第1話 罪の男(シナーマン)/02
【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』
無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし が開幕です。
お楽しみください。
【Present Day】
悠は目をつむったまま、苦い思い出を噛み締めていた。
調子に乗って衝突しかけたとはいえ、随分とタチの悪い連中に絡まれたものだ。
散々なコード・ライダー初日だったな、と改めて思い返す。
そもそも、あの時は撃ち返そうにも、γは丸腰だった。
ナイフ一本すら持っていない。
武器はそのうちに揃えればいい―― そんな甘さもあったし、何よりあの時の自分は、ただ乗りたいだけの子供で、コード・ライダーですらなかったのだ。
『ヤレられるぐらいなら、ヤルべきだ』
九能悠が持つ、このコード・ライダーとしての原則は、あの経験によって根底に刷り込まれたようなものだった。
「ふぅー……」
一つ、ため息を吐く。
目を開き、頭をぼりぼりとかきながら、ベッドの上であぐらをかいた。
壁面ディスプレイには、無機質な光の筋が流れている。
決して気持ちのいい風景ではないが、闇の中でモンモンとしているよりは、はるかにマシだった。
逃げる先々に砲弾を撃ち込み、悠のγを囲い込むように追ってきた連中は、完全に楽しんでいた。
獲物になった悠は、生きた心地がしなかった。
強制排出――。
その文字が視界を横切った瞬間、心の底から震えが走った。
どれほどそれが続いたのかは、今となってはわからない。
とても長く感じたが、もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれない。
ただ、身から出た錆とはいえ、一方的な蹂躙に対する怒りが、恐怖を押しやった瞬間だけははっきりと覚えている。
そして―― その後に訪れた、初めて撃墜された瞬間のことも。
今でも、何かの拍子に鮮明に浮かび上がってくる……。
【Flashback】
逃げる先々に砲弾が降り注ぐ。
必死にスピードを上げても、恐怖でスロットを戻してしまう。
まるでネズミを弄ぶ猫のように、連中は俺を嬲っていた。
武器を買わずに、こんなところまで来てしまった自分の愚かさ。
自らの不注意を呪い、後悔し切ったあたりで、俺の頭の中で何かがキレた。
相手の機体とγでは、スペック差は歴然だ。
しかも俺は、誰がどう見てもど素人。
そんな自分をバカにするような相手の態度が、どうしても許せなかった。
それまでガチガチと歯を鳴らしていた恐怖は吹き飛び、気づけば俺は相手に向かって突進していた。
武装していないγにできることといえば、機体をぶつけるくらいしかない。
最初の一台の腹部に、肩口からタックルした。
こちらの機体のどこかが潰れるような振動を感じたが、お構いなしだ。
ちょうど、クランクケース付近に肩がめり込んでいた。
完全に当たりどころが良かっただけだが、一撃で最初の一機を仕留めたらしい。
墜落していく仲間の機体に呆然としたのか、相手の動きが止まった。
俺はそれをチャンスだと感じ、一番近い機体に向かって、今度は膝からぶつかっていった。
――幸運は続かない。
膝は叩きつけたが、相手は右腕で受け止めた。
関節が潰れ、だらりと垂れ下がる。
だが健在の左腕に構えたアサルトライフルの銃口が、こちらを向いていた。
俺は叫び声をあげ、γで組み付き、必死にその銃身を掴んで上へと向けた。
「バララララッ!」
音とともに、マズルフラッシュが断続的に瞬く。
まるでダンスでもするかのようにもつれ合った、その瞬間―― R100Sがのけぞった。
背中から黒煙が噴き出す。
どうやら、味方の誤射らしい。
周囲を見回すと、ライフルを構えたまま固まっている一機がいた。
味方を撃ったことに動揺しているのだろう。
俺は黒煙を上げる敵を後方へ放り捨て、動きの止まったそいつへ掴みかかった。
「堕ちろ! 堕ちろ! 堕ちろぉ!」
狂ったように叫んでいた。
いや、実際、狂っていたのかもしれない。
半円球モニタには、R100Sの頭部が大写しになっている。
俺は頭の中で、必死に右拳を振り下ろし続けた。
それに連動するように、巨大な拳がR100Sの顔面を叩き潰す。
γで組み付き、殴りかかっていたのだ。
拳が叩きつけられるたび、軍用ヘルメットにガスマスクをつけたような頭部がひしゃげ、大きく揺れる。
マスクが割れ、皮膚の下の筋肉繊維を思わせる、グロテスクなCFの素顔が覗いた。
構わず、さらに叩き込む。
殴るたび、γのアーマーカウルは潰れ、指のカバーは歪み、割れ、内部のチェーン状の構造が剥き出しになっていく。
ぐったりとした頭部を左腕で掴み、大きく振りかぶって、最後の一撃を叩き込んだ。
