第12話 春のからっ風/02
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Present Day】
ケイトは悠とチセを見ながら、もどかしさと、かつて見た光景に対してと同じイラつきを感じていた。
その感情が何か、ケイトはよくわかっている…… 嫉妬だ。
「――わ、悪かった…… また勝手にイジって―― ごめんなさい……」
結局、悠がまた先に折れるワンパターンだ。
それになんだこの謝り方は、まるで小学生かよと、これまたケイトは唾を吐き出したい気持ちをぐっと堪えてギリッと唇を噛んだ。
「……わたしも―― 言いすぎた…… ご、ごめん……」
謝られたチセの方も、チセで、あの鮮やかな緑の瞳を不自然に悠から逸らして少し頬を膨らませて、モゴモゴと謝り返す。
ウブなお子ちゃまたちの甘酸っぱい、光景だけならまだしもそのすぐ近くで様子を見ているアジエとライノの満足そうな顔――。
(ねえ、そこまで監視して育てる気? 保護者かよ……ったく)
ケイトは柳眉を逆立てその風景を見ていた。
(こいつらは確かに、お似合いだよ)
得体の知れない、おかしな二人。
悠がイカれた扱いをして壊して、チセが直す。
この繰り返しだ。
ほんと最初の一発目は面白かった―― と、ケイトは思い出す。
【Flashback】
青と白に赤文字でγのロゴを入れたあのCFが、スクラップから蘇ったあの日から、うちの緩い宅配業も終わりを告げた。
というか、どうせ直るわけがないと高を括って、まともに気にも留めていなかったのだ。
毎日戻ってきて、足元を通り過ぎていくその機体が、少しずつ形を取り戻していたことに、うちは、まるで気づいていなかった。
今思えば、ずいぶんマヌケな話だ。
昨日だって、うちが戻ってきたときには、贋作ちゃんは確かにそこにいたはずだ。
ホークで戻ってきたことに気づかないはずがないし、ほぼ毎日、同じ時間に帰ってきていた。
となれば、これまでも何度も顔を合わせていたはずなのだ。
お互い様とはいえ、ぽっと出のメカニック見習いに挨拶ひとつされず、完全にガン無視され続けていたことになる。
この時もそうだ。
γのチェックに夢中でうちが横を通っても、まるで存在していないかのような態度。
昨日もずっと、その調子だった。
内心、贋作ちゃんのギブアップに賭けていた。
諦めたらスクラップをハンガーから蹴り落として、悠の顔を拝んでやろう――。
なんて、ろくでもないことまで考えていたのに。
結果は踏んだり蹴ったりだ。
そんなこっちの苛立ちなど知りもしない澄ました横顔が、やたらと癇に障った。
ムカムカしたまま部屋に戻り、気づけばいつものようにいかがわしい安物コピーのレ・ザミューズ・グールをラッパ飲みして空けていた。
そのままボトルを抱えて寝落ちし、次に目を覚ましたのはライノのコールだった。
枕元に転がったニキシー管時計は、とっくに15:00を回っている。
リーダーの招集だという。
うちは泣く泣く、お迎えモード二日酔いの重たい頭を抱えて、ジクサーへと向かった。
CFハンガーに着いた頃には、わたし以外のメンバーはすでに揃っていた。
人の壁の向こうで、リーダーとアジエが並んでγを見上げている。
その隣には、例の贋作ちゃん。
やれやれ……。
直るわけないと思ってたスクラップが動き出した途端、総出で集合かよ。
パサついた寝癖頭をボリボリ掻きながら、後方にいた見慣れたデカいガタイの横へと、前から居ましたよ風にさりげなく滑り込む。
「ふぁ〜い…… うっぷっ―― ふぅ〜。 おいっす、どうなってんのよ?」
「おいっすじゃねーよ。 今来たろ、おせーわ」
ライノはそう言って数秒うちを見たあと、露骨に顔をしかめた。
