第1話 罪の男(シナーマン)/06
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
【Present Day】
ヘロンのパイロットシートで機体のステータスとレスポンスを確認しながら、ウーはシージン・マーチでの思わぬ再会を思い出し、思わず口元を緩めた。
レイザー・ホールとボンバー・ナッシュ。
あの頃は、せいぜい噂で名前を聞く程度の存在だった。
今なら、連中の立ち位置も、その裏側もよく分かる。
フェデレーションは、単なるギルド同士の互助組織などではない。
その源流にあるのは、アウトロー・モーターサイクル・クラブの流儀。
表も裏も、古い掟と恐怖で縛り上げる文化を、この仮想現実世界に持ち込むために、ビック・マクマホンが組み上げた歪な集団だ。
当然、その裏には役割がある。
組織の面子と威圧を保つための、壊し屋ども。
マクマホンの側近の中でも、Crashと呼ばれる連中がいる。
ホールとナッシュは、そのクラッシュの中でも札付きの二人。
そんな手練れを、かつて見かけたスーパーマン飛びのど素人が、まとめて手玉に取った。
――笑わない方がどうかしている。
そして、あの時のシージン・マーチは、ここ数年の中でも最も盛り上がった大会だったと言われている。
皮肉なことに、その熱狂が罪の男というコード・ライダーの名を、一気に定着させた。
あのシージン・マーチを制したのは、ウーだった。
もっとも、結果だけを見れば制したという表現すら生温い。
あの年のシージン・マーチに、2位や3位は存在しない。
ゴールに辿り着いたのは、ウーただ一人だった。
最後まで生き残った者が勝者というルールのもと、ウーの後方には、参加者たちのCFの残骸が積み上がっていた。
結果として、現在に至るまで、あの形式での優勝者は彼一人きりだ。
この一件で、フェデレーションの態度も目に見えて変わった。
ギルド業界全体に名が知れ渡り、さすがに露骨な排除はやりづらくなったらしい。
ビック・マクマホン本人は、最後まで罪の男を潰したがっていた――。
そんな噂も耳には入っている。
だが、ジュニアを含む数人の側近が、それを強く諌めたとも聞いた。
要するに、組織の面子を優先し、実力を認め、声をかけたという体裁を選んだ、というわけだ。
もっとも、ウーに最初から馴れ合う気などない。
連盟への参加要請は、きっぱりと断った。
もっとも、ビリーの進言もあって、
「恐れ多くて、若輩者にはとてもとても――」
そんな芝居を打ち、最低限の面子だけは立ててやった。
その甲斐あってか、かつては孫請けの使いっ走りだったギルドも、今では頭目であるビック・マクマホン自身が、直接仕事を回してくる立場になった。
内容はと言えば、嫌がらせ半分の無茶振りばかりだ。
だが、成功させた時に浮かぶ、あの老害の苦虫を噛み潰したような顔を見るのは、ウーにとって、いつの間にか半分ゲームのような楽しみになっていた。
だが、真実を言えば―― 。
ウーが優勝したのは、たまたまに過ぎない。
例のγを追い、邪魔者を潰しながら走った。
結果として、優勝がついてきた―― それだけの話だ。
それに、最後の最後。
もしγを墜とせず、そのまま奴がゴールしていれば、ウーの優勝はなかった。
γにはそれは可能だったはずだ。
ヘロンのパイロットシートの上で、グリップの感触を確かめていたウーの顔から、さっきまで浮かんでいた笑みが、すっと消えた。
ヘロンにも、クラッシュの二人のCFにも、機体性能の明確なアドバンテージがあった。
にもかかわらず――。
形はどうあれ、あのγのライダーは、あの機体と奴なりのやり方で、本気で勝ちを狙っていた。
おかしな話だが、別に楽しめればよく、優勝までは狙っていなかったシージン・マーチで、ウーはムキになったのだ。
それは、武弾のピットで補給を受けていた時だった。
ビリーにγの追加情報を求めた時、ウーははっきりと理解した。
フェデレーションの刺客と戦うために足を止めたかどうかに関係なく、あの型落ちのCFはすでに、周回という一点ではウーを上回っていたのだ。
一点だが、それはこのシージン・マーチを制するための、明確な勝利条件だった。
γのコード・ライダーは、それをストイックに突き詰めている。
あの、いつかのど素人が純粋に勝利だけを欲し、このレースのルールに対して、最短で最適な方法を選択している―― ウーはそう直感した。
殲滅明王の言葉が、再び脳裏をよぎる。
「うちらのライダーは出るからよ。奴らに勝ったら、お前の勝ちってことでいいわ」
その瞬間、ウーの頭に血が上った。
毒が抜けたと感じていた柳橋という男は、本気でそう言っていたのだ。
――アルマナックは、勝ちに来ている。
