観測者:崑崙山編1
夢で見た崑崙山での出来事です。
1,000字くらいの短編となっています。
読んでいただけると嬉しいです。
ふ〜
あれが崑崙山か〜
西暦665年
私は唐王朝 嶺南道 広州(現在の中国 広東省 広州のあたり)に生まれた。
父は商人で、長女.次女の次に長男として育てられた。
長女.次女共に器量が良く美しかった。
特に長女は私を可愛がってくれて、私は母親より長女にいつもひっついていた。
父は商売のためなのか、名声のためなのか、長女を後宮へ仕官させてしまった。
長女のためにもなるし良い事だと思うのだが、幼かった私は死別のように感じてしまい、とても悲しかった。
6歳になった頃、父は私を小坊主としてお寺に預けてしまった。
父は商魂たくましいく、商売と名声のために預けたのだと思われる。
私と仏教とは相性が良かったのか、父からお寺へのお供えが良かったのか、ちゃんと学ぶ事が出来ていたと思いたい。
自分では、真面目に学んでいた方だと思うのだが、私より優れた者は沢山いるし、どうなんだろうか?
そうこうしているうちに、崑崙山にあるお寺で修業するように言い渡された。
これで姉に会う事は出来なくなる。
姉の元に逃げようかと考えたが、周りからの期待もあり流されるように旅立つことになった。
崑崙山のお寺に着いたのだが、旅の疲れを癒す間もなく、私が師事する者を紹介され、修行が開始されてしまった。
師の
食事の支度
身の回りの世話
師の言葉を木簡に書き残す
などなど師事する関係の事はすべて私が行うしかなかった。
更に日々のお勤め。
今までが、父のおかげで楽をさせてもらっていたことに気付かされた。
仏の教えに一歩踏み出したのだと感じた。
日々、ほぼ同じことの繰り返しの毎日。
ここに来てから何十年経ったのだろうか?
師は私に問いを与えた。
「この世とは」
ん?
師への回答を考えようとした時に、突然閃きがあった。
「この世とは、多数ある世の一つであり、仏により守られた多種多様な生命に満ち溢れている。」
師は「学びが足りない。」と一喝されてしまった。
私は日々、師の問いを考え続け、経典を読みあさった。
しかし、考えれば考えるほど
『私の閃きが正しい』
としか思えず、私はこの事を木簡に書き記した。
ついでに、
『和をもって尊す』
この言葉が閃いたので、この一言も書き記し、師の書庫の中に混ぜた。
師の教えは、私が書き残し保管していたので気づかれる事はないだろうと、勝手に解釈した。
師もこの問いについて、それ以降問うこともなかった。
師を看取り、私も師と言われるようになった。
その後、私もこの地で生を終えてこととなった。
この生を終える瞬間、
長女とは、前世において『来世で生まれ変わって、また一緒になろう』と誓い合っていた。
この事に、今頃気づいた。
読んでいただきありがとうございます。
今回は崑崙山の夢です。
チベットのポタラ宮みたいな所のイメージの夢をよく見ていました。
ポタラ宮みたいに大きくないのですが、崖のような所に建てられているようで、
私は炊事場と書庫にいるイメージが強いです。
このような書き物ですけど、ここを見つけて読んでいただけたこと感謝しております。
ありがとうございます。