「うわっ―― 酒くさ……。 テメェ、飲みたてじゃねーか」
「だってリーダーの招集だっつーからさ。 慌てて来たし」
「この酒カスめ。 身体の反応は服の汚れみたいにリセットできねーんだぞ、少しは気使え」
「ほっとけ。 オメェはうちのオカンですか? で、何なのよコレ?」
「ああ、見りゃわかんだろ。 γ、直ったんだよ」
ライノは腕を組み、復活した機体へ顎をしゃくった。
「明日から本業再開。 それと、チセちゃんな、正式にメカニックのCF担当だってよ」
「はぁ。くだらね――。 で、悠のやつは?」
「さっき、目の色変えてコア・ユニットに上がっていった」
その直後だった。
昨日と同じ、銃声みたいな轟音が鳴り、軽快なアイドリングが回り始める。
「おおっー」
どよめきが広がる。
音が、明らかにクリアだった。
大穴が開く前、アジエが面倒を見ていた頃より、はっきりと調子がいい。
アジエを見ると、嬉しそうな顔で、嫌がる贋作ちゃんの頭をワシワシ撫でている。
オイオイ……。
いつの間にそんな距離感になってんのよ。
なんか、ムカつく。
甲高い2工程型の音が二日酔いの頭に突き刺さり、こめかみがピクピクする。
すると今度は、γの音が「バリリィン! バリリィン!」と激しく跳ね上がった。
背中のチャンバー型エグゾーストから、濃い干渉光が溢れ出す。
2工程型は、ほんと無駄に眩しい。
悠のやつ、コンディションがいいからって調子に乗りやがって。
「チィ!」
頭二つ分ほど上から、大きな舌打ちが落ちてきた。
見上げると、ライノが珍しく顔を歪めている。
猫かぶってナンパしてるこいつが、こんな顔するのは滅多にない。
一昨日あたりにHODOに戻ってきたはずだが、何かあったのか?
ついでにリーダーを見る。
「うわぁ……」
ライノとは比べものにならない、ヤバい顔だ。
マジで、何があった?
「オイ! くぉらぁ! チョンコづいて吹かしてんじゃねぇ! さっさと降りてこい!」
2工程型の爆音すら掻き消す、リーダーの怒号。
バスンッ! とコア・ベースが停止し、巨大な翅虫が羽ばたくような音が、ぴたりと止んだ。
うちはまた贋作ちゃんの顔を見た。
「なんかさ、CFみたいな眼してんよなぁ……」
やっぱり、無愛想で無表情。
なんか作りものっぽい顔だ。
特に眼なんだよなぁ。
CFの目は人間と同じ眼球状になっている。
|ブレインテック・インターフェイス《BTI》に連動して動かすので、人体構造に近づけているとかいう話だ。
透明なカバーの奥を覗き込むと、鉄の板がいくつも重なったような構造の絞り機構と、軟質レンズが収まっている。
起動中はセンサー類が発する光に内部から照らされる。
うちには、そんなCFの眼を連想させる。
そんなことを考えているうちに、悠のやつが下に降りてきていた。
ダッシュしてきたのか、肩で息をしている。
贋作ちゃんは相変わらず、お面でも被ってるみたいだ。
「ねぇ、あんた。この子は慣らしもしてないの。急に回さないでくれる」
まあ、ごもっとも。
他のパーツならともかく、コード・ベースを収めるコード・ヘッドは丸ごと交換しているはずだ。
データの塊でも、負荷を段階的に上げて擦り合わせる期間が必要なのは、CF乗りの常識だ。
そんな当たり前を指摘された悠だが――。
息が整ったかと思うと、突然、贋作ちゃんの肩を両手でガシッと掴んだ。
「君すげぇよ! こいつ、買った時よりいい音してる! マジですげぇ!」
おお―― 近い、近い。
悠は完全にオタクモードだ。
CFの話になると、こうやってスイッチが入り、人の話を聞かずに喋り倒す。
贋作ちゃんは突然肩を掴まれ、ガンギマリの眼で、あの明るい緑の瞳を覗き込まれる形になって固まっていた。
そりゃ引く。
リーダーもアジエも引いてる。
うへへ、ご愁傷…… って、ん?
