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第1話  罪の男(シナーマン)/01

【改訂版】(コード・フレームワーク) ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』

無印からの続き、第1章 point of no return - 白刃鼓動すべし を開始します。


お楽しみください。

    【Present Day】


 ジクサーはHODOから出航して間もなく、ネクサス・リンクへと進入した。


 今回の目的地であるパンドラ・グローブは、いわゆる未開地――。

 マップ上に存在しない場所に分類される。


 詳細が秘匿されているのか、あるいはそもそも調査すら行われていないのか。

 インター・ヴァーチュアには、そうした空白地帯が今なお数多く残されている。


 実際、パシフィックゲートを擁するキューボイド01は人類が最初期に進出した空間だが、それでも地図化率は未だ四割程度に過ぎない。


 もっとも、真っ当な(テリトリー)市民であれば、企業都市国家(テリトリー)とネクサス・リンクさえあれば生活に支障はない。

 

 他の土地が秘匿され、立ち入り制限されていようが、大勢に影響はないのだ。


 では、その余白の一つであるパンドラ・グローブはどうなのか?


 名前だけは知られているが、情報は限りなく少ない。

 おそらくは、意図的に隠されている秘匿地だ。


 ワイルドコード・ゾーンが堆積したデータで構築されたインター・ヴァーチュア固有のジャングルに対し、パンドラ・グローブは現実の密林そのものをシミュレートした空間だとされている。


 だが、それは正確には()()()()()()ではない。

 

 動物の姿はなく、植物だけが沈黙したまま繁茂する緑色の空間。

 

 しかも、その植物群は現実の密林を数十倍に引き延ばしたかのような異様なスケールで立ち並んでいる。


 どこまで行っても、異質な場所であることに変わりはない。


 さらに言えば、そこにはメサイアのセキュリティ部門――。

 すなわちIPSアーミーが駐屯し、私掠のギルドが哨戒にあたっているという。

 

 侵入者を拒むための、明確な力が配置された場所だ。

 噂では、ジャングルの地下に巨大な遺構が存在するとも囁かれている。


「ネクサス・リンクに入りやした。 これより流れに同調、進路はリンク規格に委ねやす」


 ブリッジ前面のウィンドウに、星々が引き伸ばされたような光の筋となって流れ始める。

 スミーは操舵席にドッキングしたまま、上下二つに並んだカメラをわずかに動かした。


「目的地到着まで、あっしはサスペンドモードに入りやす」


 宣言と同時に、レンズ奥の赤い光が数度明滅し、糸が切れた人形のように頭部が前に垂れた。


「おー。 ご苦労さん」


 柳橋はそう声をかけると、キャプテンシートで読んでいた本から顔を上げた。

 視線の先には、腕を組んだアジエが立っている。


 ブリッジには他に誰もいない。

 一度ネクサス・リンクに乗ってしまえば、目的地付近までは船は自動的にデータの流れに運ばれていく。


 今は、仕事前のわずかな休息の時間だ。

 アジエはリンク突入の直前に、ブリッジへ上がってきていた。


「で、今日のネタの出どころの話だっけ?」


「そうよ。いったい、どっからどんな話でパンドラ・グローブ(あんなヤバい場所)に行くことになったのか、知っとく権利はあるでしょ?」


「ネタ元は竹中のオヤジだ」


 柳橋が口にしたのは、チューナーショップ兼預かり屋(ガレージ)を営む男の名だった。

 見た目は冴えない中年だが、腕は確かで、無法者相手でも信用第一で商売を通している。


 竹中の店は、半ば中立地帯のような扱いを受けている。

 下手に揉め事を起こせば、周囲からの信用を一斉に失う。

 ある意味では、『フェデレーション(連盟)』よりも厄介な存在だ。


「あんたさ…… いくら使った?」


 情報が安く済むはずがない。

 アジエの視線を受けて、柳橋はわざとらしくそっぽを向いた。


「テメェ……」


 典型的なヒモ野郎の仕草に、アジエの頬が引きつる。


 もっとも、今に始まった話ではない。

 ギルドの代表(リーダー)は柳橋で、アジエはスポンサーという立場だ。

 柳橋が宝探し(本業)に金を使うのを止めるのは筋違いだと、アジエ自身も理解している。

 ――理解してはいるが、納得できるかどうかは別の話だ。


「どうせ後でブリーフィングで見せるんでしょ。 だったら先に、そのネタを私に見せな」


 柳橋は小さくため息をつき、指を鳴らした。


 ブリッジの空間に、青白い空間ディスプレイが浮かび上がる。

 アジエの目が細くなる。


 表示されていたのは、かなり大型の施設の見取り図だった。


「パンドラ・グローブの地下に、こいつがあるって話だ」


 ジャングルの奥深くに眠る巨大な遺構。

 その輪郭が、静かにブリッジの空間に浮かんでいた。


 ――


 アジエと柳橋がそんなやりとりをしていた頃、悠は割り当てられた個室で一人、ネクサス・リンクの流れに身を預けていた。


 壁面ディスプレイには、座標も地形も意味を持たない光の筋が延々と流れている。

 目的地に向かって進んでいるはずなのに、どこにも近づいていないような感覚。


 ――こういう移動は、どうにも落ち着かない。


 悠は背もたれに深く身体を沈め、小さく息を吐いた。


 これから丸一日は、ネクサス・リンクの移動が続く。

 ……正直、何もすることがない。


 硬い船のベッドに転がり、気に入らない風景から意識を逸らそうと目を閉じてみるが、手持ち無沙汰は解消されなかった。


 仕方なく、思考を巡らせる。


(パンドラ・グローブか…… メサイアの連中が集まってるって話だよな……)


 あくまでも噂話だ。

 

