第1話 九能 悠の時間―春夏秋冬/04
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Flashback】
その日、俺はいつものスポットで模擬戦を仕掛けられた。
俺より頭一つでかい、ごっついやつが絡んできたのだ。
見かけない顔だった。
歳は俺とそう変わらないようだった。
青い目にブロンドの髪を前方に尖らせた、リーゼント風の髪型だ。
タッパもあり、体も分厚い。
いかにも鍛えているといったそいつはプロテクター付きのライディングスーツ、いわゆるバトルスーツを着込んでいた。
背中には、ボンヤリと光るネオンブルーのギルドシンボル。
シンボルのトップロッカーにはALMANACというギルド名が書かれている。
知らない名前のギルドだった。
意味は確か、日本でいうところの暦のことだったような気がする。
いかにもマッチョがゴテゴテしたいかついスーツを着ているのは威圧的だったが、それに反して顔はやけに人懐っこいベビーフェイスだ。
それにやけにニヤけた顔と、ウヒャヒャヒャと言うやけに耳に付く笑い方と、馴れ馴れしいペースにすっかり乗せられた。
「一つ、お願いしますよ。 ね? 一回でいいからさぁ、ちょこっとだけ、け、お願い!」
……いったい何のお願いをしているんだこいつは……。
めんどくさくなった俺は、「やってやるよ」と凄んで見せた。
「へっへっー、お手柔らかにー」
そう言うとやつはさっさとマッチメイカーのとこに行き段取りを始めた。
「でさ、君は何かプレイのシチュエーションご希望あり?」
「なんでもいいよ、好きにしてくれ」
わざと卑猥な言い回しを入れてくるチャラい大男に俺はぶっきらぼうに返した。
「あっそう。じゃあ遠慮なく。適当にきめちゃうわね」
模擬戦やレースバトルのエントリーはやりあう個人なり、チームなりが合意したらマッチメーカーに仕切りを頼む。
その時、対戦者はマッチメーカーにギミックを要求できる。
例えば市街戦を要求すれば擬似的な市街地を準備する。
障害物だけでなく、極端な局地でなければインター・ヴァーチュアの危険地帯の再現も可能だ。
横流しの大規模な軍用のシュミレーションで即席のコロシアムを用意するというわけだ。
こういったもろもろの準備の手数料として対戦相手同士はマッチメーカーにエントリー料金を納める。
クレジットでもデータの現物でもなんでもいい。
勝てば戻るし、負ければマッチメーカーにもってかれる。
マッチメーカーは胴元になって賭けを主催する。
勝者には賭け金の総額に応じたファイトマネーが払われる。
負ければ壊れたCF以外、何も残らない。
俺はギミックの内容は聞かずに、そこそこ高いエントリー料として手持ちの弾薬やパーツデータをマッチメーカーにデータパッド経由で引き渡すとγに乗り込み試合開始を待った。
パイロットシートに跨り、モニタと計器をチェックする。
ハンドルグリップやフットレバーの動きを確認しながら合図を待つ。
やがて、モニターに模擬戦の準備ができたことを表すオッズと、賭けの締めと試合開始までのカウントダウンが表示された。
ここで俺は初めて相手の名前とCFを確認した。
(ウィリアム・ライノ・高田……?)
ライノねぇ。通り名か?
