスだった。
制限された文字数。
即時性。
編集不能なログ。
そこに、
どれだけ短い言葉で、どれだけ多くを支配できるか――
そんな露骨な知能ゲームをテーマとして、ヴェイロンはセンセーショナルなコマーシャリズムをトッピングして持ち込んだ。
思考の速さ。
構造理解。
そして、言葉の切れ味。
それらを、衆人環視の下で競わせる。
まるで真新しい玩具のように、ヴェイロンはそれを大衆の前に差し出した。
だが実際には、器を置いただけだ。
ほとんど手を加えず、過去の異物を、そのまま晒したに過ぎない。
それでも、優越感と承認欲求への訴えかけ―― それだけで、仮想現実世界の時代においてですら、人は再び集まり始めた。
根源的な遡及―― すなわち、なんとなく感じる抽象化された欲求と、本能に訴える演出。
それが、ヴェイロン・アークライトという男のビジネスの基本だ。
――――
スクロールする画面の中央に、ヴェイロンの発言があった。
――――
user8392
「お前の企業って、結局何してんの?」
TechJunkie
「メサイアの技術戦略って、独自性あるの?」
AI_4EVER
「未来を創るって、結局なに?」
ヴェイロンは、それらを一読しただけで指を止めた。
――――
V.A
「企業ってさ、未来を創るって言うけど」
V.A
「実際に何してるか、ちゃんと説明できる人、どれくらいいると思う?」
――――
user9283
「研究?」
CorporateShark
「投資と買収」
Memelord42
「どうせ金だろw」
短い沈黙。
それから、ヴェイロンは打ち込んだ。
――――
V.A
「ちがう」
V.A
「ライセンスを取る。
規格を握る。
入口を塞ぐ」
V.A
「それだけ」
V.A
「メサイアは、未来が通らざるを得ない道を先に買ってる」
――――
AI_Lover
「言い切ったな」
BigTechHater
「内部の人間か?」
user2039
「お前も同じ穴のムジナだろ」
ヴェイロンは、肩をすくめる絵文字を一つだけ添えた。
――――
V.A
「僕?」
V.A
「僕はね、未来を創る側じゃない」
V.A
「未来を買う側だ」
――――
その一文で、場の空気が変わった。
誰もが気づいたのだ。
これは挑発ではない。
説明ですらない。
実演だと。
制限された文字数の中で、ヴェイロンは答えではなく、構造そのものを、否応なく理解させていた。
そして、その構造の向こう側で―― ラリー・ゴールドマンという男が、次の一手を待っていた。
明後日には、このアインシュタインブリッジに、メサイアを率いる男が姿を現す。
仮想世界における軍事・軍拡を「セキュリティ」と呼び替え、それを最初に商品として成立させた人物。
ブラックアウト以降、現実世界国家との唯一の接点となった閉域行政都市と、企業都市国家との関係性を協定という形で固定化した張本人でもある。
その枠組みは、今や他の企業都市国家にも基準として踏襲されている。
だが―― ラリー・ゴールドマンの本質は、制度を作ったことではない。
制度の裏側に潜む武力を、そして、均衡を破壊しうる可能性を、誰よりも早く理解していたことだ。
イントラに内包された国連軍の存在を暴き、牽制のために、かつての競合であったノイエ・グラーフ、そして霊峰公司との同盟を成立させた。
V3と呼ばれた時代―― その実態を、最も正確に形にしていた男。
巨大IT企業、メサイア。
現実世界の覇権競争から仮想世界の政治闘争に至るまで、あらゆる主導権を取得可能な資産として扱い続けた結果が、その姿だ。
だからこそ、誰もが知っている。
対等な同盟を装ったV3という構図の中で、実際に支配していたのが誰なのかを。
ラリー・ゴールドマン。
ザ・ドミネーターと呼ばれる男だ。
「うーん、なんだろうねぇ…… ダビデとゴリアテ? それはカッコよすぎだね」
テキストメッセージが流れる空間ディスプレイをスクロースさせながらヴァイロンは皮肉めいた笑いを浮かべた。
「そもそも、アレには石投げても勝てないでしょ。 それに僕は喧嘩嫌いだし」
さらに、いくつかのメッセージを投稿すると満足気にディスプレイを指先で突ついた。
風船が割れるように、ディスプレイが霧散する。
「僕はねぇ、現実では何も持っていないんだけどねぇ。 どう思う、ラブレス君?」
ヴァイロンは背後に佇む、ミステリアスな秘書を見上げた。
チラリとラブレスはメガネのレンズ越しに薄く光るようなアンバーの瞳を向ける。
「社長、あなたが現実で文無しかどうかは関係ないのではないでしょうか――」
ラブレスは表情を変えずに、なかなか辛辣な言葉を投げかける。
「我が社は現実世界に直接的な基盤を持たずとも、社長個人の特許と、そこから派生した技術体系によって、すでに無視できない位置にいます」
「うーん…… 後発だからね」
ヴェイロンは肩をすくめる。
「他人の資産を使えるだけ使って、出口を自分の側に引き寄せる。 それくらいしないと、勝負にならない」
「お言葉ですが」
ラブレスは言葉を切った。
「それは、我が社の表向きのシェアだと思いますが―― 社長のご趣味はむしろ、例の分野……」
ヴァイロンはゆっくり立ち上がると、ラブレスの唇に人差し指を押し付けた。
「はーい、そこまでー。 だめだよぉ、ラブレス君。 うちは優良企業だからね」
「申し訳ありません」
「うーん、いいよぉ。 怒ってないから。 それに、まあ、そうだよね――」
ヴァイロンはそっとラブレスの腰を抱き寄せると、そのミステリな瞳を覗き込んだ。
「そっちも知ってるからドミネーターは僕に会いたいんだろうし」
この無機質で実に作り物のような瞳は本当に美しいと感じる。
「えーと、僕はね、こうやってPINGを打って確認しないと不安でしょうがないんだ。 これからも、頼りにしてるよ、ラブレス君」
「社長……」
ラブレスは表情を変えずに答える。
「これは社内規定上、セクハラに該当する行為と思われますが?」
ヴァイロンは慌てて、一歩、ラブレスから離れて両手をあげる。
「あらー。 ごめーん、調子乗っちゃった。 許して」
ヴァイロン・アークライトはおどけて見せながらも心の中では、まだはっきりとラリー・ゴールドマンの真意は計りかねていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




