第7話 九能 悠の時間―野生のバラット/01
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Present Day】
俺とライノがプラットフォームから降り立ったHODOの5層は、港湾区画であり多くのライナーが停泊している。
切り立った壁と上層の傘の部分を抜けると、幾つものライナーが接舷された波止場が広がる。
この光景は見ていて落ち着く。
この雰囲気は子供の頃、まだ現実が中心だった頃によく見た光景だ。
俺が現実で住んでるのは日本の関東の港湾都市ってやつだ。
今は誰もが、家から出るのは最低限だが、まだ現実が生活の中心だった小さかった頃は週末には家族で出かけてはこういった波止場の光景を見ていたのだ。
まあ、見慣れているってやつなんだろう。
とはいっても、ここは地上から1250mの上空にある港だ、打ち寄せる波はない。
たまに、処理期間の起こす干渉派が極彩の飛沫のように岸壁にぶつかるのが似てるちゃ、似てるかな――?
こんな高度にあっても、酸素や気圧は一定だ。
パシフィックゲートの演算シールドに守られているからだ。
HODOはちゃっかりパシフィックゲートに寄生してそんな機能の恩恵を受けている。
強いて言えば、突先の球形船首にあるので外縁の港湾部はシールドの効果が薄くて少し寒い。
ここはそんな場所だ。
どれだけ、現実の港湾に似ていても、停泊しているのは船と言って空飛ぶ、デジタル空間船だ。
接舷されている船だって、まあ、色々だよな。
今、遠目に見えるアルマナックのジクサーは、現実の船を踏襲した形状だ。
船首からバカでかい、槍のような衝角が突き出たその形は図鑑で見るようなセピアなモノクロ写真の中に出てくる古い軍艦によく似ている。
そんなレトロな趣きのジクサーがあるかと思えば、ジクサーの後方に停泊している見慣れない白いライナーは、まるで蘭の花のように左右に翼を開いたような丸びを帯びた、SFアニメに出てくるようなスターシップ然とした姿だ。
何やら、ブリッジ付近から流線に流れる二本のアンテナがウサギの耳のようで、見るからにオシャレといった風情でHODOの雑多さには似つかわしくない、。
かと思えば、ジクサーの前方には無骨なジクサーよりもさらに無骨…… 錆が浮いて、つぎはぎも目立つ鉄の塊。
壁面はグレーの都市迷彩で塗られている。
形状は大昔の飛行線ってやつにフォルムがそっくりだ。
こっちはこっちで…… HODOでも珍しいとぐらい小汚いな……。
そんな具合だ。
ライノと連れ立って歩く、この冷んやりとした空気の港はこんなにもリアルで、ノスタルジーに浸れるほど見たことがあるようにすら感じられるのに―― だが、現実には存在しない光景でもある。
肌で感じる空気や、見える光景、本物に見えて結局は仮想なんだよな。
じゃあ、気持ちはどうなんだろう。
コード・フレームワークというこの世界にしかないものに俺はこだわっている。
そして、この世界で会った、アイツが気になる。
仮想の世界で知った、この気持ちはどういった代物なんだろうな。
ふと、俺の端末の中にあるあの映像のことを思い出していた。
【Flashback】
γのコクピットで、例の贋作作りの子の映像のスクリーンショットを撮ってるところを見つかるなんていう醜態をライノとケイトの前で晒してしまった。
その後は地獄のような時間を過ごすことなった。
二人はまさに地獄の鬼のごとく、人の弱みにつけ込んで言いたい放題だった。
俺はひどい無理難題と、しばらくの間、完全服従することを条件になんとか二人の口を塞いだのだ。
ケイトに待機を交代したら、その後の1時間はライノにたっぷりイジられ……さらにその後の1時間はケイトからたっぷりパシリにされた。
待機が一巡してコクピットに戻り、しっかりとプライベートモードに切り替えて、俺はすみっこで膝を抱えていた。
……ああ、やっと静かになった。
(泣きたい……)
悲しくなった俺は端末を取り出し、あのスクリーンショットをだした。
ちくしょー。
やっぱりカワイイなぁ……。