アルマナックのコード・ライダーの経過ログを確認し、ウーは確信した。
エントリーしているのは三人。
どいつも上位に食い込んでいたが、γは明らかに群を抜いていた。
そして、ホールとナッシュを相手に足を止めたことで、γとの周回差がさらに開いていくのは明白だった。
トップスピードや出力だけを見れば、γはシージン・マーチ出場機の中でも中の下に過ぎない。
それでも、周回ごとに着実に順位を上げている。
撃墜数が突出して多いわけではない。
だが、周回ごとに、増える撃墜数に同期して順位が上がっていく。
常に、自分より前を走る相手だけを確実に仕留めている―― それが何よりの証拠だった。
むしろ、残る二機が、露骨にγをアシストしているようにさえ見えた。
その瞬間、ウーにとってフェデレーションなど、どうでもよくなった。
今この段階で、γのコード・ライダーにとっては、ウーもまた、フェデレーションの二人と同じく、眼中にない存在だと突きつけられたからだ。
――そして、この後。
ウーの猛追が始まった。
γの周回に追いつくための走りへ切り替え、チャンスがあれば直接潰す。
目に入る機体は、可能な限りスーパースレッジの餌食にしながら、ウーは走った。
結果として、アルマナックのホークとエリミネーターも叩き潰した。
途中でホールにナッシュ、γとも、何度もニアミスを繰り返した。
どうやら、γにコケにされたホールとナッシュは、ウーだけでなく、γもターゲットに定めたようだった。
だが、γは周回数として話にならないフェデレーションの二人を、まともに相手にはしなかった。
結果、γを獲物と定めていたウーも、優先順位の関係でクラッシュの二人と決着をつけるには至らず、一方のγも、ヘロンとの直接対決を避けるかのように、いなし続けた。
完全な膠着状態が作り上げられた。
そしてレース終盤、何度目かのピットインの際、ビリーから驚くべき報告を受けた。
「ヘッド。あのγが、ホールとナッシュをヤリました」
この時点で、残ったCFは十機を割っていた。
シージン・マーチ始まって以来の混戦の末、γは、もはや走りの邪魔にしかならないクラッシュの二人を排除したらしい。
中古のγがエース二人を敗ったという事実は、フェデレーションにとっても、相当に都合が悪かったのだろう。
罪の男に便宜を図った理由の一つは、優勝したウーに注目を集め、この件を有耶無耶にしたかった―― そう考えるのが自然だった。
かくして、日没を迎える最終ラップ。
残った機体は、ウーのヘロンと、アルマナックのγだけになった。
しかも、周回数は、わずかに一周、γが上回っている。
逃げ切れば、γが優勝。
γを叩き潰せば、ウーが優勝。
辺りは、砂漠地帯に映える、夕焼けがかったオレンジ色の照明のような色に包まれていたのが印象的だった。
武弾まで逃げ切れば、γの勝利だ。
パワーとトップスピードで凌駕するヘロンでも、届くかどうかはギリギリだった。
西燼の砂塵舞う、最後の直線。
あの時の高揚を、ウーはいまだに言葉にできない。
あのγは、罪の男のヘロンとの対決を選択したのだ。
決着までの時間は、さしてかからなかったはずだ。
最初に戦った時は、二回かわされた。
仕留めるまでに、数にして四手。
だが、あのシージン・マーチ最後の戦いでは、トドメの三発以外、正確な攻撃回数を思い出せない。
あの軽い、2工程処理型―― 大きさとしては、ヘロンの半分ほどの機体。
結果は明白だった。
勝利は必然だった。
それでもγは、ヘロンの両手のスーパースレッジの猛攻をかわし、捌いた。
だからこそ、明確に格下の相手に、ウーは決め技を使った。
ただの鉄槌の連続ではない。
二つの槌のコード・コアを最大出力にし、光を纏った二つの円が、スピードと共にトリコロールの機体を蹂躙した。
肩口を引き裂き、頭を薙ぎ、足を吹き飛ばす。
技を使ったのは、最後の二機という状況で、γが腕の勝負を挑んできたことへの、敬意だ。
腕だけで、勝利はできない。
それが、罪の男、ウー・シェイフーの鉄則だった。
浪漫では、生き残れない。
それでも――。
あのγは、勝ちにこだわるストイックさを持ちながらも、圧倒的に有利な状況だったにも関わらず、最後の最後で、迷いなくヘロンとの直接対決を選んだ。
「馬鹿ってやつは、結構好きだぜ――」
ウーは再び笑みを浮かべ、愛機の具合を確かめる。
もし、パンドラ・グローブで再びヤツに会ったら、今度はレースではない。
(今度は、どう驚かしてくれる?)
そして、こうも考える。
もしやつが、自分に見合うコード・フレームワークに乗っていれば――。
きっと面白いことになるだろうと、罪の男と呼ばれる男は密かな期待に胸を躍らせていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




