第1話 罪の男(シナーマン)/04
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
【Present Day】
罪の男こと、ウー・シェイフーが、トリコロールカラーのCFと最初に邂逅したのは、そんな具合だった。
西へ飛んだウーはそこで、ほんの少しだけイラつきと退屈を忘れることができた。
不要なマヌケどもに強制排出という粛清を与えるべく現場へ到着したウーを待っていたのは、予想外の光景だった。
残っているのは2機だけ。
最初にタックルを喰らった1機はとっくに墜落しているとして、さらにもう1機の姿が見当たらない。
そして―― 古い2工程処理型が、さらに別の一機に組みつき、拳を顔面へ叩きつけていた。
何度も…… 何度も。
その姿を目にした瞬間、ウーの中から愚か者たちへの怒りも、興味も失せた。
代わりに湧いたのは、ほんの少しの好奇心。
――試してみたい、という衝動だった。
粛清対象から正真正銘、その場の邪魔者となった二機をスーパースレッジで文字通り叩き潰した。
それから、型落ちのCFがどう出るかを待った。
R100Sの顔面を叩き潰していたそいつは、迷いなく、まっすぐにヘロンへ向かって突っ込んできた。
スーパーマン飛びは相変わらずダサい。
だが―― 合格だ。
右のスーパースレッジを、トリコロールの機体めがけて振り下ろす。
槌に搭載された独立コード・コアが周囲の空間を歪ませ、追加のベクトルを与えられて加速する。
それを―― 怯まず、止まらず、最小限の動きで回避。
驚き。
間髪入れず、左のスーパースレッジを振り下ろす。
必殺の一撃を、ロール一つで、紙一重にかわす。
困惑。
次の瞬間、青と白のアーマカウルをまとった腕が伸びてきた。
狙いは正確―― ヘロンの頭部。
その腕へ、右のハンマーの槌を握り込み、叩きつける。
ここで、ようやく相手の動きが止まった。
そして、左のスーパースレッジ、四撃目。
背中へ叩き込む。
機体は腰部で上下に断たれ、上半身と下半身が引き裂かれるように分かれて、落ちていった。
砕け、墜ちていく機体を見下ろしながら、ウーはこう感じていた。
(……あーあ、終わっちまった)
実力差も、機体差も、結果も明白。
必然の結末だった。
それでも―― あまりに呆気ない終わり方に、ウーは小さく失望していた。
キャプテンシートの上で、そんな記憶を反芻し、苦笑いする。
「どうなさったんですか?」
気配もなく、ビリーが背後に立っていた。
「フェデレーションの年寄りと話した後で、機嫌がいいなんて珍しいですね」
「なあ、ビリーよ。 あのアルマナックの、青と白の古くせぇCF……名前、何だった?」
ビリーは一瞬考え、すぐに頷いた。
「γです。ヘッド」
「そうか……γか」
あの時のスーパーマン飛びの素人は、確かにビギナーズラックに恵まれていたのかもしれない。
だが、偶然でヘロンのスーパースレッジを二度もかわせるものだろうか。
しかも、どう見ても中古の型落ちCFで。
仕留めてしまった以上、確かめる術はなかった。
――そのはずだった。
結果として、ウーはだいぶ後になって、そいつともう一度刃を交えている。
その再戦が、予想外に面白い形になったことも含めて―― だ。
「ビリー。次の仕事はパンドラ・グローブだ」
そう告げてから、ウーは一言付け加える。
「――俺のヘロンも準備しとけ。今回は最初から出る」
「アイアイサー」
忠実な副官は、いつも通り感情を表に出さず、即座に応じた。
γとの二度目の対決。
それは、少なくともウーの中にあった原則にとって、唯一のイレギュラーとなった。
【Flashback】
罪の男という名は、現実時間で一年前、仮想現実時間では二年前まで、ただのギルド名に過ぎなかった。
それが今では、V5の一角にして事実上の盟主であるメサイア。
その傘下に連なる私掠ギルドの中でも、名を聞けば視線を逸らされる存在になっている。
サルが頭を張っていた頃は、方々に尻尾を振り、フェデレーションの孫請けのような仕事をしていた、ただの使いっ走りギルドだった。
だが今は違う。
規模でこそフェデレーションには遠く及ばないが、個の戦闘力という一点において、連中ですら俺たちを無視できなくなっている。
俺はサルの時代から、徹底してメサイアの汚れ仕事を請け負ってきた。
払い下げとはいえ、ご禁制のハマーを任されるまでになり、ヘロンへと仕立て上げた後も、その立場は変わらない。
雇い主の邪魔者、裏切り者、失敗作――。
そういう連中を、片端から潰して回った。
最初の頃は、殺し屋だの、壊し屋だの、猟犬だのと呼ばれていた。
だが、ヘロンを手に入れてからは違う。
より強く、より早く、より危険な相手をターゲットにした。
いつの間にか―― 罪の男という名は、ギルドではなく、俺とヘロンそのものを指す呼び名になっていた。
……まあ、要するに。
俺はせっせと、自分の実力を誇示し続けてきたわけだ。
その結果として、少々やりすぎたらしい。
最近になって、めっきり仕事が減った。
そんな時に頼りになるのが、見た目によらず頭の回るビリーだ。
「それじゃ、スポット巡りでもしましょう」
各地のスポットで開かれている模擬戦や大会に出て、ストレスを発散しろというわけだ。
「ヘッド。 仕事じゃありませんから、くれぐれも強制排出は控えてください」