なんかおかしい。
固まって口をパクパクさせてるのは確かだが、眼がウルウルしてる。
泣きそう、とは違う。
怖がってる感じでもない――?
え、嘘でしょ。
もしかして…… ちょっと喜んでない?
わからん!
うちが宅配してた間に、アルマナックで何があったんだ?
「ありがとぉ! 俺、感動したぁ!」
感極まった顔の悠は、とうとう贋作ちゃんを抱きしめた。
そのまま腰のあたりから抱え上げ、グルグルと振り回し始める。
顔がちょうど胸に埋もれる体勢だ。
「ちょ、悠――!」
誰かが止めるより早く、悠の口が先に動いた。
「うわ…… すげ…… やっば……」
完全に無自覚な声だ。
感想として最悪だろ、それ。
ライノを含め、周りは一瞬だけ間が空き、次いで指笛や囃し立てが遅れて追いつく。
そのズレが、空気の悪さを物語っていた。
贋作ちゃんは、バンザイみたいな体勢のまま完全に固まっている。
ああ、なるほど。
ハプニング耐性ゼロだ。
「ふニャァぁぁぁぁ!」
少し遅れて、変な小動物をひねったみたいな悲鳴。
顔は真っ赤で、緑の瞳が全開で泳いでいた。
「……あっ…… ご、ごめん!」
珍妙な姿勢と悲鳴で、悠はようやく我に返ったらしい。
慌ててストンと降ろした。
贋作ちゃんはプルプル震えながら、胸元を隠すように二の腕を掴む。
うんうん、わかる、わかる。
あれだけ顔をうずめられたんだ、あの感触がしばらく谷間に残るよねー。
こんだけの衆人環視は、さすがにキツい。
「あの、ホントに―― ごめんなさい」
なんだその謝り方。
うちは吹き出しそうになった。
俯いて震える銀髪緑眼の女の子に、悠は完全に困惑している。
周りが見えてない童貞くん、いい気味だ。
さて、能面貼り付けてた贋作ちゃんはどうなる?
作り物みたいな皮が剥けたら、どんな顔が出るのやら――。
……と思った瞬間、ピクッと空気が変わった。
次の瞬間、キッと悠を睨み、右拳を腰だめに引く。
一瞬、世界がスローモーションになった。
そして拳が悠の顔面を捉えた。
その場の全員が息を飲む。
小柄な身体から放たれた拳は、叩き落とすように振り抜かれ、悠の体は空中で弾かれ、頭から床に激突した。
手足がだらりと伸び、動かない。
「フザケンナ! 勝手に人のオッパイに顔挟んで! 許されるわけないだろぉ!」
涙を浮かべたまま、渾身の一撃を叩き込んだその子。
気づけば、うちはもう「贋作ちゃん」と呼んでいなかった。
肩で息をし、拳を振り抜いた姿勢のまま立つその子の眼には、確かな命が宿っていた。
しかもセリフが最高だ。
チセ―― チセね。
この子、最高に面白い。
全員が唖然とする中で、うちはただ一人、腹を抱えて爆笑していた。
【Present Day】
これが事の顛末だ。
あの後も、なかなかに楽しいことになった。
ぐったり動かなくなった悠は、滝沢医師とフォンに担がれるようにして医務室へ運ばれた。
強制排出寸前だったらしく、そのまま丸三日、治療漬けになった。
チセはアジエにこっぴどく叱られ、しょんぼりしていた。
そこへ声をかけたのがケイトだ。
それ以来、同じギルドの女仲間として話すようになった、という流れである。
以後、ケイトはチセに対して、人として、CFを預けるメカニックとして、そして何より同じ女として、一定の敬意を払っている。
ただし、ママ・アジエからは、
「大切な娘に悪影響を与える年上のタチの悪い先輩」
として警戒されている。
世間知らずのチセに、わざと少しだけオイタな言葉を教えてアジエの反応を見るのも楽しい。