あのガタイだ、ライノと呼ばれるのもわかるが、自称じゃないのか。
(CFは――ELM―TypeB……)
エリミネーターか。
『排除装置』の異名を持つCFだ。メサイアのハマーと同じ重装甲のCFだ。
確か、中長距離射撃の武装が特徴だったはずだ。TypeBということは突撃制圧仕様のはずだ。
(なんだ、カモじゃないか)
戦うのも見るのも初めての機体だが、装甲頼りでぶっ放してくるタイプのCFだ。
しかも制圧掃射しながら突っ込むことを目的にした仕様ときてる。
俺とγにはおあつらえ向きだ。
(ギミックは……ワイルドコードゾーン……)
……やられたと俺は舌打ちをした。
データの集積が何層にも沈殿し、絡み合い樹木のようなものを作る。
そして高層ビルの残骸のような不気味な構造の山が突き出す―― インター・ヴァーチュアのジャングルだ。
これから戦う場所は直径八キロメートル四方の至るところに隠れる場所だらけの密林ということだ。
だが勝手に決めろと言ったのはこっちだ、引き下がるわけにはいかない。
オッズは俺が4、高田が6だ。
ギミックを考えれば妥当なところだがまあ見てろだ。
オッズが締め切られ、戦闘開始のカウントダウンが進行する。
5、4、3、2、1
開始と同時に俺は戦闘空間に飛び出した。
上空に躍り出た俺は、駆動音を抑えながら左手に張り出した山を背に哨戒する。
本物のワイルドコードゾーンはデータサルベージやサンプル採取の仕事で何度か行ったがこの山はまさに廃墟化したビルそのものだし、腐ったデータでできた微かに発行する密林をてみるとまるで森に飲み込まれた遺跡にも見える。こいつはシュミレーションだがやはり不思議な気持ちになる。
右手に警告音!
(ヤッベ!)
いきなり俺は油断していたらしい。
俺は焦らずじっくりとパワーバンドまで右ハンドルのスロットを開けていく。
目視で確認。グレネードが四発、白い煙を引きながらこっちに迫っていた。
パワーバンドに入りγの羽音のような駆動音か響くと加速が伸び始める。
同時に左ハンドルのウェッポンスイッチを素早く叩き、右腕の90ミリマシンガンの迎撃連射のパターンを呼び出す。
俺の思考に呼応してγの腕はスナップショットで砲弾を迎撃する。
さらにシートを全身で右に倒し込み回避を試みる。
二発を撃ち落とし、残り二発は背後の山に命中した。
爆発と衝撃波を受けてγが押し出される。
歯を食いしばりヨーイングで暴れる機体を抑え付け、パワーバンドギリギリまで加速する。
軸の定まらないγに今度は真っ黒な密林から赤い光の筋を引いて、追撃の弾丸が浴びせかけられた。
グレネードは誘いだ。
障害物の無い上空に俺をひっぱりだし、機体が安定しない瞬間を狙ってきた。
本命はこいつだ。
この射速はガトリングだ。
威力はこっちの90ミリ弾が豆鉄砲に思えるほどだ。γの装甲じゃ直撃したらひとたまりもない。
「だけどなぁ、舐めんなよ!そこだ!」
ガトリングの連射はまだ続いているがなんてことはない。
ようはいつもと同じだ。
当たらなきゃいいんだ。
加速で機体が安定した。
ガトリングのおかげで相手の場所は丸わかりだ。
俺はガトリングの弾をかいくぐって高速で高度を下げ突進する。
真っ黒な枝の下で薄く発行するデータの残骸のジャングルの下にやや紫がかったグレーのエリミネーターを視界に捉え両手のマシンガンをセットした。
その瞬間、エリミネーターがこっちを向いたまま後ろにホバリングを開始する。
「逃がすか、このぉ!」
ガトリングと90ミリマシンガンの射線が交差する。
いつもの通り弾を叩きこみ続ける―― がっ、距離がつまらない。
装甲と火力頼りと相手を舐めていた、このエリミネーターは突撃制圧仕様の機体だった。
瞬時の加速が武器だということに気づかされる。
しかもやつはこっちに砲門を向け掃射したまま、不気味なデータ世界の黒い森の中をまるでスケートでもするようにゴリゴリとした太い駆動音を響かせながらバックで全開のホバリングをしていた。
弾は届いているが90ミリ弾はエリミネーターの装甲に傷をつけるだけ、牽制程度にしかなっていない。
だが俺は構わず加速を続ける。
瞬発力とテクニックには驚いたがその機体じゃいつまでも加速は引っ張れないはずだ。
と、思った瞬間に突然、エリミネーターが俺の視界から消えた。
次の瞬間、強烈な振動と不自然な機体の回転で、身体がシートから投げ出されそうになる。
モニタにはγの左足が吹っ飛んだことを示す、警告が表示されている。
「……つ!」
ケツを取られた。
エリミネーターがバックのホバリングから減速旋回したことに被弾して気づいた。
