1品目「わたし、カレー部じゃないけど。」
「わたし、カレー部じゃないけど。」
春の風は、どこかスパイスに似てる。
あたたかくて、ちょっと刺激的で、ふいに何かを変えてしまう。
新しい教室、新しい友達、新しい毎日。
そのなかで、わたしはひとつだけ――
「カレーに運命を狂わされる」なんて、思ってもなかった。
この物語は、文化祭に命をかけた女子高生と、
一皿のカレーから始まる、ちょっとお腹がすく青春の話。
「うわっ、やば……逆方向だった……!」
入学式の日。
棗千果は、体育館へ向かう途中で思いっきり廊下を間違えた。
プリント片手に走る姿は、誰が見ても“はじめましての新入生”だった。
曲がり角を曲がった瞬間、どこかから香ばしい香りが漂ってきた。
それは、給食でもお弁当でもない――何かが炒められて、スパイスが混ざり合って、まるでカレー屋の裏路地に紛れ込んだような匂い。
「えっ……なにこの香り……」
思わず足を止めた千果は、反射的にドアを開けた。
「いらっしゃいませー、って……ん? 新入生?」
そこにいたのは、エプロン姿でフライパンを振るう、笑顔の先輩。
髪をひとつにまとめ、油に負けないキリッとした目元。後ろには同じくエプロン姿の先輩たちが数人。
――料理部。
「えっ……あ、ごめんなさい、間違えましたっ!」
慌ててドアを閉めようとした千果を、先輩が引き止める。
「待って待って、せっかくだから食べてってよ。今日のは“試作スパイスカレー”、初見の感想が欲しいとこだったんだよね〜」
「え、いやでも……あの、わたし……カレー部じゃないんで……」
「料理部な! カレー部じゃないから!」
笑いながら差し出された紙皿には、まだ湯気を立てるスパイスカレー。
彩りは鮮やかで、ごろっとした具材に、香りだけで胃が動き出しそうになる。
「ま、座って座って」
背中を押されるように椅子に腰かけた千果。
ひと口――スプーンですくって口に運ぶ。
……美味しい。
言葉が出なかった。
ただ、スパイスの香りと舌に残る旨味、鼻に抜ける心地よさに、軽く衝撃を受けていた。
「ど、どうだった……?」
「……これ、めちゃくちゃ美味しいです」
その瞬間、料理部のメンバーが一斉にガッツポーズ。
「よっしゃあああああ!」
「千果ちゃん、だっけ? よかったら、また来なよ。文化祭に向けて、いろいろ試作してるからさ」
「あ……えっと……わたし、料理部じゃ……」
そう言いかけた時、千果の中で何かがほんの少しだけ動いた。
その“美味しい”が、少し未来を変えてしまうなんて、この時はまだ知らなかった。
給食のチャイムが鳴るころ、千果はまだ料理部の部室の前で立ち尽くしていた。
胸の中に、なにか温かくて、ちょっと不思議な気持ちが渦巻いている。
「入ってみたらどう? わたしは歓迎するよ」
後輩に声をかける先輩の笑顔が頭から離れない。
“料理部って、わたしにできるかな?”
そう思いながらも、千果は小さくうなずいた。
その日の放課後、彼女は勇気を振り絞り、メガネをそっと外して鏡を見た。
「よし、やってみよう。」
部室の扉を開けると、キッチンの熱気とスパイスの香りが迎えてくれた。
「千果ちゃん、待ってたよ!」
先輩たちの笑顔と、活気に満ちた声が部屋中に響いた。
それから、毎日が慌ただしくも楽しい日々へと変わった。
包丁の使い方、火加減の調整、そして何より、味見の重要性。
「もっと美味しいカレーを作りたい!」
千果の心に火がついた瞬間だった。
春の風に乗って、彼女の新しい挑戦が動き出す。
料理部のメンバーと共に、文化祭までの長い準備が始まったのだ。
【千果レシピ:千果のはじめてのスパイスカレー】
材料(2人分)
•鶏もも肉:200g(一口大に切る)
•玉ねぎ:1個(薄切り)
•にんにく:1片(みじん切り)
•生姜:1片(みじん切り)
•トマト缶:1/2缶
•ヨーグルト:大さじ3
•サラダ油:大さじ2
スパイス
•クミンシード:小さじ1
•ターメリックパウダー:小さじ1/2
•コリアンダーパウダー:小さじ1
•チリパウダー:小さじ1/2(お好みで調整)
•ガラムマサラ:小さじ1
作り方
1. 鍋に油を熱し、クミンシードを入れて香りが出るまで炒める。
2. 玉ねぎを加え、透き通るまで中火で炒める。
3. にんにくと生姜を加え、香りが立つまで炒める。
4. 鶏肉を入れて表面の色が変わるまで炒める。
5. トマト缶を加え、弱火で10分ほど煮込む。
6. ヨーグルトとターメリック、コリアンダー、チリパウダーを加え、さらに10分煮込む。
7. 最後にガラムマサラを加えて混ぜ、塩で味を調える。
8. ご飯と一緒に盛り付けて完成!
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このレシピは千果の“初めてのカレー”の味を再現。
物語を読みながら、ぜひ作ってみてね。
次章からも、千果の成長に合わせて新しいレシピをお届けしていくよ!
わたし、千果。
メガネの奥に隠れていた小さな自分が、少しだけ光を浴びた気がした春の日。
この出会いは、ただの偶然じゃない。カレーのスパイスが、私の人生の風味を変え始めたんだ。
さあ、これからどんな味が待っているのか、楽しみにしていてほしい。
次は夏。準備はまだまだ始まったばかり。