 ジクサーなど比較にならないほど巨大な大型デジタル空間船(オーシャンライナー)を擁したセキュリティアーミーが駐屯しているだとか。

 それに、メサイアお抱えの私掠ギルド(プライベティア)がシフトを敷いて巡回しているとも……。


(メサイアのプライベティア……)


 その単語に引っかかるように、脳裏にコード・フレームワークの輪郭が浮かんだ。


「あー…… もう」


 どうして、そういう連想になるのか―― 悠の悪いクセだ。

 手持ち無沙汰になると、思考は決まって、あまり考えたくない方向へ傾いていく。


 メサイアのプライベティアのCF。

 普段は意識の底に沈めているはずなのに、ちょっとした拍子で浮かび上がってくる。


 意識にこびりつくようなその感覚が、瞼の裏に滲む。

 悠は、それを苦々しく受け止めながら、ゆっくりと息を吐いた。


 あの記憶が悠を支配しようとしていた。


    【Flashback】


 俺は今、ちょっと泣いている。

 心臓はバクバクと早鐘のように脈打ち、指先は小刻みに震えていた。


「ここまでする必要はないだろ!」


 迂闊にも、浮かれすぎていた。


――


 ほんの数日前のこと、俺、九能(くのう)(ゆう)は、念願のコード()フレームワーク()を手に入れた。


 中学二年の頃からCFを手に入れるために、現実の時間として二年と半年を注ぎ込んできた。

 

 このインター・ヴァーチュアの時間の流れを活用し、体感時間として実に五年をかけたのだ。


 CFは、とにかく金と設備の方が実際に手間がかかる。

 安易に機体に手を出さず、そんな外堀から地道に準備をしていた結果だ。


 機体だけであれば、高望みしなければ半年もあれば手に入る。

 実際、俺は高望みなどしなかった。


 維持のための環境を整えて、やっと、このCFを選んだのだ。

 時代遅れの2工程型処理型(ダブルアクション)のコード・ユニットを搭載した中古品。

 ――γ(ガンマ)と呼ばれる機体だ。


 他にも金額的には選択肢はあったのだが、青と白、そして赤で描かれたロゴが気に入った。

 こうして手に入れた機体に火を入れる。


 パリリリィン! という甲高い駆動音。


 2工程型処理型(ダブルアクション)独特の、バタバタとしたアイドリングの駆動音――。


 高揚感が抑えきれず、当然、乗りたくなるのが人情ってやつだろう。

 調子に乗って、ネクサス・リンクで少し遠出をした。


 パシフィック・ゲートからは、ネクサス・リンクを使えば三時間程度の場所にある、グラスウォーター・ガルフと呼ばれる港湾地域だ。

 トランシスコ・ベイと呼ばれる企業都市国家(テリトリー)があり、その街を挟み、作り物のようなシミュレーションの海の反対側に渓谷地帯がある。

 試し乗りには丁度いい場所だと考えたのだ。


 トランシスコ・ベイの巨大なステーションから、γで飛び出す。

 そのまま、渓谷地帯へと機体を飛ばした。


 アクセルを開け、スピードが乗ると、羽虫のような軽快な駆動音が響く。

 半円球投影モニタに映る景色が、まるで腹の下へと吸い込まれるように流れていく。


 視界はまるで一点に集束し、歪みが吹き飛んでいくかのようだった。

 真っ白で眩しい仮想現実の陽光と相まって、世界が変容していくような、そんな錯覚を覚える。


 中古で、たいした特徴があるわけでもない古いモデルの機体だが、初めて乗るCFは、俺に一種の万能感すら感じさせた。


 そのままのスピードで渓谷を下り、目の前に連なる岩肌を抜け、山の稜線に向かってγを飛ばす。

 機体をくるりと反転させ、まるで棒高跳びの選手のように、背面でその稜線をギリギリ通過させた。

 ――要は、カッコつけてみただけだ。


「うぉ! やべぇ!!!」


 そんな浮かれていた俺は、完全に注意を怠っていた。

 前方に迫る山の稜線を越えた、そのすぐ先に――一隻のライナーがいた。

 典型的な巡洋艦タイプのライナーだった。


 俺は慌ててフットペダルを踏み込み、急制動をかけつつ、パイロットシートの上で外側に荷重をかける。


 ――ギリギリだった。

 ライナーのブリッジに激突しなかったのは、ラッキーだったとしか言いようがない。


 掠るか掠らないかの、危うい距離ですれ違った俺とγの背後から、けたたましい汽笛のようなホーンの音が浴びせかけられた。

 当然、相手は怒っているに違いない。


 その音は、俺の調子に乗った意識を引き戻すには充分だった。

 怖くなった俺は、そのままγを加速させた……。


――


 果たして、そこで立ち止まり、詫びを入れていれば、こんなことにはならなかったのだろうか――。


 おそらく、否だ。


 スロットルを全開にして逃げる俺とγ。

 それを追いかけてくる、黒いCFの集団。


 あのメサイアのアーミーが正式採用している、ハマーの系譜にある一般市販モデルだ。


 ハマーからダウンサイジングされてはいるが、胸から張り出すように対向並列に配置されたコードヘッドが特徴の、ボクサーツインタイプのコード・ユニット。

 そして、軍用ヘルメットのような頭部を持つR100Sが、五機――迫ってきていた。


 R100Sは、ホーンを鳴らしながらライナーからすぐに飛び出してきた。

 そして、問答無用で砲火を浴びせてきたのだ。


 もし止まっていれば、確実に撃ち落とされていたはずだ。


 それからも散発的にγに向かって撃ってくる連中の動きは、CFに乗るのが初めての俺ですらわかるほど、()()()いた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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