表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4品目「春、スパイスの種を蒔く」

文化祭の熱狂が終わり、季節は冬から春へ。

一年の努力が確かに届いたという手応えと、小さな達成感。

でも千果は、そこで立ち止まらなかった。


「来年は、もっとすごいカレーを作る」

その想いを胸に迎えた新学年。

新しいクラス、新しい部活メンバー、そして――新しい後輩。


あの秋に芽吹いた“想いのスパイス”は、春の光の中で静かに育ち始めていた。

春。

桜の花びらが、校舎の窓を優しくなぞる。二年生になった棗千果は、新しい教室でそわそわしていた。クラス替えの不安と、ほんの少しの期待。けれど、彼女の心はすでに次の文化祭を見つめていた。


「おはよ、千果ー!」

にぎやかに教室へ駆け込んできたのは、同じ料理部の友達・安西まひる。明るくて、元気で、ちょっとお調子者。千果とは正反対の性格だけど、なぜか気が合う。


「またカレーの研究してたんでしょ?部室来てよー、今年の新入部員、けっこう入ったよ!」

「ほんとに?……えっ、それはちょっと緊張するかも」

「いやいや、去年のあの文化祭見たら、そりゃ入るって!“カレーが美味しすぎる部”って話題だったからね!」


部室に向かう千果の足取りは、去年とはまるで違っていた。春の光が、今年はやけに眩しい。



新入部員は、3人。

その中でひときわ目を引いたのは、黒髪ボブのクール系女子・佐伯凛。無表情だけど、料理を語ると急に目が輝く。特に“スパイス”に強い関心を持っていた。


「先輩のスパイスカレー……衝撃でした。スパイスの組み合わせって、まるで音楽みたい」

凛のその言葉に、千果の中で何かが弾けた。

「私も、そう思ってる。味で誰かの心を動かすって、すごいことだよね」


こうして千果は、後輩の目に“憧れの先輩”として映りはじめる。

けれどそのぶん、背負う責任も大きくなる。

「今年はもっと、本格的な店に近づけたい」

千果の頭の中ではすでに、新しいスパイスの組み合わせ、仕入れの計画、レイアウトの案までがぐるぐると巡っていた。



そんなある日。

通学途中の商店街で、一軒の古びたスパイス専門店を見つける。

「……こんなところに、あったっけ?」

引き寄せられるように足を踏み入れると、店内には異国の香りが満ちていた。


「いらっしゃい、若いの。料理、やるのかい?」

しわくちゃな笑顔のおじいさんが声をかけてくる。

話をしてみると、かつてインドで修行したという“スパイスマスター”だった。


「スパイスは生きてる。香り、色、混ぜる順番、温度。全部で変わるんだよ」

その日から、千果はこの店でスパイスの奥深さを学び始める。まるで“料理の道場”だった。



春は、出会いの季節。

後輩と、新しい師匠と、未知のスパイスたち。

それらすべてが、千果の中で静かに芽吹いていた。


この春に蒔かれたスパイスの種は、やがて強く香る花を咲かせる。

2度目の文化祭まで、あと――半年。



【千果レシピ・春】


「春香る、はじまりのやさしさスパイスカレー」


材料(2人分)

•玉ねぎ(中)…1個(薄切り)

•鶏もも肉…200g(一口大)

•トマト(中)…1個(ざく切り)

•にんにく・生姜…各1すりおろし

•ヨーグルト…大さじ2

•サラダ油…大さじ1

•塩…小さじ1

•水…150ml


スパイス(春のはじまりブレンド)

•クミンシード…小さじ1/2

•ターメリック…小さじ1/2

•コリアンダーパウダー…小さじ1

•ガラムマサラ…小さじ1/2

•カルダモンパウダー…少々(爽やかさの鍵)


作り方

1.鍋に油を入れて中火で熱し、クミンシードを炒める。パチパチと香りが立ったらOK。

2.玉ねぎを加えてしっかりと飴色になるまで炒める(ここが甘みの鍵)。

3.にんにく・生姜を加えてさらに炒め、香りが出たらトマトも加えてつぶしながら炒める。

4.スパイス(ターメリック、コリアンダー、ガラムマサラ、カルダモン)を加え、よく混ぜる。

5.鶏肉を入れて炒め、全体がなじんだらヨーグルトを加えてさらに炒める。

6.水を加え、フタをして10〜15分煮込む。塩で味を調える。


ワンポイント


春はまだ冷える日もあるので、カルダモンの爽やかさとヨーグルトの酸味で“軽やかだけど温まる”味に。

このカレーは、まだ経験が浅かった千果が“スパイスって、面白い!”と確信した記念の一皿。

春。

それは、物語が再び動き出す季節。


棗千果にとっての二年目は、“憧れられる存在”としてのはじまりだった。

新しい出会いと、広がる可能性。

けれど、それは同時に“背負う”立場になるということでもあった。


一年目の文化祭は、きっと“偶然の成功”。

ならば今年は、“必然の完成”を目指したい。

そんな風に彼女は思い始めていた。


小さなスパイス店の老人との出会い。

後輩・凛のまっすぐなまなざし。

“教わる側”から“伝える側”へ――。

千果のスパイスは、春の光に包まれて、確かに芽吹き始めた。


次章は夏。

模擬店の準備は加速し、味覚も情熱も“熱さ”を増していく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