第3話 九能 悠の時間―長い友との始まりに/02
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Present Day】
リーダーの過去は今でもライノから聞いたこと以上は知らない。
でも闘神であったことだけは、こっちが聞かないでも周りから情報が入ってきた。
いわく、鬼の柳橋。
いわく、殲滅明王。
正直、リーダーを近くで見ていればそんな異名で呼ばれたのは納得できる。
というか、今でもその異名で呼ばれたところで不思議じゃないと思うのだが。
でも、誰もが今ではアルマナックのリーダーとしか呼ばない。
恐ろしい話だが―― 裏を返せば、多分、闘神の頃より丸くなったということなのだろう。
つい最近だが、俺はそう考えるようになっていた。
「へい、お待ち」
目の前にコトンと音を立てて丼が置かれる。
ふわりと漂う出汁の香りが鼻をくすぐった。
俺の前には、いつものケツネコロッケ。
ライノの前には冷やしたぬき蕎麦。
それに加えて熱々のかき揚げ蕎麦。
高田は確かにラストネームが示す通り、一応は日系らしい。
本人曰く父方の姓で祖父の代がクォーター、自分自身はほとんどアメリカ人だと言っていたが——。
ライノは蕎麦の上に豪快に納豆と生卵を放り込み、楽しげにかき混ぜている。
フォークで……。
(日本好きなのは分かるが、そこは箸だろ……)
偏ってはいるが、ディープに日本文化をかじっているのに、肝心の箸が使えないってのはどういうことだ?
俺は呆れながら蕎麦つゆに沈んだコロッケを箸で軽く突いた。
——こんな些細な日常に浸っていられるのは悪くない。
あの頃、独りで居場所を探していた自分が今ここにいることを思えば、なおさらだ。
フォークを器用にくるくると回し蕎麦を絡め取るライノの姿を横目で見ながら、俺は小さくため息をついて蕎麦をすすった。
最初にアルマナックと関わった頃の感覚はまさにこれだった。
日本通好みのマニアックな蕎麦をフォークで食べるアメリカ人——。
どこまでが嘘で、どこまでが本当なのか。
そんな得体の知れない連中がなぜか気づくと隣に立っていたのだ。
そんな俺が、本当の意味でアルマナックに加わることができたのにはきっかけがあった。
今、出来事がぼんやりを記憶から浮き上がってきた。
【Flashback】
「あー、ヘタクソがー、やりなおしー」
まるでやる気のない罵声が空虚にジクサーの甲板に響く。
声の主、柳橋はサングラスをかけ、デッキチェアの上でふんぞり返り船内放送用マイクを手にのんびりと指示を出している。
その後ろにはいつものように腕を組んだスミーが例の二眼をこっちに向けて無機質に控えている。
甲板にはメカニックの面々が思い思いに座り込み、あるいは寝そべり、日差しを浴びている。
中にはキャッチボールをしている奴らまでいる始末だ。
そしてママ・アジエに至っては眩しいくらいのビキニ姿を惜しげもなく晒し、これまたサングラス越しに悠々と日光浴だ。
俺でもブランド品とわかるような小洒落た水着とサングラスで、いったい何の集まりなのかさっぱりわからない。
船医の滝沢先生は相変わらず湯呑片手に甲板に座り込み、その隣ではフォンさんが無言で一升瓶を手に湯呑を満たしている。
「はーい、お手本行ってみよーかー! 一号、二号、さあ、行けー!」
リーダーの号令でライノのエリミネーターとケイトのホークが一気に壁へ向かって突っ込んでいく。
ライノのエリミネーターは、この前の模擬戦の時のように、一見鈍重そうな巨体が、まるで氷の上を滑るように壁ギリギリを機体を捻りながら鮮やかに旋回して速度を落とすことなく離脱する。
ケイトのキャンディーブルーのホークも鋭角に突入し、エリミネーターとは違う粘るような鋭いターンで、一瞬の減速後、再び猛加速して離脱していく。
アルマナックに入って数日。
看板が仕上がった頃、ようやくγの修復完了の連絡が来た。
ついでにジクサーへ顔を出したら、いきなりリーダーに呼び止められた。
「ピクニック行くぞ」
そう一言だけ言われて、たどり着いたのは、あのライノと模擬戦をやり合った場所と同じワイルドコードゾーンだった。
あの時ライノが呟いた「おいおい……」は、どうやら今日のことだったらしい。
「ほら、三号! テメェも行けー! 根性見せろー!」
リーダーの呑気な罵声が飛ぶ。
(ええい、くそ、やってやるよ!)
俺はγのスロットルを思い切りパワーバンドに叩き込む。
数日前の手痛い敗北の記憶が甦り、汗で手が滑りそうになる。
加速に連れて景色がぐんぐん流れ、視界の端で壁が急速に迫る。
(壁を見るな……壁を見るな……)
そう自分に言い聞かせても、嫌でも目の端に巨大な壁が映る。
前回、ライノに無様に負けた時の映像がフラッシュバックした。
(同じ失敗は許されない……!)