だが、ふと正気に戻ると、自分がかなりキモい行動をとっていることに気がついた。
「消しとくか……」
DELETEのアイコンをタップしようとして指が止まった。
5秒ほど葛藤した後、俺はDELETEの代わりにLOCKのアイコンをタップした。
欲望に忠実な自分が悲しい……。
俺は端末をしまって再び、しばしの自己嫌悪モードに入ろうとしたその時、ブリッジからのアラートが鳴った。
俺はシートに飛び乗り、回線をオープンに戻した。
スクリーンにはそれぞれのCF のコクピットに走っていくライノとケイトが見えた。
三基とも充分に機体は暖まっている。
「悠、γ。スタンバイオーケー」
「ケイト、ホーク。いつでもいける」
「ライノ、エリミネーター。絶好調だ」
各々がブリッジに準備が完了していることを伝えた。
半円系モニタの右上にブリッジの映像が表示される。
「お前ら、密売人どものライナーを見つけた。まだこっちは気づかれちゃいねぇ」
いつものようにキャプテンシートに座るリーダーがそう言うと、スクリーンに相手のライナーの情報が転送され表示される。
「連中は今、俺たちの三千メートル上で、索敵のCFも飛ばさず、優雅に御停泊中だ」
密売人のライナーはオーシャンライナーとまではいかないが、ジクサーと比べれば倍ほどの大きさがある。
形状から飛行甲板を持つ空母タイプのライナーのようだ。
「見ての通り、奴らは空母だ。CFはこっちの三倍はいるぞ」
この前の密売人の代理人たちとの模擬戦を思い出す。
連中が使っていたのは霊峰公司系企業のCF、五羊。
捻れた角の飾りのついた頭部のカウルアーマー、ボディは細いが縦に長く、猫背。
まるで山羊頭の人間を連想させる不気味な機体だ。
「飛行甲板からの展開は速ぇぞ。 つつけば蜂の巣のように飛び出してくるだろうな」
あの時は数も同じで、さらに最低限のルールがある模擬戦だった。
そういった対等の条件が揃った上で、ギリギリの勝利だったわけだが、今日は違う。
相手はギルドのコード・ライダーとは違う、おそらくは霊峰公司の息がかかった軍人だ。
それが三倍の数で容赦なく、全力で撃墜しにくる。
まともにやれば勝ち目はない。
だから俺たち三人は、黙ってリーダーの指示を待つ。
「いいか、お前ら、今日の仕事は救出作戦だ。 だからこんな低空を這いつくばって連中を探していたわけだ」
そうだ、今日の仕事はいつもの荒事とは少し違う。
CFが出てくる前に空母を沈めれば良いというわけにはいかない。
「メスガキの救出は俺とスミーでやるが、その間、ジクサーは動けない。だからお前たちには先に敵の船に揺さぶりをかけ、船に取り付け。 その後、揚陸するためにジクサーをぶつける」
ジクサーは強襲揚陸艦に分類されるライナーだ。
とは言っても、使われ方としては現実世界での強襲揚陸艦というより、上陸用舟艇のほうが近い。
インター・ヴァーチュアでは接舷強襲艦、アボルタージュ・クルーザーの方が馴染みのある呼び方だ。
元々は大型のオーシャンライナーや敵の拠点に突撃をかけ、接舷してCFを揚陸させることを目的としたライナーだ。
艦首の下部は槍のように鋭角な衝角になっていて、体当たりし、オーシャンライナーや拠点内部への侵入を行う。
こんな前時代的な戦術が有効なのも、現実世界の戦略兵器がほぼ無効化されてしまうインター・ヴァーチュアの特徴なんだろう。
「ジクサーは正面からぶつけて飛行甲板をエグる、そうすれば連中は詰みだが、問題はタイミングだ――」
リーダーが手を振ると、画面の中央にホロシミュレーションが投影される。
……白黒のホロはなぜか、子供のイタズラ描きのようにテキトーだ。
四本の矢印と数字だけの雑なスケッチ……。
リーダーは絵心が絶望的に無い……。
「運がいいことに連中は警戒していない。甲板に出てる五羊は、八機ってとこだ。警戒待機でライダーが乗ってるのは二、三機だな」
適当なデフォルメの空母にこれまた手描きのような四本の矢印が表示され伸びる。
「ジクサーは干渉光を察知されないよう、視認ギリギリの位置まで離れる」
最も離れた位置……四〇キロ先といったところだろう。