間抜けにも俺は相手を追い抜いてしまったのだ。
今度は後ろからガトリングがγを追ってくる。
被弾の衝撃で縦回転したγの機体を無理矢理引き起こして、相手の銃撃を避けるべくジャングルに潜りこむ。
左右に木々を避けながら必死に距離をとるが、思うように加速できない。
背後に敵の気配を感じる。
木々を薙ぎ倒してガトリングの掃射が襲いかかってくる。
木々が切れ、開けた場所に飛び出した。瞬間、ガトンリングの掃射も止んだ。
「弾切れか!」
チャンスだ。
鬱陶しい障害物がなけれ一気に加速できる。
チラリと後ろを見るとエリミネーターがガトリングを給弾バックパックごと捨てショットガンらしき武器に持ち替えているのが見えた。
よしと前を向いた瞬間、俺は目を見開いた。
「まずい!」
正面に目を向けるとジャングルの山の麓が近づいていた。
巨大な構造物の壁が迫っている。
この距離では手前でとてもターンはできない。
壁にそって旋回してエリミネーターの頭を抑えるしかない。
全身でありったけの力を込め、向かうべき方向に顔を向け、左に体を振り込んで加速しなければ。
頭ではそう分かっているのに……。
がっ、一瞬、壁を見てしまった。
血の気が下がる。γが壁に吸い込まれるような感覚にスロットルを戻してしまった。
ガクンと機体が減速し、壁から離れた瞬間—— γと壁の間にグレーの巨体が滑り込んだ。
ショットガンの銃口はしっかりとγを捉えていた。
【Present Day】
二つめの折り返しを曲がりながら、通路の黒い壁があの時、俺がビビったあのシュミレーションのワイルドコードゾーンの岸壁を思い起こさせた。
俺とは逆にライノは軽々と、壁とγの間に機体を捻りこみ、遠慮なく、キッチリと俺にショットガンを三発叩きこんだ。
当然、γは手足がバラバラになり地面に叩きつけられ、俺も回転するコクピットの中で死ぬかと思うような目にあったのだ。
その後、この模擬戦は俺をアルマナックへと引き入れるために、仕組まれたものだったことを知った。
【Flashback】
(なんでこうなった……)
俺は今、深い後悔の渦に飲み込まれていた。
いつになくズタボロになったγと高いエントリ代で、俺はオケラになった。
「悪いようにはしないって! だからお願い、1回だけでいいから、話を聞いてくれ、頼む!」
と、この後悔を作った張本人は、自分のギルドのリーダーに会ってくれと、なぜか負け犬の俺に懇願した。
それにギルドのメカニックがγの修理をしてくれると言い出したのだ。
こいつは、文無しの俺の目の前に見事にニンジンをぶる下げてきた。
そうやって、俺は模擬戦をし掛けた時と全く同じ調子でつけ込まれた。
まんまと口車に乗せられた俺は、このCF乗りのスポットの上空にいたジクサーという名のライナーに連れ込まれたというわけだ。
手際よく壊れたγもこのライナーのクルーがCFハンガーに積みこむのを見て俺は、初めて違和感を感じた。
あまりの手際が良かったのだ。
まるでこの作業が最初から決まっていたように感じた。
そしてブリッジに通された俺はレトロでやたらゴツイ、縦に二眼のロボットアバターのAIを後に控えさせたこのアルマナックのリーダーと対面することになった。
ブリッジのど真ん中に堂々と置かれたベンチのようなキャプテンシートに座り、足を組んでふんぞり返る男――。
ライノと同じギルドシンボルが入ったカラーズを羽織り、バトルスーツに、デニムとレザーチャプスを合わせた格好だった。
首あたりまであるウェーブがかった茶がかった髪、少し痩けた頬と、シャープに尖った顎。
ライノのように分厚い体ではないが、細身の体から何やらただならぬオーラを感じた。
そして何よりも目だ、目がヤバイ。
眉の間に皺を寄せ、空いてるんだか、空いてないんだがわからない細い目……。
というよりただめちゃくちゃ目つきが悪い。
メンチを切っているとかそういうレベルではない。
空気だけでわかる、これは絶対に目を合わせてはいけないタイプの人だ。
ここでようやく、俺は仕組まれたことを確信した。
ライノは俺をここに連れて来るために模擬戦を挑んできたのだ。
自分のCFはそもそもぶっ壊れて動かない。事実上、俺の全財産だ。
それがシレッと積み込まれてしまっている。
精神的にも、物理的にも完全に拉致されたも同然だ、逃げ場が無い。
沈黙に耐えられなくなった俺は俯いて、目を合わせないようにしながらとりあえず名乗った。
「えっ、えっと……九能 悠っす」
「あっ」
顎をしゃくって出来てきた返事はそれだけだった。
えっ、何いまの?
