2品目「この部活、熱すぎるんですけど。」
春の出会いは、ふわっと優しい風のようだった。
でも、夏は違う。汗と熱気と、目まぐるしい変化の連続。
文化祭まで、あと3か月ちょっと――
「本気」が試される季節がやってきた。
梅雨が明け、蝉の声がうるさいほどに響く7月。
料理部の部室は、エアコンがきかないせいでまるでサウナ状態だった。
「……あっつ!! 火の前で立ってたら溶けるって……!」
棗千果は首にタオルをかけ、眉間に汗を滲ませながら炒め中の玉ねぎを木べらでかき混ぜていた。
油とスパイスの香りが立ちのぼる中、汗だくになりながらも真剣な顔。
「はい、千果ちゃん、交代〜。あんまり詰めすぎると酸味が飛んじゃうよ」
涼しい顔で声をかけてきたのは、2年の部長・香坂楓先輩。
料理の腕もピカイチで、部員たちからの信頼も厚い頼れる人だ。
「す、すみません……!」
「いいよ、頑張ってるの見てるから。あと10分煮込んだら、味見してみようね」
千果は頷きながら交代し、部室の片隅でタオルをぎゅっと絞る。
思えば、入部してからまだ3か月。包丁の持ち方も火加減も、すべてが初めてだった。
けれど、スパイスの香りに触れるたびに、何かが胸の奥でふつふつと湧き上がる。
「……文化祭のテーマ、決まったぞー!」
そう叫びながら部室に飛び込んできたのは、同じ1年の男子部員・小野寺 悠真。
元気すぎてうるさいけど、料理に関しては千果と同じ初心者。今ではちょっとした調理バディだ。
「テーマは、スパイス×夏野菜! 題して――“夏のごちそう、エスニックフェス!”」
「長っ!」
「でも、インパクトあるかも。SNS映えも狙えるし」
楓先輩は腕を組んでうんうんと頷く。
「千果ちゃんのカレーも、夏バージョン作ってみる?」
「えっ、わたしの?」
ドキリと心臓が跳ねた。
まだ試作レベルだった自分のカレーが、文化祭の目玉に入るかもしれない――
嬉しい反面、プレッシャーも半端じゃない。
「わたし……まだまだで……」
「大丈夫。ここからの夏が、本番だよ」
先輩のその一言に、千果の胸の奥がじんわり熱くなる。
文化祭まで、あと3か月。
汗だくになりながらも、千果の夏は静かに、でも確かに燃え始めていた。
七月の終わり。世間は夏休みに入り、部活動も本格的な追い込みに入った。
とはいえ、料理部の部室にはエアコンがない。火を使う練習が続けば、汗は滝のように流れてくる。
「……この暑さ、スパイスカレーで乗り切るしかないな……」
思わずつぶやいた千果に、横で試作中だった悠真がふふっと笑った。
「名言だな、それ。ポスターにしようぜ、“暑いから、辛いもの。”って」
「“エスニックフェス”に合ってるかも……」
そう言いながら、千果は今日の試作に使ったカレーを一口すくって口に運ぶ。
ナス、ズッキーニ、トマト、パプリカ……夏野菜の甘みがスパイスと混ざり、口の中でじんわりと広がった。
「……これ、美味しい」
「でしょ? 今日の千果のカレー、なんかすごく“まとまって”る感じした」
悠真の言葉に、千果は少し照れくさくなって目をそらす。
「でもまだ、香坂先輩の味には全然追いつけてないし……」
「そこ目指せばいいじゃん。俺もまだまだだけど、千果が頑張ってるとなんかさ、俺も負けたくないって思うし」
唐突な言葉に、千果は一瞬、心臓がドクンと跳ねるのを感じた。
けれど、悠真は照れるでもなく、いつもの明るい笑顔のままだ。
――もしかして、これって“青春”ってやつ……?
そんなことを思いながら、千果は視線を落として小さく笑った。
翌日から、文化祭の模擬店メニューが正式に決定した。
目玉は「棗千果特製・夏野菜スパイスカレー」。
「ここからが勝負だね」
楓先輩が、そう言って千果の肩をポンと叩いた。
夏の暑さに負けないように。
自分の味を信じられるように。
スパイスの香りに背中を押されながら、千果の“初めての夏”が熱く燃え上がっていく。
【千果レシピ】第2章:夏野菜の爽やかスパイスカレー
テーマ:爽やかさ×夏の彩り × 初めての“自分の味”
材料(2人分)
•鶏もも肉 … 200g(一口大)
•玉ねぎ … 1個(薄切り)
•トマト … 1個(ざく切り)
•ズッキーニ … 1/2本(輪切り)
•パプリカ(赤・黄) … 各1/4個(細切り)
•ナス … 1本(輪切り)
•ニンニク … 1片(みじん切り)
•生姜 … 1片(みじん切り)
•サラダ油 … 大さじ1
•水 … 200ml
•塩 … 小さじ1/2〜調整
スパイス(または市販のカレー粉でも可)
•クミン … 小さじ1
•コリアンダー … 小さじ1
•ターメリック … 小さじ1/2
•チリパウダー … 小さじ1/4(お好みで)
•ガラムマサラ … 小さじ1(仕上げ用)
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作り方
1.油で香りを立てる:
鍋にサラダ油を熱し、クミンを入れて香りが立ったら、ニンニクと生姜、玉ねぎを加えてきつね色になるまで炒める。
2.スパイスの香りを引き出す:
残りのスパイスを加えて弱火で炒め、香りを引き出す。
3.トマトと鶏肉を加える:
トマトを加え水分を飛ばすように炒め、鶏肉を投入。全体にスパイスが絡むように混ぜる。
4.夏野菜を加えて煮込む:
ナス、ズッキーニ、パプリカを加えてさっと炒め、水を入れたら中火で10分煮込む。
5.味を整えて仕上げ:
塩で味を整え、仕上げにガラムマサラをふって完成!
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SNS映えポイント:
・パプリカやズッキーニをトッピング風に並べて、彩り豊かに。
・ごはんをターメリックライス(黄色)にしてワンプレート盛りもおすすめ!
夏は、焦げるような暑さと一緒に、自信も不安もぐつぐつ煮込んでくる。
千果にとって、はじめて“自分の名前”が料理に付けられた夏。
少しずつ芽生えはじめた仲間との絆と、胸の奥でくすぶる何かを頼りに、
千果は前を向き始めた――
スパイスのようにクセになりそうな、この感覚とともに。