念押しまでつけてくるあたり、さすが副官だ。
これまで散々あくせく働いたんだ。気晴らしくらい、許されるだろう。
運が良ければ、伝説のデッドマンと一戦―― なんてことも考えたが、そこまで都合よくはいかなかった。
それでも、それなりには退屈しのぎになった。
フェデレーション所属のギルドを相手にもした。
ロード・ドックス、スモーキーガンズ、ブランド・ニュー・バッド……。
強制排出できないのが残念だったが、病院送りにはしてやった。
半殺し、というやつだ。
その程度で勘弁してやっただけ、慈悲深いというものだ。
そして今、俺たちはここにいる。
霊峰公司支配地域にある自由都市、武弾。
武弾は、西燼と呼ばれる砂漠地帯にほど近い。
荒地と砂しかない場所だが、シビリアン・マイグレーション華やかな大開拓時代には、企業同士の衝突が幾度も繰り返され、ブラックアウトの際にも大規模な戦闘が行われた土地だ。
その結果、拾っても拾いきれないほどのゴミ資源が眠っている。
それを目当てにジャンク屋どもが集まり、船首が砂に突き刺さったエクサバイト級オーシャンライナーの残骸を核に、都市が出来上がった。
廃品パーツ市場の街―― それが武弾だ。
俺がここに来た理由は、二つある。
今は春節の時期だ。
霊峰公司の支配地域ではどこでも、祭り続きだ。
ここ武弾でも、西燼の荒野を使った催しが行われる。
決められたコースを、どれだけ速く周回できるか。
そして最後まで生き残れるかを競う、デスマッチ形式のレース――。
その名も、シージン・マーチ。
理由の一つは、それへの参加だ。
もう一つは、元・闘神のコード・ライダー。
殲滅明王が来る、という噂を耳にしたからだった。
闘神を知らないコード・ライダーはいない。
すでに解散したという話だが、今なお語り継がれる武闘派ギルド。
そのエースが、殲滅明王。
こいつは、もはや伝説だ。
特に有名なのが、フェデレーションをまとめるビック・マクマホンの旗艦――。
大型デジタル空間船マディソン・スクエアを、たった二機のCFで中破、撤退に追い込んだいう戦いだ。
群がるフェデレーションのCFを突破しての戦果だ。
以来、その時の二人は殲滅明王と蹂躙天帝と呼ばれるようになった。
後にも先にも、フェデレーションという存在に、明確な土がついたのは、この一件だけだ。
そして、武弾のブッカーたちの賭場兼バーでシージン・マーチのエントリーを済ませた俺の目の前、カウンターにドレッド・ヘアの女と並んでその殲滅明王が座っていた。
その背中には青い光で浮かび上がるカラーズが光っていた。
エンブレムのトップロッカーにはALMANACというギルド名が浮かんでいた。
【Present Day】
「ネクサス・リンクに入ります。 目的地最寄りのゲートまで約十六時間。 ヨーソロー」
ビリーがそう宣言すると、ブリッジの窓に星が筋を引くようなネクサス・リンクのトンネルの光景が広がった。
殲滅明王はアルマナックという新たなギルドを作っていた。
ギルドの解散はそれぞれだ。
ただ、ギルドが解散してもコード・ライダーはまた集団を求める。
犬の群れのようなものだ。
だから、ウーにとってもそれ自体はなんら不思議なことではなかった。
「あんたに勝ちたいんだが。 出るのかい?」
あの時、ウーは、目の前の男にそう直球を投げ込んだ。
だが、その柳橋という男の反応は、よほど伝え聞いていた殲滅明王からは程遠く感じたことを覚えている。
「悪いな。 俺はしくじってな、もう、乗れねぇんだわ」
不敵な笑いを浮かべそう返して来たのだ。
「うちらのライダーは出るからよ。 奴らに勝ったら、お前の勝ちってことでいいわ」
さらにそう言った時にはウーの顔は見ずに、またあの背中の青いエンブレムを向け、そのあとは隣のアフリカ系のドレッドヘアの女と話込んでいた。
この柳橋という男は、勝ちということに何も執着している様子はなかった。
ウーはたまたま、かつて闘神のカラーズを背負っていた頃の殲滅明王の映像を見たことがあった。
どこかの、スポットでの出来事の様子だが、ウーのように誰かが話しかけた直後に問答無用で叩きのめす姿が映っていた。
周りには他に闘神のメンバーもいたが誰も何をしない。
冷たい目で、圧倒的な暴力を浴びせかける…… そんな映像だった。
顔は確かに、その時の殲滅明王そのままだが、あの時、武弾で話した柳橋という男には映像の中からでも感じることができた、刺し貫くような雰囲気は消え去っていた。
拍子抜けを通り越え、落胆すらした。
「ビリー。 ヘロンを見てくる。 ここは任せる」
そう言い残すと、ウーはブリッジを後にしてCFハンガーへと向かった。
ウー・シェイフーにとっては強力なパワーと、それを操る強さというのがCFを駆るということだ。
今でもそれは変わらない。
だが、あのシージン・マーチでちょっとした例外に遭遇した。
価値観を揺さぶるような絶対なものではない。
勝ちは当たり前のものだった。
だが、ウーの絶対の常識と価値観に、アレは面白いと思わせるだけの何かがあった。
愛機ヘロンのある格納庫への道を進みながら、 罪の男こと、ウー・シェイフーはあの機体、γとの二度目の邂逅に思いを巡らせていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