すっごい怖いんだけど……。
連れてこられて名乗ったのに「あっ」って、この人おかしいよ――。
そして今、その諸悪の根源は俺の横で完全にそっぽ向いてすっとぼけていた。
そのデカいチャラ男の首を引っ掴み、小さな声に怒りを乗せた。
「お前さぁ……何なのこれ、どういうこと……? この人さ、ヤバいよね?」
「えっとね。 こちらうちのリーダー」
「ああ、知ってるよ、さっきお前から聞いた」
涙目でライノを問い詰めていると、『ドコンッ!』っと突然、強烈な金属音が響いた。
振り向くとそのリーダーの後ろに控えていた、デカいAIがブリッジの壁をぶん殴りへこませていた。
「……小僧ども、キャプテンの話を聞けや……」
えらく、低く、ドスの効いたマシンボイスだった。
なぜか俺とライノは無言で直立不動になっていた。
そしてふんぞり返った姿勢のままアルマナックのリーダーは気だるげな声を発した。
「……柳橋だ、よろしくなぁ」
どうしていいかわからなくなっていた。
その時―― 再び『ドコンッ!』っと 強烈な金属音が響いた。
あのAIの無機質なカメラアイが、じっーと、こちらを見つめていた。
「……よろしくお願いします……」
絞り出すように返事をした。
「おい、ライノ。で、どうだ、こいつ?」
「はい、腕はまずまずですね。 でもコーナーびびってるんで、そのへんはオイオイっすかね」
一体なんの話だ。まったく見えてこない。
「おーそうか。 んじゃ悠とかいったなお前」
「はい」
もう何の気力も湧かず、力なく返事をすることしかできなかった。
「おまえ、今日からアルマナックに入れや。 なぁ――」
「はぁ……?」
とっさのことに思わず反射的にそう答えて首を傾げてしまった。
ついでにアルマナックのリーダー、この柳橋という男と目を合わせてしまった。
「おい……嫌なのかよ、テメェ?」
鋭い眼光が俺を射抜いた。
(やっちまったぁ……)
あわてて目を逸らすがもう遅い。
柳橋の後ろのAIはこれみよがしに左拳を作り、関節からゴリゴリと音を鳴らしている。
チラリと隣のライノを見上げると奴は遠い目をしながらブリッジの向こうの空を見つめていた。
このヤロウ……完全にハメやがったな……。
俺はこの時、諦めという悟りを知った。
「……お世話になります、キャプテン」
まるで精気が抜けた目で挨拶すると柳橋の顔は上機嫌な様子になった。
俺はブリッジの壁に浮かぶニキシー管時計の光を、ただぼんやりと見つめるしかなかった。
【Present Day】
こうして俺は、ギルド、アルマナックの一員になった。
最後の折り返しを曲がりながら、アルマナックのカラーズを背負うことになった出来事を思い出していた。
そんな昔話を思い出しているうちに、俺は抜け道の坂を下りきった。
その先のトンネルの出口の向こうからはもうHODOのネオンの光が見えている。
よく見るとトンネルの出口に見知った顔がこちらを見つけ大きく手を振った。
ライノだった。
「オッせーよ悠!」
「悪りぃ、今日はルーティン日だったわ」
この一つ年上のこのマッチョとは、あれ以来の腐れ縁になっていた。
思えば、学校が形骸化し、CFにはまり込んでから、歳の近い友人はこいつだけだ。
こいつがいれば今日の仕事もうまくいきそうな気がする。
俺たちは連れ立って、俺たちアルマナックの母艦である、ジクサーの停泊する港湾部に向かって歩き始めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




