なゆ国の護り手、てんしちゃん
スイートデビルノクティスの面々が遠征任務で不在のなゆ国。
シュガーリウム城の隣に並ぶ天使たちの本部、ガーディアン・エンジェルハウス。
白い砂糖樹で建てられ、愛らしいお菓子の装飾があしらわれた建物。バニラの甘い香りが漂い、見る者の心をそっと癒す。
悪魔たちの心を高揚させる、荒々しい建築とは対極の優しさがあった。
「あのっ! これ私たちの新スイーツ……てんしちゃんに一番に食べてほしくて……!」
ふわふわの羽を揺らし、指令室に舞い込んできたみに天使たち。小さな手には真っ白な団子のようなものが入った器。
「ありがとう、みにちゃんたち。その気持ちだけで私の心はなゆで満たされましたよ」
てんしちゃんは頬を緩ませ、ひとつ持ち上げて口に運ぶ。
「これは……」
表面が口の中で雪のようにさっと溶けて、中から複数の芳醇な果実の香りが満たす。とろりとした食感。てんしちゃんは目を輝かせ、自然に次へと手を伸ばしていた。
「中に天蜜を入れ、魔法で表面を固めた砂糖雪の甘味……。春の訪れを予感させる雪解けのようで素晴らしいです! 今度、姫たちとあくまちゃんたちにも食べてもらいましょうね」
「やったー! てんしちゃんのお蜜付きでしゅ!」
てんしちゃんのまえで、くるくると回って手を合わせて喜ぶみにたち。しかしその雰囲気は指令室のモニターに映った巨大魔力反応で終わりを告げた。 てんしちゃんの胸元の通信機がぶるぶると震える。
「てんしちゃん、ですか? こちらキャラメルコーン農地防衛、みに天使です。キャンディマローダフロッグの群れが接近中! みに悪魔とこれから出撃しますが、群れを率いるマローダーキングは私たちでは手に負えません! がんばるけど助けにきてくださいー!」
「安心してください、すぐに向かいますから」
通信を終え、てんしちゃんはその場のみにに指示を出す。
「みなさんはここで引き続き監視を。必要とあればなゆ姫と甘天界への救援要請、お願いしますね?」
「任せてくださいのです! 私たち、ちゃんとやれるですから!」
エンジェルハウスの天井がぱかっと開いた。てんしちゃんは翼を広げて飛び立ち、甘い香気を漂わせながら空を流星のように駆け抜ける。
◆◇◆
キャラメルコーン農地。怯える農民たちを避難させて、身構えるみにたちの前に、成人男性ほどの大きさのキャラメルマローダーフロッグの群れが現れた。その肌は黄金の流動キャラメルに覆われている。
キャラメルコーンを見つけると目を光らせ、縦横無尽に跳び跳ねて迫る。指揮天使が指揮棒を振り下ろした。
指揮棒からきらきらと広がる光が、開戦の合図。
「いくぞおおぉっ!!」
「私たちで甘味と人間さんを守るのです!」
演出部隊の鮮やかな色彩のお菓子と香りの幻覚。感傷部隊の心に響く甘い囁きに惑わされ、散り散りになって統制を失ったフロッグにみにたちは攻撃を仕掛ける。
激情部隊の黒蜜焔拳と、みに天使隊の虹砂糖剣が次々とフロッグをなぎ倒し、内気部隊の甘味銃が流動キャラメルを貫通する。
「よっしゃー! 勝てるぞー!」
「まだキングが姿を見せていません、落ち着いて!」
勢いづいたみにたちが叫ぶ。それを指揮天使が宥めようとした瞬間、上空からぽたぽたとキャラメルが落ち、前線のみにたちの身体にべったりとまとわりつく。
甘陽が遮られ、上へ目を向けたみにたち。上空から、岩のような巨体を揺らしてキングが迫っていた。
「くそっ、べとべとで動けないー!」
「こんなところでおしまいなんていやでしゅー!」
死を感じて震えるみにたち。しかし、キングが彼女らを押し潰すことはなかった。
冷徹部隊の氷蜜魔法と、天使たちの白砂糖結界が巨体をぎりぎりで受け止めていた。
ひび割れる音が響き、白砂糖と氷の欠片が空に舞う。少しずつ沈むキングにツッコミ部隊が甘味光を纏ったハンマーで突撃し、内気部隊が針の穴を通すような正確さで銃撃を行う。
