幕間 『仮想現実史 ネクサス・リンク網』より抜粋
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
インター・ヴァーチュアにおける長距離移動を支える中枢インフラが、ビリー・オズニアックの設計した ネクサス・リンク網 である。
一般市民はこれを「テリトリー間を結ぶ高速道路」あるいは「光のトンネル」として理解している。
その実態は、離隔した演算領域同士を 量子位相の等価面 で接続する、高度に抽象化されたデータ高速通信基盤である。
ネクサス・リンクは、二点間の演算距離そのものを短縮するのではなく、両者を一時的に同一の計算場へ折り畳むことで遅延をほぼ無視可能な水準まで抑える技術とされている。
利用者がトンネル内部で視認する星雲状の光景は、経路の安定化とエラー訂正処理を視覚的に表現したものであり、「ハイパースペース」「亜空間航行」といった比喩は、工学的には不正確ながら、体験としてはきわめて妥当なものと言える。
ネクサス網の物理的・論理的基盤を前線で構築したのが、要塞都市船規模のヨタバイト級オーシャンライナーであった。
かつての「大開拓時代」において、各企業はこの巨大船を仮装世界の各地に展開し、辺境テリトリー近傍に錨地を設けたうえで、以下の三種の機構を段階的に敷設していった。
ネクサス・ルータ
テリトリー内部の演算ノード群とネクサス網を論理接続するための中継装置。経路選択・優先度制御・課金情報の付随などもここで処理される。
ネクサス・ブースター
長距離リンクにおける位相揺らぎと情報劣化を補償するための強化ノード。等価面の安定維持と、複数リンクの干渉低減が主目的である。
ネクサス・チューブ
一般利用者が「トンネル」と呼ぶ経路に相当する論理チャネル群。実際には複数の経路を束ねた仮想閉域空間であり、高速移動・貨物転送・行政専用回線など、用途別に構成が異なる。
ヨタバイト級オーシャンライナーは、これらの機構を一体的に運び込み、敵対的環境や未整備領域においてもネクサス敷設作業を完結させるための 移動式前線基地 であった。
かつては、「テリトリー外縁に巨大なオーシャンライナーが現れること」は、新たなネクサス・リンク開通の前触れと見なされるようになったが、ブラックアウト事件以降、インフラ整備、都市開発が見直された現在においてはその光景は失われて久しい。
オーシャンライナーそのものが巨大な臨時ノードとして機能し、工事完了後にはルータとブースターのみが恒久施設として周辺に残される。
このように初期のネクサス・リンク網は企業のテリトリー内の重要な輸送インフラとして仮想現実空間に整備されていった。
特記すべきは、オズニアックがネクサス・リンクの基本仕様を早期から オープンソースとして公開 した点である。
これにより、互いに利害が対立する企業間であっても、ルータ/ブースター/チューブの相互接続規格だけは共有され、ブラックアウト後の混乱期においても、最低限の基幹経路は維持される結果となった。
後世の史家は、この設計思想を「私企業の利害を超えた、文明基盤としてのインフラ共有」と評価している。
現在、ネクサス・リンク網は企業連合と各国政府の出資による共同体、「ネクサス・オーソリティ」が、中立性を持った組織として管理・維持を担っている。
とはいえ、インター・ヴァーチュアの住民にとって、ネクサスとは依然として「光のトンネル」である。
その素朴な認識の背後には、オズニアックの設計と大開拓時代のオーシャンライナーが刻んだ、長大な技術史が静かに横たわっているのである。
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『仮想現実史 ネクサス・リンク網』より抜粋
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