それに、チセを介して、アルマナックの他の女性メンバーとも前より距離が縮まった気がする。
この、ケイト曰く「鉄拳事件」の後のことだ。
回復した悠と、なぜかライノまで正座させられ、アジエから「お触り禁止」が言い渡された。
遠回しだが、どうやらギルド内恋愛禁止、ということらしい。
おままごともいいところだ。
アルマナックはギルドであって、会社でも学校でもない。
それでも皆、なんとなく「まあ仕方ないか」と、そのルールに乗っかっている。
悠にチセが加わって、アルマナックは確実に変わった。
いつからかといえば、鉄拳事件の後、はっきりと潮目が変わった―― と、ケイトは見ている。
何がどう変わったのかは、正直、本人にもよくわからない。
ただ、リーダーも、アジエも、ライノも、他のみんなも、人間ですらないスミーでさえ、仕事以外では、この若い二人の動向が気になって仕方がない、という具合だ。
あれから現実時間で半年、仮想現実の体感時間にして、一年。
だからといって、二人に目に見える進展は何一つない。
今やアルマナックには、大きく三つの派閥があると、ケイトは分析している。
アジエやライノのように、若い二人を見守り、時に導く―― 保護者派。
柳橋やスミーのように、必要な注意だけ払って、あとは当人たちに任せる―― 観察派。
そして――。
「うぃーす! チセー、どーしたぁ? まーたアオハル坊主がオッパイに顔挟んだんかー?」
ウッシッシと下卑た笑みを浮かべ、ケイトは挨拶代わりにそう放り込む。
悠は真っ青になり、チセは頭から煙が出そうな勢いで真っ赤になる。
ライノとアジエは天を仰ぎ、
「余計なことを言うな」
とでも言いたげな視線を、ケイトに向けた。
最後の一派は、膠着状態に我慢できず、「さっさとヤルことヤれ」と内心で思っている―― 過激派だ。
ケイトは、その急先鋒。
というより、状況に火薬を放り込んで楽しみたいだけ、と言った方が正しい。
アルマナックとは、そういう場所だ。
それぞれが思惑と居心地の良さで居着き、それなりに楽しんで生きている。
お気楽と言えば、それまで。
元武闘派ギルドの生き残りが、道楽で始めたギルド。
周囲からも、仲間内からも、そう思われている。
ジクサーはまもなく、次の宝探しのため港を出る。
この船に集う者たちにも、それぞれ過去や秘密がある。
アルマナックとは、過去にケリをつけたい柳橋と、真実を知りたいアジエが、手段として作ったギルドだ。
その手段が、たまたま宝探しだった――。
ただそれだけの話。
その事実を、他のメンバーは知らない。
そんなこととは無縁のまま、成り行きでギルドに入り、意図せずその中心に立っている最年少の二人。
一人は、コード・フレームワークに病的な執着を抱く、才能を持て余した少年。
一人は、故郷を失い、人ではない秘密を抱えながら、居場所を探す少女。
二人は互いに惹かれている。
それを、本人たちよりも周囲の方が、よほどよく知っている。
他のメンバーもまた、大なり小なり過去や秘密を抱え、それが隣人に知られていることもある。
そんな場所が、アルマナックだ。
人類が逃げ込んだ、この仮想の現実で、もがくように生きる者たちの集まり。
彼らを乗せて、ジクサーはまもなく港を出る。
アルマナックが、インター・ヴァーチュアという世界の秘密へ――。
意図せず踏み込むまで、あと少し。
少年と少女が、白銀の運命に出会うまで、あと少し。
風は、まだ静かだ。
けれどこの航海は、確かに―― もう始まっている。
読んでいただき、ありがとうございました。