キングはその衝撃に押されて転がり落ちたが外傷はなく、身体を左右に揺らして起き上がろうとしている。その隙に捕まった激情部隊が黒蜜焔を一点に集中させてキャラメルを少しずつ溶かし、仲間たちの手を借りて抜け出していく。
「てんしちゃんが来るまで持ちこたえるのです! 私たちならきっとできます!」
「うおぉぉぉぉっ!」
「はいでしゅっ!」
指揮天使に勇気付けられた、みにたちの声が天を震わせる。一歩も引かず、守り抜く覚悟を全員が宿していた。
その声は、近くまで来ていたてんしちゃんの耳にも届いた。手に持ったプリン色に輝く神剣プディングソードを握りしめ、加速する。
「――みなさん、あとは私に任せてください」
澄んだ鈴の音のように響くのはてんしちゃんの声。起き上がったキングは空から舞い降りるてんしちゃんに狙いを定め、流動キャラメルをあられのように放つ。
「天使の糖律!」
言葉と共に神剣から光が溢れ、周囲を甘く優しく満たしていく。流動キャラメルは光に触れた端から在り方を変化させられ、キャンディとなって転がった。
「わわっ、美味しそうなキャンディでしゅー! ……じゃなくて、もう動けるのです!」
みにたちは光と甘味に包まれ、笑顔を取り戻し、恐怖もてんしちゃんの安心感で和らいでいく。流動キャラメルを失ったキングは、先ほどしてみせたように跳ね、巨体で押し潰そうと迫る。てんしちゃんは神剣を、光を放つようにただ振り抜いた。
「――なゆディバインスラッシュ!!」
放たれた光が、キングの巨体を両断。二つに別たれた身体は地面に落ちると、巨大なキャンディになっていた。神剣はてんしちゃんの手のなかで光になって消え、てんしちゃんは寄ってきたみにたちを受け止める。
「心が穏やかになると、世界は甘くなっていくのです。今日も、なゆはまもられました。よく頑張りましたね、偉かったですよ?」
「てんしちゃーん! 大好きでしゅー!」
「しゃぁぁぁっ! なゆ国の護り手、てんしちゃんはあくまちゃんと並んで最高だぜー!」
みに悪魔たちの勝利を告げる黒蜜ホーンがぶぉぉぉん……と甘く低く鳴り響き、戦いの終わりを告げる。
黒蜜ホーンの音色にてんしちゃんを中心とした天使の清らかな歌唱がそっと重なり、戦いで傷付いた大地を癒す。人々の心に温もりを灯し、静かな余韻だけを残した。
「――農家の皆様に感謝を。なゆ国はあなた方の多大なる貢献により、今日も明日も続いていくのです。そちらのキャンディの半分は皆様で分けてお食べになってくださいまし」
「てんしちゃん……ありがとうございます……! 子供たちが喜びます!」
てんしちゃんの声には、丁寧さと敬意がにじむ。農民のなかには、甘陽のような暖かさの言葉に涙を浮かべる者もいた。
「残りは姫たちにお届けして一緒に食べるのでしゅ!」
「おう、キャンディパーティーだな! そうと決まれば急げ急げ~! 姫たちよろこぶぞー!」
その後ろでは、みにたちがキャンディの半分に集まって魔法で持ち上げ、城へと運び込もうとしていた。てんしちゃんはその光景をみながら、空を飛ぶみにたちをゆっくりと追いかけた。
◆◇◆
――ぽよん、ぽよん、という跳ねるような足音がシュガーリウム城の砂糖廊下に響く。その音の主は、淡いブルーとましゅまろのような白を基調とした、優しく甘やかな光を帯びるドレスに身を包んだ少女だった。
袖はぷるぷるとフリルがつき、肩から胸元にかけては小さなリボンが柔らかく飾られている。スカートはふんわりと広がり、歩くたびに揺れ、まるで雲の上を歩いているかのような軽やかさ。つやつやの白髪に淡いブルーの小さなましゅまろ飾りが揺れる。
全体から、見ているだけで柔らかいましゅまろに包まれるような、印象が漂っていた。
「ふぁ……もち、ちょっと眠りすぎちゃった。なゆ姫、起きてるかな……?」
ふわりとした声でつぶやく。その仕草までもが、まるで柔らかいお菓子のような愛らしさを宿している。
彼女はなゆ国と300年の同盟関係をもつましゅ国の第二姫で、なゆ姫の親友。――通称、ましゅ姫。




