1.過去
「ふざけやがって、この守銭奴が!」
男は大声で自己紹介をすると、テーブルにあった灰皿を投げてきた。俺も機嫌が悪かったので、受け止め豪速球で返すと、男の髪を掠めてボロボロの壁にめり込んだ。
「壁の修理代も追加な」
「ふざけんな! アレはお前のせいだろうが!」
「アンタが投げたままだったら、窓の修理代プラス下を歩いてた人たちの治療費、だ。どっちが安く済んだろうなあ」
足で壁ドンし、頼まれた写真と書類を一式、押し付ける。
「テメェで頼んだ依頼だろうが。結果が予想と違うからって出し渋るんじゃねえよ。いま払えねえってんなら、今月末までに振込な」
「く……覚えてろよ!」
「金払うまでは忘れねえよ」
妻を信じられないケチな男は、やっと出て行ってくれた。ウンザリしながらタバコに火をつけると、窓の外で雪がワサワサ降っていて、更にウンザリした。
かつての級友の言葉が谺する。
『僕は……雪に埋まったものが、わかるんだ』
冬は、嫌いだ。
※※※
俺も、昔は無垢な子供だった。
親も地元企業の社長だったし、俺も、少し調子こきでおしゃべりなのが玉に瑕だったが、体育も勉強も、そこそこ出来た。おかげで教師からは、度々問題児を押し付けられた。
敬介も、そのひとりだった。
敬介は、変なガキだった。
いつも下を向いて、話しかけたらモソモソ喋る。こっちが話しかけないとダンマリだ。貝だってもう少し口を開けるだろうに。
冬になると、無言はそのままだが、やたらキョロキョロしたり、怯えたりすることが増えた。黙って付いてくるぶん手間はかからないが、気味は悪い。
だが、並いる問題児たちも、親ですら無視する俺のおしゃべりに付き合ってくれる、唯一の人間でもあった。ほぼ壁打ち状態だったが、ずっと一緒にいると、奴なりに馴染んできてはいたらしい。
真冬の下校時。除雪車が残していった雪の山を見ながら、敬介はポツリと呟いた。
『僕は……雪に埋まったものが、わかるんだ』
初めて向こうから喋ってくれたことが、まさかの厨二発言。こういう時、どういう態度が正解だ?
俺は、軽く小突いて、言った。
『雪に埋まったものがわかる? そんな特技、履歴書に書くのかよ?』
てっきり、やり返してくると思った。同級生たちのように。
だが、敬介はそうしなかった。雪山に突っ込んだ頭こそ出したが、そのまま、またダンマリになった。
俺は、間違った。
謝ろう、と思った。だが、出来なかった。
大人の事情により、我が家は夜逃げをすることになったからだ。
住処を転々とし、交通事故にもあい、人相も多少変わった。中学校卒業式の帰り、車でうたた寝してたら、見知らぬ道端に下ろされていた。親や姉の行方は、今も知らない。探す気も起きない。
俺を拾ったジジイは、胡散臭い仕事の手伝いと引き換えに、高校と自動車学校を卒業させてはくれた。けど、俺がハタチになった途端『家に帰る』と言って、ボロい興信所にオバさん顧問税理士を添えて押し付け、これまたトンズラした。
この辺りは、辞書から「上品」とか「マナー」とかの項目が抜けた客が多く、楽な仕事でもないが、再就職も面倒だった。税理士が身元保証人になってるせいで、税金だけはしっかり払ってる。
敬介のことは、冬になるたび思い出ささった。一度、コッソリ故郷に戻って、敬介の行方を調べてみた。
あのあと、だんだん不登校になって、いつの間にか引っ越していた、という。引っ越し先は、道内から沖縄まで何ヶ所か聞いた。連絡を取り合ってる人が見つからなくて、正確なことはわからない。
その夜は浴びるように酒を飲んで、三日間事務所を閉めた。四日目に、不審に思った顧問税理士が鍵をぶち壊して侵入し、ババアにあるまじきパワーで俺をボコボコに殴って、救急車に放り込んだ。
以来、お局様に叱られない程度に働いている。
どうして俺はあの時、敬介の話を真剣に聞かなかったんだろう。俺とずっと一緒にいてくれたのに。
しんしんと降る雪が、俺を苛む。