「おりゃああああああああ!」
全身を振り絞って機体を反対側に振り込む。
ガツンという小さな衝撃が走った。壁に機体を擦った感触だ。
それでも機体は見事に旋回し、離脱に成功した。
俺は胸の奥で小さくガッツポーズしたが、次の瞬間——。
「コラァ! ビビリー! オッセェーんだよ!」
さっきまでののんびりとした口調とは別物の、リーダーの本物の罵声が飛んできた。
「エルボースマッシュで突っ込んでんじゃねぇよ! それは頭をハンドルより下にして、格好つけてるだけだ! あと機体擦ったろ、バカタレ! アクセル捻りゃいいってもんじゃねぇんだよ!」
さらに追い打ちをかけるようにケイトが叫ぶ。
「ちょっと新入り、いい加減にしてよ! 腰が引けてんのよ、腰が!」
ケイト・マーガレット・マレー。
俺より二つ上で、赤毛が目立つアイリッシュの女性だ。
「うち、もう帰りたいんだけどさぁ!」
鋭い口調がやけに耳に響いてイラつく。
甲板では、ママ・アジエが呆れたように首を振っているのが見えた。
その隣では、滝沢先生とメカニックの連中が端末片手に賭けをしているらしい。
「こ、こいつら……」
口の中に酸っぱいものが込み上げてきた。俺はグリップを握る手に力を込め直した。
(負けてたまるか。 あいつらにできて俺にできないわけがない!)
今まで俺はずっと一人で生きてきた。
指図を受けるのはムカつく。
それ以上に他人ができて、俺にできないのが何より我慢ならない。
俺は再びスロットルを開いた。
さっきよりも早く、鋭く吹っ飛ぶように景色が流れていく。
なんだってんだ……なんで曲がれないんだ。
トライするたびに背筋がゾクリとして躊躇するこの感覚はなんだ。
俺の中の俺が「お前には出来ない」と囁いてるようだ。
「しょせん、お前には無理なんだよ」と嘲笑う自分の声が聞こえるようだ。
突っ込んで曲がる。
今日はもう二十回以上は繰り返してる。
バクバク鼓動する心臓と壁に激突するのでは、という恐怖でもう気が狂いそうだ。
バカにしやがって。
頭の中で何かがブチっと切れた。
この壁だ、この壁は敵だ。
こいつのせいで負けて、脅され、しまいにはミジメにもバカにされている。
そうだ、こいつだ、この壁が悪い。
俺は怒りに任せてサブマシンガンを構えた。
「ふざけんなよ!」
『悠! オーバースピードだ、やめろ!』
ライノの叫びも、今の俺には届かない。
「ぶっ壊れろ! この、この、この!」
マシンガンの弾丸が壁に叩き込まれ、瓦礫が舞い散り、爆煙が上がる。
俺は何かに取り憑かれたように機体を振り回し、壁を追いかけ、撃ちまくった。
やがて、視界が広がり青い空が見えた。
気づけば俺はゼイゼイと肩で息をしていた。
微かにワイヤーフレームのような筋が蜘蛛の巣のように煌めくデジタルの青い空が見える。
擬似的視覚の眩しい太陽。
今日は雲一つない。
(あー、なんかスッキリした)
一瞬惚けていた俺は背後から響いた大音量の爆笑に『ひっ!』と首をすぼめた。
一体なんだとジクサーの方にγのメインカメラを向けると、リーダーがデッキチェアの上で大笑いして転げていた。
滝沢先生も大喜びしながらメカニック連中から端末でクレジットを徴収しているようだ。
メカニックの連中のうち何人かがやけに恨めしそうな目をこちらに向けている。
ひとしきり笑ったリーダーは「ひーっ」といって涙をぬぐいながらデッキチェアから起き上がった。
「やり方はともかくだ、曲がり切ったな。 とりあえず六十点でギリギリ合格だ。 戻ってこ…… グェ!」
最後まで喋り切らずにリーダーは吹っ飛んでいった。
アジエが見事にドロップキックを決めたからだ。
アジエはリーダーを蹴り飛ばすとマイクをもぎ取って仁王立ちになった。
「この宿六! 六十点じゃねぇ、バカ! ゼロだ! ゼロ点だ! コラァ! 新入り。テメェはコーナー曲がるのになんで90ミリがバカスカいるんだよ! タダじゃねんだぞ! 弾の分はテメェの上がりから天引きだアホがぁ!」
ママ・アジエのまったく予想外の罵倒に俺は固まった。
そして今度は地鳴りのような音が響いた。
壁の方を振り向くと、俺を苦しめていた壁が音をたてながら崩壊していく。
通信からもライノの爆笑と「キャハハ」というケイトの笑いが入ってくる。
「なんだ、新入り、やるじゃん」
正直、俺は自分がどうやってこれをやったのかよく覚えていなかった。
方法はどうあれどうやらやってのけたらしい。
「へへへっ」
ひきつった笑いが出た。
「アハハハハっ」
そして俺も笑っていた。
よくわからないが、心が軽くなった。
そして良かったとも思った。
よくわからない連中だ。
なし崩しに始まった関係だが、なんとなく、今は―― こんな奴らにでもいいから認められたことが嬉しかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