「ここから、弾道軌道で甲板に突っ込む」
リーダーのなぞるような仕草に矢印が赤く光る。
「この軌道で突っ込むためにはコード・コアをたっぷり一〇分は暖める必要がある。当然、ネオン管ばりの干渉光になる。逆制動かけて甲板に飛び込むまで五分だ」
次に敵のライナーの周囲へと伸びる矢印の端を指差していく。
右舷、左舷に対して斜め下、それと真上の三点。
「お前たちはここから攻撃を仕掛けて、注意と時間を稼いでもらう」
三点の先に、何やら微妙に特徴をつかんだヘタクソな漫画のような顔が3つ……。
……どうやら俺たちらしい……。
「右舷側からケイト、左舷側からライノだ。お前たちは合図を待ってタイミングを合わせて、下側のCFハンガーハッチを叩け。艦内のCFを外へ出られないようにしたらそのまま艦橋へ貼り付いて残ったCFと対空砲を潰せ」
というこは、真上は俺か。
「悠、お前は真上からからだ。二人への合図はお前の攻撃だ」
なるほど……俺は囮役らしい。
「遠慮はいらねぇ、お前のお得意のやつを真上からブチかませ」
俺はコクリとうなずいて見せた。
「いいか、悠。おまえが突っ込めばあとは楽勝だ」
敵の弾幕に飛び込こめというリーダーは笑っていた。
俺も笑い返した。
だが、きっと俺の笑いはとても引き攣ったものだったろう。
【Present Day】
今思い出しても、たまったもんじゃない。
仲間二人からカモにされた挙句に、囮をやれ役ときたもんだ。
まあ、さらに最悪だったのがその後だったんだが――。
そんな苦い回想をしているうちに、俺とライノは停泊しているジクサーに辿り着いた。
整備は一通り終わっているようだった。
辺りは鎮まり返り、静かなものだ。
灯りも落とされ、船灯だけが規則的に赤く明滅していた。
俺とライノはジクサーの右舷に渡されたギャングウェイを渡って、舷門からCFハンガーに入った。
ハンガーは照明が落とされ、そこにチセの姿はなかった。
俺とライノが中程まで歩みを進めると、自動的に照明が入る。
強いハンガーの照明の光に、一瞬、前の前が白く眩む。
目が慣れると、見慣れた機体が視界に入った。
「あいつ、あいかわらず仕事早いなぁ……」
若干、がっかりしつつ俺はγを見上げた。
「おー、あいかわずきっちりカウルまでハマってるな。どこにもネジ落ちてねーし」
「言うなよ……」
ライノがからかい混じりの言葉に、口を尖らせて答えた。
γのメンテナンス性の悪さの代表的なのが、装甲であるアーマー・カウルを外すと、元に戻らないというものだ。
これが冗談でないことは持ち主の俺がよく知っている。
一度、アーマー・カウルを外すと、張りが影響するのか、思った通りボルトの穴が元のようにハマらないのだ。
苦労して取り付けたと思うと、今度はどこかしらボルトが取り付けられていなくて余っているなんてことがよくある。
直径にして五〇センチのボルトヘッドを持ち、長さ三メートルの六角ボルトが何故かポツンと転がっているのはなかなかシュールな光景だ。
メカニックに関しては専門じゃない俺ならまだしも、アルマナックのプロのメカニックたちですら同じだった。
無理やりボルトを合わせようとして、カウルが破損したり、ボルトヘッドが潰れたりなんてこともあって、気がつくとチセがメンバーになるまでは誰もγに触れたがらず、機関長のアジエが直接面倒を見てくれていたというわけだ。
チセはどんな魔法を使うのか、苦も無くγのアーマー・カウルの脱着をやってのける。
調整や補修もたった一人でやってのけてしまう。
チセは今となってはアルマナックには欠かせない人材だ。
今ではγの籠るよな音も、加速が一拍遅くれるなんてこともない。
コードを弄らせるのではあればチセは間違いなくアジエ以上のエンジニアだ。
そんな技術をどこで覚えたのか、そしてどこから来たのか。
彼女は話さないし、過去をふじくるのはギルド稼業ではヤボというものだ。
結局、俺にとって、チセは腕の良いエンジニアという以外はあの日以来、いまだに謎ばかりだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