拳が右側からめり込み、左目のアイボールカメラがアイカバーを突き破って飛び出す。
もう、相手は動かない。
手を離すと、R100Sは落下していった。
――これで三機目。
残りは、と周囲を探った、その時だった。
固まっている二機の背後に、R100Sより一回り大きなCFが、いつの間にか浮かんでいた。
「……なんだ、こいつ?」
ギラギラとしたシルバーメタリックのアーマーカウル。
その表面には、骨のような凹凸が複雑に彫り込まれている。
装甲は胸部までで、腹部から腰部にかけてはコードユニットが剥き出しだ。
肩から胸はマッシブなのに、腰は異様に細い。
白銀の異様な装甲と相まって、言いようのない不気味さを放っていた。
胸に丸く筒状のコード・ユニットが張り出している。
――メサイア製、ボクサーツインタイプ。
だが頭部は、軍用ヘルメットやガスマスクとは似ても似つかない。
銀色の鳥を思わせる、異様な意匠だった。
元の機体が何なのか、まるでわからない。
そんなカスタム機が、そこにいた。
二機のR100Sは慌てた様子で、必死に何かを訴えている。
だが、白銀の機体は意に介さない。
両手を背中に回し、マウントされた棒状の武器を掴んだ。
「ドンッ」
重低音が鳴り響き、空間を支配する。
次の瞬間、右のR100Sの頭部に、その武器が振り下ろされた。
頭が潰れ、胸が裂け、コードユニットが砕け散る。
逃げようとしたもう一機には、左の武器が、オーロラのような干渉光を散らしながら横薙ぎに振るわれた。
光をまとった鉄塊が脇腹に直撃し、R100Sは真っ二つに裂けた。
ドロドロという、重々しい駆動音。
この音―― まさか。
こいつは、ハマーのカスタム機だ。
いとも簡単に二機のCFを叩き潰した、その武器の先端には、巨大な虹色の閃光を纏う鉄塊。
巨大なスレッジハンマーが握られている。
(逃げられない――)
無意識に、γをそいつへ突進させていた。
こいつは味方なんかじゃない。
相手がハマーなら、γでは逃げ切れない。
(ヤラなきゃ、ヤラれる!)
機体全体から、ムワリと嫌な感覚が立ち昇る。
本能が、こいつは敵だと告げていた。
白銀の機体は、右のハンマーを軽く振り、潰れたR100Sから引き抜くと、躊躇なくγに振り下ろした。
減速など、できない。
幼い頃に見た、あのTVの光景が頭をよぎる。
「下がるな! 進め!」
右へ荷重をかけ、一気に左へ押し倒す。
鉄塊はγの背中を掠めるように通過した。
「まだまだぁ!」
軽く制動をかけ、γが沈み込んだ瞬間、今度は右へ倒し込む。
二連撃。
時間差で振り下ろされた左のハンマーが、胸元ギリギリを通り過ぎる。
銀色の鳥のような頭部に、γの左腕を伸ばす。
――掴めた、はずだった。
思考制御に追随して動くはずの腕が、動かない。
メリメリという音。
気づけば、γの腕は潰れ、ぐちゃぐちゃになっていた。
白銀の機体は、右のハンマーの鉄塊を掴み、前方へ突き出していたのだ。
「……間合いを、変えられた……」
次の瞬間、強烈な衝撃。
俺はシートから投げ出され、コクピットの壁に叩きつけられ―― 意識を失った。
【Present Day】
これが、悠の最初の撃墜だった。
そして、あのハマーのカスタム機と、初めて戦った時のことだ。
γは腰から真っ二つにされたが、幸いコードユニットは無傷だった。
不機嫌そうに息を吐き、また頭をぼりぼりとかく。
「まっ…… 武装も無しに、勢いだけで勝てる相手じゃなかったけどな――」
γの修理には一ヶ月かかった。
五機のCFに囲まれ、さらにハマーのカスタム機相手に、強制排出せずに済んだ。
それがどれほど幸運だったか、悠はよくわかっている。
あのハマーのカスタム機。
カムフォート・カスタム・ヘロンスペシャル。
二年後、悠は再び、スポットで相まみえることになる。
その時のエントリーで、機体の名称と所属ギルドを知った。
罪の男。
メサイアの私掠ギルドでも、トップクラスの実力者だという。
そしてそれは、ギルドの名であると同時に、そのリーダーである男自身を指す名だった。
CFでやり合っても、互いに顔を合わせたことは一度もない。
というより―― きっと、相手にもされていない。
二度目の対決も、最初よりはマシだったとはいえ、結果は惨敗だった。
柳橋とライノからは、機体差だから仕方ないと言われた。
「それが…… 一番、気にイラねぇ――」
一人きりの部屋だったからか、普段なら飲み込む言葉が、ぼそりと零れた。
パンドラ・グローブ――。
メサイアが警戒線を引き、お抱えのプライベティアまで動員しているという場所。
もしかしたら……。
悠の胸の奥で、期待とも、怯えともつかない何かが、静かに囁いていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




