第3話
その日の夜。
わたしは自分の家の自室で授業の自習をしていた。
今日習った授業を復習しつつ、今日習った授業を復習しつつ、ふと手が止まった。
ノートの端に書いた数式が、ぼやけて見える。 ――集中できていない。 頭の中に浮かぶのは、昼休みに見た獅賀くんの横顔と、乙穂さんの笑い声だった。
「……なんで、あんな顔するんだろう」
ぽつりと呟いた言葉は、誰にも届かず、部屋の壁に吸い込まれていった。
机の上の蛍光灯が、わたしの影をくっきりと映し出している。 その影が、まるで誰かと距離を取っているように見えて、思わず目を逸らした。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。
その音が、まるで心の中のざわめきを代弁しているようで、胸がまたきゅっと締めつけられる。
――わたしは、何を怖がっているんだろう。 ――知らない過去? それとも、変わっていく今?
ページをめくる手が止まったまま、わたしはただ、夜の静けさに耳を澄ませていた。
その後、勉強は進まず、わたしは悶悶としながらベッドに入ったが、眠気が全くこず一睡もできなかった。
お陰で、翌日は寝不足気味であった。
朝礼が始まる前に教室に入ったが、いつもと変わらずクラスメート達が集まり、色々と話しかけていた。
眠いと思いつつ、そんな思いなど顔に出さないで、クラスメート達の話を聞いて答えていた。
席についても、変わらず話しかけられていると、獅賀くんが教室に入って来た。
獅賀くんは自分の席に座ると、誰とも話さず、制服のポケットからイヤホンを出して耳に入れていた。
先生が来るまで、それで時間を潰すつもりのようだ。
獅賀くんはどんな音楽を聴くのだろう? ジャズかな。それともクラシック? もしくはJ-POPかな。
そんな事を思いながら、クラスメート達と話を話半分に訊きながら見ていた。
やがて、担任の先生が来て、ホームルームが始まる。
「後二日で終業式だ。夏休み中は部活をする者達も学校に用があって来る者は私服ではなく制服で来るように」
担任がそう言うのを聞いて、そう言えばもう少しで夏休みという事が分かり、唖然とした。
もう少し、獅賀くんと仲良くしたいと思っていたのだが、それが出来なくなると思い、寂しいと思っていた。
だが、思わぬ所で出会うとは、この時思いもしなかった。




